I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「金融・経済」の記事一覧

業績至上主義と創造性

成功した人に莫大な成功報酬を支払い,他方,失敗した人にもなんらかのコストを払ってもらうべきだ,という業績至上の原則を強調するならば,創造的な研究は大きく後退しよう。すぐれた人は創造的な研究に赴かないからである。なぜか。
 創造的な研究開発とは失敗する確率が極度に高い。そうであれば,通念の方式では,圧倒的に多くの研究者は失敗のコストをあるていど払うことになる。それではその研究者が大金持ちでないかぎり,生活がもたない。結局,射幸心のつよい例外的に少数な研究者しか創造的な研究に赴くまい。それではたして創造的な研究が多くうみだされようか。
 つまり,真に創造的な研究開発を推進するには,失敗のリスク,コストを大きく組織がとるほかない。それは具体的にいえば,成功したらそこそこの報酬,失敗してもなおすくないながら昇給する,というしくみであろう。そして成功者はその後の研究テーマの選択,研究費の配分,研究チームの人選により大きな発言権を得ることであろう。それならば,いままでも日本企業が行ってきたことではないか。そのゆえに,これまで日本社会が他国に勝るとも劣らない研究開発の実績をあげてきたのであろう。
 「神話」にとらわれた誤認識がいかに本来のよさを殺すか,いかに自他の状況を知ることが重要でしかも容易でないか,それはどれほど強調しても強調しすぎることはない。

小池和男 (2009). 日本産業社会の「神話」:経済自虐史観をただす 日本経済新聞出版社 pp.254-255

終身雇用神話

ふたつの視点でみる。ひとつは1980年からの推移,もうひとつは国際比較である。後者からみよう。もし日本が他国と違い「終身雇用」の国ならば,当然に残存率は格段に大きいはずであろう。ところがドイツ,スイスより低い。1985−90年をとれば,その両国に加えスペインも日本を上回る。もちろんこの数値でそう断定するのは危ない。というのは,これは男女計の数値なのに,日本の終身雇用「神話」は男性にかぎられ,その反証にはかならずしもならないからである。それにしても日本より45歳以上の残存率の大きい国が複数あることに注目すべきだろう。せいぜい日本は西欧の一部の国なみの長期雇用らしい。
 ほかは推移である。なるほど多くの国で残存率が下がっているのに,日本はわずかながら上がっている。おそらく高年齢化の影響とおもわれる。ただし,米でも最後には少し上がっているのだ。いずれにしても日本がやや長期雇用であるのはたしかなようだが,他国とは隔絶した雇用保険制度とはあまりいえそうにない。とくに日本の統計が企業からのデータであることを心にとめると,この表示による日本の長期雇用度はやや割り引かねばなるまい。

小池和男 (2009). 日本産業社会の「神話」:経済自虐史観をただす 日本経済新聞出版社 pp.203-204

マニュアル化できないから

はやい話が,なぜ日本でも課長以上では残業を記録せず残業手当を払わないのか。そこから考えよう。それは課長以上の仕事はありきたりのマニュアルではまったく規定できないからである。規定できればなにも課長職はいらない。判断材料が一切ないということになるからだ。つまり課長の仕事の内容,その仕事の仕方は課長個人の判断や考え,すなわち創意工夫によるほかない。それゆえ,これだけの作業を行えばよい,という基準ができない。かりに文章に書いてもごく抽象的な表現にとどまる。当然のことながら,できる課長とできない課長の個人の効率差ははなはだ大きいのだ。
 その個人差は高度な職ほど大きい。かりに社長や事業部本部長をみれば歴然としよう。社長の仕事に限界はなく,自宅のお風呂に入っていても経営のことを考える。のほほんとくらす社長の企業はかるく他国企業に買収される。瞬時の油断もできない。
 そうした創意工夫のほんの一部でも生産労働者に頼むならば,とうてい労働時間ではその作業の成果は測れず,したがってその業績は時間数では測れない。

