I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「その他心理学」の記事一覧

人間の集団と気体分子

 人間の群衆にも,よく似た転移が生じる。工学者のロイ・ヘンダーソンは,大学構内の学生や運動場の子どもの動きを観察するうちに,個々人の動きが気体分子のようなランダムな運動になぞらえられることを発見した。いずれの場合も,その動きは,気体分子に見られる速度分布を記述する方程式(マクスウェル=ボルツマン分布)に合致しており,観察した学生や子どもの動きにこの理論を当てはめてみると,速度分布は同じパターンに従うことがわかったのである。唯一の違いは,学生よりも子どものほうがエネルギーがずっと大きく,したがって平均速度がはるかに高いということだけだった。
レン・フィッシャー 松浦俊輔(訳) (2012). 群れはなぜ同じ方向を目指すのか? 白揚社 pp. 40-41

検索語の意味

 ここでちょっと「子供を持ったことを後悔している」などと検索することの意味を考えてみよう。グーグル自体は情報を調べる手段として存在している。天気予報や昨晩の試合結果,自由の女神はいつ建てられたのかなどだ。だが時に人は,たいして期待もせずに赤裸々な思いを検索ボックスに打ち込む。この場合,検索ボックスはいわば告解の場だ。
 毎年,こうした検索は膨大な数に上る。「寒い季節は嫌いだ」とか「どいつもこいつもウザい」とか「寂しいわ」などだ。もちろんこうした数千件程度の「寂しいわ」検索は,実際に寂寥をかこっている数億人のごく一部が行っているに過ぎない。情報の代わりに考えや感情を検索することは,私が調べたところ,そんな考えを抱いたごく一部に限られている。同様に米国で「子供を持ったことを後悔している」と検索する年に7000人の人々も,私の調査によれば,そう感じている人々のごく一部だ。
 子供は多くの人にとって,いやおそらくほとんどの人にとって,大きな喜びをもたらす。そして私の母は,「あんたとあんたのバカげたデータ分析」のせいで孫の数が減ってしまうのではと恐れているが,この研究は別に私の子供を持ちたいという願望を変えていない。だが子供を持つことをめぐるこの不穏当な検索は興味深い。そして旧来のデータセットには見られない人間性の一側面を示す証拠の一つだ。我々の文化は,常に幸福な赤ちゃん像で満ちている。たいていの人は,子供を持つことを後悔をもたらすものとは考えないだろう。だがそんな人もいるのだ。そして彼らは誰にもそれを認めないが,グーグルに対してだけは別なのだ。
セス・スティーヴンズ=ダヴィドウィッツ 酒井泰介(訳) (2018). 誰もが嘘をついている:ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性 光文社 pp. 130-131

Google Correlate

 一方,グーグルでは「グーグル・コリレイト(Google Correlate)」というサービスを開発していた。これを使えば,健康関連だけでなくさまざまな分野で同様の分析ができる。経時的に追跡している任意のデータ系列に対して,最も相関性の高い語句検索がわかるのだ。
 たとえば,グーグルのチーフ・エコノミストのハル・バリアンと私は,住宅価格に最も深く関わっている検索語を明らかにできた。住宅相場の上げ局面では,米国人は「80/20ローン」(借入総額を8割と2割の2本のローンに分割して頭金やローン保証の支払を避けるタイプの契約)とか「新築工務店」とか「価格上昇率」などの単語を複合検索していた。下げ局面での検索ワードは「早期売却」とか「ローン残額割れ」(住宅の実勢価格がローン残額を割り込んだ状態)とか「住宅ローン債務免除益法」などが増える。
セス・スティーヴンズ=ダヴィドウィッツ 酒井泰介(訳) (2018). 誰もが嘘をついている:ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性 光文社 pp. 73-74

レジリエンス

3番目のデザイン原則であるレジリエンス(回復力)は,私たちのシステムの長期的な安定性に関係している。今日の社会システム(金融や政府,労働など)は,間欠的に不具合が派生したり,壊れたり,ひどいときには崩壊してしまう。システム全体の不調が起こりにくい,新しいシステムを設計することが必要だ。同様に,変化や脅威に素早く,正確に対応できない社会システムは,現代社会のニーズには適していない。長期的に見た私たちのレジリエンスは疑いなく,社会における急速な変化に私たちが素早く,安定的に適応できる力に根ざしている(非常にまれ,あるいは大規模な変化にも対応できなければならない)。社会物理学の観点から考えた場合,これは社会的学習がどのくらい速く進むかという問題である。これまで考えられなかったような情報源を含め,あらゆる場所から最速でデータを集め,統合するにはどうすればいいか,それを社会システムの再構成に使うにはどうすればいいか?というわけだ。
アレックス・ペントランド 小林啓倫(訳) (2015). ソーシャル物理学:「良いアイデアはいかに広がるか」の新しい科学 草思社 pp. 248-249

