I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「政治・法律」の記事一覧

学校に責任

2012(平成24)年に時の文部科学大臣田中真紀子氏は,大学設置・学校法人審議会が認可をした新設大学に「待った!」をかけ,物議をかもした。その時の世論の大勢は,田中大臣のやり方は乱暴だが,「大学が多すぎる…」という問題提起は有意義なものだ,といったあたりだったように思う。大昔から就職難のたびに,大学(生)が多すぎる,大学教育の見直しが必要等々の議論がわき起こってきたのである。経済界からしてみれば,経済環境の悪化は,人材をきちんと排出しない学校の側に責任があるとの言い分である(好況の際には決まって,「起業は学校に何ら期待していない,余計なことをせずに卒業生をよこせ」という話になるのだが…)。

竹内和芳 (2014). 「就活」の社会史—大学は出たけれど…— 祥伝社 pp. 37

自然の直観力

クロケットは,自然児の生き方と自然の直観力を誇りにしていた。1834年に出版した自伝のなかで,彼はテネシー州の法廷でくだした判決について,こう自慢している。当時は「自分の名前しか書けなかった」。しかし「私の判決は一度も控訴されなかったし,仮に控訴されたとしても,その判決は蝋のように固着して動かされることはなかった。なぜなら,私は常識の正義と人間どうしの誠実という原則にもとづいて判決をくだしたのであり,また人間本来の判断力を信頼し,法の知識を信頼しなかった。私は生まれてこのかた法律の本など1ページも読んだことはない」。常識の力に対するこのような無邪気な信頼感は,クロケットの法律上の判決によって正しかったことが証明されたかもしれない。だが,彼はそれだけで満足しなかった。彼は熟考のうえで知的世界を軽蔑していたのである。

リチャード・ホフスタッター 田村哲夫(訳) (2003). アメリカの反知性主義 みすず書房 pp.142

精神的素養

ジャクソンは,幸運にも「活力と独自の理解力」を損なうような,型にはまった教育を免れた人物だといわれた。彼は行動の男であり,「自然という学校で教育を受け」,「人工的なところはなにもない」人物だとされた。こうした見方によれば,彼は「学校の教育や弁論術に汚染されず」,「アカデミズムによる妄想的な思索に判断をくもらされることもない」,「きわめて高い生来の精神力と実践的な常識,あらゆる有益な目的にかなった判断力と識別能力の持ち主」ということになる。そして,「こうした資質は,賢者が修得したどんな学問よりもはるかに価値がある」ものとされた。さらに,彼の精神は「三段論法という手間のかかる行程も,分析という踏み固められたコースも,論理的演繹という慣れきった散歩道も」たどる必要はなかった。彼の精神は自然の直観力を備えていたので,「稲妻のような閃光に導かれて歩み,みずからその進む道を照らすこと」ができるとされたからである。

リチャード・ホフスタッター 田村哲夫(訳) (2003). アメリカの反知性主義 みすず書房 pp.139-140

最初の衝動

アメリカの政治で,真に強力で大がかりな反知性主義への最初の衝動となったのは,ジャクソン派の選挙運動であった。その専門知識層への不信,中央集権化への嫌悪,固定した階級の枠を根絶したいという欲求,重要な仕事はだれもが遂行できるという説などが重なった結果,この国で18世紀以来受け継がれてきたジェントルマンによる統治体系は否定され,公的な生活における知識階級の特別な価値も否定されるにいたった。それにもかかわらず,多くの知識人や文人,とくに若い人びとはジャクソンの主義主張を支持した。これは知識階級によく向けられる非難,知識階級が一般庶民の利益になるような運動に共鳴しないという非難が名ばかりであることをよく表している。

リチャード・ホフスタッター 田村哲夫(訳) (2003). アメリカの反知性主義 みすず書房 pp.136

知識人階層への攻撃

すでに草創期から,アメリカの平等主義的衝動には政治の専門家の萌芽への,のちに専門職化と呼ばれるものへの警戒の念があった。自由人の政治能力にかなり誇りをもっていた多くのポピュリストの作家は,教養人や富裕層が政府のなかで特別の,あるいは非常に支配的な役割を占めることに当然ながら猜疑心をいだいていた。この猜疑心はそこにとどまらず,あらゆる学問に対する敵意へと変わっていった。反知性主義の潮流は,初期に発表されたポピュリズム的政治思想の一部に見出すことができる。革命期,ポピュリズムの文筆家の一部は富裕な名門層の権力を押さえるには,その盟友である知識人階層も攻撃の対象にすべきであると考えた。

