I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「その他心理学」の記事一覧

目的を考える方法

 同じ高さになろうとする水だとか,自分と同じ種族を守り,増やそうとする遺伝子といった具合に,意思を持たないものに「目的追求」行動を考えるやり方いは,それなりに利点がある。そこで仮定した動機は,便宜的な表現や示唆的な比喩や有用な決まり文句以上のものになって,記憶に残ることだ。ただし人間が対象の場合,比喩が比喩でなくなり,目的をめざすとか問題を解決するといったイメージに安易に結びつきやすい。このため,およそ見当違いの目的をめざしているとか,目的を知らずに行動しているとか,意識せずに目的を取り違えている,といった可能性を忘れてしまうことがある。また,人々がめざしているとされた目的が達成された場合,その満足感を過大評価してしまうこともある。



トーマス・シェリング 村井章子(訳) (2016). ミクロ動機とマクロ行動 勁草書房 pp. 13


治療行為

 思春期の頃から日常に懐疑的で,物語の中にある言葉に引っ張られ,言葉を頼りにしながらも,むしろネガティブに言葉の闇の底に沈み込むことが多かった。


 生きるということは即ち死に向かうことだと思うと,闇の底の淀みにはニューロティックな自己批評性と,それを打ち消すべき笑いが寄り添っていた。拠り所にする言葉が枯れると,新たな言葉を探して本の海をひとり泳ぎ,潜水した。


 そんな時,現実の世界で救済してくれる人と出会えたり,指針となる言葉を与えられると,漠たる闇から浮上することができた――思えばボクはずっとそういうサイクルの人生を送ってきた。


 自らの半生を省みても数々の事象が思い当たる。舞台の上やテレビで話すこと,笑わせることが本業でありながら,執筆活動も生業のひとつとなった今,ボクにとって,書くことは営みを超え,自分自身を慰撫する治療行為にもなっている。



水道橋博士 (2017). 藝人春秋2 下 死ぬのは奴らだ 文藝春秋 Kindle 3485-3486/3821.


カテゴリー錯誤

 しかし,神経科学の主張に対しては,さらに根本的な反論がある。そこに何らかのカテゴリー錯誤が含まれているというのが,批判の要点だ。カテゴリー錯誤という概念を導入した20世紀のイギリスの哲学者,ギルバート・ライルは,オックスフォード大学にやってきたアメリカ人旅行者を例にあげてそれを説明している。この旅行者は,シェルドニアン大講堂,ボドリアン図書館,学寮と中庭を見たあとで,「で,大学はどこですか?」と無邪気に聞いたというのだ。あたかも大学が物理的に別個に存在しているかのように。


 同じような考え方から,概念,選択や動機,欲望や偏見といったものを脳に帰すのは,ある種のカテゴリー錯誤だとされる。ライルはヴィトゲンシュタインの影響を受けている。神経科学者を批判する者の多くがヴィトゲンシュタイン信奉者だ。神経科学をヴィトゲンシュタイン流に批判すれば,心理的特性は脳に帰すことはできない,となる。彼らに言わせれば,心と脳は同一ではない。



デイヴィッド・エモンズ 鬼澤忍(訳) (2015). 太った男を殺しますか?「トロリー問題」が教えてくれること 太田出版 pp.220


二重システム

 ジョシュア・グリーンは当初,感情と計算が対立していると見なし,ハイトは感情と理性(さらに最近の著作では自動性/直観と理性)が対立していると見なし,ノーベル経済学賞を受けた心理学者のダニエル・カーネマンは速い思考と遅い思考が対立していると見なした。


 これら二重のシステムは相互に完全に独立していなくてもよい。したがって,ハイトが言うように感情が運転席にいるとしても,理性が運転指導教官として早い段階で介入する役目を果たしてきたのかもしれない。たとえば,先進国の大半で,人々は昔ほど同性愛を嫌悪しなくなった。よって,同性愛は間違っていると思う人も少なくなった。だが,もしかしたら理性が,同性愛は唾棄すべきものという社会規範を変える役割を多少なりとも果たしたのかもしれない。