知性のトレードオフ

 いずれにしても,私たちは知能が普遍的に有利だと考えるが,かならずしもそうではない。どの形質にもトレードオフがあり,学習の速さも例外ではないのだ。問題に速く反応する勇敢な鳥には,速度が速いことと正確性のあいだにトレードオフがある。たとえばサイモン・デュカテスは,バルバドス島のコクロムクドリモドキに問題を解くのが速い個体と遅い個体がいることを発見した。しかし結局のところ,問題をゆっくり正確に解くコクロムクドリモドキと比べて,速く問題を解くコクロムクドリモドキは逆転学習などのテスト(バルバドスアカウソがしたようなテスト)の成績が振るわなかった。「大胆な個体はより速く全体を見ますが,表面しか見ていないのです」とダニエル・ソルが説明する。「よりじっくりと問題に取り組む個体がより良い情報を引き出し,それを使ってより柔軟に行動します」


 では,なぜ両方のタイプが1つの集団に残っているのだろう?「おそらく,異なるタイプの個体が環境のことなる年にいい結果を出すからだろう」とデュカテスは推測する。このことが,個体ごとに認知能力が異なる理由を説明するのかもしれない。そして,スズメが教えてくれたように,いろいろな個体がいることがいい理由も。



ジェニファー・アッカーマン 鍛原多惠子(訳) (2018). 鳥!驚異の知能:道具をつくり,心を読み,確立を理解する 講談社 pp. 394


主従はない

 日本は無畜農業,ヨーロッパは有畜農業とする比較のやり方も,かならずしも実情を十分に説明するものではない。こうしたとらえ方は,日本人の立場では,ともすれば,穀物生産を農業の主体と考え,それが無畜であるか有畜であるかを論じることになりやすい。ところが,ヨーロッパでは。家畜飼育と穀物栽培のどちらが主で,どちらが従であるか,そう簡単には決められない。主食と副食の区別がないのと同じように,両者はむしろ対等関係にある。



鯖田豊之 (1966). 肉食の思想 中央公論社 pp. 43-44


「上の空」でプレーする

 いわば「上の空」でプレーをしていることが,どうやら大試合のあとのインタビューでプロスポーツ選手が往々にしてあまり有益なことを語らない理由の一つのようだ。何をやったのか選手が語れないのは,自分たちもそれを知らず,神や母親に感謝するはめになっているからだ。こうしたスポーツ選手は,プレーの一部始終について考えていないときに最も力を発揮するので,自分の頭の中を探り直して,いま何をやったのか熟考するのは難しいのだ。
シアン・バイロック 東郷えりか(訳) (2011). なぜ本番でしくじるのか:プレッシャーに強い人と弱い人 河出書房新社 pp. 288

資源の補充

 ワーキングメモリーを存分に活用しなければならない作業があるときには,がむしゃらに進まずに一歩離れてみることが,それをうまくやりとげるための鍵となるだろう。一歩離れることは,ストレスの多い仕事を終えたすぐあとに浮上してきた問題に取り組むときも,やはり欠かせないものとなる。困難な任務をこなす能力は,ちょうど運動すると筋肉が疲労するように,時間とともに衰える。それどころか,グルコース(脳細胞を含めた,体細胞のためのエネルギーの主要な供給源)は,難しい思考や推理作業をつづけて行っていると枯渇していく。休憩をとって資源を補充しなければ,次に何をするにせよ影響がおよぶことになるだろう。
シアン・バイロック 東郷えりか(訳) (2011). なぜ本番でしくじるのか:プレッシャーに強い人と弱い人 河出書房新社 pp. 42

