I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「政治・法律」の記事一覧

正規と非正規

 日本では,正規雇用と非正規雇用ではかなり大きな賃金格差が存在する。この格差は,正規雇用社の賃金が比較的低い20歳代においてはそれほどではないが,30,40歳代となるにつれて大きくなる。年間収入を130万円未満に抑えていた有配偶女性は,「壁」制度がなくなったからといって,すぐに正規雇用に移行できるわけではないだろう。そのため,「壁」以上に稼ぐためには,非正規雇用にとどまりつつ,労働時間を長くするしかない。たとえば時給が1200円で1日8時間,週5日働いたとしても,年収は230万円程度である。これでは,すでに夫が安定した所得を得ているような場合には,時給が上がらないかぎり,労働時間を延ばそうとする女性はそれほど多くならないのではないか。他方,非正規雇用で生計を立てているような人だと,そもそも最初から「壁」制度の恩恵を受けていない。つまり,「壁」制度となっている配偶者控除制度,第3号被保険者制度を廃止しても,その効果はすぐには表れないと予想できる。
筒井淳也 (2015). 仕事と家族 中央公論新社 pp. 98

就労は必要

 「出生動向基本調査:独身者調査」では,実は男性についても,結婚しても働いてくれる女性を求める人が増えていることがわかる。おそらくバブル崩壊とデフレによる不況の影響でいよいよ若年男性の雇用が急激に不安定化するなか,男性側でも相手の女性の所得に期待する意識が生じはじめたのである。
 このように女性の労働を「結婚生活を妨げるもの」ではなく「結婚生活を成り立たしめるもの」として捉えるようになるという転換は,他の国も一定の時期に経験してきたものだと私は考える。このような状態になると,女性の就労は結婚を遅らせ出生率を下げるというよりも,むしろ結婚に必要な要素として考えられるようになる。
筒井淳也 (2015). 仕事と家族 中央公論新社 pp. 56-57

少子化対策

 以上を受けて筆者は,肝心なのは結婚・出産を望む人がそれを叶えられる社会を実現することであり,今でもほとんどの人は結婚して子どもを持ちたいと考えている以上,経済的な障壁を取り除くことで十分な少子化対策になると考える。



筒井淳也 (2015). 仕事と家族 中央公論新社 pp. 38


宮沢喜一

 だが,年をとるほど,無邪気な東大信仰が現れてしまう。同僚や記者に最終学歴を聞きまくっていたことがある。宮澤の「何年卒ですか」というのは,東京大学法学部を前提とした話で,相手が他大学であると知れば「ふ~ん,そうですか」と小バカにする態度を示してしまう。本人はそのつもりはないが,不愉快な思いをした人は少なくない。もともと,勉強ができる,知識を十分に兼ね備えていることを鼻にかける傾向があったので,なおさらだった。まわりを気遣える頭のよさは不十分だった。神童はこんなところで評価を下げてしまう。政治家としての経歴に水をさしてしまい,もったいない。



小林哲夫 (2017). 神童は大人になってどうなったのか 太田出版 pp. 169


「高齢化社会を控えているので新たな財源が必要」

 まず,「高齢化社会を控えているので新たな財源が必要」というプロパガンダについて。


 これを聞いて,国民は渋々ながら納得したようです。確かに日本は高齢化社会に突入する。そのためには,お金もたくさん必要なのだろうと,お人好しな日本人は思ってしまいます。


 しかし,消費税導入後の国家予算を検討すれば,消費税が高齢化社会のために使われていないということは明白なのです。


 消費税の導入で,新たに10兆円の財源となりました。


 しかし,ほぼ同時期に行われた大企業や高額所得者の減税で,その10兆円分は消し飛んでしまったのです。


 そして,消費税が導入されたあと,高齢者福祉が充実したようなことはなく,社会保険料はたびたび引き上げられ,さらに新たに介護保険料まで取られるようになってしまいました。