デイヴィッド・エモンズ 鬼澤忍(訳) (2015). 太った男を殺しますか?「トロリー問題」が教えてくれること 太田出版 pp.215-216


誰よりも努力

 しかも科学をはじめ,さまざまな分野で他を圧倒するような独創的成功を収めた人々の研究では,クリエイティビティは長期間にわたって努力と集中力を維持する能力と切り離せない関係にあることが明らかになっている。それはまずある分野のエキスパートになるのに必要な,限界的練習の構成要素と完全に一致している。たとえばノーベル賞受賞者の研究では,一般的に最初の論文を発表するのは同年代の研究者より早く,その後も生涯にわたって同分野の他の研究者を大幅に上回る数の論文を発表しつづけることが明らかになった。要するに誰よりも努力したわけだ。



アンダース・エリクソン ロバート・プール 土方奈美(訳) (2016). 超一流になるのは才能か努力か? 文藝春秋 pp.271


汎用的な意志力は

 第一に,どんな場面にも役立つ汎用的な「意志の力」が存在するという科学的証拠はまず見当たらない。たとえば全国レベルのスペリングビー・コンテストに出場するために膨大な時間勉強するだけの「意志の力」を持つ生徒たちが,ピアノやチェスや野球を練習しろと言われたら同じだけの「意志の力」を発揮できるという証拠は何もない。どちらかと言えば既存のエビデンスは,意志の力がかなり状況に左右されるものであることを示している。一般的に誰にでも楽に努力できる分野とそうではない分野があるのだ。



アンダース・エリクソン ロバート・プール 土方奈美(訳) (2016). 超一流になるのは才能か努力か? 文藝春秋 pp.225


選択の効果

 もちろん,報告に不足があることは,医学に限られた問題ではない。心理学者の3分の2が,論文の中での結果変数のいくつかを割愛することが時々あると認めている。これによって,結果報告の偏りが生み出されることになる。また,心理学者は同じ現象を別々の角度から調べるために,1つの論文の中で複数の実験を報告することがよくあるのだが,心理学者の半数がうまくいった実験だけを報告したことを認めている。こうした習慣は,調査に回答した人のほとんどが弁明の余地がないだろうと認めているにもかかわらず,しつこく残り続けている。



アレックス・ラインハート 西原史暁(訳) (2017). ダメな統計学:悲惨なほど完全なる手引書 勁草書房 pp.141


普通の人の特徴

 英才教育の項目で述べたように,芸術やスポーツなど個人プレイが求められる分野で傑出した才能を見出すのはそれほど難しくはありませんし,逆に,極端に何かの能力が劣っていたり,犯罪に走る傾向がある人も比較的容易に見つけることができます。


 難しいのは,傑出しているわけでもなければ,極端に劣っているわけでもないふつうの人の持っている素質や性向といったものをどうやって見出すかでしょう。



安藤寿康 (2016). 日本人の9割が知らない遺伝の真実 SBクリエイティブ pp.


音の発生源

 音の発生源の位置を感知するのに,主な方法は2つある。誰かに左側から話しかけられているとしよう。声はまず左耳に届く。右耳に届くまでにはほんの少し余分に時間がかかるからだ。脳は音の大きさについても細かく識別できる。音が右耳に届くには頭のまわりを回析する必要があるので,高周波の音はかなり小さくなる(低周波の音の大きさは,頭による影響をほとんど受けない)。脳は低周波の音が左右の耳に届く時間差を検討し,左右の耳に聞こえる高周波の音の大きさを比較することによって,音がどこから来るかを特定する。



トレヴァー・コックス 田沢恭子(訳) (2016). 世界の不思議な音 白揚社 pp.181


残響の長さ

 どの程度の残響が望ましいかは,聴いている音楽によって決まる。ハイドンやモーツァルトの複雑な室内楽は,宮廷や貴族の屋敷で鑑賞するために作曲されたので,1.5秒くらいの短い残響時間をもつ狭い部屋で演奏するのがベストだ。フランス・ロマン派の作曲家エクトル・ベリールズは,ハイドンやモーツァルトの作品が「あまりにも広すぎて音響的に不適切な建物で」演奏されるのを聴いて,これなら部屋で演奏するほうがましだと不満を書き残している。「弱くて平板で,調和を欠いた音だった」


