I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「パーソナリティ・個人差」の記事一覧

認知欲求

認知欲求とは,知的好奇心の程度を測るために心理学の分野で用いられる概念だ。自分をとりまく世界を理解したいという欲求はきわめて人間的なものだが,人はいつも近道を探すタイプと,景色の素晴らしい道を選ぶタイプに分かれる。心理学者は認知欲求という尺度を用い,精神生活をできるだけ単純化しようとするタイプと,知的挑戦から満足と喜びを得るタイプとを区別する。

イアン・レズリー 須川綾子(訳) (2016). 子どもは40000回質問する:あなたの人生を創る「好奇心」の驚くべき力 光文社 pp.21

2種類の自己愛

自己愛には二種類ある,といった考え方が近年の精神医学や心理学では一般的となっている。いや,二つの極があってそれを結ぶスペクトルのどこかに位置する,という考え方である。ひとつの極は誇大型,もうひとつの極は過敏型と呼ばれる。
 誇大型自己愛とは,尊大なオレ様主義で目立ちたがり屋,他人のことなんか目に入らないといったタイプで,いくぶん躁的なトーンを帯びている。いかにも芸能界や政界に多数棲息していそうだし,ワンマン社長なども当てはまるかもしれない。自己愛が強いゆえに,スポットライトを浴びずにはいられないというのは,なるほど分かりやすい。
 ところがパラドックスめいたことに,自己愛が強い「からこそむしろ」醜態を見せたり失敗することを恐れ,結果として臆病かつ引っ込み性,内向的になることもある。それが過敏型自己愛で,彼らの(あたかも)控え目な態度は,決して謙虚とか「分を弁える」といった性質に根差しているわけではない。成功や栄光に対する人一倍の貪欲さを裏返したに過ぎない。いくぶん誇張してみるなら,友人が勝手に自分の書いた習作を文学賞へ応募してしまい,その結果見事に受賞して大型新人登場と騒がれる——そんな顛末を夢想しそうな気配がある。自分では決して腰を上げないくせに。

春日武彦 (2012). 自己愛な人たち 講談社 pp.132-133

思い上がりと独りよがり

たとえば誇りを持ち自分自身を認める,自信を抱くことを通して意欲を高める。そのような要素がなければ我々は潑剌として生きていけないだろうし,そうやって自分を唯一無二の存在だと認識しなければ,他人を尊重することも難しくなるだろう。経験や実績に根差した自尊心は,頼もしさや魅力を醸し出す。自己愛のプラス面として,《自己肯定》といった側面が挙げられよう。
 しかし,《思い上がり》とえも称すべき側面もある。尊大で自己中心的,選民意識や特権意識に彩られ,共感を欠きそれゆえ他人をないがしろにしたり利用したりすることを平然と行う。他人の心の痛みなど,まったく意に介さない。目立ちたがり屋で,傲慢さが血液のように全身を隅々まで循環している。そのように身勝手な王様気分が《思い上がり》である。
 さらには自画自賛や自己陶酔,自分に都合の良い思い込み,空回り,といった《独りよがり》の側面もあり,すると周囲はその人物に辟易したり呆れたり物笑いの種にすることになる。そして《思い上がり》と《独りよがり》はまことに子どもじみた性質であり,だからこそそれらを全開にする人たちは蔑まれることになる。

春日武彦 (2012). 自己愛な人たち 講談社 pp.16-17

グリット

たとえば,ウェストポイント(アメリカ陸軍士官学校)に新しく入ってきた士官候補生は,成績平均点,身体適性,軍事能力,自制心などで評価される。これらの因子と,卒業できるかどうかの相関を調べたところ,何よりも重要な要素は,「根性(グリット)」と呼ばれる性質であることがわかった。これは「あきらめずに難題に取り組み,失敗や逆境,進歩の停滞があっても,興味を失わずに努力を続ける」性質と定義されている。

チャールズ・デュヒッグ 度会圭子(訳) (2013). 習慣の力 The Power of Habit 講談社 pp.179

病気・診断

異常行動を疾病としてとらえるアプローチでは,人を精神的な「病気」の犠牲になっている「患者」としてとらえる。耳下腺炎や癌のような,肉体的疾患と同じようにである。精神疾患はそれ自体仮説的なものだが,「精神分裂病」「躁うつ病」「強迫神経症」などといった,病理学上の医療的構成概念を使って概念化されている。この種の精神医学的構成概念は,クレペリン主義による分類法の遺産のひとつである。この分類法では,精神的問題は,比較的特有な特徴をもつと考えられる統合的な病気の実体全体を表しているものと解釈されていた。
 疾病としてとらえる視点では,行動は根底的病理の単なる「徴候」にすぎないとして,行動そのものに対する関心は根底的な精神疾患の推理の方へと直結されてしまう。伝統的に,「診断」とは器官に欠陥があるとか,病原菌に侵されているとか,その人の内部にあって行動上の問題の原因となっている,ある一定の精神的統合体とか,何か具体的なものがそこにあることを示唆している。診断的な検査は,治療ができるように病理を発見するためのものである。鑑別診断とは,徴候のもとになっている特定の病気を見つけ出すことである。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.206
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

