I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「金融・経済」の記事一覧

友好的関係のもとで

 悪い知らせを控え,友好的な関係を保とうとする傾向は,企業ではつぎのような形をとる。
 CEO(および,あらゆるレベルの管理職)がある計画の欠陥を見つけようと思ったら,信頼する相談相手何人かにその案を見せて回るかもしれない。だがそうした相手はみんな,部下ではなくても,おそらく彼を敬愛している,たとえ異論があっても,それを隠そうとする見込みが高い。彼らはきっとこう言うだろう。「すごく気に入りました。それもいい,あれもいい,この別のところもいい。X,Y,Zについては考えたほうがいいかもしれませんが,全体的にはとてもいいと思います」。顧問役たちの本音はこうだ。「おやおや,これは困ったことになるぞ。Xだと身の破滅だ。Yでも,Zでもだ」。だがCEOの耳に届く言葉はこうだ。「いや,じつにお見事です」。そのCEOは,あえて反論を求めた自分の強さを自画自賛さえするだろう。

ポール・キャロル,チュンカ・ムイ 谷川 漣(訳) (2011). 7つの危険な徴候:企業はこうして壊れていく 海と月社 pp.244

誰が反論する?

 自分の一族の名を冠した自転車メーカーのCEOエド・シュウィンは,反論されるのはごめんだという気持ちを露骨に表した。1980年代に同社のチームがマウンテンバイクの可能性を探っていたとき,シュウィンは,あんなものは一時の流行だとして,大規模な投資に反対した。アメリカ随一の自転車メーカーであるシュウィンが,なぜ変わらなくてはならないのか?
 しかしある上級管理職がその反論に疑問を抱き,自分の立場を声高に主張した。シュウィンは会議を切り上げ,2週間後に改めて会議を招集すると言い渡した。一同が再び集まったとき,例の上級管理職は解雇されていた。それでも声をあげて反論する人などいるだろうか?

ポール・キャロル,チュンカ・ムイ 谷川 漣(訳) (2011). 7つの危険な徴候:企業はこうして壊れていく 海と月社 pp.239

効果的プレゼン

 ディズニー・イマジニアリングの幹部ジョー・ローディは,自然に近い環境に野生動物を放した遊園地を造りたいと考え,パワーポイントによるプレゼンなど,企画を通す際にはつきものの面倒な手続きをひと通りこなしたが,手ごたえは今ひとつだった。そこでローディは一計を案じた。最終会議で,当時のCEOマイケル・アイズナーが「生きた動物を見てスリルを感じるというのが,まだぴんとこないな」と言うと,彼は会議室の入口まで歩いていき,ドアを開けた。入ってきたのはベンガルトラだった。ごく細い綱でつながれ,若い女性ひとりに抑えられた状態で。アイズナーは即座に“スリル”を理解した。アニマルキングダムは1999年に開園し,大成功を収めた。今も大勢の人たちが,生身のエキゾチックな野生動物を見るスリルを味わっている。

ポール・キャロル,チュンカ・ムイ 谷川 漣(訳) (2011). 7つの危険な徴候:企業はこうして壊れていく 海と月社 pp.218

難しさの理由

 構想段階で生じる大きな誤りを避けるには,マイケル・ポーターの「5つの力」分析など,戦略設定への厳格な手法をきちんと守ればいい。ところが実際には,厳格な手法をとるのはきわめて難しいことがわかっている。理由は,以下に挙げる人間の本来的な傾向のためだ。

 ・人はすべての情報を評価するずっと前から,ひとつの答えに狙いを定めている。
 ・人は元来,抽象概念を扱うのが得意でなく,多種類の情報に対して客観的になることが難しい。
 ・人はある答えに向かいはじめると,その答えの正しさを確認しようとし,自分がまちがっているという可能性を受け入れにくくなる。
 ・人はグループの希望に従おうとする。特にそのリーダーが強い人間であれば,反論を唱えず,ただ受け入れる。
 ・人は誤りからじゅうぶんに学ぶことがない。おおむね自信過剰で,自分の失敗を正当化する精巧な防御メカニズムをもっている。企業戦略を任されるような頭の切れる人たちほど,過ちを認めず,ミスから学ばない傾向がある。