大村大次郎 (2015). 元国勢調査官が明かす 金を取る技術 光文社 pp.174-175


消費税のプロパガンダ

 消費税導入のプロパガンダは,大まかに言って2つの論旨がありました。


 一つは,少子高齢化問題です。


 日本はこれから少子高齢化を迎えるので,財源が足りない,だから増税が必要なのです,ということを長期間にわたって訴え続けたのです。


 もう一つは,「日本は諸外国に比べて間接税が低い」ということです。


 諸外国はもっと高い間接税を払っています。だから,日本はもっと間接税を上げるべきです,ということを何度も何度も繰り返し,喧伝したのです。


 その喧伝が功を奏し,国民はだんだん消費税について許容するようになっていきました。



大村大次郎 (2015). 元国勢調査官が明かす 金を取る技術 光文社 pp.173-174


源泉徴収制度

 そもそもサラリーマンの現在の税金(源泉徴収制度)というのは,戦争中のどさくさにまぎれてつくられたものなんです。


 信じられないかもしれませんが,戦前はサラリーマンに税金が課せられていなかったのです。サラリーマンの給料に課税されるようになったのは,戦時中のことです。


 それまでは,会社が税金を払っているので,その従業員であるサラリーマンは税金を払わなくていいということになっていたのです。


 実際,会社ではその利益から税金を払っているわけだから,その社員にも税金を課せば,二重取りのようなことになりますからね。


 でも,戦局が悪化し,軍費が不足したために,苦肉の策として戦時特別税としてサラリーマンから税金を取るようにしたのです。


 しかも,その徴税方法は,会社に命じて天引きさせる,という「源泉徴収」の制度が取り入れられました。この源泉徴収制度は,同時期にナチスドイツで始められ,効率がいいということで日本もそれを取り入れたのです。


 戦時中の特別税ですから,本来ならば,戦争が終われば廃止されていいはずでした。しかし,終戦後,極度の税収不足が続いたので,サラリーマンの特別課税はそのまま継続されたのです。


 このように,本来,臨時的な税金であったサラリーマンの税金ですが,戦後の混乱が終わり日本経済が落ち着いたころには,国の税収の柱となっていました。そして,今さら廃止できない,ということになったのです。


 またバブル崩壊以降は,税収不足になれば,サラリーマンの税金を上げるというパターンが続けられ,40%以上もの高負担率となったのです。


 戦前の所得税の税率というのは,戦局が悪化する前までは8%でした。戦前,所得税を払っていたのは,かなりの金持ちです。金持ちですら8%の税金でよく,中間層以下には所得税は課せられていなかったのです。



大村大次郎 (2015). 元国勢調査官が明かす 金を取る技術 光文社 pp.158-159


実質的な負担

 名目的には,日本の国民の税金と社会保険料の負担率は約40%なので,スウェーデンやイギリス,ドイツなどよりは低くなっています。


 でも日本の場合は,中間層以下に負担が非常に多くかかるようなシステムになっています。だいたい収入の半分は,何らかの形で税金もしくは税金もどきで取られてしまっているのです。


 また日本の場合,消費税も食料品などの軽減制度がないので,低所得者ほど負担率が大きくなるようになっています。


 詳しくは後ほど述べますが,消費税というのは消費したときにかかる税金なので,収入に対する消費の割合が高い人ほど,税負担が高くなります。たとえば,収入の全部を消費に使ってしまう低所得者は,収入に対する消費税の負担割合は,ほぼ8%になってしまいます。しかし,収入の半分を貯蓄に回せる高所得者の場合は,収入に対する消費税の負担割合は4%になります。


 低所得者の負担している消費税8%を加味すれば,彼らの税負担率は50%を超えるでしょう。


 低所得者層の負担率は,日本が世界で一番高いのです。


 しかも,スウェーデンをはじめヨーロッパ諸国の方が,日本よりもはるかに社会保障が充実しています。高い税金でもそれなりの見返りがあるということです。


 ところが日本の場合は,社会保障に使われる税金の割合は先進国の中でも下から数えた方が早いのです。


 だから普通のサラリーマンにとって,実質的な税金,社会保険料負担率は,日本は世界一高いと言えるのです。



大村大次郎 (2015). 元国勢調査官が明かす 金を取る技術 光文社 pp.144-145


自国民と生活保護

 「住所地がないから生活保護の申請を受理しない」というようなことをする国は,先進国の中では日本だけです。


 欧米では,ホームレスの支援をするとき,もっともオーソドックスな方法は,国籍をとらせることです。


 国籍さえ取れば,国の保護を受けられるからです。つまり,欧米のホームレスのほとんどは,自国の国籍を持たない,不法移民,不法滞在者なのです。


 正真正銘の自国民に,生活保護を与えない先進国は日本だけなのです。



大村大次郎 (2015). 元国勢調査官が明かす 金を取る技術 光文社 pp.123


方向性は読めない

 核兵器からインターネットまで,あるいはレーダーから衛星航法まで,政府は大きな発明を多数生み出している。ところが政府は技術革新の方向性を見誤ることでも悪名高い。私がジャーナリストだった1980年代,ヨーロッパ諸国の政府はコンピューター産業を支援する各国の最新の取り組みについて自慢気に紹介してくれたものだった。プログラムはアルヴィー,エスプリ,「第五世代」計算機など人目を引く呼称を与えられ,ヨーロッパの産業を世界の頂点へと導くと考えられていた。彼らが手本としていたのは,やはり期待薄のアイデアであることが多かった。これらのアイデアを生み出したのは,当時流行の最先端にいたが,気のきかない日本の旧通商産業省(MITI)だった。これらのプログラムはかならず敗者を選び,企業を袋小路に追い込んだ。彼らが思い描く未来に携帯電話や検索エンジンは存在していなかった。


