I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「金融・経済」の記事一覧

最強の社会科学

 経済モデルは人間の行動に関する誤った認識に基づいてつくられているが,皮肉にも,そうしたモデルがあるおかげで,経済学は最強の社会科学とされている。経済学が最強と言われる理由は2つある。1つ目の理由に議論の余地はない。公共政策への提言においては,経済学者はどの社会科学者よりも強い影響力を持っているからだ。なるほど政策提言は経済学者の独壇場だと言っていい。ごく最近まで,他の社会科学者が政策について議論する場に呼ばれることはめったになく,たとえ呼ばれたところで,親族が集まる場で子どもの席に座らされるような扱いを受けた。


 もう1つの理由は,経済学は知性の面でも最強の社会科学だと考えられているからである。経済学には核となる統一理論があり,それ以外のほとんどすべてのことがその理論から導かれる。それが最強とされるゆえんだ。あなたが「経済理論」という言葉を使うと,それが何を意味するのか,周りの人にはわかる。そのような土台を持っている社会科学は他にない。他の社会科学の場合はむしろ,理論の目的が特定の分野に限られる傾向がある。特定の環境下で何が起こるかを説明するためのものだ。実際,経済学者はよく,経済学を物理学になぞらえる。物理学と同じように,経済学ではいくつかの核となる前提が設定され,その前提の下で理論が展開されている。



リチャード・セイラー 遠藤真美(訳) (2016). 行動経済学の逆襲 早川書房 pp.22-23


権力の分散

権力が分散され,より適切なバランスになれば,善きにつけ悪しきにつけ1人の人間が途方もないことを1人で決めるような事態は減るはずだ。しかしこのアプローチがこれまでほとんど無視されてきた一方で,よきリーダーを求める声がますます強まっているのは興味深い。だが望むだけでは職場は改善されず,リーダーのクオリティも向上しない。

ジェフリー・フェファー 村井章子(訳) (2016). 悪いヤツほど出世する 日本経済新聞社 pp.255

セルフサービングバイアス

ある調査によれば,経営者というものは,高業績は自分の実力だと自画自賛し,業績不振は自分ではどうにもならない外部要因や前任者やマクロ経済環境のせいにするという。なかには,現場の営業に責任を転嫁する経営者もいる。うちの会社は人件費が高すぎるから,人間が多すぎるから競争力がないのだと言う経営者は,現場で実際に仕事をしている社員のコストを削ることしか考えていないらしい。

ジェフリー・フェファー 村井章子(訳) (2016). 悪いヤツほど出世する 日本経済新聞社 pp.228-229

心理的麻痺

人びとが動物の扱いについてどう思っているか本当に知りたいなら,カネの動きを見ればいい。アメリカ人は動物保護団体に対し,年間20億ドルから30億ドルを寄付している。すさまじい金額だと思うだろう?でも,動物を殺すのにかけている金額と比べたら”雀の涙”だ。食肉に1670億ドル,ハンティング用品や機材,旅費に250億ドル,害獣駆除に90億ドル,毛皮衣料に16億ドル,計2026億ドル也。もちろん,自分が知りもしない人間以外の生きものの福祉を拡充しようという動物保護団体に寄付する金額よりは,自分のペットの幸福や健康のために投じる金額のほうがはるかに多い。このことは人間性の根底を流れるいくつかの原理にぴたりと重なる。ひとつは,すっかり定着した進化の法則,すなわち「家族優先」だ。ペットはいまや多くの家庭において家族の一員と考えられているのだ。
 もうひとつは,オレゴン大学の認知心理学者ポール・スロヴィックが「心理的麻痺」と呼んでいる現象だ。つまり,悲劇が大きければ大きいほど,人びとはよりその悲劇を気にかけなくなるようなのだ。たとえば,病気の子どもひとりを救うために寄付してもいいと人びとが考える金額は,病気の子ども8人のグループを救うために寄付していいと考える金額の二倍だと言われる。もっとたくさんの人が苦しんでいるとなると,人間の無関心はさらに拡大する。『ニューヨーク・タイムズ』紙のコラムニスト,ニコラス・クリストフが指摘したように,五番街にあるリッチな分譲マンションに巣くった一羽のアカオノスリ(=赤茶けた尾羽を持つ北米産のタカの仲間)が追い払われそうになったとき,ニューヨーク市民の怒りはそれこそ怒髪天を衝くがごときだったのに,スーダンで故郷を追われた200万人の窮状についてはほとんど怒りの声をあげることもなかったおいう事実は,この心理的麻痺の考え方を使って説明できる。スロヴィックは,圧倒的な人数を前に人間が無関心になる現象を「共感の崩壊」と呼んでいる。

