I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「社会一般」の記事一覧

新規学卒者の採用

 そもそも,欧米では「企業に採用してもさしあたっては何の役にも立たないような,職業経験も知識も何も持たないような」新規学卒者を「もっぱら好んで採用しようとすることは,とても理解することができない」のに対して,日本では,新規学卒者がほとんど唯一の会社への入口となっていたために,少なくともある時期までは「自分の希望するところへ就職することは困難であるとしても,ほぼ間違いなく全員が自分の就職先を見つけ出すことができるようになってい」ました。


 欧米では,学校を出たばかりのスキルもない若者は,欠員補充に応募しても経験豊富な中高年失業者にとられてしまい,仕事に就けずに失業するのが当たり前であるのに対して,日本では何の経験もスキルもない「まっさら」な人材であることがむしろ高く評価されて「社員」として「入社」できるのが当たり前であったのです。



濱口桂一郎 (2013). 若者と労働―「入社」の仕組みから解きほぐす 中央公論新社 pp. 108-109


自分の仕事と他人の仕事

 欧米の職場では,個々の労働者の仕事の内容,範囲,責任,権限などが「職務記述書」や「権限規程」という形で明確に定められています。ですから,同じ職場にいても,自分の仕事と他人の仕事の区別は明確です。他人の仕事をする義務はありませんし,する権利もありません。むしろ,他人の仕事に手を出したりしたらトラブルのもとです。


 ところが,日本の職場では,そのように個々人に排他的な形で仕事が割り振られているわけではありません。むしろ,個々の部署の業務全体が,人によって責任の濃淡をつけながらも,職場集団全体に帰属しているというのが普通の姿でしょう。自分の仕事と他人の仕事が明確に区別されていないのです。



濱口桂一郎 (2013). 若者と労働―「入社」の仕組みから解きほぐす 中央公論新社 pp. 92-93


欠員補充方式

 欧米諸国の企業における人の採用のやり方の原則は,「必要なときに,必要な資格,能力,経験のある人を,必要な数だけ」採用するということにあります。それは日本の新卒定期採用方式に対して,欠員補充方式と呼ぶことができるでしょう。


 従って欧米の企業においては,学校卒業時に一斉に従業員の採用が行われるということは起こりえませんし,まして,卒業の以前から学校での勉強を放っておいて就職活動に奔走するというようなことはありえないのです。



濱口桂一郎 (2013). 若者と労働―「入社」の仕組みから解きほぐす 中央公論新社 pp. 40


人が中心

 すなわち,「仕事」をきちんと決めておいてそれに「人」を当てはめるというやり方の欧米諸国に対し,「人」を中心にして管理が行われ,「人」と「仕事」の結びつきはできるだけ自由に変えられるようにしておくのが日本の特徴だということです。



濱口桂一郎 (2013). 若者と労働―「入社」の仕組みから解きほぐす 中央公論新社 pp. 35


効率的な使い方

 テロリストたちは長い時間をかけた討論の末に,自分たちの立場からして核爆弾の最も効率的な使い道は,影響力の行使だという結論に達するだろう――そうなってほしいと願っている。使える核兵器を保有することは,それを立証できるなら,国家の地位に何かを付け加えることになる。彼らが実際に爆発させずに立証することを願うばかりだ。軍事標的に向けて発射するぞと脅し,その脅しが成功したら使わずにおく方が,実際に使って破壊行為におよぶよりも効果的である。テロリストといえども,むやみに人を殺すより,主要国を釘付けにしておく方が得策だと考えるはずだ。



トーマス・シェリング 村井章子(訳) (2016). ミクロ動機とマクロ行動 勁草書房 pp. 304


一部の人々の負担

 中には,ごく一部の人が行動すれば最悪の事態を防げるケースがある。予想される過負荷がほんの数パーセントであれば,半数の人が自主的な節電を実行するだけで,停電は避けられるだろう。しかし残り半数が節電しないのはじつに腹立たしい。とりわけ不快なのは,他の人が節電しているから停電にはならないとすっかり安心し,本来なら多少は謹んだかもしれない電力の無駄遣いをとんと気にしなくなり,兵器で電気をつけっぱなしにしている連中だ。それでも,不快感の価値を過大視しない限り,節電に協力した半数にとってもよい取引になりうる。「フリーライダー」は節電協力者より利得は多いものの,節電協力者も,協力して電力消費量を減らしたおかげで利得を手にしている。