 そのころアメリカでは,狂気の沙汰としか思えないセマテックという政府主導の計画が進行中だった。大企業がメモリーチップ(生産拠点は雪崩を打ってアジアに移りつつあった)製造に乗り出せば国の将来は安泰だという前提の下,アメリカ政府はチップ製造業に1億ドルを投入した。ただし各社が相互競争を慎み,当時急速にコモディティー産業になりつつあったこの業界にとどまる努力を払うという条件で。このために1980年に成立した独占禁止法を改正しなければならなかった。1988年になっても統制経済を推進する人びとは,シリコンバレーの中小企業を「いつまでも起業の夢に取り憑かれている」ため,長期投資の対象にならないと批判した。まさにこのとき,マイクロソフト,アップル,インテル,のちにデル,シスコ,ヤフー,グーグル,フェイスブック――すべて,いつまでも起業の夢に取り憑かれている企業であり,これらの企業にとってガレージやベッドルームが起業の場だった――は,投影経済派お気に入りの大企業をいくつもなぎ倒しながら,世界制覇の基礎固めをしていたのだ。 



マット・リドレー 大田直子・鍛原多惠子・柴田裕之(訳) (2013). 繁栄:明日を切り拓くための人類10万年史 早川書房 pp.410-411


9.11陰謀論

ジョージ・W・ブッシュが大統領だったころ,政治的パラノイアの象徴としてもっとも頻繁に引き合いに出されたのは,トゥルーサー(truther)と呼ばれた「9・11トゥルース運動」にかかわる人びとだった。彼らはアメリカ政府内の悪人が9・11を計画したが,それを防止する手立てをわざと取らなかったと信じていた。しかし,トゥルーサーはしょせん脇役に過ぎなかった。9・11後にいちばんよく見られたパラノイアは,無害な学校の宿題を聖戦の証拠と見誤るような心理状態だったのだ。アメリカ人は次なる恐ろしい攻撃に神経を尖らせていた。しかもどのような攻撃になるのかを少なくとも知っていた冷戦時代とは違って,いまやありとあらゆる活動や物体が脅威に思えた。
 それは,スパイや破壊活動を探した過去に人びとが覚えた不安と同質のものだった。だが現在では,陰謀者を発見できなかった場合の結果は昔とは比較にならぬほど大きかった。なにが武器であってもおかしくないし,なににどのような意味があるのかわからないのだ。

ジェシー・ウォーカー 鍛原多惠子(訳) (2015). パラノイア合衆国:陰謀論で読み解く《アメリカ史》 河出書房新社 pp.376

合意を放棄

代表民主制のある種の欠陥は,選挙で衆参両院の多数派を占めれば,次の選挙まで政権党は強行採決という手法をとれば,なんでもできてしまう。いまの自民党のように党内にこれといった反対勢力がなければなおさらである。安倍首相はまさにこの「代表民主制の欠陥」を逆手にとって,合意する道を投げ出した分断・対決型の劇場政治を断行,限りなく「独裁」に近い政治をおこなっているのである。
 そして,その最大の武器が「断定口調」「レトリック」「感情語」という「アベ流言葉」である。合意することを放棄しているので,反対勢力を説得する必要はなく,分断し対決する状況をつくるための言葉であればいいのである。政策と民意のずれは各種世論調査が物語っている。安倍首相の発する言葉を引き金とした「政権の暴走」を止める手立てはないのだろうか。

徳山善雄 (2015). 安倍晋三「迷言」録:政権・メディア・世論の攻防 平凡社 pp.230

二分法

両極端に振れ続ける二極化,分断化現象のなか,賛成派は「戦争を抑止する平和法制」,反対派は「憲法違反の戦争法案」という一方通行の主張に終始し,かみ合うことがなかった。善か悪か,白か黒か,正義か邪悪かという二分法の構図をつくり,それを利用したのが安倍政権であった。安倍首相の断言口調やレトリック,感情的なヤジ,側近の失言などさまざまな言葉がその都度,問題あるいは話題になるなか,保守とリベラルの亀裂は深まっていった。
 分裂が広がれば広がるほど,国会の多数派に有利に働くのは自明である。オセロゲームのようにガラリと勢力図が変わり,政治家が育ちにくい小選挙区制の弊害も背景にあるのだろう。

