I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「パーソナリティ・個人差」の記事一覧

できることとすること

行動の学習や獲得とその遂行とを区別することは有意義である。人は,学習したことをすべて遂行するわけではない。その人が学習し,知っていて,遂行できるということと,その行動をある特定の場面で実際に遂行することとの間には,大きな隔たりがある。個人はたくさんの向社会的行動だけでなく,反社会的な逸脱した行動をも,もちろん学習している。例えば,青年男子の大半は石を投げたり,ナイフを振り回したり,窓をこわしたりする方法を知っている。しかし,そうした技能を身につけた少年たちのなかにも,それを実際に遂行するかどうかには大きな個人差がある。同様に,われわれの文化では男女ともに口紅や白粉のつけかたやタバコのくわえかたを知っているが,それらの行動の遂行頻度には性差がある。このようにそれぞれの個人において,その人ができることと,ある状況で実際にすることとの間には,大きな隔たりが存在するのである。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.169-170
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

増分妥当性とは

より廉価なデータ源からでも簡単に入手できる記述や予測と同じものを得るために,時間がかかる高価な性格テストや推論過程を用いるのは無駄なことである。例えば,臨床家が他人のロールシャッハのプロトコルに基づいて,その人の性別や職業や結婚状態を正確に記述できることを立証しても無益なことである。テストに基づく所説が,それまでに通常使用されてきたデータと単に一致するだけなら,その所説はとるにたらないものとなる。もしある診療所が所員による行動評定を定期的に得ていれば,その評定と一致する推論がテストから得られたとしても,ほとんど情報は増加しない。ただし,テストによる記述がより経済的に得られたり,より正確であるか,より豊富な内容を有している場合には,この結論はあてはまらない。同様にテストに基づく記述が,通常入手できる他のデータ源に比べてより速やかに,判明しにくい事実に関する所説を示すことができれば,記述を得るためのコストは正当と考えられよう。テストに基づくパーソナリティの記述は,より使用しにくく不経済な他のデータ源に比べて,妥当な情報を,有意に多く与える場合にのみ価値がある。これが,「増分妥当性」の意味する内容である。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.109-110
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

説明を増やすか

統計的に有意な結果は,集団間の差異や測度間の関連が存在し,その可能性が偶然によるものではないらしいことを示している。しかし,手続きの有用性を解釈する際に,統計的有意性に頼ることは誤りである。偶然仮説を棄却する結果が得られたこと自体は,その予測データの相対的価値や,他より低コストで使用できる予測変数以上に説明率を増分(increment)することができるかどうかについては,何も説明していないのである。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.109
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

パーソナリティ係数

他方,F尺度と非質問紙的測度との間に得られる関連の強さは,一般に低い。実際のところ,質問紙から推測されるほとんどすべてのパーソナリティ次元を,異なる手段で——つまり,他の質問紙ではなく——抽出された反応を含むほとんどすべての考え得る外的基準に関連づける研究では,.20から.30の間の相関が繰り返し見いだされているが,これを記述するために,「パーソナリティ係数」という語が作られるかもしれない。一般に,そのような相関はあまりにも低すぎて,大まかな選抜のふるい分け以外のほとんどの個人測査の目的に対しては価値がない。そのうえ,得られた関係のネットワークは,しばしばあまりにも散漫で,理論的に理解できない。そして最後に,パーソナリティ測度間で得られる相関は,ある程度は,単にそれらが知能や教育程度と,共通して関連をもつことを反映しているにすぎないかもしれない。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.82
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

解釈か刺激内容か

パーソナリティ測査やパーソナリティ研究においては,研究の焦点が観察者の解釈にあるのか,観察された行動のもつ刺激内容にあるのかが明確でないことが多い。ある研究では,他者や対象物についての観察報告から,他者や対象物によって観察者内に引き起こされた印象や判断を明らかにしている。またある研究では,観察者の印象や主観的判断を低減するような方法で,被観察者の行動そのものについて研究することも可能である。この2つの方略は全く異なっているのだが,実際には両者が混同されていることは,われわれが計量心理学的方法において見てきたとおりである。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.68
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