測定の類似性

パーソナリティ特性研究の主要な知見のひとつは,表面上異なった特性を測定するためにいくつかの質問紙が用いられたときなどにパーソナリティ測度間に見いだされる相関の多くの部分が,測定法のフォーマットにおける類似性から説明されるということである。類似した,あるいは重複したフォーマットや装置を用いた測定技法を用いることが生み出す「方法による分散(method variance)」あるいは共通分散(common variance)は,計量心理学者たちによって「誤差」として解釈されてきた。この誤差に対抗するために,方法分散を統制し,低減するための新しい統計的技法が絶え間なく追求されてきた(例. Block, 1965; Campbell & Fiske, 1959; Norman, 1966)。しかしながら現在の視点からみれば,方法分散は誤差ではなく,共通の刺激条件が用いられたときに当然期待される「刺激分散」あるいは反応共通性を反映しているに過ぎない。刺激の般化についての知見から予測されるように,パーソナリティ測査における状況を通じた反応の一貫性は,状況が類似していないほど低減されるし,状況が共通の特徴をもつほど増加するのである。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.199-200
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

できることとすること

行動の学習や獲得とその遂行とを区別することは有意義である。人は,学習したことをすべて遂行するわけではない。その人が学習し,知っていて,遂行できるということと,その行動をある特定の場面で実際に遂行することとの間には,大きな隔たりがある。個人はたくさんの向社会的行動だけでなく,反社会的な逸脱した行動をも,もちろん学習している。例えば,青年男子の大半は石を投げたり,ナイフを振り回したり,窓をこわしたりする方法を知っている。しかし,そうした技能を身につけた少年たちのなかにも,それを実際に遂行するかどうかには大きな個人差がある。同様に,われわれの文化では男女ともに口紅や白粉のつけかたやタバコのくわえかたを知っているが,それらの行動の遂行頻度には性差がある。このようにそれぞれの個人において,その人ができることと,ある状況で実際にすることとの間には,大きな隔たりが存在するのである。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.169-170
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

増分妥当性とは

より廉価なデータ源からでも簡単に入手できる記述や予測と同じものを得るために,時間がかかる高価な性格テストや推論過程を用いるのは無駄なことである。例えば,臨床家が他人のロールシャッハのプロトコルに基づいて,その人の性別や職業や結婚状態を正確に記述できることを立証しても無益なことである。テストに基づく所説が,それまでに通常使用されてきたデータと単に一致するだけなら,その所説はとるにたらないものとなる。もしある診療所が所員による行動評定を定期的に得ていれば,その評定と一致する推論がテストから得られたとしても,ほとんど情報は増加しない。ただし,テストによる記述がより経済的に得られたり,より正確であるか,より豊富な内容を有している場合には,この結論はあてはまらない。同様にテストに基づく記述が,通常入手できる他のデータ源に比べてより速やかに,判明しにくい事実に関する所説を示すことができれば,記述を得るためのコストは正当と考えられよう。テストに基づくパーソナリティの記述は,より使用しにくく不経済な他のデータ源に比べて,妥当な情報を,有意に多く与える場合にのみ価値がある。これが,「増分妥当性」の意味する内容である。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.109-110
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

説明を増やすか

統計的に有意な結果は,集団間の差異や測度間の関連が存在し,その可能性が偶然によるものではないらしいことを示している。しかし,手続きの有用性を解釈する際に,統計的有意性に頼ることは誤りである。偶然仮説を棄却する結果が得られたこと自体は,その予測データの相対的価値や,他より低コストで使用できる予測変数以上に説明率を増分(increment)することができるかどうかについては,何も説明していないのである。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.109
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

パーソナリティ係数

他方,F尺度と非質問紙的測度との間に得られる関連の強さは,一般に低い。実際のところ,質問紙から推測されるほとんどすべてのパーソナリティ次元を,異なる手段で——つまり,他の質問紙ではなく——抽出された反応を含むほとんどすべての考え得る外的基準に関連づける研究では,.20から.30の間の相関が繰り返し見いだされているが,これを記述するために,「パーソナリティ係数」という語が作られるかもしれない。一般に,そのような相関はあまりにも低すぎて,大まかな選抜のふるい分け以外のほとんどの個人測査の目的に対しては価値がない。そのうえ,得られた関係のネットワークは,しばしばあまりにも散漫で,理論的に理解できない。そして最後に,パーソナリティ測度間で得られる相関は,ある程度は,単にそれらが知能や教育程度と,共通して関連をもつことを反映しているにすぎないかもしれない。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.82
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