 ベリオールズやチャイコフスキーによるロマン派の音楽,あるいはベートーヴェンの音楽には,室内楽よりも豊かな響きが求められるので,たとえば2秒ほどの残響時間が必要となる。オルガンや合唱団の楽曲ではさらに長い残響が求められる。著名なアメリカ人コンサートオルガニストのE・パワー・ビッグズは,こんなふうに語っている。「オルガン奏者は与えられた残響をめいっぱい利用し,さらにもっと欲しいと言うでしょう……多くのバッハのオルガン曲は残響を利用するように考えられています。有名なニ短調のトッカータの冒頭の装飾音に続く休止を考えてみてください。明らかに,これはなおも空中に漂っている音符を味わうためにあります」



トレヴァー・コックス 田沢恭子(訳) (2016). 世界の不思議な音 白揚社 pp.33-34


液体洗剤の色

 もう一つの興味深いケースは,液体洗剤だ。コルゲート・パーモリーブ[アメリカの多国籍企業]が,液体洗剤に最も適した色を選ぶための実験を行った。色だけを変えた洗剤を数種類用意し,主婦たちに数週間にわたって試してもらったのだ。もちろん主婦たちは,まったく異なる洗剤を比較していると信じ込んでいた。そして,ほぼ全員が,黄色の洗剤が脂分を最もよく落とすと答えた。だが黄には,緑ほど清涼感がないという欠点がある。また,抗菌性が最も高く,それでいて自然に最も優しい洗剤は,透明で色がない。結局,すべての長所を備えた色は存在しないことがわかった。そこで,消費者の心理的欲求に応じるため,黄と緑と透明の液体洗剤が販売されることになる。


 歯磨きも同様に,色によって効用が異なるように感じられる。だから,一部の歯磨き粉は,三種類の着色料を使って「トリプル・アクション(3つの機能)」を強調している。



ジャン=ガブリエル・コース 吉田良子(訳) (2016). 色の力:消費行動から性的欲求まで,人を動かす色の使い方 CCCメディアハウス pp.122


洗剤の色

 ずっと昔から,色を使って消費者を「誘惑」してきた分野がもう一つある。マーケティングの殿堂,つまり洗剤業界だ。1950年代に,プロクター・アンド・ギャンブルは,おなじみの白い粉末洗剤に,色のついた粒を混ぜることを思いつく。そこで,粒の色を決めるために,マーケティングのスタッフが,主婦を対象とした一連の実験を行った。粒の色が黃・赤・青と異なる三種類の洗剤が用意されたが,当然,洗浄力は同じに設定されていた。しかし,主婦たちの感想は,黄は「洗いが足りない」,赤は「布地が痛む」,青は「汚れがよく落ちる」というものだった。



ジャン=ガブリエル・コース 吉田良子(訳) (2016). 色の力:消費行動から性的欲求まで,人を動かす色の使い方 CCCメディアハウス pp.121-122


包装の形

 包装の形については,専門家によれば,一般に男性は角張って固い形を好み,女性は丸みを帯びた形や曲線に惹かれるという。


 もっとも,文化の違いによっては,体裁に多少の調整を加える必要がある。たとえばケンタッキーフライドチキン(KFC)は,日本に進出するさいに,ボール紙製の<バケット>の見直しを迫られた。日本人は<バケット>にチキンがぎゅうぎゅうに詰めこまれているのを見て,ひどく下品なうえに信用できないと感じたからだ。渡されたときに,下のほうに入っているチキンが見えないことが原因だった。そこで,KFCは日本の<お弁当>を手本にして研究し,「きれいに見せる」ことに成功した。つまり,すべてのチキンを平らに並べたのだ。おかげで,日本の<バゲット>は,販売価格がアメリカの二倍になった。しかし「こうしてよかったと思っています」と,KFCの大河原社長は,日本的な微笑みを浮かべながら断言する。アメリカのやり方に従っていたならば,ケンタッキーは日本に定着しなかっただろうと確信しているからだ。



ジャン=ガブリエル・コース 吉田良子(訳) (2016). 色の力:消費行動から性的欲求まで,人を動かす色の使い方 CCCメディアハウス pp.110-111


色の見え方

 猫やウサギやネズミや牛は,青と緑は感知するが,赤という色を知らない。つまり,雄牛は絶対に赤を識別していないということだ。それなのに,どうして闘牛士は赤いマントを振り回すのだろう?それはたんに,これから耳を切られ,尾を落とされ,命まで奪われることになる哀れな動物の血の色を目立たなくするためである。


