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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「その他心理学」の記事一覧

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液体洗剤の色

 もう一つの興味深いケースは,液体洗剤だ。コルゲート・パーモリーブ[アメリカの多国籍企業]が,液体洗剤に最も適した色を選ぶための実験を行った。色だけを変えた洗剤を数種類用意し,主婦たちに数週間にわたって試してもらったのだ。もちろん主婦たちは,まったく異なる洗剤を比較していると信じ込んでいた。そして,ほぼ全員が,黄色の洗剤が脂分を最もよく落とすと答えた。だが黄には,緑ほど清涼感がないという欠点がある。また,抗菌性が最も高く,それでいて自然に最も優しい洗剤は,透明で色がない。結局,すべての長所を備えた色は存在しないことがわかった。そこで,消費者の心理的欲求に応じるため,黄と緑と透明の液体洗剤が販売されることになる。


 歯磨きも同様に,色によって効用が異なるように感じられる。だから,一部の歯磨き粉は,三種類の着色料を使って「トリプル・アクション(3つの機能)」を強調している。



ジャン=ガブリエル・コース 吉田良子(訳) (2016). 色の力:消費行動から性的欲求まで,人を動かす色の使い方 CCCメディアハウス pp.122


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洗剤の色

 ずっと昔から,色を使って消費者を「誘惑」してきた分野がもう一つある。マーケティングの殿堂,つまり洗剤業界だ。1950年代に,プロクター・アンド・ギャンブルは,おなじみの白い粉末洗剤に,色のついた粒を混ぜることを思いつく。そこで,粒の色を決めるために,マーケティングのスタッフが,主婦を対象とした一連の実験を行った。粒の色が黃・赤・青と異なる三種類の洗剤が用意されたが,当然,洗浄力は同じに設定されていた。しかし,主婦たちの感想は,黄は「洗いが足りない」,赤は「布地が痛む」,青は「汚れがよく落ちる」というものだった。



ジャン=ガブリエル・コース 吉田良子(訳) (2016). 色の力:消費行動から性的欲求まで,人を動かす色の使い方 CCCメディアハウス pp.121-122


包装の形

 包装の形については,専門家によれば,一般に男性は角張って固い形を好み,女性は丸みを帯びた形や曲線に惹かれるという。


 もっとも,文化の違いによっては,体裁に多少の調整を加える必要がある。たとえばケンタッキーフライドチキン(KFC)は,日本に進出するさいに,ボール紙製の<バケット>の見直しを迫られた。日本人は<バケット>にチキンがぎゅうぎゅうに詰めこまれているのを見て,ひどく下品なうえに信用できないと感じたからだ。渡されたときに,下のほうに入っているチキンが見えないことが原因だった。そこで,KFCは日本の<お弁当>を手本にして研究し,「きれいに見せる」ことに成功した。つまり,すべてのチキンを平らに並べたのだ。おかげで,日本の<バゲット>は,販売価格がアメリカの二倍になった。しかし「こうしてよかったと思っています」と,KFCの大河原社長は,日本的な微笑みを浮かべながら断言する。アメリカのやり方に従っていたならば,ケンタッキーは日本に定着しなかっただろうと確信しているからだ。



ジャン=ガブリエル・コース 吉田良子(訳) (2016). 色の力:消費行動から性的欲求まで,人を動かす色の使い方 CCCメディアハウス pp.110-111


色の見え方

 猫やウサギやネズミや牛は,青と緑は感知するが,赤という色を知らない。つまり,雄牛は絶対に赤を識別していないということだ。それなのに,どうして闘牛士は赤いマントを振り回すのだろう?それはたんに,これから耳を切られ,尾を落とされ,命まで奪われることになる哀れな動物の血の色を目立たなくするためである。


 そのほかの動物の色覚についても見ていこう。馬は,黄色と緑を正常に識別するが,青と赤を混同する。爬虫類では,カメは青と緑とオレンジを識別し,トカゲは黄色と赤と緑と青を見分けることが知られている。昆虫はどうかというと,黄色を非常によく感知する。蝿取り紙やその他の虫取り用の罠に黄色が使われているのには意味があるのだ……。また,広い海の上では,虫はあまりありがたくないお客だ。だから,一般に,船体を黄色く塗ることは禁止されている。大量の花粉があると勘違いして,虫が巣を作るのを避けるためである。そして最後につけ加えると,鳥は色覚が非常に発達しており,形や動きよりも色に応じて行動していると思われる。