リチャード・ホフスタッター 田村哲夫(訳) (2003). アメリカの反知性主義 みすず書房 pp.132

絶対的正義

ところが根本主義者の精神はまるで異質な存在だ。本質的にマニ教的思想をもつ彼らは,世界を絶対善と絶対悪の戦場と見なし,妥協を軽蔑し(彼らの見方に立てば,たしかにサタンとの妥協はありえない),いかなるあいまいさも許さない。また,たいした違いがないと思うことには重要性を見出すこともない。たとえば,リベラリストは現実的な目標をもった社会主義的政策を支持する。だが社会主義も彼らにすれば,無神論であることが明白な共産主義の変種にすぎないのである。すぐれた政治的知性なら,まず政治の現実を考える。そして敵対する勢力間の均衡にもとづいて,当初定めた目標が実際どの程度まで達成できるかをつかもうとする。ところが世俗化した根本主義者の精神は,まずなにが絶対的な正義なのかを決めてしまう。彼らにすれば政治の世界は,この正義を実現しなければならない戦いの場なのだ。たとえば,彼らは冷戦を現実世界の政治問題——ふたつの権力システム間の闘争であり,生き残るためにはある程度の妥協もやむをえない——とは考えず,たんに信仰間の衝突だと考える。また勢力バランス上の現実——たとえばソ連の核保有など——にではなく,共産主義者との精神的な戦いに関心をもつ。とくに時刻の共産主義者との戦いに関心をもつ根本主義者にとっては,共産主義者が現実になにをしようと,あるいは彼らが存在していようがいまいが問題ではなく,むしろ共産主義者は,精神の戦いにおける敵の原型を象徴しているにすぎない。根本主義者が一度も生身の共産主義者を見たことがない以上,現実味のある存在であるはずはないのだ。

リチャード・ホフスタッター 田村哲夫(訳) (2003). アメリカの反知性主義 みすず書房 pp.117-118

政治と根本主義

政治に関心をいだく根本主義者を極右に向かわせるのは,たんなる日和見主義ではない。自分たちが幅広い世界観をもつと考える傾向は他に劣らず根本主義者にも強くあり,宗教的反感と政治的反感を結合できれば満足感は高まる。彼らは,一見無関係なさまざまな憎悪を,たがいに強めあうかたちで結びつける能力を高めていった。たとえば現代の原理主義者が自分たちの宗教感情と冷戦を結びつけたように,彼らは20年代,第一次世界大戦の諸問題とそれにともなう反ドイツ感情の残滓に反応した。近代主義者への非難に共通してみられたのは,聖書批判がドイツの学問から最大の刺激を受けたという主張である。根本主義者たちはこの点を利用して,ドイツ人の非道徳性(戦争時の残虐行為にかんする逸話から明らかだとされた)と聖書批判の反道徳性との結びつきを強調することができた。その形式は単純なものから複雑なものまでさまざまだが,もっともわかりやすいのは,おそらくビリー・サンディのつぎのような発言だろう。「1895年,ポツダム宮殿に廷臣を集めた皇帝は,世界征服計画の概要を述べた。ドイツ人民はマルティン・ルターの教えに反する計画をけっして支持しないだろうとだれかがいうと,皇帝は叫んだ,「ならばドイツの宗教を変えてしまおう」と。こうして聖書批判は始まったのである」。
 この発言には,さらに包括的な偏見が感じられる。政治的不寛容と人種的偏見にかんする研究によれば,熱心かつ厳格な宗教信仰と政治的・人種的憎悪とのあいだには強い相関関係がある。そしてこの種の精神の存在こそが,「完全主義者」の出現を促し,現代右翼と根本主義者との類似性を生み出したのである。

