I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「パーソナリティ・個人差」の記事一覧

MBTIとDiSC

 企業はさまざまなテストや手法を使っている。「マイヤーズ・ブリッグス・タイプ指標」というテストが人気だが,ハブスポットが採用しているのはDiSCと呼ばれる手法だ。DiSCとは,4つの基本的な性格類型——Dominant(主導型),influential(感化型),Steady(安定型),Conscientious(慎重型)——の頭文字だ。一人の人間が,いくつかの特性を併せ持っている場合もある。ほんの少しCの混じったD,といった具合に。
 「私はきちょうめんで,規則を重んじる人間だ」「私は平和と静けさを好む」「私はとても説得力がある」「私は非常に謙虚なタイプだ」などの文に「はい」か「いいえ」で答えて1週間ほどたった頃,結果を知らせるからとミーティングに呼ばれた。20人ほどのグループミーティングだ。
 DiSCは,1928年にウィリアム・マーストンという心理学者が生み出したコンセプトに基づいている。マーストンは,漫画本のキャラクター,ワンダーウーマンの生みの親でもある。DiSCについて知るべきことは,これでほとんど全部と言っていい。1950年代と1970年代に,ほかの人たちがマーストンのコンセプトを取り上げ,それを使って性格診断テストを作成したのだ。
ダン・ライオンズ 長澤あかね(訳) (2017). スタートアップ・バブル:愚かな投資家と幼稚な起業家 講談社 pp. 98-99

バーナム効果

 「バーナム・ステートメント(Barnum Statements)」とは,人の性格を巧みに一般化していて,大多数の人が(もし問われれば)自分のことを正確に述べていると答えるような言葉のことだ。いくつか例を挙げておく。
 [例]
 ・「あなたには,人から好かれたい,尊敬されたいという強い欲求があります」
 ・「自分にはまだ使っていない能力がたくさんあるのに,まわりの人は必ずしもその能力を十分評価してくれていない,と感じる傾向があります」
 ・「あなたの希望や目標のなかには,かなり非現実的と言っていいものもあります」
 ・「あなたは独立心が強く,独自の考えを持っています。他人からこれを信じろと言われて,それをそのまま受け入れるようなことはありません」
イアン・ローランド 福岡洋一(訳) (2011). コールド・リーディング:人の心を一瞬でつかむ技術 楽工社 pp. 84

言葉を尽くす

 同じようなことを言うにも,ちょっとした工夫で細やかな褒め言葉に変えることができる。たとえば,誰かの腕時計を渡されて,サイコメトリーによるリーディングを行う場面だとしよう(サイコメトリーとは,相談者の所有物や過去に使っていたものから相手のことを読み取るとされる方法のこと)。たとえば,こんなふうに。
 [例]「この品物の所有者はだいたいにおいて信頼できる人だと感じられます。たぶんこの人は,多くの人よりいくらか誠実で,良心的でしょう。聖人でもないし完璧でもありませんが,本当に大事な場面では信頼されることがいかに重要かを確かに理解しています。価値あることを守って生きたいと誰もが願っても,いつもうまくいくとは限りませんが,この人はそんな価値を手にしている,そう思わせるエネルギーを感じます」
 これだけの言葉を費やして述べているのは,「あなたは基本的に誠実である」ということでしかない。しかしこういうふうに言えば,超常的で,洞察に満ち,特定の個人に関する理解を示す言葉のように聞こえるのだ。
イアン・ローランド 福岡洋一(訳) (2011). コールド・リーディング:人の心を一瞬でつかむ技術 楽工社 pp. 68-69

