I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「パーソナリティ・個人差」の記事一覧

情熱+粘り強さ=Grit

 要するに,どんな分野であれ,大きな成功を収めた人たちには断固たる強い決意があり,それがふたつの形となって表れていた。第一に,このような模範となる人たちは,並外れて粘り強く,努力家だった。第二に,自分がなにを求めているのかをよく理解していた。決意だけでなく,方向性も定まっていたということだ。


 このように,みごとに結果を出した人たちの特徴は,「情熱」と「粘り強さ」をあわせ持っていることだった。つまり,「グリット」(やり抜く力)が強かったのだ。



アンジェラ・ダックワース 神崎朗子(訳) (2016). やり抜く力―人生のあらゆる成功を決める「究極の力」を身につける ダイヤモンド社 pp.23 


パーソナリティとパーソナル・プロジェクト

 生まれ持った固定的なパーソナリティ特性は人生に大きな影響をもたらしますが,私たちは自分の大切なもののためには,別のキャラクターになることもできます。


 人生を自分でコントロールしようという主体性は,人生にポジティブな影響をもたらしますが,そのためにはコントロールできない側面に注意を払うことが不可欠です。


 猛烈に忙しいライフスタイルは,遊びの感覚によって緩和されないかぎり,健康を損なう可能性があります。


 状況に応じて自分を変える人と,どんな状況でも変わらない人がいます。


 クリエイティビティには大胆な想像力やコミットメントが求められますが,それを実現するためには周りの地道なサポートが必要です。


 場所とパーソナリティは密接に結びついていて,パーソナリティによってどのような都市や地域に惹かれるかに違いが生じます。


 パーソナル・プロジェクト,とくにコア・プロジェクトは,私たちの人生にとって極めて重要で,永続的に人生に意義をもたらし,豊かな彩りを与えてくれます。


 プロジェクトは時間の経過とともに色褪せてしまうこともありますが,状況を正しく認識し直すことで再活性化することができます。



ブライアン・R・リトル 児島 修(訳) (2016). 自分の価値を最大にするハーバードの心理学講義 大和書房 pp.286-287


どれが自分のコア・プロジェクトか

 パーソナル・プロジェクトの中には,「人生のそのもの」と言ってよいほど,大きな意味を持つものがあります。私は,これを「コア・プロジェクト」と呼んでいます。


 あなたは自分のパーソナル・プロジェクトのうち,どれがコア・プロジェクトなのかわかりますか?


 見分けるにはいくつかの方法があります。まず,「重要性」「自分の価値観との一致」「自己表現できる」などが感じられるものは,コア・プロジェクトとみなせます。


 また,進行中のプロジェクト全体を一つのシステムとしてとらえ,その関係を見るという方法もあります。あるプロジェクトは,システム内の他のプロジェクトと密接に結びついており,それが順調なときには他のプロジェクトもうまくいきますが,不調だと他のプロジェクト全体にも支障が出ます。このように他のパーソナル・プロジェクトに大きな影響を与えているのが,コア・プロジェクトなのです。



ブライアン・R・リトル 児島 修(訳) (2016). 自分の価値を最大にするハーバードの心理学講義 大和書房 pp.266-267


Facebookとパーソナル・プロジェクト

フェイスブックで他者に開示するパーソナル・プロジェクトは,レクリエーション,人間関係,学術的なテーマのものが中心でした。逆に,フェイスブックユーザーがめったに他者に開示しないパーソナル・プロジェクトには二つのタイプがありました。
 一つは,自分自身を変えようとするような個人的プロジェクトです。これらのプロジェクトの投稿が少ない理由は,それが極めてプライベートなものだからということが考えられます。
 また,車のタイヤを交換するなどといった日常のメンテナンスも,おそらくはたいして重要ではないという理由からめったに触れられていませんでした。
 ただしツイッターでは,重要なものが変わります。私たちはツイッターでは,歯磨きに取り憑かれている人や,隣の家の犬の奇妙な習慣などを見て興奮する人など,一風変わった人たちの,どうでもいいような内容の投稿を楽しんでいます。