解釈か刺激内容か

パーソナリティ測査やパーソナリティ研究においては,研究の焦点が観察者の解釈にあるのか,観察された行動のもつ刺激内容にあるのかが明確でないことが多い。ある研究では,他者や対象物についての観察報告から,他者や対象物によって観察者内に引き起こされた印象や判断を明らかにしている。またある研究では,観察者の印象や主観的判断を低減するような方法で,被観察者の行動そのものについて研究することも可能である。この2つの方略は全く異なっているのだが,実際には両者が混同されていることは,われわれが計量心理学的方法において見てきたとおりである。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.68
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

言語要素か

ダンドレイド(D’Andrade, 1965)は,大学生に,ノーマン(Norman, 1963)の20個の両極性尺度の各極に用いられた用語すべての,相互の意味類似を評定させた。こうして得られた語彙間の意味類似データが,因子分析にかけられた。その結果,意味類似評定の分析においても,ノーマンが対人評定から得たのと本質的に同じ5因子構造が抽出されたのである。すなわち,語彙自体の意味の評定から得られた構造が,対人評定から得られた構造と対応しているのである。このことは,パーソナリティ特性といわれているもののある部分は,外的世界を記述するための言語的要素のひとつとして存在してはいるが,必ずしも外的世界(すなわちパーソナリティ)そのものの反映とはいえないということを示唆している(D’Andrade, 1965)。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.48-49
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

認知スタイルの安定性

非常に注目すべきことに,ある種の認知スタイルに対しては,長期間を通じて,極めて印象的な安定性が見いだされた。例えば,ウィトキンのロッド・フレーム・テスト(RFT)における再テスト相関は,数年の間隔をおいても,.92という高い数字であった(Witkin, Goodenough, & Karp, 1967)。彼らの縦断研究で使われた最も長い間隔は,14年という期間であった。そのような長い期間の後でさえ,10歳の時にRFTの検査を受けた少年が24歳のときに再テストされたとき,得られた安定性相関は,.66であった。この種のデータは,認知的,知覚的機能における,正真正銘の永続性を実証する。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.36
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

信頼性と妥当性

行動の一般性—特定性に関するデータは,通常,「信頼性」という項目に入れられ,「妥当性」の証拠とは切り離される。信頼性と妥当性のこの区別は,それほど明確ではない。信頼性と妥当性は,どちらもさまざまな刺激条件に対する反応間の関係を実証することによって確かめられる。その刺激条件とは,反応を抽出するのに使われる特定の測度や場面である。信頼性は,最大限に類似した刺激条件の下での反応測度間の一致に関連している(Campbell, 1960; Campbell & Fiske, 1959)。妥当性は,信頼性と対照的に,最大限に異なった,独立の刺激条件や測度に対する反応が,一点に収斂することを要求する。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.13
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

環境の安定性

高度に普遍的な傾性があるという過程に導かれていることもあって,パーソナリティ心理学の主要な目的は,個人を1つかそれ以上の次元(例えば,不安,内向性)上に位置づけることにある。そのためには個人を何らかの基準と比較する必要があるが,その基準は標準化された状況下でたくさんの人びとをテストすることによって作成されたものであって絶対的な基準ではない。しかし,ある次元上に占める個人の位置がテスト状況の違いや長い時間の間隔を超えて比較的安定すると信じている人びとにとっては,測査における主要な強調点は次のようになる。つまり,個人が内部にもっている,安定性があり持続性があると仮定されている根底的な特性や状態を正確に引きだすために,標準化された条件下で施行される信頼性の高い道具を開発することである。このことはまさに伝統的な特性理論の重要な関心であった(例. Guilford, 1959)。その一方で,環境的条件にはほとんど注意が払われていないが,このことも人間の特性には一貫性があるという基本的な仮定と一致している。例えば,不安特性についてこの点を認識したレヴィット(Levitt, 1967, p.71)は次のように述べた。「不安特性は,理論的に個人内で変化することのない条件なので,状況に応じて変動しない。」

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.10
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