トーマス・シェリング 村井章子(訳) (2016). ミクロ動機とマクロ行動 勁草書房 pp. 149


個人の利益と社会の利益

 私たちが社会と呼んでいるものによる調整や誘導の多くは,個人が考える利益とより大きな全体の利益との不一致を解決するための,さまざまな制度的なしくみから成り立っている。その一部は,市場を介して行われる。所有権,契約,損害賠償訴訟,特許および著作権,約束手形,賃貸契約,多種多様な情報・通信システムがそうだ。また一部は,政府を通じて行われる。公共サービスに充当するための税,個人の権利の保護,気象台の運営(市場で取引可能な気象情報が存在しない場合),交通規制,ゴミのポイ捨てを禁じる法律,南行き車線から事故車を撤去する事故処理班,北行き車線で車を誘導する警察官などだ。組合,クラブ,居住区のように,すでにふるいにかけられた集団では,個人ではやる気にならないが集団としてはやった方がよいことを促すインセンティブ・システムを用意したり,規則を定めたりすることが可能だろう。また各自のモラルが市場や政府規制の代わりを果たし,見返りが約束されればいずれはやるかもしれないことを,良心からやらせることもある。



トーマス・シェリング 村井章子(訳) (2016). ミクロ動機とマクロ行動 勁草書房 pp. 145


社会的な変更の困難さ

 交通信号もサマータイムも,多くの社会的決定が持つ有無を言わさぬ説得力を備えている。度量衡,ネジのピッチ,10進法貨幣制度,右側通行も,個人がとやかく言えるようなものではない。いや政府にしても,たとえば国民を夏は何時に起床させるといったことは,かんたんには思い通りにはできない。時計技術はサマータイムをじつに容易にした。車のハンドルの位置をそろえ,道路標識を整備して,一斉に右側通行に切り替えるよりはるかに容易である。ネジのピッチが浸透する測度は,貨幣の流通速度よりずっと遅い。家具や設備に使われてきたメートル法に準拠しないネジがすっかり姿を消すまでには,まだあと何年もかかるだろう。



トーマス・シェリング 村井章子(訳) (2016). ミクロ動機とマクロ行動 勁草書房 pp. 138


どう責任を取ってくれるのか!

 さて,このように見てくると日本が安心社会から信頼社会に変わるためには,まずは「人を見たら泥棒と思え」と考える傾向から脱却し,「渡る世間に鬼はない」と考え,他者を信用していくことが必要だということが分かってくるわけですが,しかし,読者の中にはこうした結論に対して,異論を唱える方もきっとおられるのではないでしょうか。


 すなわち,「他人を信用しなさい」というのは道徳論としてはなるほど大切な話であるかもしれないが,世の中は「信じる者は救われる」というほど簡単なものではない。他者を気やすく信じた結果,もし相手に裏切られて酷い目にあったら,どう責任を取ってくれるのか!――というわけです。



山岸俊男 (2008). 日本の「安心」はなぜ,消えたのか:社会心理学から見た現代日本の問題点 集英社インターナショナル pp.136


集団主義社会のメリット

 では,集団主義社会のメリットとは何か――それは社会のシステムが「安心」を保証してくれるということに他なりません。


 この「安心社会」のメカニズムがあるおかげで,日本人は相手から裏切られる心配をすることなく,経済活動に専心できた。だからこそ,他の国よりもずっとパフォーマンスのいい経営を行うことが可能になったというわけなのです。



山岸俊男 (2008). 日本の「安心」はなぜ,消えたのか:社会心理学から見た現代日本の問題点 集英社インターナショナル pp.112


安心を保証する

 人々の結びつきの強い集団主義社会では,メンバーがおたがいを監視し,何かあったときに制裁を加えるメカニズムがしっかりと社会の中に作られています。つまり,このメカニズムこそがメンバーたちに「安心」を保証しているのであって,個々のメンバーは他の仲間たちを「信頼」しているわけではないということなのです。


 いや,もっと言えば,こうした社会においてはそもそも同じ社会の中で暮らしている相手を信頼するかどうか,考える必要すらありません。



山岸俊男 (2008). 日本の「安心」はなぜ,消えたのか:社会心理学から見た現代日本の問題点 集英社インターナショナル pp.104


原因が腫瘍なら

 2000年に起こった貪欲な性犯罪者の事例を考えてみよう。ある中年のアメリカ人男性は幸せな結婚生活を送っており,異常な性的嗜好もなかった。ところがほど一夜にして,売春婦と小児ポルノに興味を抱くようになった。妻がこれに気づき,男性が継娘にちょっかいを出しはじめたため,当局に通報した。男性は児童に対する性的虐待で有罪となり,リハビリを命じられた。ところがリハビリも彼を止められなかった。リハビリ先でも,相変わらずその施設の女性に性的な嫌がらせをしていたのだ。実刑は避けられないように思われた。


