I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「社会一般」の記事一覧

未婚が増えた理由

 ここから,次のようなことが推察される。1990年代半ばを境として,男女双方に共働きを通じて経済的に維持可能な結婚生活をなんとか成り立たせようとする動きが出てきたこと。また,結婚しても働き続けなければ家計を維持できないのでは,と考える女性が増えてきたこと。他方で,「結婚はしたいが現実には無理で,独身のまま働き続けるのだろう」と考える女性も増えてきたこと,などである。



筒井淳也 (2015). 仕事と家族 中央公論新社 pp. 55-56


出生力低下の要因

 何がこのような出生力(出生率によって示される出生傾向)の変化を引き起こしてきたのだろうか。人口学によると,出生力は,有配偶率(どれくらいの人が結婚しているか),有配偶出生力(結婚している人がどれくらい子どもをもうけているか),婚外出生力(結婚していない人がどれくらい子どもをもうけているか)の3つによって説明できる。日本では婚外出生力がきわめて小さいため,結婚していない人が増えていることと,結婚していても子どもをあまりつくらなくなっていることの2つの要因によって少子化を説明することができる。そして,少なくとも2000年までは,日本の少子化の7割程度は有配偶率の低下によって説明できることがわかっている(鹿嶋, 2000; 岩澤, 2002; 岩澤, 2008)。その後,有配偶者の出生率低下の影響が相対的に強まるのだが,それでも日本の少子化の主要な要因が未婚化であるという事実は変わりがない。
筒井淳也 (2015). 仕事と家族 中央公論新社 pp. 35-36

晩婚化,少子化解決への障害

 パートタイマーの人たちが参加する外部労働市場には,家族からすれば子育てなど家庭の事情によって働くのをやめたり始めたりすることが容易であり,経営者からすれば必要なときには労働調整,つまり解雇がしやすいという特性がある。このような外部労働市場が,正規雇用の夫と家計を共有する有配偶女性向けに形成されてきたことの帰結は,その後の正規雇用・非正規雇用の賃金格差の問題となって現れてくる。つまり,パートやアルバイトなどの非正規雇用が多くを占める日本の外部労働市場は,新卒・正規雇用向けの労働市場を除けば,「自立して食べていけない」人のための労働市場になってしまった。これが日本の晩婚化,ひいては少子化問題の解決において,深刻な障害となって現れるのである。
筒井淳也 (2015). 仕事と家族 中央公論新社 pp. 29

失業抑制法

 1970~80年代を通じて,日本は内部労働市場を駆使し,そのなかで(人員を減らすのではなく)労働時間や賃金を減らすことで対応した。アメリカが規制緩和によって外部労働市場を活用して雇用を活性化し,スウェーデンが積極的労働市場政策や女性の公的雇用を通じて雇用を増やそうと試み,ドイツが高年齢の労働者を中心に会社から退出してもらうという戦略をとったのとは,また異なる第4の方法であった。会社が,雇用している人の職務内容や勤務場所,そして賃金をかなりフレキシブルに変更できるという日本的雇用の特徴によって,失業が抑制されたのである。
筒井淳也 (2015). 仕事と家族 中央公論新社 pp. 27

民間で

 一見してわかることは,スウェーデン女性の公的雇用の多さである。スウェーデンでは,所得を得ている女性の実に五割以上が,公的に雇用されているのである。「大きな政府」というと高い税率を思い浮かべる人が多いようだが,政府の規模が大きければ当然そこで働く人も多くなる,という当然の事実はなぜかああり注目されてこなかった。逆に日本では,男女とも公的雇用の割合は極めて小さく,ドイツ,アメリカ,スウェーデンと比べたとき,際立った特徴になっている。また日本以外の国では,男女別に見たときに女性のほうが公務員比率が高いのだが,日本はそうではない。他の国では,女性の活躍に公的雇用が大きく貢献しているのだが,日本ではそういった傾向がなく,女性は民間で活躍の場を模索してきたのである。
筒井淳也 (2015). 仕事と家族 中央公論新社 pp. 15-17