ハロルド・ハーツォグ (2011). ぼくらはそれでも肉を食う:人と動物の奇妙な関係 柏書房 pp.316-317

組織内習慣

この2人の著者は10年以上かけて,企業がどう機能しているかを研究し,膨大なデータの沼地をじわじわと進みながら,主として次のような結論に達した。彼らの本によると「企業の行為の多くは決断という木の先にある小枝をじっくり観察した結果ではなく,概してその企業の過去に由来する全般的な習慣と戦略的対応の反映だと理解される」という。
 これを理論経済学には縁のない人間にもわかりやすい言い方をすると「大半の企業が慎重な意思決定にもとづいて合理的な選択をしているように見えるかもしれないが,実際はそうではない」ということだ。むしろ,企業は長年続いてきた組織内習慣によって導かれている。数千人の従業員それぞれの決定から生まれたパターンだ。そしてこの習慣の影響力がどれほど大きいか,それまで誰も理解していなかった。

チャールズ・デュヒッグ 度会圭子(訳) (2013). 習慣の力 The Power of Habit 講談社 pp.225-226

ストックとフロー

経済学に「ストック」と「フロー」という考え方がある。人口の動向に関していえば,ストックとは自然増減に関すること,フローとは社会増減に関することと言い換えることができるだろう。これに照らすと,少子化とは「ストック」の問題である。
 ストックをこれ以上減らさないために少子化の流れを変えないと,日本の未来が危ういということに異論はない。しかし,この難題に一地方公共団体が対応できる範囲には限界がある。その一方で,魅力あるまちづくりを通じ,社会増を生み出すというフローへの対応は,どこだろうと努力次第で成果をあげることができる。
 少子化のような問題は,国家施策としてのストックの課題への対応と,地方施策としてのフローの課題への対応が両立したとき,はじめてバランスのとれた答えを導き出すことができる。逆に,これらの課題を混同したり,取り違えたりしてしまうと,思わぬ落とし穴にはまり込んでしまう。

池田利道 (2015). 23区格差 中央公論新社 pp.35-36

話題になった時点で終わり

銀行が販売する投資信託における問題点は,このようにリスクを誤認しやすいという点以外にもある。それはタイミングの問題だ。銀行に限らず,誰かが大々的に勧める投資商品は,すでにピークを過ぎたものであることが多いというのは,市場における原則の1つである。マスコミで取り上げられる投資ネタも基本的にそうだ。マスコミの社内で「このテーマはいける!」と判断されるものは,もうすでに市場ではとっくに評価されて,価格に織り込まれているはずのものだ。昔から,「マスコミで取り上げられたら,そのテーマは終わり」というのがプロの間で相場のタイミングを判断する際にしばしば用いられる判断基準の1つである。だから,これも銀行固有の問題というわけではないのだが,安全と信用を売りにする銀行だからこそ,この問題は典型的に現れる。

田渕直也 (2015). だからあなたは損をする 投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について ダイヤモンド社 pp.250-251

事前にはわからない

リーマンショック後,現在に至るまで,「市場は全てを解決する」派の分は悪くなり,「市場には任せておけない」派が勢いを得ている。しかし,これは歴史上何度も繰り返されてきたことだ。金融危機など市場が大きな失敗をするたびに規制の強化が図られる。しかし,時間がたって危機が忘れられるようになると再び「市場は全てを解決する」派が力を得ていく。それが歴史の常なのである。
 なぜそのような揺り戻しが起きるかと言えば,全ての問題を永続的に解決する規制など存在しないからだ。いいか悪いかは別として,人は規制を逃れるために知恵を絞る生き物だ。やがて,規制は形骸化し,その効果は失われていく。さらに,規制は思いもよらない副作用を生むことがある。市場で何が起きるかを正確に予測できないのと同じように,複雑な現実世界では規制がどのような効果をもたらすかも事前にはわからないのである。