言語要素か

ダンドレイド(D’Andrade, 1965)は,大学生に,ノーマン(Norman, 1963)の20個の両極性尺度の各極に用いられた用語すべての,相互の意味類似を評定させた。こうして得られた語彙間の意味類似データが,因子分析にかけられた。その結果,意味類似評定の分析においても,ノーマンが対人評定から得たのと本質的に同じ5因子構造が抽出されたのである。すなわち,語彙自体の意味の評定から得られた構造が,対人評定から得られた構造と対応しているのである。このことは,パーソナリティ特性といわれているもののある部分は,外的世界を記述するための言語的要素のひとつとして存在してはいるが,必ずしも外的世界(すなわちパーソナリティ)そのものの反映とはいえないということを示唆している(D’Andrade, 1965)。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.48-49
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

認知スタイルの安定性

非常に注目すべきことに,ある種の認知スタイルに対しては,長期間を通じて,極めて印象的な安定性が見いだされた。例えば,ウィトキンのロッド・フレーム・テスト(RFT)における再テスト相関は,数年の間隔をおいても,.92という高い数字であった(Witkin, Goodenough, & Karp, 1967)。彼らの縦断研究で使われた最も長い間隔は,14年という期間であった。そのような長い期間の後でさえ,10歳の時にRFTの検査を受けた少年が24歳のときに再テストされたとき,得られた安定性相関は,.66であった。この種のデータは,認知的,知覚的機能における,正真正銘の永続性を実証する。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.36
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

信頼性と妥当性

行動の一般性—特定性に関するデータは,通常,「信頼性」という項目に入れられ,「妥当性」の証拠とは切り離される。信頼性と妥当性のこの区別は,それほど明確ではない。信頼性と妥当性は,どちらもさまざまな刺激条件に対する反応間の関係を実証することによって確かめられる。その刺激条件とは,反応を抽出するのに使われる特定の測度や場面である。信頼性は,最大限に類似した刺激条件の下での反応測度間の一致に関連している(Campbell, 1960; Campbell & Fiske, 1959)。妥当性は,信頼性と対照的に,最大限に異なった,独立の刺激条件や測度に対する反応が,一点に収斂することを要求する。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.13
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

環境の安定性

高度に普遍的な傾性があるという過程に導かれていることもあって,パーソナリティ心理学の主要な目的は,個人を1つかそれ以上の次元(例えば,不安,内向性)上に位置づけることにある。そのためには個人を何らかの基準と比較する必要があるが,その基準は標準化された状況下でたくさんの人びとをテストすることによって作成されたものであって絶対的な基準ではない。しかし,ある次元上に占める個人の位置がテスト状況の違いや長い時間の間隔を超えて比較的安定すると信じている人びとにとっては,測査における主要な強調点は次のようになる。つまり,個人が内部にもっている,安定性があり持続性があると仮定されている根底的な特性や状態を正確に引きだすために,標準化された条件下で施行される信頼性の高い道具を開発することである。このことはまさに伝統的な特性理論の重要な関心であった(例. Guilford, 1959)。その一方で,環境的条件にはほとんど注意が払われていないが,このことも人間の特性には一貫性があるという基本的な仮定と一致している。例えば,不安特性についてこの点を認識したレヴィット(Levitt, 1967, p.71)は次のように述べた。「不安特性は,理論的に個人内で変化することのない条件なので,状況に応じて変動しない。」

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.10
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