虹色の戦略

 「虹色の戦略(The Rainbow Ruse)」とは,相談者の性格についてある傾向を指摘すると同時に,それと対極にあるような傾向についても述べるものだ。たとえばこんなふうに。
 [例]「あなたはとても思いやりのある人で,いつも他人に与えてばかりですが,素直に振り返ってみれば,ときとして自分のなかに利己的な傾向を見ることもあります」
 この例では相談者について,無欲であると同時に自分本意な人だと述べている。この方法には無数のバリエーションがあって,内向的なのに外向的,恥ずかしがり屋なのに自信家,信頼できる人なのに無責任なところもある,などと応用できる。虹のなかにあらゆる色が含まれているように,一方の極から反対の極までの間で,あらゆる可能性を取り込んでしまう。
イアン・ローランド 福岡洋一(訳) (2011). コールド・リーディング:人の心を一瞬でつかむ技術 楽工社 pp. 64

性格は

 性格は人の行動を決定します。そして,決定され実行される行動に問題があれば,その積み重ねが問題を大きくしていきます。この場合の行動は,ものの見方や感じ方,それに考え方など人の営みのすべてを指します。そして,その性格の基盤が自律的自尊感情なのです。



山崎勝之 (2017). 自尊感情革命:なぜ,学校や社会は「自尊感情」がそんなに好きなのか? 福村出版 pp. 136


親睦会?

 MENSA JAPANが神童集団として,ほんとうに「知性才能」を「人類の向上に役立」たせているならばいい。だが,寡聞にして聞かない。アピールが足りないのだろうか。「知性才能」同士の親睦会であるのならばそれでいいし,MENSA JAPANの会員であることを自慢したければ,どうぞ勝手におやりなさい,といったところだ。むずかしいのは,どんな形でも「知性才能」をひけらかすことになり,それに対して支持が得られにくいことだ。



小林哲夫 (2017). 神童は大人になってどうなったのか 太田出版 pp. 65-66


利己的欲求の汲み取り

 困っている人たちの支援のためのチャリティのイベントをボランティア精神で積極的に進めている実業家や芸能人に対しても,困っている人たちの助けになっているというところには目を向けずに,


 「慈善事業をすればよいイメージを与えられるし,どうせ人気取りだろう」


 と冷めた目で見ている。


 学問や芸術の振興のための基金づくりに奔走している学者や芸術家に対しても,その社会的な理想の追求といった側面には目を向けずに,


 「自分が活躍する場がほしいんだろう,結局目立ちたいんだよ」


 と吐き捨てるように言う。


 国民のよりよい生活のためにと政治生命を賭けて頑張っている政治家や,会社の立て直しのために私生活を犠牲にして頑張っている経営陣に対しても,その公共的な貢献に目を向けることなく,


 「結局,権力の座につきたいってことだろう」


 と,一刀両断に切り捨てる。


 豊かな社会を実現するために,人びとのためになる新たなサービスの実現に邁進している実業家に対しても,その社会貢献の側面には目を向けることなく,


 「金儲けをしたいだけだろう。金儲けの手段が社会貢献につながれば評判もよくなるし,さらに儲かるってわけだ」


 と,突き放した見方をする。


 こんな具合に昔なら偉業とたたえるようなことでも,そこに利己的な欲求を読み取ろうとする。そこには,自分自身の利己的な欲求構造が投影されている。自分がそうした利己的な思いが強いために,他人の行動を見ても利己的な欲求がやたら気になってしまうのだ。


 もちろんだれにも自己愛はあるし,社会貢献している自分に陶酔するといった気持ちはあって当然だろう。だからといって,社会貢献につながる行動を否定してしまったら,世の中は非常に殺風景になってしまうだろう。


 「したことの実質」よりも,それが「人の目にどう映るか」に重きを置いた解釈をしがちな時代。そんな社会風潮が,ますます世知辛い世の中を生んでしまう。それも自己愛過剰な社会の特徴といってよいだろう。



榎本博明 (2012). 病的に自分が好きな人 幻冬舎 pp.107-109


自己愛地獄

 「自分の可能性を信じろ」


 「妥協せずに,好きなことを追求すべきだ」


 「夢をもて!諦めるな!」


 「自分らしく輝け!」


 このような自己愛地獄に閉じ込めようと言わんばかりのメッセージがあちこちから突き刺さってくる。そこには「やりたいこと」と「できること」の線引きがない。これでは,自分の可能性を限定し,その他の可能性を取りあえずは切り捨てて,目の前の仕事に没頭するというのが難しい。