ブライアン・R・リトル 児島 修(訳) (2016). 自分の価値を最大にするハーバードの心理学講義 大和書房 pp.235

セルフモニタリング

「セルフモニタリングは性格のようなものである」という前提は,再考すべきです。
 セルフモニタリングが高かろうと低かろうと,たいていの人はさまざまな状況に応じて柔軟に自分を表現するはずです。誰でも,会社の会議を終えて家に帰れば,真面目な自分からリラックスした自分に切り替えるはずです。つまり人は誰でも,社会的圧力や,状況に応じて振る舞うべきタイミングをよく知っているのです。
 だからこそ,振る舞いを選択するにあたって,個人の人生観,「人生をどのように生きたいか」が浮き彫りになるのではないでしょうか。
 また,セルフモニタリングは「環境への適応」という側面からもとらえられるべきです。セルフモニタリングが高い人と低い人には,それぞれ適した環境があります。
 たとえばセルフモニタリングが高い人は,都市部などのさまざまな自己表現が求められる環境には適していますが,伝統的な農村部の生活にはあまり適していません。
 農村部では,こうした人は口が軽く,落ち着きのないやっかい者と見なされてしまうかもしれません。このような環境には,セルフモニタリングの低い人が適しているはずです。

ブライアン・R・リトル 児島 修(訳) (2016). 自分の価値を最大にするハーバードの心理学講義 大和書房 pp.131-132

レモンドロップ検査で外向性・内向性を測定

「レモンドロップ検査」は,生物学的な外向性レベルを測定する,面白い方法です。さまざまな方法がありますが,私がいつも授業で用いているものを紹介しましょう。
 必要なものは,スポイト,綿棒(両端に綿がついているもの),糸,レモン汁(飲料用のレモンジュースではなく,本物のレモンを絞ったもの)です。
 まず,糸を張ったときに綿棒の両端が水平になるように,綿棒の中心を糸で縛ります。そして被験者に,次の手順に従ってもらいます。

1 唾を4回飲み込みます。
2 舌の1点に綿棒の片方の端を当て,そのまま20秒間じっとします。
3 舌の先に,スポイトでレモンの絞り汁を5滴落とします。唾を飲み込みます。
4 先ほどと同じ舌の1点に,綿棒の反対側の端を当て,そのまま20秒間じっとします。
5 糸を張り,綿棒がどちらか一方に傾くかどうかを調べます。

 綿棒は水平のままの場合もあれば,“レモンを落とした後に舌につけた方”が下がる場合もあります。どちらが外向型でしょうか?
 そう,外向型の場合,綿棒は比較的水平を保ちますが,内向型の場合はレモンの方が下がることが多くなります。内向型の人は平常時の覚醒レベルが高く,レモンのような強い刺激に積極的に反応して,多くの唾液が分泌されるためです。
 平常時の覚醒レベルが低い外向型は,刺激への反応が内向型に比べて弱いために,唾液はあまり分泌されません。実際,唾液の分泌量が少ないために,外向型は虫歯になりやすいというデータすらあります。

ブライアン・R・リトル 児島 修(訳) (2016). 自分の価値を最大にするハーバードの心理学講義 大和書房 pp.86

外向性・内向性とアルコール・カフェイン

覚醒レベルは,神経に作用する飲み物をとることでも調整できます。アルコールは(少なくとも飲み始めてしばらくは)覚醒レベルを低下させます。このため,ワインを数杯飲むと,普段から覚醒レベルが低い外向型の覚醒レベルはさらに下がり,最適レベルからますます遠ざかってしまいます。逆に,普段は覚醒レベルが高い内向型の人は,同じ量のアルコールをとることで覚醒レベルが下がり,結果として最適な覚醒レベルに近づきます。このため調子がよくなり,普段よりも饒舌になったりします。
 刺激物であるコーヒーは,反対に作用します。外向型の人は,カフェインによって効率的にタスクを行えるようになり,内向型のパフォーマンスは落ちます。とくにタスクが定量的で,制限時間のプレッシャーがある場合,この違いは大きくなります。内向型は,直前にコーヒーを飲むと,会議で十分なパフォーマンスを発揮できなくなることもあります。とくに会議のテーマが予算の策定やデータの分析など,数字を扱うものである場合はこの傾向が顕著になります。一方,同じ会議に参加している外向型の人は,カフェインをとることで調子が上がり,積極的な発言をして議論に貢献します。

ブライアン・R・リトル 児島 修(訳) (2016). 自分の価値を最大にするハーバードの心理学講義 大和書房 pp.70-71

内向型の方が痛みを感じやすい

痛みも,内向型と外向型の違いを理解するためのキーワードです。内向型は(情緒安定性が低い場合はとくに),外向型よりも痛みを強く感じます。私は子どもたちのサッカーのコーチをしているとき,何かにつけて痛がってばかりいる内向型の子どもを「めそめそするな」と怒るのはよくないと親に伝えるようにしています。逆に外向型の子どもは,相手と激しくぶつかるのを恐れていないように思えます。ときには,激しい接触プレーを楽しんでいるように見えることさえあります。