ポール・キャロル,チュンカ・ムイ 谷川 漣(訳) (2011). 7つの危険な徴候:企業はこうして壊れていく 海と月社 pp.215-216

レミング症候群

 レミング症候群は実のところ,非常に多く見られる。1980年代には,目ぼしい電子企業はみなPC市場に殺到した。ゼニス・エレクトロニクスのようなTVメーカー,ソニーのような日本の家電メーカー,ワング・ラボラトリーズのようなミニコンピュータのメーカー……。1984年には,PCが今後コモディティ化し,利ざやがごく小さくなることがはっきりしていたにもかかわらず,参入は続いた。
 OSのサプライヤーであるマイクロソフトとCPUのサプライヤーであるインテルは,莫大な利益を得ようとしていた。しかしそれ以外の,1台のPCに何もかも組み込もうとした企業のなかで,マイクロソフトとインテルを上回るほどの技術的な躍進を遂げて巨額の金を手にしたのはIBM1社だった。アップル・コンピュータは例外で,同社が得たチャンスはIBMより小さかったが,それで十分だった。自社製コンピュータ内のテクノロジーすべてを掌握していたからだ。
 他の10社ほどは,たがいに他者を押しのければ市場の支配権を得ることができると思いこみ,どの会社もなぜかアメリカ市場の20パーセントを占められると判断した。実際には,現在にいたるまで20パーセントを占める企業は現れていない。熾烈な競争を生き延びたわずかな会社にしても,やがてPC市場が黄金郷でないことを思い知ることになった。市場は巨大でも利ざやはほんのわずかで,どんなミスも恐ろしく高くつくことを,あのデルでさえ学んだのだ。

ポール・キャロル,チュンカ・ムイ 谷川 漣(訳) (2011). 7つの危険な徴候:企業はこうして壊れていく 海と月社 pp.173-174

自分の知りたいことしか知ろうとしない

 どんな会社も,市場調査からは自分の知りたいことしか知ろうとしないし,それはずっと昔から変わらない。ウエスタン・ユニオンは競合する可能性のある電話事業について,1876年にこんな結論を出している。「この“電話”なるものは,通信の手段としては欠点が多すぎ,まともに考慮するに値しない」。IBMが事務機器の売上に依存していた時期の会長トマス・ワトソン・シニアは,1943年にこう語っている。「コンピュータの世界市場は5機というところじゃないだろうか」。ミニコンピュータの大手であるディジタル・イクイップメントの創業者ケン・オルセンは,1977年にこう言った。「誰かが家庭でコンピュータを持ちたいと思う理由が見当たらない」。
 しかしIBMは,1980年代にはすっかり大型コンピュータの売上に頼るようになっていた。そして1981年に自社PCを投入する直前には,この製品が寿命を迎えるまでにPCの市場はほぼ20万機になっているだろうと予想した。現在HPとデルは,3日か4日でそれだけの数を売っている。

ポール・キャロル,チュンカ・ムイ 谷川 漣(訳) (2011). 7つの危険な徴候:企業はこうして壊れていく 海と月社 pp.171-172

赤の女王症候群

 こうしたコア事業の過大評価は,成功している会社で起こりやすい。その根底にあるのは,スタンフォード大学のウィリアム・バーネットとエリザベス・ポンタイクスの言う「赤の女王症候群」だ。この名の由来はルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』で,赤の女王が「その場にとどまるためには,全力で走らなければいけません」と言うくだりからきている。ビジネスで赤の女王症候群を起こすのは,自分たちの置かれた環境に適応しようと必死になっている会社だ。必死だからこそ成功しているのだが,そこに適応しているということは,異なるルールで動く他の市場には準備ができていないということでもある。しかも,彼らはそれに気づいていない。だから,ある市場で成功している会社ほど,隣接市場でも成功できると過剰な自信をもってしまう。