榎本博明 (2012). 病的に自分が好きな人 幻冬舎 pp.107


遺伝は遺伝しない

 性格というものは,そうした非相加的な意味があるのではないでしょうか。私のカラープリンター理論が表しているように,性格は3つからせいぜい5つの特性を組み合わせることで無限の色あいを持った性格をつくり出せます。橙色が群青色よりも優れているわけでもなければ,黒が白より劣っているわけでもない。それぞれの色がそれぞれの働きをし,ほかの色との組み合わせの中で,それぞれに重要な意味をもって絵画の中で生かされている。そういうことが遺伝子レベルでもあるからこそ,非相加的遺伝効果が表れ,そして一見,適応的でないと思われる遺伝子も,今に残っているのではないかと推察されるのもです。もしそうだとすれば,遺伝的な不平等と思われることも,実は不平等ではないといえるかもしれない。


 このように遺伝には,相加的遺伝と非相加的遺伝があり,さらに個々の形質には多数の遺伝子がかかわってくるとなると,親とまったく同じ特徴を持った子どもが生まれることは極めてまれだということがわかります。わたしが「遺伝は遺伝しない」という所以です。



安藤寿康 (2016). 日本人の9割が知らない遺伝の真実 SBクリエイティブ pp.94


幅広さ

 この演技を私はすばらしいと思ったが,それに同意する観客はごく一部だったし,トニーの演技が終わったあとには,そのごく一部以外の観客の気分をまた引き立たせるのにはしばらくかかるのが常だった。これを見れば,コメディの趣味がいかに幅広いかがよくわかる。たとえば出演者どうしでショーについて話をすると,うち20パーセントぐらいは比較的ぱっとしないと全員が思っているが,その20パーセントはどことどこかという話になるとたいてい意見が合わない。当時はこれに納得できずにいたが,何年もたってやっと,人のユーモア感覚はきわめて主観的なものだということがわかってきた。笑いには伝染性があるから,人はいっしょに笑いやすいが,同じ作品でもひとりひとりべつべつに観たときには,一般に考えられているよりはるかに感想はばらばらに分かれるものだ。私はときどき舞台から観察するのだが,観客がフィルムクリップを観ているのを観察しているだけでも,反応の幅がきわめて大きいのがわかる。またなにが受けるか受けないかも,こちらがあらかじめ思い込んでいたのとはまったく一致しないものだ。もうひとつ,当時の私が学んだ教訓に,ベーカー街クラシック劇場のマルクス兄弟祭を観たときに得たものがある。数々の玉の中にいかに多くの石が混じっているか気づいて,どんなにすぐれた喜劇役者でも,しょっちゅう滑っているという結論に達したのだ。



ジョン・クリーズ 安原和見(訳) (2016). モンティ・パイソンができるまで―ジョン・クリーズ自伝― 早川書房 pp.261


ふりと自分自身

 ふりかえってみると,私はずいぶん物静かでひとりが好きな子供だった(といっても寂しい子供ではなかったが)。母に言わせると,赤ん坊のころもぜんぜん泣かなかったそうだ――たぶん,泣くと母が来ると思ったからだろう。心理学者ハンス・アイゼンクによる,すばらしくわかりやすい内向性と外向性の説明を読んでから,私は自分が明らかに内向的だということを知った。もちろん,一方の端から他方の端まで,その程度は連続的に変化していくわけだが,両向性格と呼ばれる人々,つまり真ん中あたりに位置する人々は,両方の傾向をだいたい同じぐらいの割合で備えていることになる。これらの言葉を聞くと,戯画化された両端の人物像を思い起こすだけの人もいる。こっちの端には,口べたで痛々しいほど引っ込み思案なスウェーデン人の記録保管係がおり,あっちの端には,おしゃべりで厚かましいアメリカ中西部の車のセールスマンがいるというわけだ。そういう人たちは,俳優は外向的な性格に違いないと思い込んでいるものだが,じつはそうではない。舞台では堂々としているのに,大変な恥ずかしがり屋という演技者は少なくない。だれかのふりをすることと,自分自身であることのあいだには,なんと言っても大きな隔たりがあるのだ。