小池和男 (2009). 日本産業社会の「神話」:経済自虐史観をただす 日本経済新聞出版社 pp.168-169

病気休暇と有給休暇

日本の有給休暇取得率が低い,とよくいわれる。それは企業への忠誠心,あるいは職場の仲間への気遣いなどという説明がよくみられる。だが,その理由はかなり簡単なことではないだろうか。病気休暇制度が企業に普及していないからではないか。
 日本の有給休暇は,すくなくともそのかなりは,事実上西欧の病気休暇にあたる機能をはたしてきた。西欧では病気欠勤のとき,ふつう病気休暇を取得する。病気休暇とは医師の診断書を要し,年間数日の上限があるが,実際にはどのような医師の診断書が必要かによって大きく取得日数が変わる。混みあう公的病院の診断書を要求すれば,一挙に病気休暇日数は減る。
 こうした実情はともかく,日本では病気休暇はあまり企業に普及していない。なるほど健康保険組合の病気欠勤保証はあるが,それは病気休暇の代替にはなるまい。というのは,人事の評価の際に考慮する出勤率にマイナスとなる点は回避できないからである。査定に出勤率を考慮する慣行は他国でもみた。したがって,なるべき病気欠勤は有給休暇で消化したい。さりとて病気はいつおこるかわからない。そこでその対策として有給休暇をのこしておかざるをえない。すなわち,病気休暇の制度をきちんと利用すれば,状況は相当に変わってくるであろう。

小池和男 (2009). 日本産業社会の「神話」:経済自虐史観をただす 日本経済新聞出版社 pp.154

計測できない

先進国であればどの国も,週あるいは月あたりの実労働時間統計はある。ただし,それは製造業の生産労働者中心となる。そうでないととても実労働時間は測れない。生産労働者であれば,機械がとまれば仕事できず,家に仕事を持って帰ることができない。よって工場にいる時間で計測できる。だが,大卒ホワイトカラーであれば,家に持ち帰って仕事もできる。米でも弁護士はしばしば家に持ち帰っても仕事していた。それはとても計測できない。

小池和男 (2009). 日本産業社会の「神話」:経済自虐史観をただす 日本経済新聞出版社 pp.153

職務給思想

なお不詳の点は多々あろうが,戦前期やその基本を定めた明治期の公務員サラリーは,いわゆる年功賃金という観念とは大分違う。むしろおどろくほどの職務給思想というべきではなかろうか。仕事ごとにサラリーが決まり,その働きぶりでつぎの昇進がきまる。昇進すればサラリーはぴんとはねあがり,昇進しなければサラリーはそのまま,それどころか,早い定年もむかえ,いやそのまえに退職していく。中期からやや短期重視のサラリーではないだろうか。それはまた江戸幕府スタッフのサラリーを多少とも受け継いでもいるようだ。
 ここから,なにをいいたいのか。世界の傾向は,日本でにぎわしい議論とは別に,高度な仕事にはもともと仕事ごとではなく中長期重視のサラリーであって,のちそれを社会資格給というみやすい長期重視のサラリー方式へ,そしてグローバルスタンダードにあう方式へ,移行してきたのではないだろうか。その実態をみのがし,短期重視へと逆行しつつある日本企業の現場を懸念する。
 すぐれた業績をあげた人にいかに報いるかは,古来,肝要な組織のしくみである。ただし,それほど資料がのこっているわけではない。そのかぎりでおおまかにいえば,まずは戦場という勝敗がきわめて明白な,そしてその結果がはっきりとでるばあいには,まさしく戦場の功である。それは打ちとった首の数,それも旗指物の主,さらには大将の首,あるいはすばらしい物見の功などさまざまな事情を考慮した報酬となろう。戦記物語のかぎりでわかるのはそこまでである。
 そのあとはごく一時期,家柄で報酬がきめられた。家柄をしめす禄高を大幅に改定する戦場は島原の乱以降しばらく絶えてなかった。その短い時期を日本古来の文化と誤解したのが教科書的なイメージではないのだろうか。ほんの数十年のあと,職務によるサラリー方式が事実上支配した。それはおそらく18世紀第二次大戦敗戦まで続いたのであろう。いやもっとつづいたかもしれない。そうじて,いわゆる年功賃金が日本の文化の産物というイメージは,おそろしく誤解に満ちたものではなかったか。