共通点

精神力動理論は,特性理論が個々の部分からなる「測定可能の個々の特性」に興味をもっているがゆえに,内的機能の力動的で相互作用的な側面やパーソナリティの異なる諸側面の相対的位置関係を見落としている,といって批判する。しかし,力動論的理論家によって仮説上の内的状態に割り当てられた名前(イド,エゴ,防衛,内的葛藤など)が,計量心理学的指向の理論家が好んで用いている特性の名前と異なっているとはいっても,2つのアプローチはいくつかの重要な特徴を共有している。まず,力動(状態)的理論も特性理論も,人の反応や行動は根底に流れている精神構造の直接的あるいは間接的徴候でしかないと考えている。次に,推論されたにすぎない根底的な諸傾性(特性,状態,過程,力動,動機,あるいは他のラベル)が,行動に普遍的で持続性のある効果を及ぼすと仮定する。そして,これらの仮説的な根底的傾性を推論するときに信頼できる指標として役に立つ行動徴候の探索に熱心である。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.9
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

特性

「特性」は,いくつもの異なった用法で用いられるという点で,混乱した用語であるといえる。最も単純なレベルでは,特性とは2人以上の人間に見られる直接観察可能な行動や特質(character)の,ある定義された次元城での差異である。例えば,「特性とは人間が他人から変動する様式であり,その様式には弁別力がある上にかなり持続性がある」(Guilford, 1959, p.6)。この意味での特性は,安定的な行動の個人差が観察されるときに用いられる概略的なラベルである。
 特性は,パーソナリティについて説明する際に,説明の便宜のためと説明力を上げるために創られた構成概念でもある。この意味での特性は,持続する行動の一貫性や差異を説明するための構成概念,抽象概念であり,したがってそれは,人のなかにある「もの」「状態」「過程」のような具体的実在と必ずしも対応するわけではない。

ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 pp.5-6
(Mischel, W. (1968). Personality and assessment. New York: John Wiley & Sons.)

男性性・女性性

1936年,アメリカの心理学者ターマンとマイルズによって考案された,心理学的な男性性と女性性を調査するための心理テストです。同性愛診断のためだけに考え出されたものではないのですが,たとえばこのテストで”女性的”という診断結果が出た男性は,同性愛者かその予備軍なのだと考えられていました。

牧村朝子 (2016). 同性愛は「病気」なの? 僕たちを振り分けた世界の「同性愛診断法」クロニクル 星海社 pp.137

身長と成功

身長と職業上の成功の度合いや地位の高さの間に強い関連があることは,多くのデータによって裏づけられている。背の高い人は,平均して高い給料を受け取っているし,地位の高い職業に就いている人を調べると,長身の人が占める割合が大きい(これは,ある職に就くために必要な学歴や身体的能力の影響を考慮に入れても言えることだ)。CEOや管理職は,背の低い人より高い人のほうが多く,アメリカの歴代大統領も,ほとんどがアメリカ人男性の平均より長身だ(第四代大統領のジェームズ・マディソンは,身長163センチと小柄だったが)。いくつかの研究によれば,身長の高い人ほど,主観的な幸福感が強いという相関関係があることもわかっている。
 背の高い人が成功しやすい理由は,いろいろ考えられる。たとえば,思春期の子どもの間では長身の子が人気者になるので,そういう人は対人関係をうまくやっていく技能が身につきやすく,自己評価も高まり,人生を有利に運べるようになると考える研究者もいる。しかし,高さが力を連想させることも理由の1つだ。その連想がはたらくため,ほかの条件がおおむね同じなら,背の高い人ほど力があるとみなされ,多くの権力と権威を手にする。そして,背の高い人が高い給料と地位を得る結果,高さが力を連想させる関係がますます強まる。

タルマ・ローベル 池村千秋(訳) (2015). 赤を身につけるとなぜもてるのか? 文藝春秋 pp.159

ビネの本を

かつて知能検査及び知能指数を批判的に検討していた私は,知能検査と知能指数を同一視し,数字で人間を管理して人の自由を侵害するとんでもない道具だと思っていた。「知能とは知能検査で測定したものである」というようなフレーズを操作的定義だとして信じている心理学者たちはどうかしていると思っていた。そして,その一番のもとになった知能検査を作った人,アルフレッド・ビネは,相当にトンデモナイことを考え,トンデモナイことをやった人なのだと思っていたのである。
 ところが,アルフレッド・ビネは,私が考えていたような検査手技,数値至上主義,測定主義者,操作的定義主義者ではなく,目の前の子どもを,自分の目で確かめて,その子の未来を展望するために何をすれば良いかを考える人物だった。日本で一体どれくらいの人が知能検査を用いているか知らないが,ビネの原典を読まずに用いることは厳しく禁止すべきであると,私は考えている。あるいは手前味噌,我田引水だが,拙著『IQを問う』を読んでから使うべきである。