田渕直也 (2015). だからあなたは損をする 投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について ダイヤモンド社 pp.222-223

予言の自己成就

市場には,予言の自己成就と呼ばれる現象がある。経営状態の悪い企業の株価が売られ,それが企業を追い詰めて,市場の予言通りにその企業は破たんを迎える。しかし,その企業が破たんした直接の原因は株価が下落したことだ。こうして市場の予言は,自己実現する。

田渕直也 (2015). だからあなたは損をする 投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について ダイヤモンド社 pp.157

パニック・フィードバックループ

市場の暴落は,理屈で割り切れる世界ではない。見る見るうちに自社の損失が膨らんでいく自体を目の当たりにしてパニックに陥り,恐怖に支配されるのだ。そしてパニックに陥った投資家の投げ売りがさらなる価格下落を招き,そしてその価格下落がパニックをさらに助長する。価格下落とパニックは,お互いがお互いを強めあう強いフィードバックループを形成し,ひとりでに大きくなっていくのである。
 類似した行動パターンを持つ特定の投資家群が1つの市場で大きなシェアを占めているとき,そのパニックと暴落はとりわけ大きなものとなる。みなが同じ行動をとろうとし,反対の行動をとろうとする投資家が現れにくいので,いったんパニックが広まるととめどのない暴落につながりやすいからだ。国内の金融機関が支え合う形で保たれている日本の国債市場の安定性は,何らかのきっかけで暴落が起きたときのインパクトの大きさの裏返しとなっているのである。

田渕直也 (2015). だからあなたは損をする 投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について ダイヤモンド社 pp.145-146

円買いの理由

結局のところ,キャリートレード主犯説も,わかりやすいように現実をデフォルメした説明に過ぎない。本当は,「低金利通貨である円を売っている投資家が多いだろうから,何かが起きると円が買い戻される」という『期待』に基づいて投資家が行うパターン化された反射的行動の結果として,「リスクオフによる円高」が引き起こされる。それが「円=安全通貨」説で説明されるようになった理由として,ある古い固定観念の存在があると考えられる。
 それは「有事のドル買い」だ。かつて,世界で何かが起きるとドルが反射的に買われた。それが「有事のドル買い」である。この現象は,リスクが高まったときに,世界の基軸通貨であり,世界で最も安全な通貨であるドルに買いが集まると説明されてきた。現在では,この有事のドル買いは見られず,有事の円買いにとってかわられている。この連想で,「ドルはもはや世界で最も安全な通貨ではない。有事に買われる円こそが世界の安全通貨である」という発想につながったのではないかと思う。
 だが,もともと「有事のドル買い」が,ドル=安全通貨だったから起きたという解釈が間違いだ。戦後しばらくの間,米国は世界に対する最大にして圧倒的な存在感を誇る資本提供者だった。グローバルな金融取引が今ほど自由にできず,現地通貨を直接調達することに何かしらの制限があった当時,米国の投資家の多くは,手持ちのドルを売ることで他の通貨を手に入れ,それを投資の原資にしていたはずだ。だから世界でリスクが高まると,投資資金は回収され,元のドルに戻されることになる。つまり,有事のドル買いは,世界に投資する原資がドルだったから起きたのだと考えられる。
 グローバルな金融取引が活発に行われている現在では,長らく主要国で最も金利が低い通貨であった円を売ることで,その低い金利で資金調達をしているのと同じ効果を得ることができる。つまり,円を元手に世界に投資をしているのと同じ状態を作り出すことができるのだ。だから,何かが起きると,元手となっている円が買われる。そして,それがパターン化された行動となって自動的に繰り返されるようになっていく。それが「有事の円買い」の正体である。

田渕直也 (2015). だからあなたは損をする 投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について ダイヤモンド社 pp.114-115