 彼はしばらく前からしつこい頭痛に悩まされていたのだが,それがいっそうひどくなっていた。判決の数時間前になってようやく病院に行くと,脳スキャンによって大きな腫瘍が発見された。腫瘍を切除すると,振る舞いは正常に戻った。話はこれで終わりかと思いきや,六ヶ月後,彼はまたしても不埒な行動をとりはじめた。再び医師の診察を受けると,最初の手術でとりきれなかった腫瘍の一部が大きくなっていたことがわかった。二度目の手術が完全に成功すると,常軌を逸した性的行動は即座に収まった。結局,男性は実刑を免れた。


 腫瘍は極端な例だ。こうした腫瘍のせいで彼の意思決定が極端に変わってしまったのだとすれば,行動の責任を問う者はほとんどいないだろう。だが神経科学者は将来,いまのところは「病気」「疾患」「異常」といった言葉でくくられていないその他の身体的原因を指摘するようになるだろう。彼らは「メアリーの万引きは,彼女の脳内の化学組成とシナプスによって説明できる」などと言うかもしれない。この弁明が,腫瘍を根拠とする弁明よりも理屈として説得力に欠ける理由ははっきりしない。



デイヴィッド・エモンズ 鬼澤忍(訳) (2015). 太った男を殺しますか?「トロリー問題」が教えてくれること 太田出版 pp.213-214


簡単な殺人

 パキスタンやアフガニスタンの上空には,米軍の無人飛行機,ドローンが絶えず飛び交っている。これを操縦しているのは何千マイルも離れたアメリカにいる,たいていは比較的若い男たちだ。2011年までの七年間で,米軍のドローンに殺された人は,パキスタンだけで2680人にのぼると見られる。


 ドローンは未来の戦闘の象徴だ。現在,偵察に使われているドローンがある一方で,人間や建物を標的にしているドローンもある。操作レバーを動かして人を殺すのと,銃剣でのどを刺して殺すのはどちらが簡単かがわかっても,それ自体は道徳的に中立な発見だ。結局のところ,われわれが恐ろしい敵に出会ったら,自軍の兵士には殺害に対して良心の呵責を感じてほしくないと思うかもしれない。しかし,銃剣を突き刺すよりもスイッチをぱちりとやるだけで殺すほうが簡単だとすれば,そのことは知っておく必要がある。



デイヴィッド・エモンズ 鬼澤忍(訳) (2015). 太った男を殺しますか?「トロリー問題」が教えてくれること 太田出版 pp.207-208


AIが直面する課題

 グーグルの自動運転車の開発はかなり進んでいる。多くの空港ですでに使われている自動運転列車は,いまや世界中の都市に導入されようとしている。たとえばデンマークのコペンハーゲンでは,ほとんどあらゆるものがコンピューターで一元管理されている。暴走する自動運転列車が,五人を殺すか一人を犠牲にするかの「選択」に直面する――そして,状況に応じで適切に反応するようプログラムされている――という事態も想像できる。


 自動運転列車であれ銃を使うロボットであれ,人工知能を備えた機械は人間より適切に「振る舞う」ことさえある。ストレスの多い状況で(たとえば砲火にさらされて),人は太った男を突き落としてしまい,あとで後悔するかもしれない。機械の「決断」は,アドレナリンがほとばしったからといって誤ることはない。


 ソフトウェア技術者が意見を一致させる必要のあるただ一つ(!)の事柄は,道徳規則をどんなものにするかということだ。



デイヴィッド・エモンズ 鬼澤忍(訳) (2015). 太った男を殺しますか?「トロリー問題」が教えてくれること 太田出版 pp.182-183


既存の社会区分の強化

 この本の至るところで述べているように,新しいテクノロジーの存在それ自体が文化的な問題を生み出すのでも,魔法のように解決するのでもない。事実,それらの構造はたいていの場合,既存の社会的区分を強化する。設計者がツールを意図的に偏見を含んだかたちで構築していることもある。しかしそれ以上に,こうした事態はうっかり起こってしまうことが多い。制作者たちがいかに自分たちの偏見が設計上の選択を特徴づけるかを理解していなかったり,設計者が取り入れたより大きな構造的生態系の中に,偏見を生み出す制限が副産物として存在していた場合のことだ。



ダナ・ボイド 野中モモ(訳) (2014). つながりっぱなしの日常を生きる:ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの 草思社 pp.265


デジタルの達人か?