ポール・キャロル,チュンカ・ムイ 谷川 漣(訳) (2011). 7つの危険な徴候:企業はこうして壊れていく 海と月社 pp.139

衰退産業の評価モデル

 盲点を排除するには,たとえばマイケル・ポーターが提案した,衰退産業における評価モデルが参考になる。このモデルはシンプルで,2つの問いかけからできている。ひとつめは,「あなたの属する業界は,衰退に強い構造をもっているか?」。別の言い方をするなら,「あなたの業界は鉄鋼業界のように,収益が減ってもまだ利益をあげられるか?それともかつての写真業界のように,デジタルが大勢を占めればほぼ消えてしまうか?」。2つ目は,「あなたの会社は,まだ残っている需要に対して強い競争力をもっているか?」。言いかえれば「コダックのように,大きなブランド価値があるか?それともブランド力も低コストの組織構造といった資産も欠けているか?」
 あなたの会社に競争力がなく,業界の構造ももろければ,ポーターならこう言うだろう。「売れ,売れ,売れ,できるだけ早く」。もし会社に競争力がなくても,業界の構造がしっかりしているのであれば,こう言うだろう。「事業をばらばらにして売るべきものから選んで売れ」。同時に,「新しい投資や維持費,研究費,広告費などを削りつつ,過去に培った信用を利用して可能な限りキャッシュフローを得るように努めるべし」
 もしあなたの会社がコダックのように,競争力はあっても,業界の構造がもろいようであればこうだ。「もっと収益が高く,今の市場ほど低落の度合いが大きくない隙間(ニッチ)の市場を探せ。そのニッチにどんどん進出しながら,今の市場から撤退しろ」。そしてもし,あなたの会社が競争力も業界の構造も優れているなら,ポーターは言うだろう。「リーダーシップを発揮するべし。コスト面でのリーダーシップを確立し,価格競争のように業界を不安定にする活動は避けるように」
 ポーターによれば,8つの衰退産業に属する企業62社を調査したところ,彼の手法に従った会社の92パーセントがうまく市場に対処できたのに対し,そうしなかった会社で成功を収めたのはわずか15パーセントだった。ポーターの手法はたしかに,企業があらゆる選択肢を考えるうえで役に立つ。

ポール・キャロル,チュンカ・ムイ 谷川 漣(訳) (2011). 7つの危険な徴候:企業はこうして壊れていく 海と月社 pp.120-121

守旧的構え

 新しいテクノロジーや業務の採用を検討するとき,往々にして,既存事業の経済性との比較に目がいきがちだ。しかし本当に大事なのは,その新しいテクノロジーや業務がやがて既存の事業を潰し,まったく新しいビジネスモデルが求められるという可能性について考えることだ。
 コダックがもし白紙でそれを検討していたら,デジタル写真の将来性に涎を流しただろう。そして,携帯電話やPC付属のものから高価なプロ用モデルまで,あらゆる形のデジタルカメラを製造・販売できただろう。画質を高められるプリンタやソフトウェアなども開発・販売できたはずだ。
 しかしデジタルの採算性はフィルム事業ほどではなさそうだった。フィルム,印画紙,処理薬品で可能な60パーセントの売買差益を,デジタル事業であげることは困難だった。
 それゆえコダックは罠に陥った。短期的な収益を重視したぶん,デジタルへの参入が遅れたのだ。あえて困難な状況に耐えて,まったく新しいビジネスモデルに踏み出す,あるいは会社を売却するという道を選ぼうとしなかった。
 こうした罠は,広く使われている財務分析が陥りがちなものだという。たとえば,会社はしばしば,新しい事業に参入したら状況が良くなるかと自問するが,そのときほぼ必ず,戦略を変更しなければ事業は安定した状況を保つと想定してしまう。デジタル写真がつきつけてくるような根本的な難題で事業が急激に落ち込む想定はしないのだ。そして何もしなければ激しい凋落を招くという可能性を無視したまま,根本的な変化を避けるように仕向ける。
 複数の研究によると,証券アナリストたちもこの罠を強める傾向がある。彼らはみな,業界ごとに基本的な金融モデルをつくっているので,そのモデルから外れた会社には罰を加えることが多い。また,アナリストを気にかけすぎる会社は,死にゆくビジネスモデルでもずっとしがみつく傾向が強くなる。