酒か逃げ出すか

 インディオと白人の混血で,インディオの人権運動の活動家エンリコ・ベラスケスと会ったときにこういわれた。


 「インディオが酒に溺れるとよく批判を浴びるが,もしあなたが500年後の世界に突然タイムスリップしたら,働き口をみつけて稼げるか,その社会に適応できるか。おかしな衣装や装飾品だとまわりからジロジロ見られるのに耐えられるか。むろんうまくできる人もいるだろうが,まったく適応できずに絶望の淵に立たされたら,あなたなら酒を選ぶか,それともこの世から逃げ出すか」



石弘之・石紀美子 (2013). 鉄条網の歴史:自然・人間・戦争を変貌させた負の大発明 洋泉社 pp. 230-231


野戦築城

 自衛隊が使っている「野戦築城」の訓練教本にも登場する,それによると,鉄条網の主な用法は「陣地鉄条網」「自衛鉄条網」「補足鉄条網」がある。陸上戦の「対人障害」の重要な一翼とされている。「陣地鉄条網」は,敵から見えにくいようにジグザグに張り,「自衛鉄条網」は施設をぐるりと取り巻くように張る。その外側にさらに補強する目的で設置するのが「補足鉄条網」である。



石弘之・石紀美子 (2013). 鉄条網の歴史:自然・人間・戦争を変貌させた負の大発明 洋泉社 pp. 93


グリッデン型鉄条網

 グリッデンは,長さ五センチほどのワイヤーの両側を斜めに切って鋭くしたトゲ(これをバーブ barbという)をワイヤーに固定する技術を確立した。バーブをワイヤーの上に等間隔でならべておき,コーヒー挽き器の原理を応用してワイヤーにバーブを二重に巻きつけて,バーブの先端が両側から1~2センチはみ出すようにした。


 だが,これだけではバーブがワイヤーにしっかり固定できないで,位置がずれてしまう欠点があった。そこで,バーブを巻きつけたワイヤーにもう1本のワイヤーを添えて,二本を撚り合わせることでバーブを固定することに成功した。量産できる機械も発明した。これが,今日の鉄条網製造の原型になった。今日でも「グリッデン型鉄条網」とよばれている。


 この利点は,二本を撚り合わせると強度が増して夏の猛暑でも緩みがでなかったことと,丈夫なために家畜が二度と破ろうとはしなくなったことだ。



石弘之・石紀美子 (2013). 鉄条網の歴史:自然・人間・戦争を変貌させた負の大発明 洋泉社 pp. 21-22


不採用理由が不明=自己否定

 日本の就職活動では。「何が採用の基準になっているのか」がはっきりしないため,不採用とされた学生はひたすら自分の内面を否定し続けることを求められます。象徴的な言葉が「自己分析」で,生まれた時からこれまでの態度,自分がどういう人間であるのか,こうした抽象的な次元で自分自身を否定し,企業にどうしたら受け入れてもらえるのか考え続けさせる,ある種の精神的な試行錯誤,自己変革が求められるというのです。


 ジョブ型社会であれば,具体的な職業能力がないために不採用になったのであれば,それを改善するために職業訓練を受けるという建設的な対応が可能ですが,メンバーシップ型社会的な全人格的評価で自己否定することを求められるということは,「自分が悪い」という一種のマインド・コントロールに若者を陥らせていくということでしかありません。こうして不採用の理由がわからないまま「自己分析」を繰り返させる「人間力」就活が,ブラック企業を生みだしはびこらせる土壌になっているという今野氏の指摘は鋭いものがあります。



濱口桂一郎 (2013). 若者と労働―「入社」の仕組みから解きほぐす 中央公論新社 pp. 234


白紙の学生に即戦力を求める

 しかし,面接においてサークル活動をどれだけやったかを一生懸命説明しなければいけないということは,仕事の能力としての即戦力を要求しないということです。正社員が少なくなり責任や労働の質的・量的な負荷が高くなってきて,白紙の学生に即戦力を要求するというおかしなことが起こっているのです。