共通点

精神力動理論は,特性理論が個々の部分からなる「測定可能の個々の特性」に興味をもっているがゆえに,内的機能の力動的で相互作用的な側面やパーソナリティの異なる諸側面の相対的位置関係を見落としている,といって批判する。しかし,力動論的理論家によって仮説上の内的状態に割り当てられた名前(イド,エゴ,防衛,内的葛藤など)が,計量心理学的指向の理論家が好んで用いている特性の名前と異なっているとはいっても,2つのアプローチはいくつかの重要な特徴を共有している。まず,力動(状態)的理論も特性理論も,人の反応や行動は根底に流れている精神構造の直接的あるいは間接的徴候でしかないと考えている。次に,推論されたにすぎない根底的な諸傾性(特性,状態,過程,力動,動機,あるいは他のラベル)が,行動に普遍的で持続性のある効果を及ぼすと仮定する。そして,これらの仮説的な根底的傾性を推論するときに信頼できる指標として役に立つ行動徴候の探索に熱心である。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.9
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

特性

「特性」は,いくつもの異なった用法で用いられるという点で,混乱した用語であるといえる。最も単純なレベルでは,特性とは2人以上の人間に見られる直接観察可能な行動や特質(character)の,ある定義された次元城での差異である。例えば,「特性とは人間が他人から変動する様式であり,その様式には弁別力がある上にかなり持続性がある」(Guilford, 1959, p.6)。この意味での特性は,安定的な行動の個人差が観察されるときに用いられる概略的なラベルである。
 特性は,パーソナリティについて説明する際に,説明の便宜のためと説明力を上げるために創られた構成概念でもある。この意味での特性は,持続する行動の一貫性や差異を説明するための構成概念,抽象概念であり,したがってそれは,人のなかにある「もの」「状態」「過程」のような具体的実在と必ずしも対応するわけではない。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.5-6
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

男性性・女性性

1936年,アメリカの心理学者ターマンとマイルズによって考案された,心理学的な男性性と女性性を調査するための心理テストです。同性愛診断のためだけに考え出されたものではないのですが,たとえばこのテストで”女性的”という診断結果が出た男性は,同性愛者かその予備軍なのだと考えられていました。

牧村朝子 (2016). 同性愛は「病気」なの? 僕たちを振り分けた世界の「同性愛診断法」クロニクル 星海社 pp.137

身長と成功

身長と職業上の成功の度合いや地位の高さの間に強い関連があることは,多くのデータによって裏づけられている。背の高い人は,平均して高い給料を受け取っているし,地位の高い職業に就いている人を調べると,長身の人が占める割合が大きい(これは,ある職に就くために必要な学歴や身体的能力の影響を考慮に入れても言えることだ)。CEOや管理職は,背の低い人より高い人のほうが多く,アメリカの歴代大統領も,ほとんどがアメリカ人男性の平均より長身だ(第四代大統領のジェームズ・マディソンは,身長163センチと小柄だったが)。いくつかの研究によれば,身長の高い人ほど,主観的な幸福感が強いという相関関係があることもわかっている。
 背の高い人が成功しやすい理由は,いろいろ考えられる。たとえば,思春期の子どもの間では長身の子が人気者になるので,そういう人は対人関係をうまくやっていく技能が身につきやすく,自己評価も高まり,人生を有利に運べるようになると考える研究者もいる。しかし,高さが力を連想させることも理由の1つだ。その連想がはたらくため,ほかの条件がおおむね同じなら,背の高い人ほど力があるとみなされ,多くの権力と権威を手にする。そして,背の高い人が高い給料と地位を得る結果,高さが力を連想させる関係がますます強まる。

タルマ・ローベル 池村千秋(訳) (2015). 赤を身につけるとなぜもてるのか? 文藝春秋 pp.159

ビネの本を

かつて知能検査及び知能指数を批判的に検討していた私は,知能検査と知能指数を同一視し,数字で人間を管理して人の自由を侵害するとんでもない道具だと思っていた。「知能とは知能検査で測定したものである」というようなフレーズを操作的定義だとして信じている心理学者たちはどうかしていると思っていた。そして,その一番のもとになった知能検査を作った人,アルフレッド・ビネは,相当にトンデモナイことを考え,トンデモナイことをやった人なのだと思っていたのである。
 ところが,アルフレッド・ビネは,私が考えていたような検査手技,数値至上主義,測定主義者,操作的定義主義者ではなく,目の前の子どもを,自分の目で確かめて,その子の未来を展望するために何をすれば良いかを考える人物だった。日本で一体どれくらいの人が知能検査を用いているか知らないが,ビネの原典を読まずに用いることは厳しく禁止すべきであると,私は考えている。あるいは手前味噌,我田引水だが,拙著『IQを問う』を読んでから使うべきである。

サトウタツヤ (2015). 心理学の名著30 筑摩書房 pp.91

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