小池和男 (2009). 日本産業社会の「神話」:経済自虐史観をただす 日本経済新聞出版社 pp.135-136

誤解

たとえば,「勤続に応じたサラリー」を年功賃金といったりする。だが,それは「上がり方」をいうのであろうか。それならば,くりかえすが米のホワイトカラーのサラリーも右肩上がりであり,日本と区別できない。もし「決め方」をとって定期昇給の有無をいうなら,それもまた米のホワイトカラーに広く普及し,日本と区別できない。それというのも米のサラリーをはなはだしく誤解し,たとえば米はすべて職務給などとみるからであろう。やむなく,米のサラリーの現状を描き,それを基準として説明するほかない。

小池和男 (2009). 日本産業社会の「神話」:経済自虐史観をただす 日本経済新聞出版社 pp.103

認識不足

たしかに雇用や企業のシステムが重要という点で,またそのシステムの理解は大筋であたっている,とわたくしもおもう。だが,わたくしからすれば,ここにいささかの認識不足があると考える。認識不足はつぎの2点である。
 第一,日本の職場でのおどろくべき個人間競争の広がりである。この本の第1章で記したように,日本は生産職場でも正社員ならば査定が普及している。それは集団内の個人間競争の激しさである。リンカーンたちは査定の有無まではみているが,それがもたらす激しい個人間競争,それが生産労働者にまで広がっていることの重要性を認識していない。おそらく,ここから日本の働く人があまりハピーでない状況を説明できよう。競争が広まっているとは同時に敗れる人たちもはるかに数多い,ということにほかならない。それならば,ハピーでない人が多いのは,むしろ当然の帰結であろう。
 第二,人材形成の広がりである。その激しい個人間競争が,技能の向上度を基軸として展開されていることへの認識不足である。個人間競争がたんに上長のひいきに堕するようなら,職場の仕事ぶりがよいはずがない。仕事ではなく「ごますり」で出世するような企業が,激しいグローバル競争を勝ち抜けるはずがない。もちろん上長による,あるていどのひいきは避けがたい。それは査定をとる,どの国どの企業どの職場にもあるだろう。だが,それがすべてではとうていよい仕事ぶりを期待できまい。日本の生産職場は技能の向上度を大いに重視し,そのゆえに職場のパフォーマンスが依然高いのではないであろうか。

小池和男 (2009). 日本産業社会の「神話」:経済自虐史観をただす 日本経済新聞出版社 pp.67-68

冷めた目

以上の結果からでてくる素直な見方は,日本の働く人が,おどろくほど,そして米にくらべはるかに,冷めた目で会社や仕事をみ,あまりハピーではない,ということであろう。なお「ハピー」ということばを気軽に使っている。日本語の「しあわせ」にくらべ,英語では「それでもいいよ」くらいの意味であろう。いずれにしても,日本はこころから会社が好き,仕事が好きで働いているのではないようだ。

小池和男 (2009). 日本産業社会の「神話」:経済自虐史観をただす 日本経済新聞出版社 pp.66

集団と個人

まえもって充分にはわからないとすれば,まえもってだれかに割り当てておくことは難しい。特定個人に割り当てできない以上,それをこなす人が出現すると,一見集団主義,チームワークの成果のように映じよう。もちろん,そうした個人のすぐれた働きは,見る目のある人には歴然とわかる。わかる以上,その働きに報酬を用意しなければならない。それが仕事をよく知る人の査定なのだ。
 逆にいえば,他国はこうした問題や変化への対応を,やや大げさにいえば,生産ライン職場で見逃し検査職場にゆだねるから,個人主義だけの方式にみえる。逆に,一見集団主義にみえる日本職場は,むしろすぐれた個人の働きを認め,それに報酬を払っているのである。西欧の方式は作業を標準化し,標準化しにくい作業をこなすすぐれた個人の働きを,かえって封殺した方式といわねばなるまい。