二元的に捉える

 人間は物事を二元的にとらえるという特徴をもっている。これは,著名な人類学者クロード・レヴィ=ストロースの研究にふれたことのある人にはおなじみの考え方だ。人間のあらゆる認知は,左—右,低い—高い,夜—昼,彼ら—われらといった対照的な二つのものをどう扱うかに基づく,という理論である。私たちが捕食者に対して抱く感情にも,この二元性がもちこまれているように思われる。つまり人間,少なくとも西洋文明の中にいる者は,一方では,自分のことを世の中のどの動物よりも上位に位置する優れた存在だと認識している。だが(ここが二元的なのだが),もう一方では,捕食者のような劣った生き物から危害を受けるかもしれないと際限なく案じていたりもする。
ドナ・ハート ロバート・W・サスマン 伊藤伸子(訳) (2007). ヒトは食べられて進化した 化学同人 pp. 2-3

バイアス

 人間の思考には,楽観性のバイアスがあることは,心理学や行動経済学の世界でよく知られています。客観的に物事を判断すると同時に,常に最悪の事態を想定し,結果として何事もなかった,あるいは軽微な影響にとどまったなら,それでよしとする姿勢が大事です。
 後手を踏む,あるいは,対応が不十分だったことがもたらす負の影響は,先手を打つ,あるいは,十分すぎると思われる対応をとることにより,組織内外の注目を集め,それがもたらす負の影響(それゆえ,ことを荒立てたくない,内々で処理したいと思いがちです)よりも,はるかに大きいと考えるべきです。
植村修一 (2018). “社風”の正体 日本経済新聞社 pp. 169-170

自分で信じるようになる

 人によっては,自分でも気づかないうちに優秀なコールド・リーダーになっていることも十分あり得る。友だちに対して遊びでリーディングをするようになると,少なくともいくつか,非常に好意的な反応が返ってくるはずだ。それを長く続けているうちに,まわりの人が意味のあることだと思うような内容を話すコツがわかってくる。まもなく,周囲から好意的な反応が得られることで,自分にはサイキックの才能があると確信するようになる。
イアン・ローランド 福岡洋一(訳) (2011). コールド・リーディング:人の心を一瞬でつかむ技術 楽工社 pp. 380-381

どうしようもないほどひどい

 何かを回想するとき,四つの種類の汚染が起こることによって,正確さが損なわれることが多い。一般的に言って,
・人は物事を正確に観察するのが得意でない。
・うまく観察したわずかばかりのことも,正確に記憶するのが得意でない。
・うまく記憶したわずかばかりのことも,他人に正確に説明するのが得意でない。
・うまく説明できるわずかばかりのことも,大幅に単純化する傾向がある。
 これを疑うなら,こうした分野で実際に行われた学問的研究をひもといてみればいい。このような研究はいくつもあって,どれも同じことを指摘している。つまり,人間の心には素晴らしいところもたくさんあるが,過去の経験を正確に説明する能力はどうしようもないほどひどい,ということだ。
イアン・ローランド 福岡洋一(訳) (2011). コールド・リーディング:人の心を一瞬でつかむ技術 楽工社 pp. 259

ダイアローグへ

 要約すると,サイキックはリーディングを,モノローグ(独り言)ではなくダイアローグ(対話)にしようと努める。彼らは相談者にフィードバックを促すさまざまな方法を知っていて,巧みに利用する。これはコールド・リーディングの重要な側面だが,相談者はたいていの場合それに気づかない。多くの相談者は,サイキック能力によってさまざまなことが解き明かされ,数々の驚くべき言明を自分はただ聞いていたのだと信じて,リーディングの場を後にする。実際には自分がさまざまな情報をフィードバックしていたことに,まるで気づくこともなく。
イアン・ローランド 福岡洋一(訳) (2011). コールド・リーディング:人の心を一瞬でつかむ技術 楽工社 pp. 219

対話になるように

 理屈の上では,サイキックがずっとしゃべって相談者はただ聞いているというサイキック・リーディングもあり得る。コールド・リーディングはこういう状況でも機能するし,実際,郵便でやり取りするリーディングではほかに方法がない。しかし,コールド・リーディングが最もうまくいくのは,相談者が大いに反応し,たくさんの情報をフィードバックしてくれる場合だ。このためサイキックは,リーディングが相互の対話になるよう,できる限りのことをしている。
イアン・ローランド 福岡洋一(訳) (2011). コールド・リーディング:人の心を一瞬でつかむ技術 楽工社 pp. 209-210