 ティーンがソーシャルメディアを楽々使っているからといって,彼らがテクノロジーによく通じているとは限らない。ティーンの多くは,彼らは「デジタルネイティブ」だという言説から想像されるデジタルの達人とはほど遠い。私が会ったティーンたちは,検索エンジンのグーグルは知っていたが,そこから質の高い情報を得るためにどう質問を組み立てればいいのか,ほとんどわかっていなかった。彼らはフェイスブックの使い方を知っていたが,そのプライバシー設定の理解は,彼らのアカウント利用法と噛み合っていなかった。社会学者エスター・ハーギッタイの辛辣な言葉の通り,ティーンの多くはデジタルネイティブというより,デジタルナイーヴ(世間知らず)だ。



ダナ・ボイド 野中モモ(訳) (2014). つながりっぱなしの日常を生きる:ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの 草思社 pp.38-39


新しい力はあるか

 ソーシャルメディアによって実現された力に何ひとつ新しいものはない。私の祖父母が結婚前に互いに書いた手紙はいまでも残っており,永続性がある。学校新聞に掲載されたメッセージやトイレの壁の落書きは長きにわたって人目に触れる。ゴシップと噂は歴史的に口伝えで野火のように広がるものだ。そして検索エンジンが調査の効率を確実にあげたとはいえ,人に尋ねるという行為自体は決して新しいものではない。検索エンジンもそれについては誰も知らないと言うかもしれない。何が新しいのかといえば,これらの古くからある行為に携わるにあたって利用可能なテクノロジーの機能をソーシャルメディアが提供するにあたって,いまある社会状況を増幅させ,変容させるという部分だ。



ダナ・ボイド 野中モモ(訳) (2014). つながりっぱなしの日常を生きる:ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの 草思社 pp.26-27


よく考えて測定を考える

 現在就いている仕事など,すでに土地勘のある分野でエキスパートを探すなら,優れたパフォーマンスの特徴とは何かをよく考え,それを測る方法を考えてみよう。評価に多少,主観的要素が含まれていても構わない。それから優れたパフォーマンスに重要と思われる点で最も評価が高い人を探そう。常にベストとそれ以外を区別できるような客観的で再現可能な指標を見つけることが理想だが,不可能な場合はできるだけそれに近いものを目指そう。



アンダース・エリクソン ロバート・プール 土方奈美(訳) (2016). 超一流になるのは才能か努力か? 文藝春秋 pp.152


エキスパートの見極め

 しかし,本物のエキスパートが誰か見きわめるのがかなり難しい分野もある。たとえば最高の医師,最高のパイロット,あるいは最高の教師を見きわめるにはどうすればいいのか。最高の企業管理職,あるいは最高の建築家や最高の広告代理店の経営者となると,もう見当もつかない。


 ルールに基づく直接対決,あるいは明確で客観的なパフォーマンスの評価指標(スコアやタイムなど)が存在しない分野で最高のプレーヤーを探すときは,誰かの主観的判断はさまざまな偏見に影響を受けやすいことを肝に銘じておきたい。他人の有能さや専門能力を評価するとき,われわれは学歴,経験,社会的評価,年齢,ときには愛想の良さや外見的魅力に影響を受けることが研究によって示されている。


 たとえばすでに指摘したとおり,われわれはベテランの医師ほど経験年数の少ない医師より優れていると思い込んだり,複数の学位を持っている人は一つだけ持っている人,あるいは大学を出ていない人より有能だと考えがちだ。楽器の演奏のような他の分野より客観性のありそうなところでも,審査員は演奏者の評判,性別,身体的魅力など演奏とは無関係の要素に影響されることを示す研究もある。



アンダース・エリクソン ロバート・プール 土方奈美(訳) (2016). 超一流になるのは才能か努力か? 文藝春秋 pp.149


オープンで透明に

 ではこうした選択がスライダーで調整できると考えてみよう。その左端は<パーソナル/透明>で右端は<プライベート/一般>になっている。スライダーは左右の間のどこにでも移動できる。そのどこに移動するかがわれわれにとって重要な選択となる。驚いたことに,テクノロジーのおかげで選択が可能になると(選択の余地があることが重要だ),人々はスライダーをパーソナル/透明とある左の方へと動かしていくのだ。彼らは透明でパーソナライズされたシェアをする。20年前には心理学者は誰もそんなことを予想しなかっただろう。現在のソーシャルメディアが教えてくれるのは,シェアしたいという人類の衝動が,プライバシーを守りたいという気持ちを上回っているということだ。これは専門家をも驚かせた。今までのところ,選択ができる分岐点に来るたびに,われわれは平均的にはよりシェアし,よりオープンで透明な方向へと向かう傾向にある。それを一言で表すならこうだ――虚栄がプライバシーを凌駕している。



ケヴィン・ケリー 服部 桂(訳) (2016). <インターネット>の次に来るもの:未来を決める12の法則 NHK出版 pp.347


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