サトウタツヤ (2015). 心理学の名著30 筑摩書房 pp.91

犯罪とパーソナリティ

1977年の時点では,児童の反社会的行動の説明に生物学的基盤を持ち出すことは一般的ではなかった。生物学的要因と社会的要因の相互作用に至っては,さらに受け入れられない考えであった。そのため,若き研究者だった私がバイオソーシャル的側面に焦点を置いた論文を最初に発表したときには,ほとんど誰にも相手にされなかった。しかし,イギリスの高名かつ論争好きの心理学者ハンス・アイゼンク[生まれはドイツだが,イギリスで研究していた]はすでに,著書『犯罪とパーソナリティ』で大胆にも,犯罪には生物学的基盤が存在すると示唆していた。論争が巻き起こったとはいえ,私は,彼の著書には「反社会化プロセス」という,自分の考えに関連はするが同じではない,とても興味深い概念が含まれていることに気づいた。以後この概念は,私の研究に深い影響を及ぼす。

エイドリアン・レイン 高橋 洋(訳) (2015). 暴力の解剖学:神経犯罪学への招待 紀伊國屋書店 pp.376

攻撃性のタイプ

ここで攻撃性のタイプの違いを考えてみよう。MAOA戦士遺伝子は,コントロールされた冷酷な暴力より,感情的で衝動的な,血気にはやる暴力を振るいやすい性格の形成に,とりわけ大きな役割を果たすのかもしれない。ハン・ブルナーは,オランダの親族の研究では,怒り,恐れ,フラストレーションに反応して生じる衝動的な形態の攻撃性が,より頻繁に見られたと報告している。ロサンゼルスで行なわれた研究も,この解釈に合致する。この研究では,低MAOA遺伝子を持つカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の学生は,より攻撃的な性格のみならず,人間関係に過敏に反応する性格を持つことがわかった。つまり彼らは,感情的に傷つきやすい。また,社会的に排除されることに対して,脳がより強く反応した。これは,個人的な中傷によって彼らがいとも簡単に動揺することを意味する。

エイドリアン・レイン 高橋 洋(訳) (2015). 暴力の解剖学:神経犯罪学への招待 紀伊國屋書店 pp.90

攻撃性の遺伝

双子の研究は,攻撃性と暴力も遺伝することを示す。われわれは,攻撃性を反応的(reactive)なものと,先攻的な(proactive)ものに分類した。反応的な攻撃とは,誰かに殴られて殴り返したケースがそれにあたり,防御あるいは報復を目的とした攻撃を指す。この形態の攻撃性の遺伝率は38パーセントであった。それに対し先攻的な攻撃は,より卑劣で残酷なものを指し,たとえば誰かから何かを奪い取るときに行使される。この形態の攻撃性の遺伝率はいくぶん高く,50パーセントだった。この研究でも,環境の共有による影響は,どちらの形態の攻撃性に関してもごくわずかであり,実際のところ男子に関しては存在しなかった。