徳山善雄 (2015). 安倍晋三「迷言」録:政権・メディア・世論の攻防 平凡社 pp.65

断定口調・レトリック・感情語

私は「アベ流言葉」には3つのパターンがあると考えている。ひとつは「戦争に巻き込まれることは絶対にない」「徴兵制は全くあり得ない,今後もない」などという「断定口調」。もうひとつは,象徴的なものとして戦後70年の安倍談話でみられた「私は」という主語を使わずに間接話法を用いる「レトリック」。最後は突然キレる「感情語」。これは第3章に詳しいが,出演したTBSテレビや日本テレビのキャスターに投げつけられた。国会で自席から飛ばすヤジもそうだろう。
 「断定口調」「レトリック」「感情語」がそれぞれ単発で使われることもあるし,「断定口調」と「レトリック」,「レトリック」と「感情語」を一緒に使う話法もある。留意しなければならないのは,これらに野党政治家とリベラル系のメディアが敏感に反応,激しく批判することで「アベ流言葉」を増幅し,分断を深めるという点だ。
 そして,安倍首相は謝罪させられたり,世論にも攻撃されたりしてダメージを負うことになる。しかし,これはあくまで初期現象で,この分断・対話型の手法が最終的には安倍氏にしばしば有利に働くことになるのである。

徳山善雄 (2015). 安倍晋三「迷言」録:政権・メディア・世論の攻防 平凡社 pp.11-12

非難を避ける

「優生思想を正当化する法律の撤廃」は,障害者団体や女性団体が長年めざしてきたことであるが,一方,厚生省にとってみれば,80年代からの懸案であった優生保護法の優生条項の見直しがようやく片づいたことになる。また,医療側からみると,「優生」という名目が省かれたことで,形式的には選択的中絶が優生目的のものだとして非難される恐れが減り,胎児条項導入の途が開けてきたともいえる。こうして日本は96年になってようやく,選択的中絶の合法化について,形式的には他の先進諸国とおなじスタートラインに立ったといえよう。

米本昌平・松原洋子・橳島次郎・市野川容孝 (2000). 優生学と人間社会:生命科学の世紀はどこへ向かうのか 講談社 pp. 231

優生保護法から母体保護法へ

1995年12月に,自民党社会部会は突如として優生条項を検討する勉強会をはじめ,その後半年ほどで優生保護法は母体保護法に改正された。このとき,女性運動が主張してきた中絶の自己決定や,産婦人科医たちが要望してきた胎児条項の導入などは,論争的で早期決着が見込めない問題群として棚上げにされ,条文からの優生条項の削除と改正案の通過が最優先とされた。衆議院への法案提出から参議院本会議可決までわずか5日間であり,改正案提出の仕掛人となった自民党社会部長自ら「スピード違反」を認めるほどの早業であった。
 スピード決着が優先されたため,強制的不妊手術をはじめとする優生保護法下での人権侵害や,反人権的な優生条項を放置してきた国の責任が,国会の場で問われることはなかった。つまり,優生政策の批判的総括を欠いたまま,優生的文言だけが忽然と姿を消したのである。なぜ,このようにあわただしい改正が行われたのだろうか。

米本昌平・松原洋子・橳島次郎・市野川容孝 (2000). 優生学と人間社会:生命科学の世紀はどこへ向かうのか 講談社 pp. 229

「優秀素質者」

これにともない,戦後の「人口資質問題」も新たな段階を迎えた。人口資質向上の目的が経済成長に絞り込まれたのである。1960年12月に国民所得倍増計画を決定した池田内閣は,経済成長の推進力として人的能力の開発と人口資質向上を重視し,62年5月には「人づくり」政策を発表した。「国民の遺伝素質の向上」を唱えた厚生省人口問題審議会「人口資質向上対策に関する決議」(62年7月)はこの流れで出てきたものである。
 「人口資質向上対策に関する決議」では,経済成長の前提として技術革新に即応できる心身ともに「優秀な人間」が必要であり,「人口構成において,欠陥者の比率を減らし,優秀者の比率を増すように配慮することは,国民の総合的能力向上のための基本的要請である」とした。「対策」として「幼少人口の健全育成」など8項目が列挙されているが,その1つに「国民の遺伝素質の向上」も含まれていた。それによると「長期計画として劣悪素質が子孫に伝わるのを排除し,優秀素質が民族中に繁栄する方途を講じなければならない」として,遺伝相談の全国的整備や「優秀素質者」の育英制度の活用を求めた。これはまさに優生政策の提案といえる。