 結論を言えば,人間とほぼ同じ色覚と光スペクトルを持つ動物は,リスとトガリネズミ,そして一部の蝶だけとされている。ごくわずかと言ってよいだろう……。


 だが,自慢するにはあたらない。人間よりも優れた色覚を持つ動物はたくさんいるのだから!その筆頭が甲殻類だ。シャコは12種類,それに続くエイも10種類の光受容体を持ち,「三色型色覚」(青・緑・赤)として公認されている人間の目を大きく引き離している。



ジャン=ガブリエル・コース 吉田良子(訳) (2016). 色の力:消費行動から性的欲求まで,人を動かす色の使い方 CCCメディアハウス pp.46-47


色の温度

 もちろん,こうした特殊な例は別として,我々は赤,オレンジ,黄を暖色として,青と紫を寒色として認識している。緑は「ぬるい色」,つまり暖色でも寒色でもない色とみなされる。人間の目に見える光スペクトルの中央に位置するからだ。ただし,知っておいてほしいが,これは我々の感覚であり,物理的な観点からは間違っている。


 色の温度についてのこの概念は,非常に重要である。なぜならば,脳による色の認識は,温度によって異なるからだ。我々は日頃から,ろうそくの光と電球の光と「陽の光」を区別している。いや,より正確に「晴れた日の昼間の光」と定義することも可能だ。朝の美しい色だの,冬の美しい色だのといった表現を聞くこともあるだろう。決して誇張ではなく,レモンは赤い光の中では白く見えて,緑色の光の中では茶色に見える。レモンが「レモン色」に見えるのは「白い」光の中で見たときだけなのだ……。



ジャン=ガブリエル・コース 吉田良子(訳) (2016). 色の力:消費行動から性的欲求まで,人を動かす色の使い方 CCCメディアハウス pp.28


理性の教育を

 言い換えれば,現代的な心の習慣は,単に現代生活に適応するのに役立つだけでなく,成熟した道徳的推論によって現代世界を改善することにも役立つのである。心の習慣はマーティン・ルーサー・キングと共に自由に向かって行進することの意義や,ベトナムやイラク・アフガニスタンで外国人を殺害したことの見返りとして受けたダメージを真剣に受け止めることの大切さを教えてくれる。「ベトナムを爆撃して石器時代にしてやる」と言う将軍は,今時いないであろう。もちろん私は,すべての人が人種差別やナショナリズムや残酷さから脱却するための最初の一歩を踏み出したわけではないことを知っているし,多くの要因が偏見を見えにくくしていることにも気づいている。しかしながら,道徳哲学の研究と教育に人生のすべてを捧げ,1957年に南部でその仕事を開始した者として,私は偏見を減らすためには理性の教育こそが重要であることを知っている。



(Flynn, J. R. (2013). Intelligence and Human Progress: The Story of What was Hidden in our Genes. New York: Elsevier.)


ジェームズ・ロバート・フリン 無藤 隆・白川佳子・森 敏昭(訳) (2016). 知能と人類の進歩:遺伝子に秘められた人類の可能性 新曜社 pp.


個人と社会の増幅器

 バスケットボールのスキルの上達に及ぼす遺伝子と環境の影響力は,2種類の増幅器の作動の仕方に依存している。まず,個々人の生育史におけるスキルの向上は,個人的増幅器の作動によって生じる。つまり,平均より少しだけ優れた遺伝子が,それと適合する優れた環境因子を取り込むことによって,次第にスキルが向上する。一方,時代に伴う集団としてのスキルの向上は,社会的増幅器が作動することによって生じる。つまり,同じ集団内の成員が互いに切磋琢磨することによって,集団全体の平均的なスキルの水準を,より高い水準へと向上させる。


 私は,この増幅器のアナロジーは本質を明確に捉えていると思っている。別々の環境で育った一卵性双生児が,何らかの点で平均よりも少し優れた認知的能力の遺伝子を持っていたとしよう(もちろん劣っている場合もあり得る)。そして,もし平均よりも優れていれば,その一卵性双生児の少し優れた遺伝子は,その遺伝子と適合する優れた認知的環境を取り入れるように働き始める。すなわち,個人的増幅器が作動し始めることによって,それに気づいた教師との出会い,優れた仲間との相互作用,優秀な能力別クラス,より優秀な高校や大学への進学などの優れた環境要因が,彼らの認知能力を向上させるのである。だが時代とともに,様相は違ってくる。学校教育の期間が8年から12年へ,さらに12年以上(大学)へと長くなったことは,社会全体としての人知的能力の水準を向上させるだろう。すなわち,社会的増幅器が作用し始めたのである。