ブライアン・R・リトル 児島 修(訳) (2016). 自分の価値を最大にするハーバードの心理学講義 大和書房 pp.70

MBTIが受ける理由

第一に,簡単に楽しく検査ができることです。企業内で行われるMBTIのワークショップは,参加者にとって楽しいものであり,チームビルディングにも効力を発揮します。
 ある企業向けトレーナーの女性は,会社が「MBTIタイプ」に浮かれていることを心配しています。この組織で今流行っているのは,ランチ休憩中のMBTIテストです。彼女曰く,「みんなで星占いしているようなもの」だそうです。つまりそれくらいにMBTIは気軽に行えるのです。「まるで,30分以内に届くピザの宅配みたいに,すぐに結果がわかります」——私たち心理学者が,思わず眉をひそめたくなるような話であることはおわかりでしょう。このような検査は,人間のパーソナリティを理解するのに必要な,繊細かつ詳細な分析とは正反対なものに見えます。にもかかわらず,多くの人が飛びついているのです。
 二番目の理由は,商業的なアピール度が高いことです。
 三番目の理由は,互いのMBTIタイプを比較することが(非科学的な占いとは違って),パーソナリティについての意義ある会話のきっかけになり得ることです。
 四番目の理由は,人は簡単にこの種の検査結果を自分の特徴だと見なすという点です。多くの人は,結果を自分の「アイデンティティ」の一部として,容易に受け入れます。件のTシャツの女性も,MBTIタイプによって表されたパーソナリティを,自らのアイデンティティの一部として誇らしげに示しているように見えます。
 五番目の理由は,MBTIに限ったものではありません。それは,パーソナリティ検査の質問に答えているときには懐疑的でも,いざ結果を見せられると「これはまさに私のことだ!」と魔法にかけられたかのように,信じてしまう私たちの心理です。

ブライアン・R・リトル 児島 修(訳) (2016). 自分の価値を最大にするハーバードの心理学講義 大和書房 pp.52-53

MBTI(Myers-Briggs Type Indicator)…「やれやれ」

MBTIテストは,20世紀の偉大な心理学者カール・グスタフ・ユングの理論に基づいて,キャサリン・クック・ブリッグスとイザベル・ブリッグス・マイヤーズという実の母娘でもある研究者が開発した,パーソナリティを理解するためのテストです。
 現行の標準的なMBTIでは,93項目の質問に答えることで,4つの対立する指標である「外向——内向」「感覚——直観」「思考——感情」「判断——知覚」のいずれかを組み合わせた16のタイプ(アルファベット4つで表現)で,個人のパーソナリティの傾向を表します。
 アメリカでとても人気が高く,毎年250万人以上が検査を受けているこのテストは,有料テストや研修プログラムも豊富で,多数の書籍やDVDが販売されています。16タイプを表す4つのアルファベットの組み合わせがプリントされたTシャツもあちこちで見かけます。
 なぜ,MBTIはこれほどまでに人気があるのでしょう?(そして,私はなぜ,彼女のTシャツを見たときに,心の中で「やれやれ」とつぶやいたのでしょう?)
 おそらく,それはMBTIの信頼性や妥当性が高いからではありません。
 まず,信頼性の面では,4つのアルファベットの組み合わせからなる16種類のタイプが,毎回同じものになるとは限らないことがわかっています(つまり,あの女性も再度検査したら,別のTシャツを買わなくてはならなくなります)。また,他のパーソナリティ検査と違って,大規模な研究基盤があるわけでもありません。

ブライアン・R・リトル 児島 修(訳) (2016). 自分の価値を最大にするハーバードの心理学講義 大和書房 pp.51-52

評価基準をいくつ持つことができるか

柱となる評価基準が一つしかないと,それが脅かされたときに人は身動きがとれなくなります。世界を解釈するうえでの自由度が低くなってしまうからです。
 前述したように,この柱となる評価基準は,私たちが世界を見るための“メガネ”のようなものだとも言えます。そしてこのメガネが一つしかないときは,その評価基準の尺度の両端を行ったり来たりする以外に道はありません。
 たとえば,あなたが「知的——愚か」という評価基準で世界を解釈している場合,誰かが知的だとは認められないような振る舞いをしたら,その人を「愚か」と認識する以外に打つ手はありません。雪道で立ち往生した車が,タイヤを禅語にスライドさせてさらに溝を深めてしまうのと同じように,「知的——愚か」の尺度を行ったり来たりするだけで,他の評価基準を使って世界を新しい視点で捉えようとはしないのです。
 しかし,柱となる評価基準が複数あれば,一つがうまく機能しなくても,“別のメガネ”で世界を解釈することができます。