ジョン・クリーズ 安原和見(訳) (2016). モンティ・パイソンができるまで―ジョン・クリーズ自伝― 早川書房 pp.77


情熱+粘り強さ=Grit

 要するに,どんな分野であれ,大きな成功を収めた人たちには断固たる強い決意があり,それがふたつの形となって表れていた。第一に,このような模範となる人たちは,並外れて粘り強く,努力家だった。第二に,自分がなにを求めているのかをよく理解していた。決意だけでなく,方向性も定まっていたということだ。


 このように,みごとに結果を出した人たちの特徴は,「情熱」と「粘り強さ」をあわせ持っていることだった。つまり,「グリット」(やり抜く力)が強かったのだ。



アンジェラ・ダックワース 神崎朗子(訳) (2016). やり抜く力―人生のあらゆる成功を決める「究極の力」を身につける ダイヤモンド社 pp.23 


パーソナリティとパーソナル・プロジェクト

 生まれ持った固定的なパーソナリティ特性は人生に大きな影響をもたらしますが,私たちは自分の大切なもののためには,別のキャラクターになることもできます。


 人生を自分でコントロールしようという主体性は,人生にポジティブな影響をもたらしますが,そのためにはコントロールできない側面に注意を払うことが不可欠です。


 猛烈に忙しいライフスタイルは,遊びの感覚によって緩和されないかぎり,健康を損なう可能性があります。


 状況に応じて自分を変える人と,どんな状況でも変わらない人がいます。


 クリエイティビティには大胆な想像力やコミットメントが求められますが,それを実現するためには周りの地道なサポートが必要です。


 場所とパーソナリティは密接に結びついていて,パーソナリティによってどのような都市や地域に惹かれるかに違いが生じます。


 パーソナル・プロジェクト,とくにコア・プロジェクトは,私たちの人生にとって極めて重要で,永続的に人生に意義をもたらし,豊かな彩りを与えてくれます。


 プロジェクトは時間の経過とともに色褪せてしまうこともありますが,状況を正しく認識し直すことで再活性化することができます。



ブライアン・R・リトル 児島 修(訳) (2016). 自分の価値を最大にするハーバードの心理学講義 大和書房 pp.286-287


どれが自分のコア・プロジェクトか

 パーソナル・プロジェクトの中には,「人生のそのもの」と言ってよいほど,大きな意味を持つものがあります。私は,これを「コア・プロジェクト」と呼んでいます。


 あなたは自分のパーソナル・プロジェクトのうち,どれがコア・プロジェクトなのかわかりますか?


 見分けるにはいくつかの方法があります。まず,「重要性」「自分の価値観との一致」「自己表現できる」などが感じられるものは,コア・プロジェクトとみなせます。


 また,進行中のプロジェクト全体を一つのシステムとしてとらえ,その関係を見るという方法もあります。あるプロジェクトは,システム内の他のプロジェクトと密接に結びついており,それが順調なときには他のプロジェクトもうまくいきますが,不調だと他のプロジェクト全体にも支障が出ます。このように他のパーソナル・プロジェクトに大きな影響を与えているのが,コア・プロジェクトなのです。