小池和男 (2009). 日本産業社会の「神話」:経済自虐史観をただす 日本経済新聞出版社 pp.57-58

数値で測れない

まず結論から書いておく。高度な作業の働きぶりは——それこそが競争力の源泉でくらしと雇用を守るのだが——とうてい数値であらわせず,仕事をよく知る人の「主観的」な判定によるほかない,これが結論である。主観ゆえに,あるていどの恣意性はやむをえない。そのうえで,その恣意性をなるべくなくする方策を考えるほかないだろう,という提言になる。
 というとみなさんは,それでは「差別」の助長にもなり,なんとかして公正な数値を指標とする方策を提示せよ,と大いに反発されよう。それを十分承知のうえで,なおわたくしはそう考える。

小池和男 (2009). 日本産業社会の「神話」:経済自虐史観をただす 日本経済新聞出版社 pp.44

降格者の割合

もうひとつ日本の通念の誤解を正しておきたい。それは降格者である。米企業は「実力主義」であるから,さぞや降格者がぞくぞくとでるであろう,「専門家」と称する人たちは盛んにそういう。だが,もっともたしかな資料にもとづく研究に照らしてみれば,降格者はわずか0.4%にすぎない。

小池和男 (2009). 日本産業社会の「神話」:経済自虐史観をただす 日本経済新聞出版社 pp.39-40

早合点

第一,米企業サラリーの基本給はまず下がらない。日本ではその点をはなはだしく誤解している。米企業はいわゆる「実力主義」「業績主義」だから,業績が下がれば基本給は減額される,と解する。早合点というほかない。実際はほとんど逆である。5年間にわたるのべ3万数千の個別人事データで(イグゼンプト層のみ),前年より基本給が下がったのはわずか0.2%しかない。まったく上がらなかった人も1.8%しかいない。あとは大なり小なり昇給する。

小池和男 (2009). 日本産業社会の「神話」:経済自虐史観をただす 日本経済新聞出版社 pp.39

査定の割合

ただし,アメリカ風にいえばイグゼンプト(exempt)クラスを対象にした。イグゼンプトとはもともとは除外という意味で,労働基準法の残業手当を払え,という規定の適用を免除する層をいう。つまり残業手当が一切つかない。大卒若手入社でも正社員ならまず最初からイグゼンプトのようだ。日本は課長クラスからようやく残業手当を払わず,ここに大きな違いがあることに注意してほしい。なお,対象時点がやや古いと思われようが,ていねいな研究を重んじるかぎり,ここ2,3年の資料はまず表にでない。もっともこうしたサラリーの構造はあまり変動しないようだが。
 その論文によれば,このイグゼンプト層の査定はAからEの5段階査定で日本と変わらないが,日本と大違いなのは95%以上がBとCであることだ。他方,日本は人事部のガイドラインがあり,AからEまでたとえば10,20,40,20,10%などの分布の標準が示され,それから大きくははずれないようだ。こうした状況への誤解が日本ではつよすぎる。そのことを一瞥するために米ホワイトカラーのサラリーを簡単にみておく。
 まず日本でよく誤解されるのと大違いで,仕事給では断じてない。仕事給とは電車の運転手30万円,車掌25万円など仕事に応じ査定もなく定期昇給もない方式である。上手下手への報酬がないことをよく承知していただきたい(このことを日本の人事労働の方はどうしてかあまりご存じないようだ)。
 もちろん出来高で差をつける方式はある。しかしそれでは品質がもたない。日本でも品質を重視した第二次大戦後は,出来高制度は急速に姿を消していった。つまり仕事給とはおおまかにいえば,品質を気にしないでよく,上手下手の差があまりでない簡単な作業に対して払う仕組みなのである。いまの日本でいえば,多くのアルバイトやパートの方たちに支払う方式である。
 日本でいえば大卒ホワイトカラーにあたる層のサラリーは,米企業でも社会資格給(pay-for-job grade)である。社内資格(job gradeあるいはpay gradeともいう)とは,まずは日本で悪名高い,かの職能資格そのものといってよい。日本企業なら社員1級,2級,3級など年功制度として非難されることのみ多かった方式である。社内資格とは他社に通用せず,その会社内のみで通用し,他方,社内では分野を通じ,あるていど仕事のレベルを反映している。そして勤続を積んだだけれは,上の社内資格には昇給しない。相当の役職に昇進しないと昇給がとまる。それは米企業でも日本企業でも変わらない。