ポール・キャロル,チュンカ・ムイ 谷川 漣(訳) (2011). 7つの危険な徴候:企業はこうして壊れていく 海と月社 pp.109-110

会計操作

 会計操作は,決して正当化はできないにしろ,ある程度は理解できる。ほんの少し数字をいじるだけで,株価が上がる,株価の乱高下が収まる,オプションの価値が増す,配当金が増える,債券の格付けが上がる,などの好結果が得られるのだから。四半期ごとに市場の要求を満たさねばならない経営陣には,合理的な行為といえる。投資家も株価が高く保たれることで恩恵を得られる。
 だとすれば,こうした操作がはびこるのも当然だ。金融の専門家たちを対象にしたある調査では,回答者の31パーセントが経常費の時期を操作していると認めた。さらに18パーセントが収益認識の操作を行なっていると答え,17パーセントが将来収益のつじつまを合わせるために高額すぎる経費を計上し,8パーセントが棚卸資産会計の操作を行なっていた。アメリカ,ヨーロッパ,アジアの743人の財務責任者に聞いたところ,3分の1の人が,自社の業績がアナリストの予測を下回りそうな状況では「自由裁量」を駆使して数字を上乗せする,と答えた。
 会計操作は,攻撃型だが合法的な収益の管理と,明白な不正との間にかかる危ない橋だ。ある企業が合法から不正へと橋を渡ったことは,召喚状を持った法定会計士のチームが乗りこんで証明されることが多い。しかし不正の一歩手前で留まっていたとしても,最悪の結果は起こりうる。

ポール・キャロル,チュンカ・ムイ 谷川 漣(訳) (2011). 7つの危険な徴候:企業はこうして壊れていく 海と月社 pp.58-59

シナジー効果の検討

 コスト面でのシナジー効果については,つぎのような問題を念頭に置きながら検討するとよい。

 ・あなたが削減できると期待するコストの多くは,ただ別の予算に回る公算が大きい。ある部門で人員をカットしても,彼らが有能で,会社が失いたくない人材ならば,他のどこかに移されるだけだ。
 ・他にも多くのコストが,合併につきものの妥協のせいで残りつづける。ある業務がどこか別の都市にある会社に統合される場合,そちらへ移りたがらない社員が出てくるかもしれない。その人材を失いたくなければ,あなたが折れるしかない。だからあらかじめ,この種の妥協はきっと起こるということ,その人物を今の場所に置いておくためにオフィスのスペースや旅費などの余分なコストがかかるということを,計算に入れておく必要がある。
 ・社内には,コスト面でのシナジーが実現されないほうが既得権を守れる人も多い。販売員は自分たちのテリトリーを守り,管理職は自分たちの専門領域を守る。統一されたやり方におとなしく従おうとはしないだろう。誰が,どんなふうに抵抗するかを見越してリストにしておけば,期待されるコスト削減の数字から,実現しない分を割り引くことができる。

ポール・キャロル,チュンカ・ムイ 谷川 漣(訳) (2011). 7つの危険な徴候:企業はこうして壊れていく 海と月社 pp.36-37

必要悪

 挑戦するに値する業種であるが,一般企業が進出したり,脱サラをして開業したりする一般人がほとんどいないのは,やはり女性を確保して本番の撮影現場に斡旋するのは非合法だからである。撮影現場で本番をするのは解釈によっては売春防止法に抵触して「公共の福祉に反する」行為なので,あらゆる労働関係の法律に違反をしているという見方ができる。
 どうして摘発されないのかというと,AVは警察関係者を確保した審査団体のフィルターを通して「合法」の建前を整えてから流通されるので,AV業界全体がソープランドやパチンコと同じく,今のところ「必要悪」として成立しているからである。