ブライアン・R・リトル 児島 修(訳) (2016). 自分の価値を最大にするハーバードの心理学講義 大和書房 pp.45

好奇心衰えのメリット

好奇心の衰えは必ずしも悪いことではない。社会人として常識的に振る舞うには,むしろ必要なことでもある。好奇心に流され,次々とやって来る刺激にいちいち反応するわけにはいかないからだ。コンピューター開発の分野では,設計者はシステムの効率を可能性の「探索」と「活用」の両面から考える——未知の可能性をどこまでも探索すればシステムの信頼性は高まるが,効率の観点からは,発生する可能性が高い状況に的を絞り,すでにある資源をできるだけ活用したほうがよい。赤ちゃんは子ども時代を経てやがて大人になるまでに,過去の探索によって獲得した知識を活用するようになる。ところが歳を重ねると,活用するばかりになる——蓄積した知識や若いころに身につけた思考習慣に依存し,知識を増やすことも,習慣を見直すことも少なくなる。要するに怠け者になってしまうのだ。

イアン・レズリー 須川綾子(訳) (2016). 子どもは40000回質問する:あなたの人生を創る「好奇心」の驚くべき力 光文社 pp.76

2つの好奇心

好奇心には二つの側面がある。石をひっくり返し,戸棚を開き,リンクをクリックせずにはいられない好奇心。あるいは,堅物の大学教授が目の前にあるファッション誌に思わず手を伸ばしたり,ティーンエージャーが母親のタバコを一本抜き取ったりするときの好奇心。もう一つは,じっくりと時間をかけて長編小説を読んだり,すでに廃れた言語に没頭したりと,目先の利益にはつながらない関心事を探求しようとする好奇心。二つの好奇心のちがいは,そこに専門的な知識の積み重ねがあるかどうかだ。

イアン・レズリー 須川綾子(訳) (2016). 子どもは40000回質問する:あなたの人生を創る「好奇心」の驚くべき力 光文社 pp.45-46

拡散的好奇心

拡散的好奇心は知識の探求の第一歩だ。最新の情報,これまでにない経験や感動,挑戦を求める強い感情が原動力となる。だが,それはあくまでも始まりにすぎない。バークの指摘が不思議と聞き覚えがあるように感じられるとすれば,それはおそらく,私たちがインターネットを使うようすと重なるからだろう。私たちは次々とリンクをクリックし,目の前にあるものを十分に理解することも吸収することもなく次の検索を始める。現代のデジタル世界では,途切れることなく押し寄せるメールやツイート,リマインダー,ニュースアラートによって拡散的好奇心が常に刺激され,私たちは新しいものをますます渇望するようになっている。知識を自分のものにするには時間と根気を要する複雑な手順を踏まなければならないが,デジタル世界に暮らすうちに,そうした作業に取り組む私たちの能力は損なわれつつあるのかもしれない。

イアン・レズリー 須川綾子(訳) (2016). 子どもは40000回質問する:あなたの人生を創る「好奇心」の驚くべき力 光文社 pp.41-42

認知欲求

認知欲求とは,知的好奇心の程度を測るために心理学の分野で用いられる概念だ。自分をとりまく世界を理解したいという欲求はきわめて人間的なものだが,人はいつも近道を探すタイプと,景色の素晴らしい道を選ぶタイプに分かれる。心理学者は認知欲求という尺度を用い,精神生活をできるだけ単純化しようとするタイプと,知的挑戦から満足と喜びを得るタイプとを区別する。

イアン・レズリー 須川綾子(訳) (2016). 子どもは40000回質問する:あなたの人生を創る「好奇心」の驚くべき力 光文社 pp.21

2種類の自己愛

自己愛には二種類ある,といった考え方が近年の精神医学や心理学では一般的となっている。いや,二つの極があってそれを結ぶスペクトルのどこかに位置する,という考え方である。ひとつの極は誇大型,もうひとつの極は過敏型と呼ばれる。
 誇大型自己愛とは,尊大なオレ様主義で目立ちたがり屋,他人のことなんか目に入らないといったタイプで,いくぶん躁的なトーンを帯びている。いかにも芸能界や政界に多数棲息していそうだし,ワンマン社長なども当てはまるかもしれない。自己愛が強いゆえに,スポットライトを浴びずにはいられないというのは,なるほど分かりやすい。
 ところがパラドックスめいたことに,自己愛が強い「からこそむしろ」醜態を見せたり失敗することを恐れ,結果として臆病かつ引っ込み性,内向的になることもある。それが過敏型自己愛で,彼らの(あたかも)控え目な態度は,決して謙虚とか「分を弁える」といった性質に根差しているわけではない。成功や栄光に対する人一倍の貪欲さを裏返したに過ぎない。いくぶん誇張してみるなら,友人が勝手に自分の書いた習作を文学賞へ応募してしまい,その結果見事に受賞して大型新人登場と騒がれる——そんな顛末を夢想しそうな気配がある。自分では決して腰を上げないくせに。