エイドリアン・レイン 高橋 洋(訳) (2015). 暴力の解剖学:神経犯罪学への招待 紀伊國屋書店 pp.70

睡眠タイプ

睡眠は日々の生活に欠かせない要素だが,詳しいメカニズムはほとんど解明されていない。わかっているのは,だれにとっても欠かせないということくらいだ。睡眠のパターンは一生のうちに変化するが,これはすべての生物に共通して言えることだ。乳幼児は「ひばり型」で,早寝早起き。若者は「ふくろう型」で遅く寝て遅く起きる。このような睡眠パターンをクロノタイプと呼び,「ひばり型」を「朝型」,「ふくろう型」を「夜型」と言う。睡眠パターンは脳のシグナルとホルモンの複雑な関係によってコントロールされており,シグナルとホルモンはどちらも成長に応じて調整されていく。大半の種では,青年期に夜更かししていても,おとなになると「早寝早起き」になる。
 つまり,ティーンは学校へ行くために,おとなのクロノタイプに合わせて,無理矢理,早起きしているのだ。しかし,早く起きたからと言って,早く寝るわけではない。夜になっても彼らの脳は調整されず,本来の夜型のクロノタイプに固執しがちだ。その結果,睡眠時間は短くなる。そして休日には,体内時計に命じられるまま,朝寝坊に戻る。好きなだけ寝ていていいと言われたら,彼らは一晩に9時間から10時間眠るだろう。しかし,学校へ行くために起きなければならず,常に1日2.75時間分の睡眠が足りないままだ。これが慢性睡眠不足症候群の原因と見なされている。

フランシス・ジェンセン エイミー・エリス・ナット 渡辺久子(訳) (2015). 10代の脳:反抗期と思春期の子どもにどう対処するか 文藝春秋 pp. 103-104
(Jensen, F. E. & Nutt, A. E. (2015). The teenage brain: A neuroscientist’s survival guide to raising adolescents and young adults. New York: Harper.)

拳を握れ

最後につけ加えておこう。パワフルなポーズをとる時間がない場合は,こぶしを握るだけでも効果がある。心理学者トーマス・シューバートは男性被験者を集め,各自に自信を感じる度合いを訊ねてから,じゃんけん遊びを装い,数秒間こぶしを握ってもらった。そのあとであらためて自信を感じる度合いを訊ねた。被験者の体はその脳の影響を受け,しばらくこぶしを握った男性たちの自信度は高まっていた。

リチャード・ワイズマン 木村博江(訳) (2013). その科学があなたを変える 文藝春秋 pp.280

姿勢と自信

そして,姿勢のとり方も自信に影響する。自信のある人は自分の可能性を信じており,リスクを恐れず,テストステロン(支配と結びつく化学物質)の割合が高く,コルチゾール(ストレスと結びつく化学物質)の割合が低い。では被験者に支配的な姿勢をとらせたら,どうなるだろう。それを調べるために,コロンビア大学のダナ・カーニー教授とそのチームは被験者を集め,新しい心拍計の性能を試したいので協力してほしいと話し,2つのグループに分けた。
 片方のグループは,支配を示す2つのパワフルなポーズのうち,どちらかをとらされた。1つはデスクの上に両足をのせ,両手を頭の後ろに組んで視線を上げるポーズ。もう1つはデスクの後ろに立って身を乗り出し,両手のひらをデスクにつけるポーズである。
 もう片方のグループは,パワフルでないポーズ2種類のうち,どちらかをとらされた。1つは両足を床につけ,両手を膝に置いて視線を床に落とすポーズ。もう1つは,立ったまま腕と脚を組むポーズである。
 ポーズをとり終わった1分後に,被験者は自分をどの程度「パワフル」で,「やる気満々」に感じているか,採点を頼まれた。彼らがとったポーズは,その自信にかなりの影響をあたえていた。「パワーのポーズ」をとった被験者はとらなかった被験者よりも自信が強くなっていたのだ。だが,それだけではない。
 続いて実験では,被験者がリスクを負う割合が試された。被験者めいめいに2ドルを渡し,それをとっておくか,コインを投げて裏表で賭けをするか尋ねたのだ。賭けに勝てばお金は倍の4ドルになるが,負ければゼロになる。「パワーのポーズは人を大胆にする」の仮説どおり,支配的なポーズをとった被験者は八割以上がお金を賭け,支配的なポーズをとらなかった被験者は六割しか賭けなかった。

リチャード・ワイズマン 木村博江(訳) (2013). その科学があなたを変える 文藝春秋 pp.278-280

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