 そのほかの動物の色覚についても見ていこう。馬は,黄色と緑を正常に識別するが,青と赤を混同する。爬虫類では,カメは青と緑とオレンジを識別し,トカゲは黄色と赤と緑と青を見分けることが知られている。昆虫はどうかというと,黄色を非常によく感知する。蝿取り紙やその他の虫取り用の罠に黄色が使われているのには意味があるのだ……。また,広い海の上では,虫はあまりありがたくないお客だ。だから,一般に,船体を黄色く塗ることは禁止されている。大量の花粉があると勘違いして,虫が巣を作るのを避けるためである。そして最後につけ加えると,鳥は色覚が非常に発達しており,形や動きよりも色に応じて行動していると思われる。


 結論を言えば,人間とほぼ同じ色覚と光スペクトルを持つ動物は,リスとトガリネズミ,そして一部の蝶だけとされている。ごくわずかと言ってよいだろう……。


 だが,自慢するにはあたらない。人間よりも優れた色覚を持つ動物はたくさんいるのだから!その筆頭が甲殻類だ。シャコは12種類,それに続くエイも10種類の光受容体を持ち,「三色型色覚」(青・緑・赤)として公認されている人間の目を大きく引き離している。



ジャン=ガブリエル・コース 吉田良子(訳) (2016). 色の力:消費行動から性的欲求まで,人を動かす色の使い方 CCCメディアハウス pp.46-47


色の温度

 もちろん,こうした特殊な例は別として,我々は赤,オレンジ,黄を暖色として,青と紫を寒色として認識している。緑は「ぬるい色」,つまり暖色でも寒色でもない色とみなされる。人間の目に見える光スペクトルの中央に位置するからだ。ただし,知っておいてほしいが,これは我々の感覚であり,物理的な観点からは間違っている。


 色の温度についてのこの概念は,非常に重要である。なぜならば,脳による色の認識は,温度によって異なるからだ。我々は日頃から,ろうそくの光と電球の光と「陽の光」を区別している。いや,より正確に「晴れた日の昼間の光」と定義することも可能だ。朝の美しい色だの,冬の美しい色だのといった表現を聞くこともあるだろう。決して誇張ではなく,レモンは赤い光の中では白く見えて,緑色の光の中では茶色に見える。レモンが「レモン色」に見えるのは「白い」光の中で見たときだけなのだ……。



ジャン=ガブリエル・コース 吉田良子(訳) (2016). 色の力:消費行動から性的欲求まで,人を動かす色の使い方 CCCメディアハウス pp.28


理性の教育を

 言い換えれば,現代的な心の習慣は,単に現代生活に適応するのに役立つだけでなく,成熟した道徳的推論によって現代世界を改善することにも役立つのである。心の習慣はマーティン・ルーサー・キングと共に自由に向かって行進することの意義や,ベトナムやイラク・アフガニスタンで外国人を殺害したことの見返りとして受けたダメージを真剣に受け止めることの大切さを教えてくれる。「ベトナムを爆撃して石器時代にしてやる」と言う将軍は,今時いないであろう。もちろん私は,すべての人が人種差別やナショナリズムや残酷さから脱却するための最初の一歩を踏み出したわけではないことを知っているし,多くの要因が偏見を見えにくくしていることにも気づいている。しかしながら,道徳哲学の研究と教育に人生のすべてを捧げ,1957年に南部でその仕事を開始した者として,私は偏見を減らすためには理性の教育こそが重要であることを知っている。



(Flynn, J. R. (2013). Intelligence and Human Progress: The Story of What was Hidden in our Genes. New York: Elsevier.)


ジェームズ・ロバート・フリン 無藤 隆・白川佳子・森 敏昭(訳) (2016). 知能と人類の進歩:遺伝子に秘められた人類の可能性 新曜社 pp.


個人と社会の増幅器

 バスケットボールのスキルの上達に及ぼす遺伝子と環境の影響力は,2種類の増幅器の作動の仕方に依存している。まず,個々人の生育史におけるスキルの向上は,個人的増幅器の作動によって生じる。つまり,平均より少しだけ優れた遺伝子が,それと適合する優れた環境因子を取り込むことによって,次第にスキルが向上する。一方,時代に伴う集団としてのスキルの向上は,社会的増幅器が作動することによって生じる。つまり,同じ集団内の成員が互いに切磋琢磨することによって,集団全体の平均的なスキルの水準を,より高い水準へと向上させる。