春日武彦 (2012). 自己愛な人たち 講談社 pp.132-133

思い上がりと独りよがり

たとえば誇りを持ち自分自身を認める,自信を抱くことを通して意欲を高める。そのような要素がなければ我々は潑剌として生きていけないだろうし,そうやって自分を唯一無二の存在だと認識しなければ,他人を尊重することも難しくなるだろう。経験や実績に根差した自尊心は,頼もしさや魅力を醸し出す。自己愛のプラス面として,《自己肯定》といった側面が挙げられよう。
 しかし,《思い上がり》とえも称すべき側面もある。尊大で自己中心的,選民意識や特権意識に彩られ,共感を欠きそれゆえ他人をないがしろにしたり利用したりすることを平然と行う。他人の心の痛みなど,まったく意に介さない。目立ちたがり屋で,傲慢さが血液のように全身を隅々まで循環している。そのように身勝手な王様気分が《思い上がり》である。
 さらには自画自賛や自己陶酔,自分に都合の良い思い込み,空回り,といった《独りよがり》の側面もあり,すると周囲はその人物に辟易したり呆れたり物笑いの種にすることになる。そして《思い上がり》と《独りよがり》はまことに子どもじみた性質であり,だからこそそれらを全開にする人たちは蔑まれることになる。

春日武彦 (2012). 自己愛な人たち 講談社 pp.16-17

グリット

たとえば,ウェストポイント(アメリカ陸軍士官学校)に新しく入ってきた士官候補生は,成績平均点,身体適性,軍事能力,自制心などで評価される。これらの因子と,卒業できるかどうかの相関を調べたところ,何よりも重要な要素は,「根性(グリット)」と呼ばれる性質であることがわかった。これは「あきらめずに難題に取り組み,失敗や逆境,進歩の停滞があっても,興味を失わずに努力を続ける」性質と定義されている。

チャールズ・デュヒッグ 度会圭子(訳) (2013). 習慣の力 The Power of Habit 講談社 pp.179

病気・診断

異常行動を疾病としてとらえるアプローチでは,人を精神的な「病気」の犠牲になっている「患者」としてとらえる。耳下腺炎や癌のような,肉体的疾患と同じようにである。精神疾患はそれ自体仮説的なものだが,「精神分裂病」「躁うつ病」「強迫神経症」などといった,病理学上の医療的構成概念を使って概念化されている。この種の精神医学的構成概念は,クレペリン主義による分類法の遺産のひとつである。この分類法では,精神的問題は,比較的特有な特徴をもつと考えられる統合的な病気の実体全体を表しているものと解釈されていた。
 疾病としてとらえる視点では,行動は根底的病理の単なる「徴候」にすぎないとして,行動そのものに対する関心は根底的な精神疾患の推理の方へと直結されてしまう。伝統的に,「診断」とは器官に欠陥があるとか,病原菌に侵されているとか,その人の内部にあって行動上の問題の原因となっている,ある一定の精神的統合体とか,何か具体的なものがそこにあることを示唆している。診断的な検査は,治療ができるように病理を発見するためのものである。鑑別診断とは,徴候のもとになっている特定の病気を見つけ出すことである。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.206
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

測定の類似性

パーソナリティ特性研究の主要な知見のひとつは,表面上異なった特性を測定するためにいくつかの質問紙が用いられたときなどにパーソナリティ測度間に見いだされる相関の多くの部分が,測定法のフォーマットにおける類似性から説明されるということである。類似した,あるいは重複したフォーマットや装置を用いた測定技法を用いることが生み出す「方法による分散(method variance)」あるいは共通分散(common variance)は,計量心理学者たちによって「誤差」として解釈されてきた。この誤差に対抗するために,方法分散を統制し,低減するための新しい統計的技法が絶え間なく追求されてきた(例. Block, 1965; Campbell & Fiske, 1959; Norman, 1966)。しかしながら現在の視点からみれば,方法分散は誤差ではなく,共通の刺激条件が用いられたときに当然期待される「刺激分散」あるいは反応共通性を反映しているに過ぎない。刺激の般化についての知見から予測されるように,パーソナリティ測査における状況を通じた反応の一貫性は,状況が類似していないほど低減されるし,状況が共通の特徴をもつほど増加するのである。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.199-200
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

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