 要するに2つの増幅器は,どちらも働いている。別々の環境で育った一卵性双生児のIQの一致度が高いことは,決して環境の影響を否定しているわけではない。他方,環境の影響によって時代とともに集団としてのIQが向上したことは,決して遺伝子の影響を否定しているわけではない。なぜなら遺伝子と環境は,どちらもIQの個人差を説明するためにも,時代とともにIQの集団差が出てくることを説明するためにも,重要な役割を果たすからである。つまり,親族研究の研究者たちがこぞって否定する環境の影響は,常に存在しているのである。



(Flynn, J. R. (2013). Intelligence and Human Progress: The Story of What was Hidden in our Genes. New York: Elsevier.)


ジェームズ・ロバート・フリン 無藤 隆・白川佳子・森 敏昭(訳) (2016). 知能と人類の進歩:遺伝子に秘められた人類の可能性 新曜社 pp.11-12


保守と独創

 以上の実験結果からすると,秩序は前例を優先させる保守的な傾向と,いっぽう無秩序は新しいことに重きを置く独創的な傾向と結びついているようだ。もしあなたが十年一日のごとく同じことを繰り返していて,そんな状況を打破したいと思っているのなら,家でも職場でも思いきって日課をさぼり,何もしない時間を過ごしてみてはどうだろう。その結果まわりが散らかってくれば,持ち前の創造性が目を覚まし,習慣から自由になって新しいことが発見できるかもしれない。



リチャード・スティーヴンズ 藤井留美(訳) (2016). 悪癖の科学:その隠れた効用をめぐる実験 紀伊國屋書店 pp.212


単純接触効果

 繰り返しの接触は高感度を引き上げる。この傾向は心理学では「単純接触効果」と呼ばれ,顔だけでなく写真や音,形状,名称,さらには造語まで,以前に接したことがあるものは好ましく感じる。シェフィールド・ハラム大学が行なった実験では,ユーロヴィジョン・ソング・コンテストのような権威ある催しでも,この効果が見られることがわかった。


 ユーロヴィジョン・ソング・コンテストは参加国が年々増えている人気イベントだ。規模が大きくなりすぎて,2004年からは参加回数の少ない国だけで準決勝が実施されることになった。長い出場歴を誇る国は準決勝が免除され,いきなり決勝に進むことができる。そのため審査員は,一部の参加国の演奏を準決勝と決勝の二度にわたって聴くことになった。審査結果を分析したところ,準決勝出場国ほど得点が高くなる傾向が明らかになった――まさに単純接触効果だ。



リチャード・スティーヴンズ 藤井留美(訳) (2016). 悪癖の科学:その隠れた効用をめぐる実験 紀伊國屋書店 pp.153-154


スピードを出さなくても面白い運転とは

 スピード走行がたまらない魅力に感じるのは,衝突事故の危険に対する認識がなく,退屈なドライブをもっとおもしろく,楽しくしたいと思う運転者だ。とすれば,スピードの出しすぎが危険であるという知識を普及させ,同時に運転をおもしろくする別の方法を考案すれば,楽しさを損なわずに公道の安全性を高めることができそうだ。だが,運転者の興味と挑戦意欲をかきたてる斬新かつ安全な方法はあるだろうか。それをひねり出すのも挑戦だ。



リチャード・スティーヴンズ 藤井留美(訳) (2016). 悪癖の科学:その隠れた効用をめぐる実験 紀伊國屋書店 pp.138-139


クーリッジ効果

 クーリッジ大統領夫妻は,とある農場にたびたび姿を見せていた。ただし二人いっしょではない。それぞれ好きな場所があって,ちがう日に訪れては案内してもらっていたのだ。養鶏場にやってきた大統領夫人は,雄鶏がさかんに雌鶏にのしかかる姿を目の当たりにした。交尾が1日数十回にもなると知って驚いた婦人は,大統領が来たらその話をしてくれと冗談で頼んだ。そのことを聞いた大統領の切り返しは,シンプルでありながら実に鋭かった。相手はいつも同じ雌鶏かとたずねたのだ。ちがうという答えに,大統領はこう言った――家内にその話をしてやってくれ。