予言は当たる

 「一方向のみ検証可能な予言(One-way Verifiable Predictions)」は,たぶんコールド・リーディングにおける予言のうちで最も巧妙なものだろう。この予言を検証することは可能だが,それは予言されたことが実際に起きた場合に限られる。実際に起きなかった場合は,予言が外れたことをけっして証明できない。たとえば,次の例を見てほしい。
 [例]「あなたの職業に影響を与えるニュースを,友だちが電話であなたに伝えようと考えるでしょう。しかし,ぎりぎりになって知らせるのを思いとどまるかもしれません」
 可能性をよく見てほしい。もし偶然に友人がそういう電話をかけてくれば,予言は当たったことになる。もし電話してこなければ,サイキックが可能性に言及しているように,知らせるのを思いとどまったせいにしてしまえる。
イアン・ローランド 福岡洋一(訳) (2011). コールド・リーディング:人の心を一瞬でつかむ技術 楽工社 pp. 184-185

インターリーブ効果

 インターリーブについて,明らかになったことをまとめよう。複数の項目,スキル,理念を混ぜた練習(勉強)をある程度の期間行うと,個々の項目,スキル,理念の違いがわかるようになるだけでなく,個々の特徴をより鮮明につかめるようになる。そして,この効果の活用でもっとも大変なのは,1つのことを繰り返し練習(勉強)するほうがいいという思い込みを捨て去ることである。
 その思い込みを捨てないとどうなるか。それは数学の点数に如実に現れる。
ベネディクト・キャリー 花塚 恵(訳) (2015). 脳が認める勉強法:「学習の科学」が明かす驚きの真実! ダイヤモンド社 pp. 248

流暢性

 流暢性とは,情報を適切に素早く処理し出力する能力のことである。事実や公式や要旨がその場ですぐに思いだせると,翌日や翌々日になっても思い出せると信じてしまうのだ。この流暢性が招く幻想は非常に強力だ。主題や課題の内容をつかんだと思えば,それ以上勉強する必要はないと思い込む。人は忘れるという事実を忘れてしまうのだ。
ベネディクト・キャリー 花塚 恵(訳) (2015). 脳が認める勉強法:「学習の科学」が明かす驚きの真実! ダイヤモンド社 pp. 123

筋肉のように

 一人ひとりを見つけて名前を確認するという行為を続けると,保存と検索の両方の力が増大する。小学1年のときの担任は,向こうが名乗ってくれれば,検索の力は格段に高くなる。これは,忘却の受動的な側面である。時間がたつにつれて検索の力が弱くなることが原因だ。「覚えるために忘れる理論」によると,検索の力が下がることで,忘れていた事実や記憶を再び見つけたときに,より深い学習を促進するという。ここでまた,筋肉の増強になぞらえてみよう。懸垂をすると筋肉の組織が破壊され,1日休息をとった後で再び懸垂を行うことで,より強い筋肉が形成される。これと同じなのだ。
ベネディクト・キャリー 花塚 恵(訳) (2015). 脳が認める勉強法:「学習の科学」が明かす驚きの真実! ダイヤモンド社 pp. 57-58

忘却曲線

 エビングハウスの忘却曲線は多くの研究者の心をとらえ,忘れられることはなかった。1914年,アメリカの教育研究の権威であるエドワード・ソーンダイクは,エビングハウスの忘却曲線を「学習の法則」に変えた。ソーンダイクはそれを「不使用の法則」と名づけ,情報を学習しても,使い続けなければ記憶から消え去ると断言した。使わなければ失うというわけだ。
 この法則は正しいと思われていた。少なくとも経験に合致するのは確かで,いまなおこの法則を学習の定義として思い浮かべる人がほとんどだ。しかし,この定義には裏がある。
ベネディクト・キャリー 花塚 恵(訳) (2015). 脳が認める勉強法:「学習の科学」が明かす驚きの真実! ダイヤモンド社 pp. 42

すべてを覚えていたら

 19世紀のアメリカ人心理学者ウィリアム・ジェームズは,「人間がすべてを覚えているとすれば,何一つ覚えていない場合と同様に都合が悪いことがほとんどだ」と言ったが,本当にそのとおりだろう。
ベネディクト・キャリー 花塚 恵(訳) (2015). 脳が認める勉強法:「学習の科学」が明かす驚きの真実! ダイヤモンド社 pp. 34

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