中村淳彦 (2012). 職業としてのAV女優 幻冬舎 pp.56

無茶な投資

 ジョン・ラミングによると,ナウルの国家歳入の半分に相当する年間4000万ドル近くが航空会社に投入されていたという。航空機の搭乗率が20パーセントを上回ることはなく,採算ラインを割っていた。しかし,最も重要なことは,エア・ナウルのおかげで,太平洋諸国の空の便が確立されたことであった。これは大統領の信念であったが,経済的にはまったく愚かなアイデアであった。
 エア・ナウルの累積赤字は,航空会社の営業損失だけで5億ドルから6億ドルという,すさまじい額に達していたと思われる。その後,財政基盤のもろいエア・ナウルは急降下した。既存の路線を維持できなくなり,所有機材のボーイングを次々と売り払った。最後は1機だけとなったが,この航空機も2005年にナウルの融資返済が滞ったことで,銀行が差し押さえてしまった。

リュック・フォリエ 林昌宏(訳) (2011). ユートピアの崩壊 ナウル共和国:世界一裕福な島国が最貧国に転落するまで 新泉社 pp.133

驚くような光景

 「島の人たちは,たった数年で価値観を失ってしまったのよ。我慢することがなくなったの。例えば車よ。ナウル人はみんな車が大好きなの。毎日,島のまわりをぐるぐるドライブするだけなのに,自分の兄弟や遠い親戚よりも大きな四輪駆動に乗りたがるのよ。1970年代には,車が6台も7台もあった家族もいたわ。同じ時代,西側諸国ではせいぜい車は一家に一台だったのによ」
 「びっくりするような光景に何度か出くわしたわ。道端で車が故障していたの。故障といっても大した故障じゃないのよ。タイヤがパンクしたとか,ガス欠とか,その程度の故障よ。ところが,いったいどうしたと思う?運転手は道端に車を放置してどこかへ行ってしまったの。ときには車の鍵を誰かそのへんの人にくれてやることもあったわ。『来週になれば注文した四輪駆動車が港に到着するから,別にいいんだよ』だって!」
 ヴィオレットは一息ついた後,堰を切ったようにこう言った。
 「あぁ,信じられない光景を見たことを思い出したわ。私はこの目ではっきりと見たの。お祭りの日に,オーストラリア・ドルをティッシュペーパーの代わりに使っている人がいたのよ。本当よ」

リュック・フォリエ 林昌宏(訳) (2011). ユートピアの崩壊 ナウル共和国:世界一裕福な島国が最貧国に転落するまで 新泉社 pp.66-67

トイレまで

 成金となったナウル人の暮らしは様変わりした。国が何から何まで面倒をみてくれる。国の金庫はすでに現金で満ちあふれていたことから,税金を払う必要はまったくなかった。国のおカネで,当時としてはとてもモダンな病院が建設された。ナウルの病院で対応できないときは,国の費用でメルボルンにある有名私立病院へ転院させてくれた。ナウル国家はメルボルン東部に長期入院患者の家族が滞在できる住宅まで購入した。
 島では電気などの各種公共サービスはすべて無料であった。高校生は国のおカネで海外留学ができた。大学生になると,オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ大学やメルボルン大学はもちろん,ニュージーランド,イギリス,アメリカの大学に留学できた。
 島ではなんとトイレも国が掃除してくれた。個人の住宅の片づけや掃除のために,国が家政婦を雇ったのである。1970年代のナウルは,国民が仕事に出かけるために毎朝起きる必要がないパラダイス国家であった。彼らの代わりに,中国人やアイランダーたちが働いてくれた。船釣りや,家族行事,島を囲む唯一の道路をただ延々とドライブするなど,ナウル人はおもにレジャーを楽しむためだけに暮らした。つまり,不労所得で暮らす彼らは,文字どおりに暇をもてあました消費者として過ごしたのである。