米本昌平・松原洋子・橳島次郎・市野川容孝 (2000). 優生学と人間社会:生命科学の世紀はどこへ向かうのか 講談社 pp. 191

優生保護法と断種

公式統計によれば,優生保護法が施行されていた約半世紀の間に,手続き上本人の同意を必要としない強制的な不妊手術(第四条,第十二条適用)は,約1万6500件実施された。この種の手術は,80年代にも140件報告されている。また,形式的には当事者の同意に基づいていても,施設に収容されていたハンセン病患者に象徴されるように,事実上強いられた状況下で不妊手術や中絶が行われていたケースもある。さらに,優生保護法とその関連法では卵管や精管の結紮・切断しか認めていなかったにもかかわらず,月経中の介護負担の軽減を名目に,女性障害者に対して子宮摘出手術が行われてきたことも,忘れてはならない。
 ちなみにスウェーデンでは,断種法のもとで1934年から75年までに,本人の同意に基づくものや医学的理由によるものも含めて,合計で約6万3000件の不妊手術が実施されたという。スウェーデン政府の不妊手術問題調査委員会は1999年1月の中間報告(最終報告は2000年3月)で,「医学的理由」として届けられていても実質的には優生学的理由で手術されたケースや,任意といえども施設を出る際の条件とされるなど半ば強制的に実施されたケースが存在していたことを指摘し,任意か強制かにかかわらず,すべての被害者を補償の対象とみなすよう提言した。この中間報告を受けて,スウェーデンでは99年7月から補償が始まった。日本では,優生保護法のもとで,総計約84万5000件(1949-96年)の不妊手術が公式統計上報告されている。中絶の件数と任意あるいは強制による不妊手術の件数は,いずれも1950年代半ばから60年頃までがピークであった。この数字の意味を日本の戦後史の中で検証する本格的作業は,まだ行われていない。
 優生保護法が優生政策を背景とする「断種法」であったことは明白である。そして,この法律を根拠に不妊手術や中絶手術を強いられた人々が確かに存在する。つまり,少なくともこの事実において,日本の戦後世代はすでにある種の優生政策を経験してきているのである。現在の遺伝子技術・生殖技術に向き合うとき,われわれはまずこのことを念頭に置く必要があろう。

米本昌平・松原洋子・橳島次郎・市野川容孝 (2000). 優生学と人間社会:生命科学の世紀はどこへ向かうのか 講談社 pp. 171-172

ナチスとアメリカ

ナチスはアメリカの断種法や絶対移民制限法を,自らの政治主張の正しさを世界も認め採用した具体例として,さかんに喧伝した。ナチスの人種制作に確信犯的に賛同する人間もいた。1935年にベルリンで開かれた国際人口学会議は,当然ナチス色の強いものとなったが,アメリカ代表C.G.キャンベルは「人口学の生物学的状況」という講演でこう述べた。「ドイツ国総統アドルフ・ヒトラーが,内務大臣フリック博士の協力,ドイツの人類学者,優生学者,社会哲学者らの支援の下,人種の歴史の時代を画する人口増大と改良という包括的人種政策の構築ができたのも,ドイツ人全員の研究の総合とみてよい。もし,人種の質や民族的達成や生存への展望の面で落伍したくないのなら他の国家や民族が追随すべき,手本をもたらした」。当然,ナチスはこの発言を引用した。

米本昌平・松原洋子・橳島次郎・市野川容孝 (2000). 優生学と人間社会:生命科学の世紀はどこへ向かうのか 講談社 pp. 44

学校に責任

2012(平成24)年に時の文部科学大臣田中真紀子氏は,大学設置・学校法人審議会が認可をした新設大学に「待った!」をかけ,物議をかもした。その時の世論の大勢は,田中大臣のやり方は乱暴だが,「大学が多すぎる…」という問題提起は有意義なものだ,といったあたりだったように思う。大昔から就職難のたびに,大学(生)が多すぎる,大学教育の見直しが必要等々の議論がわき起こってきたのである。経済界からしてみれば,経済環境の悪化は,人材をきちんと排出しない学校の側に責任があるとの言い分である(好況の際には決まって,「起業は学校に何ら期待していない,余計なことをせずに卒業生をよこせ」という話になるのだが…)。

竹内和芳 (2014). 「就活」の社会史—大学は出たけれど…— 祥伝社 pp. 37

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