 私は,この増幅器のアナロジーは本質を明確に捉えていると思っている。別々の環境で育った一卵性双生児が,何らかの点で平均よりも少し優れた認知的能力の遺伝子を持っていたとしよう(もちろん劣っている場合もあり得る)。そして,もし平均よりも優れていれば,その一卵性双生児の少し優れた遺伝子は,その遺伝子と適合する優れた認知的環境を取り入れるように働き始める。すなわち,個人的増幅器が作動し始めることによって,それに気づいた教師との出会い,優れた仲間との相互作用,優秀な能力別クラス,より優秀な高校や大学への進学などの優れた環境要因が,彼らの認知能力を向上させるのである。だが時代とともに,様相は違ってくる。学校教育の期間が8年から12年へ,さらに12年以上(大学)へと長くなったことは,社会全体としての人知的能力の水準を向上させるだろう。すなわち,社会的増幅器が作用し始めたのである。


 要するに2つの増幅器は,どちらも働いている。別々の環境で育った一卵性双生児のIQの一致度が高いことは,決して環境の影響を否定しているわけではない。他方,環境の影響によって時代とともに集団としてのIQが向上したことは,決して遺伝子の影響を否定しているわけではない。なぜなら遺伝子と環境は,どちらもIQの個人差を説明するためにも,時代とともにIQの集団差が出てくることを説明するためにも,重要な役割を果たすからである。つまり,親族研究の研究者たちがこぞって否定する環境の影響は,常に存在しているのである。



(Flynn, J. R. (2013). Intelligence and Human Progress: The Story of What was Hidden in our Genes. New York: Elsevier.)


ジェームズ・ロバート・フリン 無藤 隆・白川佳子・森 敏昭(訳) (2016). 知能と人類の進歩:遺伝子に秘められた人類の可能性 新曜社 pp.11-12


保守と独創

 以上の実験結果からすると,秩序は前例を優先させる保守的な傾向と,いっぽう無秩序は新しいことに重きを置く独創的な傾向と結びついているようだ。もしあなたが十年一日のごとく同じことを繰り返していて,そんな状況を打破したいと思っているのなら,家でも職場でも思いきって日課をさぼり,何もしない時間を過ごしてみてはどうだろう。その結果まわりが散らかってくれば,持ち前の創造性が目を覚まし,習慣から自由になって新しいことが発見できるかもしれない。



リチャード・スティーヴンズ 藤井留美(訳) (2016). 悪癖の科学:その隠れた効用をめぐる実験 紀伊國屋書店 pp.212


単純接触効果

 繰り返しの接触は高感度を引き上げる。この傾向は心理学では「単純接触効果」と呼ばれ,顔だけでなく写真や音,形状,名称,さらには造語まで,以前に接したことがあるものは好ましく感じる。シェフィールド・ハラム大学が行なった実験では,ユーロヴィジョン・ソング・コンテストのような権威ある催しでも,この効果が見られることがわかった。


 ユーロヴィジョン・ソング・コンテストは参加国が年々増えている人気イベントだ。規模が大きくなりすぎて,2004年からは参加回数の少ない国だけで準決勝が実施されることになった。長い出場歴を誇る国は準決勝が免除され,いきなり決勝に進むことができる。そのため審査員は,一部の参加国の演奏を準決勝と決勝の二度にわたって聴くことになった。審査結果を分析したところ,準決勝出場国ほど得点が高くなる傾向が明らかになった――まさに単純接触効果だ。



リチャード・スティーヴンズ 藤井留美(訳) (2016). 悪癖の科学:その隠れた効用をめぐる実験 紀伊國屋書店 pp.153-154


スピードを出さなくても面白い運転とは

 スピード走行がたまらない魅力に感じるのは,衝突事故の危険に対する認識がなく,退屈なドライブをもっとおもしろく,楽しくしたいと思う運転者だ。とすれば,スピードの出しすぎが危険であるという知識を普及させ,同時に運転をおもしろくする別の方法を考案すれば,楽しさを損なわずに公道の安全性を高めることができそうだ。だが,運転者の興味と挑戦意欲をかきたてる斬新かつ安全な方法はあるだろうか。それをひねり出すのも挑戦だ。



リチャード・スティーヴンズ 藤井留美(訳) (2016). 悪癖の科学:その隠れた効用をめぐる実験 紀伊國屋書店 pp.138-139


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