濱口桂一郎 (2013). 若者と労働―「入社」の仕組みから解きほぐす 中央公論新社 pp. 231-232


ブラック企業の背景

 しかし,ここが大変皮肉なところですが,そうしたベンチャー企業においても日本型雇用システムに特有の労働者を会社の「メンバー」と考え,経営者と同一視する思想はそのまま適用される結果,ベンチャー経営者にのみふさわしいはずの強い個人型ガンバリズムがそのまま彼ら労働者に投影されてしまうのです。拘束を正当化したはずの長期的な保障や滅私奉公を正当化したはずの「見返り」を,「会社人間」だ「社畜」だと批判して捨て去ったまま,「強い個人がバリバリ生きていくのは正しいことなんだ。それを君は社長とともにがんばって実行しているんだ。さあがんばろうよ」というイデオロギー的動機づけを作動させるかたちで,結果的に保障なきガンバリズムをもたらしたといえます。そしてこれが,保障なき「義務だけ正社員」や「やりがいだけ片思い正社員」といった様々なかたちで拡大していき,現在のブラック企業の典型的な姿になっているのです。



濱口桂一郎 (2013). 若者と労働―「入社」の仕組みから解きほぐす 中央公論新社 pp. 222-223


人間力

 そう,「いかなる職務をも遂行しうる潜在能力」であり,「人間力」です。そして,前述したように,90年代以降,「社員」の範囲が縮小していき,それまで「入口」段階ではそれほど決定的な重要性を持たなかった「人間力」が,それによって「社員」の世界に入れるか否かが決定されてしまう大きな存在として浮かび上がってくると,そういう「人間力」を身につけるための教育がキャリア教育として行われるということになっていきます。


 一言で言えば,就活の場で企業にいい印象を持ってもらうことができるためのスキルを身につける教育です。



濱口桂一郎 (2013). 若者と労働―「入社」の仕組みから解きほぐす 中央公論新社 pp. 136


新規学卒者の採用

 そもそも,欧米では「企業に採用してもさしあたっては何の役にも立たないような,職業経験も知識も何も持たないような」新規学卒者を「もっぱら好んで採用しようとすることは,とても理解することができない」のに対して,日本では,新規学卒者がほとんど唯一の会社への入口となっていたために,少なくともある時期までは「自分の希望するところへ就職することは困難であるとしても,ほぼ間違いなく全員が自分の就職先を見つけ出すことができるようになってい」ました。


 欧米では,学校を出たばかりのスキルもない若者は,欠員補充に応募しても経験豊富な中高年失業者にとられてしまい,仕事に就けずに失業するのが当たり前であるのに対して,日本では何の経験もスキルもない「まっさら」な人材であることがむしろ高く評価されて「社員」として「入社」できるのが当たり前であったのです。



濱口桂一郎 (2013). 若者と労働―「入社」の仕組みから解きほぐす 中央公論新社 pp. 108-109


自分の仕事と他人の仕事

 欧米の職場では,個々の労働者の仕事の内容,範囲,責任,権限などが「職務記述書」や「権限規程」という形で明確に定められています。ですから,同じ職場にいても,自分の仕事と他人の仕事の区別は明確です。他人の仕事をする義務はありませんし,する権利もありません。むしろ,他人の仕事に手を出したりしたらトラブルのもとです。


 ところが,日本の職場では,そのように個々人に排他的な形で仕事が割り振られているわけではありません。むしろ,個々の部署の業務全体が,人によって責任の濃淡をつけながらも,職場集団全体に帰属しているというのが普通の姿でしょう。自分の仕事と他人の仕事が明確に区別されていないのです。



濱口桂一郎 (2013). 若者と労働―「入社」の仕組みから解きほぐす 中央公論新社 pp. 92-93


欠員補充方式

 欧米諸国の企業における人の採用のやり方の原則は,「必要なときに,必要な資格,能力,経験のある人を,必要な数だけ」採用するということにあります。それは日本の新卒定期採用方式に対して,欠員補充方式と呼ぶことができるでしょう。


 従って欧米の企業においては,学校卒業時に一斉に従業員の採用が行われるということは起こりえませんし,まして,卒業の以前から学校での勉強を放っておいて就職活動に奔走するというようなことはありえないのです。