小池和男 (2009). 日本産業社会の「神話」:経済自虐史観をただす 日本経済新聞出版社 pp.35-36

個人スポーツ

それに,いいふるされたことだが,もともと日本人の愛好するスポーツは,わたくしの知るかぎりチームスポーツではなく,ほとんど個人スポーツのようにおもう。剣道,柔道,相撲などであって,江戸後期,いったいサッカーやラグビーのようなチームスポーツが愛好されたのであろうか。剣道,柔道の団体戦,駅伝といっても個人戦の連続であって,はたしてチームプレイといえるのであろうか。

小池和男 (2009). 日本産業社会の「神話」:経済自虐史観をただす 日本経済新聞出版社 pp.24

中国で売る

前述のように,中国市場でのラッコ毛皮の価値を世界に知らしめたのは,キャプテン・クックの第三次航海だった。クックの驚異的な大航海の意義は,イギリス帝国史のなかでもっと重視されるべきだが,ここではそのごく一部にしか触れえない。1778年にクックのリゾリューション号とディスカヴァリー号は,ヴァンクーヴァー島の西岸ヌートカ湾に1カ月滞在した。船員たちは滞在中に先住民から,ラッコの毛皮を何枚か,1シリングほどの金物と交換で入手した。翌年末に,クックを失った探検隊が広州へ寄港した際,彼らはラッコの毛皮が途方もない高値(90ポンド)で売れるのに驚かされた。

木村和男 (2004). 毛皮交易が創る世界:ハドソン湾からユーラシアへ 岩波書店 pp.116

オーケイディアン

地の果てのハドソン湾で働こうとするイギリス人は少なかったから,初期の労働者の多くは,ロンドンの失業者から引きぬかれている。道徳的な腐敗で悪名高い彼らは,会社が求める規律になじもうとはしなかった。早くも1682年に総督ジョン・ニクソンは本社に宛て,イギリスから送られてくる労働者が大酒飲みの荒くれ者ばかりだと指摘し,堕落に染まっていない純朴な田舎の若者を派遣するよう求めている(HBRS, VIII, p.250)。解決策として導入されたのが,年季奉公制度(アプレンティス)だった。この制度のもとで,14歳ほどの少年が7年後の年季奉公契約を結び,下級労働者としてハドソン湾に送られるようになる。スコットランドの北に浮かぶオークニー諸島が,絶好の労働者供給源となった。零細な漁業と農業に依存していた島の少年たちは,ハドソン湾での過酷な自然と労働によく適応した。「オーケイディアン」と呼ばれた彼らは,やがてハドソン湾で働く労働力の4分の3をも占める最大の民族グループとなる(Van Kirk, 1980, pp.10-11; Williams, 1983, pp.25, 40)。