ブライアン・R・リトル 児島 修(訳) (2016). 自分の価値を最大にするハーバードの心理学講義 大和書房 pp.266-267


Facebookとパーソナル・プロジェクト

フェイスブックで他者に開示するパーソナル・プロジェクトは,レクリエーション,人間関係,学術的なテーマのものが中心でした。逆に,フェイスブックユーザーがめったに他者に開示しないパーソナル・プロジェクトには二つのタイプがありました。
 一つは,自分自身を変えようとするような個人的プロジェクトです。これらのプロジェクトの投稿が少ない理由は,それが極めてプライベートなものだからということが考えられます。
 また,車のタイヤを交換するなどといった日常のメンテナンスも,おそらくはたいして重要ではないという理由からめったに触れられていませんでした。
 ただしツイッターでは,重要なものが変わります。私たちはツイッターでは,歯磨きに取り憑かれている人や,隣の家の犬の奇妙な習慣などを見て興奮する人など,一風変わった人たちの,どうでもいいような内容の投稿を楽しんでいます。

ブライアン・R・リトル 児島 修(訳) (2016). 自分の価値を最大にするハーバードの心理学講義 大和書房 pp.235

セルフモニタリング

「セルフモニタリングは性格のようなものである」という前提は,再考すべきです。
 セルフモニタリングが高かろうと低かろうと,たいていの人はさまざまな状況に応じて柔軟に自分を表現するはずです。誰でも,会社の会議を終えて家に帰れば,真面目な自分からリラックスした自分に切り替えるはずです。つまり人は誰でも,社会的圧力や,状況に応じて振る舞うべきタイミングをよく知っているのです。
 だからこそ,振る舞いを選択するにあたって,個人の人生観,「人生をどのように生きたいか」が浮き彫りになるのではないでしょうか。
 また,セルフモニタリングは「環境への適応」という側面からもとらえられるべきです。セルフモニタリングが高い人と低い人には,それぞれ適した環境があります。
 たとえばセルフモニタリングが高い人は,都市部などのさまざまな自己表現が求められる環境には適していますが,伝統的な農村部の生活にはあまり適していません。
 農村部では,こうした人は口が軽く,落ち着きのないやっかい者と見なされてしまうかもしれません。このような環境には,セルフモニタリングの低い人が適しているはずです。

ブライアン・R・リトル 児島 修(訳) (2016). 自分の価値を最大にするハーバードの心理学講義 大和書房 pp.131-132

レモンドロップ検査で外向性・内向性を測定

「レモンドロップ検査」は,生物学的な外向性レベルを測定する,面白い方法です。さまざまな方法がありますが,私がいつも授業で用いているものを紹介しましょう。
 必要なものは,スポイト,綿棒(両端に綿がついているもの),糸,レモン汁(飲料用のレモンジュースではなく,本物のレモンを絞ったもの)です。
 まず,糸を張ったときに綿棒の両端が水平になるように,綿棒の中心を糸で縛ります。そして被験者に,次の手順に従ってもらいます。

1 唾を4回飲み込みます。
2 舌の1点に綿棒の片方の端を当て,そのまま20秒間じっとします。
3 舌の先に,スポイトでレモンの絞り汁を5滴落とします。唾を飲み込みます。
4 先ほどと同じ舌の1点に,綿棒の反対側の端を当て,そのまま20秒間じっとします。
5 糸を張り,綿棒がどちらか一方に傾くかどうかを調べます。

 綿棒は水平のままの場合もあれば,“レモンを落とした後に舌につけた方”が下がる場合もあります。どちらが外向型でしょうか?
 そう,外向型の場合,綿棒は比較的水平を保ちますが,内向型の場合はレモンの方が下がることが多くなります。内向型の人は平常時の覚醒レベルが高く,レモンのような強い刺激に積極的に反応して,多くの唾液が分泌されるためです。
 平常時の覚醒レベルが低い外向型は,刺激への反応が内向型に比べて弱いために,唾液はあまり分泌されません。実際,唾液の分泌量が少ないために,外向型は虫歯になりやすいというデータすらあります。