 さて,クーリッジ効果という言葉がある。もちろん合衆国第30代大統領にちなんで名づけられたわけだが,工業や経済に関するものではないし,優れた指導力の代名詞でもなく,実は性行動の一現象を表わす用語だ。交尾を繰り返して消耗し,いままでのメスでは無反応になったオスでも,新しいメスの登場でがぜんよみがえるというものである。専門的に言うなら,相手が変わることで不応期(交尾終了後,ふたたび交尾可能になるまでの時間)が短縮されるということになる。この現象は,1960年代にカリフォルニア大学の研究で確認された。



リチャード・スティーヴンズ 藤井留美(訳) (2016). 悪癖の科学:その隠れた効用をめぐる実験 紀伊國屋書店 pp.34


顔と個性

 「顔は体の中で最も情報が密集した部分だ」と,ドン・サイモンズがある日私に語った。そして左右対称でない顔ほど魅力に欠ける。しかし,左右対称さが醜さの共通した理由ではない。完璧に均整のとれた顔でありながら,それでもなお醜い人は多い。美貌のもう1つ注目すべき特徴は,平均的な容貌は極端な容貌より美しいという点である。1883年にフランシス・ゴルトンは,数人の女性の顔を合成した写真は,合成に使用したどの個人の顔よりも美しいとみなされるということを発見した。最近になって同種の実験が,女子大生の写真をコンピュータで合成して行われた。イメージに投入する顔が多ければ多いほど,美しい女性が出現するのである。確かにモデルの顔は,驚くほど記憶に残らない。雑誌の表紙で毎日お目にかかったとしても,ほとんどのモデルの顔は覚えられないのだ。政治家の顔は,定義上,平均的な顔ではまずない。個々の要素が平均的で,欠点のない顔ほど美しいが,そうであるほど持ち主の個性を語らない。



マット・リドレー 長谷川眞理子(訳) (2014). 赤の女王:性とヒトの進化 早川書房 pp.468


条件づけによる訓練

 今日の(そしてベトナム時代の)アメリカ陸軍および海兵隊で兵士の訓練に用いられている方法は,まさに条件づけ技術の応用そのものだ。これによって養われるのは,反射的な<早撃ち>の能力である。とはいえ,この方面での兵士の訓練に,だれかが意図的にオペラント条件づけや行動修正技術を応用したとは考えられない。これはまずまちがいないと思う。私は20年軍籍にあるが,兵卒,軍曹,将校のだれひとり,あるいは官民とわず関係者のだれひとり,射撃訓練で条件づけが行われていると口にした者も,あるいは理解していた者もいない。しかし,歴史学者であり職業軍人でもある心理学者の立場から見ると,そこで行われているのがまさに条件づけなのは火を見るより明らかだ。そのことは,時とともにいよいよはっきりしてくる。



デーヴ・グロスマン 安原和見(訳) (2004). 戦争における「人殺し」の心理学 筑摩書房 pp.393-394


自分の正しさを信じる必要性

 この残虐行為はたんに正しいというだけではない。殺した相手よりも自分のほうが,倫理的社会的文化的に勝っている証拠なのだと,兵士はそう信じなければならない。残虐行為は相手の人間性を否定する究極の行為であり,殺人者の優越を肯定する究極の行為である。これと相いれない考え,すなわち自分は過ちを犯したのだという考えを,殺人者は力づくで抑えこまねばならないそしてさらに,この信念を脅かすものには,それがなんであれ激しく攻撃を加えねばならない。殺人者の精神の健康は,自分の行いが善であり正義であると信じられるかどうかにかかっているのである。



デーヴ・グロスマン 安原和見(訳) (2004). 戦争における「人殺し」の心理学 筑摩書房 pp.337


外見の違いと殺人への抵抗

 この現象はまた正反対の方向にも働く。自分と外見がはっきり違う人間は,非常に殺しやすくなるのである。組織的なプロパガンダによって,敵はほんとうは人間ではなくて<劣った生命形態>であると兵士に信じさせることができれば,同種殺しへの本能的な抵抗感は消えるだろう。人間性を否認するため,敵は<グック(東洋人の蔑称)>,<クラウト(ドイツ兵の蔑称)>,<ニップ(日本人の蔑称)>などと呼ばれる。ベトナムでは,<ボディカウント(敵の戦死者数)>的思考回路がこの現象を助長していた。敵をたんなる数として呼び,また考えるのである。あるベトナム帰還兵によれば,そのおかげで北ベトナム軍兵士やベトコンを「蟻を踏みつぶす」ように殺すことができたという。