リュック・フォリエ 林昌宏(訳) (2011). ユートピアの崩壊 ナウル共和国:世界一裕福な島国が最貧国に転落するまで 新泉社 pp.64

リッチな国へ

 1970年代初頭,大半の西側諸国は第1次石油ショックに見舞われた。これにつられてリン鉱石をはじめとする天然資源の相場価格も高騰した。1974年,リン鉱石事業により,ナウルの国家と国民には,およそ4億5000万オーストラリア・ドルの収益がもたらされた。小規模地主であっても,相場価格の上昇の恩恵を受け,年間数万ドルの収入があった。リン鉱石の販売のおかげで,太平洋に浮かぶ小さな島ナウルは,平均して年間9000万ドルから1億2000万ドルの可処分所得があった。ナウルは世界1リッチな国となったのである。1970年代にナウルのGDPは1人あたり2万ドル近くになり,アラビア半島の産油国と肩を並べるようにまでなった。

リュック・フォリエ 林昌宏(訳) (2011). ユートピアの崩壊 ナウル共和国:世界一裕福な島国が最貧国に転落するまで 新泉社 pp.62-63

石鹸の巨大ビジネス化

 化粧石鹸と広告はいっしょに進化した。どちらも何世紀も前からあることはあったのだが,19世紀の終わりには巨大なビジネスとして経済の本流をなしていた。石鹸の場合は,細菌学という新しい学問のおかげで広まったのだが,病原菌の発見ということが一般消費者にまで浸透するのには何十年もかかった。じっさい,衛生学者や公衆衛生の専門家さえ,病気は腐っている物質や悪臭から広がるという昔ながらの考えに,驚くほどしがみついたのだ。ウィーンの医師イグナーツ・ゼンメルヴァイスは,分娩室に入る医師と研修医は妊婦を扱う前に手を洗うべきだと主張したが,おかげで産褥感染症による死亡が劇的に減少したにもかかわらず,物笑いの種になった。1865年にゼンメルヴァイスが死去したときも,まだこの単純だが画期的な意見は軽んじられていた。ゼンメルヴァイス,それにグラスゴーのジョゼフ・リスター[19世紀後半に外科手術用具の消毒を提唱]といった先駆者たちがやっと科学者たちに真剣に受け取ってもらえるのは,1870年代と80年代にドイツでローベルト・コッホが,フランスではルイ・パストゥールが,それぞれ細菌学を発展させてからになる。それでもまだ公衆衛生担当官や訪問看護師は,古い瘴気説を説き続けており,生ゴミや排水口や換気のことばかり気にしていた。20世紀のはじめまでには,細菌理論や接触感染理論が大勢を占めるようになった。これは革命的な概念だったのだが,サルファ剤や抗生物質が開発されるようになるのは,やっと1930年代や40年代になってからで,それまでは恐ろしい見通しでしかなかった。細菌と戦うほぼ唯一の方法といえば,洗い落とすことだった。体をきれいにする習慣がどんどん広まるようになり,人々が水だけでなく石鹸も使うようになりだすと,大西洋の両側の石鹸製造業者たちは,植物性のオイルから値段が手ごろで肌にやさしい製品を作り出そうと躍起になった。