後付け

チャート分析は過去の値動きだけから将来を予測する。今まで見てきたように,ランダム性であれカオス性であれ,市場に予測不能な性質が備わっているのだとすれば,結局,どんなチャート分析も当たったり,外れたりするはずだ。だが,後から見るといかにも有効そうに見える。
 私がまだ銀行のトレーダーになりたてのころ,テクニカル分析のテキストを買って一生懸命勉強していたときに,ある先輩から次のように言われたことがある。「テクニカル分析にはさまざまなものがあるが,結局どれも生き残らない。唯一生き残っているのはエリオットウェーブだけだ。なぜエリオットウェーブが生き残っているかというと,後で何とでも説明できるからだ」と。エリオットウェーブが今も唯一生き残っているかどうかはともかく,基本はそのとおりだ。誰にでも明確で答えが出せるような単純明快なチャート分析で,明らかに有効そうなものは残念ながら存在しない。有効そうに見えるものは,エリオットウェーブのように解釈の余地があるものだ。後付けで見ると,当てはまっているように説明することができるのである。しかし,それはあくまでも後からみたときにだけそう見えるのであって,まだ確定していない本当の将来が予測できるということにはならない。

田渕直也 (2015). だからあなたは損をする 投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について ダイヤモンド社 pp.79-80

複雑系

ここまで見てきたことから言えるように,金融は,物理法則によって予測が可能な天体の動きのようなものとは違う。むしろ,台風や竜巻に近い。複雑系と呼ばれるそれらの現象は,わずかな変動(ゆらぎ)がフィードバックループにより増幅され,思わぬ大変動へとつながって形成される。そのメカニズムは大体においてわかっているし,コンピュータ上でシミュレーションすることもできるが,いつ,どこで,どのような台風や竜巻が起きるかは正確に予測できない。

田渕直也 (2015). だからあなたは損をする 投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について ダイヤモンド社 pp.37-38

ランダムへの誤解

ここには,ランダムという事象に対する大きな誤解が背景に横たわっている。ランダムというとたいていの人は,バラバラでとりとめもなく,際立った結果が生まれることのない平凡な世界を想像する。しかし,ランダムな仮想世界では,際立った成績を残すカリスマが現れ,劇的なドラマが起きる。もっとはっきりというならば,ランダムな世界で起きることは現実世界で起きることとほとんど区別がつかないのである。

田渕直也 (2015). だからあなたは損をする 投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について ダイヤモンド社 pp.24-25

100分の1のサル

効率的市場仮説で想定される正規分布を前提に考えると,年率46.5%を超える素晴らしいパフォーマンスを残すファンドマネージャーはほぼ100人に1人現れる。重要なのは,これは単に確率の問題で,ファンドマネージャーの資質は関係ないということだ。つまり,ダーツ投げのうまい猿を100匹用意すれば,そのうちの1匹は素晴らしい成績を収めることになる。もしサルに人と意思疎通できる術があるとしたら,そのサルは「自分は相場を予測することができる。効率的市場仮説はたわごとに過ぎない。相場を予測することができる自分がその証拠だ」と主張するに違いない。100分の1のサルは,自分が成功した投資手法(ダーツの投げ方)を得々と語り,その片言隻句を聞こうとセミナーには人だかりがするだろう。

田渕直也 (2015). だからあなたは損をする 投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について ダイヤモンド社 pp.24

単純明快な説明

別に専門家を揶揄しようというのではない。相場の予測は不可能(もしくは専門家でも極めて難しい)であり,金融は単純明快な因果関係だけできれいさっぱりと説明できるものではないということを言いたいのである。にもかかわらず,なぜ専門家が自信たっぷりに豊富な知識を披露しながら後講釈を続けるのかといえば,それはニーズがあるからに他ならない。行動ファイナンスの大家の1人であるダニエル・カーネマン(2002年ノーベル経済学賞受賞)によれば,人は単純明快な因果関係による説明を好み,それを真実だと思い込むようにできている。誰か全てを理解していそうな人に,わかりやすい説明をしてもらいたいというニーズがあるからこそ,専門家は,それが本当であるかどうかは別として,単純明快な説明を試みるのである。本当は専門家でも予測はできないし,その後講釈も正しいとは限らないことを知っていれば,そうしたパターン化された解釈や思い込みに対して免疫もでき,金融や相場に対する見方も変わってくるはずだ。