濱口桂一郎 (2013). 若者と労働―「入社」の仕組みから解きほぐす 中央公論新社 pp. 40


人が中心

 すなわち,「仕事」をきちんと決めておいてそれに「人」を当てはめるというやり方の欧米諸国に対し,「人」を中心にして管理が行われ,「人」と「仕事」の結びつきはできるだけ自由に変えられるようにしておくのが日本の特徴だということです。



濱口桂一郎 (2013). 若者と労働―「入社」の仕組みから解きほぐす 中央公論新社 pp. 35


効率的な使い方

 テロリストたちは長い時間をかけた討論の末に,自分たちの立場からして核爆弾の最も効率的な使い道は,影響力の行使だという結論に達するだろう――そうなってほしいと願っている。使える核兵器を保有することは,それを立証できるなら,国家の地位に何かを付け加えることになる。彼らが実際に爆発させずに立証することを願うばかりだ。軍事標的に向けて発射するぞと脅し,その脅しが成功したら使わずにおく方が,実際に使って破壊行為におよぶよりも効果的である。テロリストといえども,むやみに人を殺すより,主要国を釘付けにしておく方が得策だと考えるはずだ。



トーマス・シェリング 村井章子(訳) (2016). ミクロ動機とマクロ行動 勁草書房 pp. 304


一部の人々の負担

 中には,ごく一部の人が行動すれば最悪の事態を防げるケースがある。予想される過負荷がほんの数パーセントであれば,半数の人が自主的な節電を実行するだけで,停電は避けられるだろう。しかし残り半数が節電しないのはじつに腹立たしい。とりわけ不快なのは,他の人が節電しているから停電にはならないとすっかり安心し,本来なら多少は謹んだかもしれない電力の無駄遣いをとんと気にしなくなり,兵器で電気をつけっぱなしにしている連中だ。それでも,不快感の価値を過大視しない限り,節電に協力した半数にとってもよい取引になりうる。「フリーライダー」は節電協力者より利得は多いものの,節電協力者も,協力して電力消費量を減らしたおかげで利得を手にしている。



トーマス・シェリング 村井章子(訳) (2016). ミクロ動機とマクロ行動 勁草書房 pp. 149


個人の利益と社会の利益

 私たちが社会と呼んでいるものによる調整や誘導の多くは,個人が考える利益とより大きな全体の利益との不一致を解決するための,さまざまな制度的なしくみから成り立っている。その一部は,市場を介して行われる。所有権,契約,損害賠償訴訟,特許および著作権,約束手形,賃貸契約,多種多様な情報・通信システムがそうだ。また一部は,政府を通じて行われる。公共サービスに充当するための税,個人の権利の保護,気象台の運営(市場で取引可能な気象情報が存在しない場合),交通規制,ゴミのポイ捨てを禁じる法律,南行き車線から事故車を撤去する事故処理班,北行き車線で車を誘導する警察官などだ。組合,クラブ,居住区のように,すでにふるいにかけられた集団では,個人ではやる気にならないが集団としてはやった方がよいことを促すインセンティブ・システムを用意したり,規則を定めたりすることが可能だろう。また各自のモラルが市場や政府規制の代わりを果たし,見返りが約束されればいずれはやるかもしれないことを,良心からやらせることもある。



トーマス・シェリング 村井章子(訳) (2016). ミクロ動機とマクロ行動 勁草書房 pp. 145


社会的な変更の困難さ

 交通信号もサマータイムも,多くの社会的決定が持つ有無を言わさぬ説得力を備えている。度量衡,ネジのピッチ,10進法貨幣制度,右側通行も,個人がとやかく言えるようなものではない。いや政府にしても,たとえば国民を夏は何時に起床させるといったことは,かんたんには思い通りにはできない。時計技術はサマータイムをじつに容易にした。車のハンドルの位置をそろえ,道路標識を整備して,一斉に右側通行に切り替えるよりはるかに容易である。ネジのピッチが浸透する測度は,貨幣の流通速度よりずっと遅い。家具や設備に使われてきたメートル法に準拠しないネジがすっかり姿を消すまでには,まだあと何年もかかるだろう。



トーマス・シェリング 村井章子(訳) (2016). ミクロ動機とマクロ行動 勁草書房 pp. 138


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