ブライアン・R・リトル 児島 修(訳) (2016). 自分の価値を最大にするハーバードの心理学講義 大和書房 pp.86

外向性・内向性とアルコール・カフェイン

覚醒レベルは,神経に作用する飲み物をとることでも調整できます。アルコールは(少なくとも飲み始めてしばらくは)覚醒レベルを低下させます。このため,ワインを数杯飲むと,普段から覚醒レベルが低い外向型の覚醒レベルはさらに下がり,最適レベルからますます遠ざかってしまいます。逆に,普段は覚醒レベルが高い内向型の人は,同じ量のアルコールをとることで覚醒レベルが下がり,結果として最適な覚醒レベルに近づきます。このため調子がよくなり,普段よりも饒舌になったりします。
 刺激物であるコーヒーは,反対に作用します。外向型の人は,カフェインによって効率的にタスクを行えるようになり,内向型のパフォーマンスは落ちます。とくにタスクが定量的で,制限時間のプレッシャーがある場合,この違いは大きくなります。内向型は,直前にコーヒーを飲むと,会議で十分なパフォーマンスを発揮できなくなることもあります。とくに会議のテーマが予算の策定やデータの分析など,数字を扱うものである場合はこの傾向が顕著になります。一方,同じ会議に参加している外向型の人は,カフェインをとることで調子が上がり,積極的な発言をして議論に貢献します。

ブライアン・R・リトル 児島 修(訳) (2016). 自分の価値を最大にするハーバードの心理学講義 大和書房 pp.70-71

内向型の方が痛みを感じやすい

痛みも,内向型と外向型の違いを理解するためのキーワードです。内向型は(情緒安定性が低い場合はとくに),外向型よりも痛みを強く感じます。私は子どもたちのサッカーのコーチをしているとき,何かにつけて痛がってばかりいる内向型の子どもを「めそめそするな」と怒るのはよくないと親に伝えるようにしています。逆に外向型の子どもは,相手と激しくぶつかるのを恐れていないように思えます。ときには,激しい接触プレーを楽しんでいるように見えることさえあります。

ブライアン・R・リトル 児島 修(訳) (2016). 自分の価値を最大にするハーバードの心理学講義 大和書房 pp.70

MBTIが受ける理由

第一に,簡単に楽しく検査ができることです。企業内で行われるMBTIのワークショップは,参加者にとって楽しいものであり,チームビルディングにも効力を発揮します。
 ある企業向けトレーナーの女性は,会社が「MBTIタイプ」に浮かれていることを心配しています。この組織で今流行っているのは,ランチ休憩中のMBTIテストです。彼女曰く,「みんなで星占いしているようなもの」だそうです。つまりそれくらいにMBTIは気軽に行えるのです。「まるで,30分以内に届くピザの宅配みたいに,すぐに結果がわかります」——私たち心理学者が,思わず眉をひそめたくなるような話であることはおわかりでしょう。このような検査は,人間のパーソナリティを理解するのに必要な,繊細かつ詳細な分析とは正反対なものに見えます。にもかかわらず,多くの人が飛びついているのです。
 二番目の理由は,商業的なアピール度が高いことです。
 三番目の理由は,互いのMBTIタイプを比較することが(非科学的な占いとは違って),パーソナリティについての意義ある会話のきっかけになり得ることです。
 四番目の理由は,人は簡単にこの種の検査結果を自分の特徴だと見なすという点です。多くの人は,結果を自分の「アイデンティティ」の一部として,容易に受け入れます。件のTシャツの女性も,MBTIタイプによって表されたパーソナリティを,自らのアイデンティティの一部として誇らしげに示しているように見えます。
 五番目の理由は,MBTIに限ったものではありません。それは,パーソナリティ検査の質問に答えているときには懐疑的でも,いざ結果を見せられると「これはまさに私のことだ!」と魔法にかけられたかのように,信じてしまう私たちの心理です。

ブライアン・R・リトル 児島 修(訳) (2016). 自分の価値を最大にするハーバードの心理学講義 大和書房 pp.52-53

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