キャスリン・アシェンバーグ 鎌田彷月(訳) (2008). 図説 不潔の歴史 原書房 pp.228-229

いずれは

 まず第1の日本国債を日本国民が購入しているから安心だという点ですが,確かに,為替リスクのない日本国民が日本国債を購入している以上,海外投資家に比べて,相対的にリスクに敏感に反応していないということは言えます。この点は,ギリシャや他のEU諸国と大いに違う点であることは正しい主張です。
 しかしながら,問題は,むしろ今後の話です。既に述べたように,高齢化で国内の家計金融資産が減少し,財政赤字が続いて債務が上昇してゆく中では,いずれ日本国民が購入できる限界を超え,海外投資家に国債購入を依存する状況になると思われます。95.4パーセントの国内保有率ということは,裏を返せば,日本国債は,海外投資家にとっては,ほとんど魅力がない資産であるということです。魅力を感じない海外投資家に購入を頼る時代になれば,それだけ金利も高くする必要がありますし,ちょっとしたリスクに敏感に反応される可能性も高いものと思われます。
 また,いくら日本国債の国内保有率が高いとはいっても,その6割以上は,銀行や保険会社,証券会社などの機関投資家であり,(愛国心のある?)個人投資家ではありません。機関投資家は,銀行であれば少しでも高い預金金利,保険会社や証券会社であれば少しでも高い収益率を求められて競争しているのですから,リスクを感じたときの行動変化は非常に早く,激しいものと思われます。つまり,日本国債のリスクに何らかの変化があれば,個人とは異なり,あっという間に売り抜けようとするはずですから,とても安心できる存在とは言えません。2010年度の「経済財政白書」も,国債の国内保有率と国債金利の間に何の関係もないことを報告しています。

鈴木 亘 (2010). 財政危機と社会保障 講談社 pp. 52-53

ハードランディング

 ひとたび国債の大暴落が起きれば,国債を大量に保有している銀行や証券会社の倒産が相次ぎ,ペイオフで守られている1000万円以上の銀行預金は失われることになるでしょう。もちろん,小口銀行を直接保有している国民も大打撃を受けることになります。また,国内の全ての銀行が深刻な経営危機を迎える状況になれば,法律改正によって,もはや,ペイオフすらも守られるかどうか,定かではないと言えます。
 さらに,現在のユーロ安同様,金融危機によって円安が急速に進みますから,輸入品の価格が上昇してインフレーションが起きます。このインフレによって,国債の価値はいっそう下落することになります。また,円安予想によってさらに海外の投資家が国債を投げ売りします。当然,これらの事態によって,国内の景気は急落して,ますます円安,国債価格下落が続くでしょう。このように,国債の大暴落によって,家計金融資産の大半が失われ,最終的に政府債務の解消が行なわれるというのが,最悪のハードランディングのシナリオです。
 もちろん,政府がもっと早い時期に「借金を返さない」とデフォルト宣言を行っても,国債は紙くず同然の価値になりますから,同様にハードランディングのシナリオと言えます。

鈴木 亘 (2010). 財政危機と社会保障 講談社 pp. 48

雇用を増やすには

 雇用基盤の縮小を食い止めることは簡単だ。労働力を節減するような技術を使わなければいいのである。果物輸送のために電車やトラックを使うことを禁止すれば,健全な肉体を持った男性をすべて運搬要員として雇うことができるだろう。あるいは,現代の農業技術を使うのをやめれば,私達はみな農民として雇用されるかもしれない(この方法に関しては,フィデル・カストロがよく知っている)。
 その通り,私たちは全員,食物を育てるという仕事を得るのである。だが,そうすると私たちが手に入れられるものは,食物だけになってしまう。考えてみよう。1910年には1355万5000人が農場で働いていたが,1970年までにその数は452万3000人に減少した。農業における雇用基盤の縮小を嘆くべきだろうか。いや,嘆くことはない。同じ期間で,1人の農民が供給できる食物の量が7人分から79人分に上昇した。その結果,その分の農場労働者が開放されて,他のものを生産するようになった——たとえば,先進の通信技術などだ。これこそが,先進社会における雇用の本当の目的なのである。単に人を忙しくさせておくことが目的なのではない。

マリリン・ヴォス・サヴァント 東方雅美(訳) (2002). 気がつかなかった数字の罠:論理思考力トレーニング法 中央経済社 pp.146

bitFlyer ビットコインを始めるなら安心・安全な取引所で

Copyright ©  -- I'm Standing on the Shoulders of Giants. --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS /  /