木村和男 (2004). 毛皮交易が創る世界:ハドソン湾からユーラシアへ 岩波書店 pp.51

商売上手

インディアンは交易品の品質を厳しく吟味し,不満があれば取引を拒否してフランス人の交易者に毛皮を持ちこんだ。インディアンに拒否されて銃製造業者に返送された不良品は,1679年に43挺,81年に122挺に達する。このためロンドン委員会は,イギリスの銃製造業者に注文を出す前に,しばしばサンプルの提出を求め,製品には商標を刻印して責任を命じさせている(HBRS, VIII, pp.25, 31, 47)。交易所での在庫が増大すると,長期保存による品質低下が生じ,とりわけ銃の錆と,火薬の劣化は深刻だった(HBRS, XI, p.125; HBRS, XX, p.61)。インディアンからの苦情による返品の無駄を防ぐため,鉄砲職人や鍛冶工が交易所に配置された。英仏どちらの交易品が優秀だったかについては,研究者の間で長い論争がある(Eccles, 1979, pp.429-434)。実際のところ,品質の優劣は製品による差異が大きく,一概にどちらが優秀だったとはいえない。だが火打ち石と火薬は明らかにフランス製が優れており,ハドソン湾会社が外国から輸入する交易品では,火打ち石とブラジル・タバコがもっとも重要だった。毛皮交易におけるインディアンは,英仏間の競争を巧みに利用し,高い品質と有利な交易条件を主張するしたたかな「商売上手」だったのである。彼らがヨーロッパ製品の魅力の前にたちまち屈服したとの通説は,アーサー・レイが強調するように,研究者が作り上げた「神話」にすぎない(Ray, 1980, pp.267-268)。

木村和男 (2004). 毛皮交易が創る世界:ハドソン湾からユーラシアへ 岩波書店 pp.38

交易品

インディアンとの交渉の中で,徐々に標準的な交易品となったのは,銃とその付属品,斧,ナイフ,ヤカン,毛布,ブラジル・タバコ,ブランデー,ビーズなどである。タバコ1つをとっても,最初に提供されたのはヴァージニア・タバコだったが,1685年からはフランスの例にならって,ポルトガルから輸入したブラジル・タバコが使われるようになる。ロープ状に巻かれ,独特の香りを持つブラジル・タバコを,インディアンが「魔法の草」として珍重したからである。1708年と15年にポルトガルからの輸入が途絶すると,ハドソン湾会社はオランダ商人を通じ2倍以上の高値でブラジル・タバコを購入している。ブランデーは,オルバニーでは1698年から,ヨークでは1718年から主要な交易品として帳簿に記載され始めた。

木村和男 (2004). 毛皮交易が創る世界:ハドソン湾からユーラシアへ 岩波書店 pp.37-38

ファクトリー・システム

彼らとは対照的に,ハドソン湾会社は湾に流れこむ主要河川の河口に恒久的な交易所を建設して交易者を常駐させ,インディアンがカヌーや犬橇で毛皮を運びこむのを待つことに徹しようとした。未知の内陸へ進出するために必要な知識や技能を,イギリス人はまだ持ちあわせていなかった。彼らはビーヴァーの捕獲や皮剥ぎもできず,冬場の壊血病予防策も知らなかった。内陸で不可欠の輸送手段であるカヌーを製作・操縦したり,モカシン靴,ミトン,カンジキなどを作る技術もなく,すべてを現地のインディアンに依存しなくてはならなかった。だとすれば危険を犯して内陸に乗りだすより,常設の交易所を設けて年中いつでもインディアンから毛皮を受け入れられるようにするほうが,危険もコストもずっと小さいと考えられたのである。1682年までにハドソン湾会社は,ルパーツ・ハウス(ルパート川河口)に続いて,ムース・ファクトリー(ムース川河口),オルバニー・ファクトリー(オルバニー川河口),そしてフォート・ネルソン(後にヨーク・ファクトリーと改称,ネルソン川とヘイズ川の合流点)と,4つの交易所を建設し,それぞれに20人から数十人を常駐させてインディアンの来訪を待った。この体制が「ファクトリー・システム」と呼ばれ,同社が本格的に内陸に進出し始める1770年代までほぼ100年間続けられることになる。

木村和男 (2004). 毛皮交易が創る世界:ハドソン湾からユーラシアへ 岩波書店 pp.24-25

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