デーヴ・グロスマン 安原和見(訳) (2004). 戦争における「人殺し」の心理学 筑摩書房 pp.269


匿名性が殺人を可能にする

 義務感の発生に加えて,集団また匿名性の感覚を育てることで殺人を可能にする。この匿名性の感覚はさらに暴力を助長する。場合によっては,この集団匿名性という現象は,先祖返り的な一種の殺人ヒステリーをうながすようだ。このような例は動物界にも見られる。1972年のクラックの研究には,無意味で不気味な殺生が動物界でも現実に起きていることを示す例があがっている。たとえば,必要以上の,あるいは食べられる以上の数のガゼルを殺すハイエナ,嵐の夜の飛べないカモメを<いいカモ>として,食べきれないほどに殺すキツネなど。シャリットはこう指摘する。「人間界でもたいていそうだが,動物の世界に見られるこのような無意味な暴力は,個ではなく集団によって行われる」。



デーヴ・グロスマン 安原和見(訳) (2004). 戦争における「人殺し」の心理学 筑摩書房 pp.255-256


処刑を行いやすくする

 ナチやコミュニストや暗黒街の処刑は,伝統的に後頭部に銃弾を撃ち込むという方法で行われてきたが,その理由も右に述べた現象で説明できる。絞首刑や銃殺刑を行うとき,囚人に目隠しをしたりフードをかぶせる理由もわかる。1979年のミロンおよびゴールドスタインの研究によれば,フードをかぶせられているとき,誘拐の犠牲者は殺される危険性がずっと高くなるという。これらの例からわかるのは,フードや目隠しの存在は処刑を行いやすくし,死刑執行人の精神の健康を守るのに役立つということだ。犠牲者の顔を見なくてすむことが一種の心理的な距離をもたらし,そのことが銃殺の執行を可能にし,同種である人間を殺したという事実の否認,合理化,受容という事後のプロセスを容易にするのである。



デーヴ・グロスマン 安原和見(訳) (2004). 戦争における「人殺し」の心理学 筑摩書房 pp.225


銃剣戦の心理要素

 銃剣戦には重要な心理的要因が3つ関わってくる。第1に,銃剣距離まで敵に接近した場合,兵士のほとんどは敵を串刺しにしようとはせず,銃床またはその他の手段によって敵を戦闘不能にしたり,負傷させたりする。第2に,銃剣を使用した場合,それが近距離で生じる行為であるために,その状況には深刻なトラウマの可能性がひそんでいる。そして第3に,銃剣で人を殺すことへの抵抗感は,そんな殺されかたにたいする恐怖と完全に等価である。銃剣突撃の際には,実際に銃剣と銃剣を交える前にどちらかの側がかならず逃げ出してしまうが,それはこの嫌悪感と恐怖のためなのだ。



デーヴ・グロスマン 安原和見(訳) (2004). 戦争における「人殺し」の心理学 筑摩書房 pp.215


重大さを否認する用語

 兵士の使うことばにさえ,自分たちの行為の重大性への否認が満ち満ちている。兵士は「殺す」のではなく,敵を倒し,やっつけ,片づけ,ばらし,始末する。敵は掃討され,粉砕され,偵察され,ぶっ飛ばされる。敵の人間性は否定され,クラウト(ドイツ兵),ジャップ,レブ(南軍兵),ヤンク(北軍兵),ディンク(広く有色人種への蔑称。とくにベトナム兵),スラント(東洋人の蔑称),スロープ(東洋人の蔑称)という奇妙なけだものに変わる。戦争では武器さえおとなしい名称を与えられる――パフ・ザ・マジック・ドラゴン(ベトナム戦時の戦闘ヘリの愛称),ウォールアイ(初期のスマート爆弾),TOW(対戦車有線誘導ミサイル),ファットボーイとシンマン(どちらも原子爆弾)など。そして個々の兵士の武器はただの<もの(ピース)>か<豚(ホグ)>になり,銃弾は<たま(ラウンド)>になる。



デーヴ・グロスマン 安原和見(訳) (2004). 戦争における「人殺し」の心理学 筑摩書房 pp.171-172


殺人への抵抗と顔を見るストレス

 戦闘経験者と戦略爆撃の犠牲者は,どちらも同じように疲労し,おぞましい体験をさせられている。兵士が経験し,爆撃の犠牲者が経験していないストレス要因は,(1)殺人を期待されているという両刃の剣の責任(殺すべきか,殺さざるべきかという妥協点のない二者択一を迫られる)と,(2)自分を殺そうとしている者の顔を見る(いわば憎悪の風を浴びる)というストレスなのである。



デーヴ・グロスマン 安原和見(訳) (2004). 戦争における「人殺し」の心理学 筑摩書房 pp.133


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