田渕直也 (2015). だからあなたは損をする 投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について ダイヤモンド社 pp.13-14

あとづけの理由

企業パフォーマンスを向上させるにはどうすればいいのかという疑問への最良の答えにこれでようやくたどり着いた。リーダーシップや企業文化や顧客志向など,いつも決まって候補に挙がるものは業績アップの要因ではなく,業績のよさから跡づけた理由と考えたほうがいい。それらをとり去れば残るのは2つ,戦略の選択と実行である。前者は,社内環境のほかに顧客と競合企業とテクノロジーを考慮しなくてはならない。だからリスクがある。後者は,同じことをしても組織によって効果が異なるので,成果が確実ではない。安直な攻略法がほしくても,現実のマネジメントは私たちが思う以上に複雑で,心地よいストーリーがささやくよりもはるかに不確実なのである。智恵のある経営者は,ビジネスとは成功の確率を高める方法を見出すことだと認識している。成功が確かなものだとは決して思っていない。企業は適切な戦略を選択し,業務の効率化につとめ,なおかつ幸運に恵まれれば,少なくともしばらくはライバルに差をつけることができるだろう。だが,そうして手に入れたものも,やがては消えていく。現在の成功はつづく成功を保証してくれるわけではない。成功は新しい挑戦者を引き寄せ,そのなかには現在の成功者以上にリスクを厭わない者がいるからである。これでおわかりいただけただろう。ストーリーとして魅力があっても,成功の公式など存在しない。

フィル・ローゼンツワイグ 桃井緑美子(訳) (2008). なぜビジネス書は間違うのか:ハロー効果という妄想 日経BP社 pp.239-240

共通の虚構

以上のことを考えあわせると,つぎつぎと出版されるビジネス書には,その核心に共通の虚構があるのが見えてくる。すなわち,企業は偉大になることを自由に選択できる,わずかなステップで意図したとおりに偉大になれる,成功は外的要因に影響されることもなくもっぱら自分の意のままに引き寄せることができる,ということだ。これでは大金持ちになる5つのステップとか,2週間で10キロ痩せる方法とか,みずからの内なるパワーに気づこうといったセルフヘルプ本と大差がない。しかも,仮にこれらのことを認めるなら,その逆のこともいえる。会社が偉大にならなかったら,経営者がどこかで舵とりをまちがえたことになるのだ。教えられたステップを無視したか,道を踏みはずしたにちがいない。みずからの意志と力だけで偉大になれるなら,なりそこねるのも自分の責任なのである。

フィル・ローゼンツワイグ 桃井緑美子(訳) (2008). なぜビジネス書は間違うのか:ハロー効果という妄想 日経BP社 pp.214-215

組織の物理法則という妄想

組織の物理法則という妄想は,ビジネスの世界が正確な法則に従っており,予測のできるものだと思いこむことである。そのために1つの行動がどんな状況でもうまくいくと思い,条件が違えばそれ相応に対応しなくてはならないことを忘れてしまう。競争の激しさ,成長の速度,競合企業の大きさ,市場の集中化,規制,グローバル化による事業活動の分散化など,条件が異なる局面はいろいろある。どんな場合にも,どんな企業にもかならず通用するやり方があるというのはわかりやすくはあるが,ビジネスの複雑さを見落としている。

フィル・ローゼンツワイグ 桃井緑美子(訳) (2008). なぜビジネス書は間違うのか:ハロー効果という妄想 日経BP社 pp.214

解釈の間違いという妄想

解釈のまちがいという妄想は,原因と結果,行動と結果の関係を混同することである。ずば抜けて優秀な企業に注目し,そのまねをすれば成功できそうな気がするが,おれでは一時的にはうまくいっても,大局的に見れば成功の確率が低くなってしまう。さまざまな企業を数多く見て,彼らが何をしてどうなったかを調査しなければ,不完全で偏った情報しか得られない。

フィル・ローゼンツワイグ 桃井緑美子(訳) (2008). なぜビジネス書は間違うのか:ハロー効果という妄想 日経BP社 pp.214

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