リチャード・ホフスタッター 田村哲夫(訳) (2003). アメリカの反知性主義 みすず書房 pp.116

政治的透明性のために

ランダム化試験はある程度の適用性を持ち,開発研究におけるこまごまとした知識問題の一部を解決するかもしれない。しかしながら,こうしたミクロ・レベルの実験は,マクロ経済的データの代わりになることはできないし,そうなるべきではない。中央銀行,財務省,政策立案者,その他の利害関係者たちは,データベースがどれほど混乱し,制限されたものであったとしても,マクロ経済状況に関して政策選択を行う必要がある。これはたんに技術官僚の問題ではない。国民経済に対する説明責任は,政府の説明責任の基本である。信頼できるマクロ・データなしには,政治的透明性は考えられない。

モルテン・イェルウェン 渡辺景子(訳) (2015). 統計はウソをつく:アフリカ開発統計に隠された真実と現実 青土社 pp.162

何を有罪とするか

犯罪者に責任を課す法制度の権限そのものが,責任の帰属に関する心的内容と意思能力の関係を正確に把握することにかかっているのだ。もう少し話を具体的にしよう。有罪と判断するにあたって,脳科学的データは,法にどのような手助けができるのか?この問いに答えるには,法が有罪かどうかをどのように決めるかを理解する必要がある。手短に背景に触れておく。アメリカの刑法では,ある人が禁じられた行為に及ぶ意図があった場合,本人に罪の責任を負わせる。意図があるというこの精神状態は「犯意(メンズ・レア)」あるいは「有罪の心(ギルティ・マインド)」と呼ばれており,通常,意志と無謀さのどちらかを要する。犯意があったという証拠がなければ,法は人に刑事責任を問えない。たとえば,自動車が勝手に暴走し,歩行者をはねて殺しても犯意があることにはならないが,車を歩行者に向け,アクセルを踏んでその人をひいた場合は犯意があることになる。
 とはいえ,禁止されている行為に及んでも罪を免れる状況もある。正当防衛がその一例で,命を奪うような攻撃を加えてくる不法な襲撃者を故意に殺しても許される。そのような攻撃は被告人の行為を「正当とする根拠」と見なされる。また,被告人が「免責される」状況もある。それはつまり,被告人の行為は依然として違法と考えられるが,被告人はその行動に責任はないと見なされるということだ。脅迫された場合(もし被告人が,よく言われる言葉を使えば,「頭に銃を突きつけられながら」罪を犯した場合)や,心神喪失[精神障害により善悪が判断できない状態]の場合も免責される。

サリー・サテル スコット・O・リリエンフェルド 柴田裕之(訳) (2015). その<脳科学>にご用心:脳画像で心はわかるのか 紀伊國屋書店 pp.163-164

中間的刑罰

つまり,耳鼻削ぎ刑復活論者はいたずらに残虐な刑罰を復活させようとしていたのではなく,むしろ中間的な刑罰が欠如していることで,刑の偏重・偏軽が起こっているとして,刑罰の適正化を図ろうとしていたのである。現在の日本でも死刑の存廃をめぐって,しばしば死刑と無期懲役刑の隔たりの大きさが問題にされるが,なにやらそれと似たような議論である。ただし,古代中国の人々や日本中世の人々は,そのあいだの「現実的」な選択肢として耳鼻削ぎ刑を位置づけていたのである。
 もちろん,当時の人たちも耳鼻削ぎにされるのは嫌だったにちがいない。だが,正当な理由,不当な理由を問わず<殺し/殺される>ことが日常的だった当時の社会においては,<殺し/殺される>ことに比べれば耳鼻削ぎのほうがましだ,という切実な感覚が人々のなかにあったのではないだろうか?良い悪いの問題ではなく,日本中世社会は<殺し/殺される>一歩手前の措置が現実的に用意されていて,それが次善の選択肢として一般に受け入れられていた社会だったのである。

清水隆志 (2015). 耳鼻削ぎの日本史 洋泉社 pp.63-64

「こぞって分析してくれる」

私が世界銀行に勤務しているとき,南アフリカ政府の関係者にインタビューをする機会がありました。南アフリカは,労働力調査や家計調査などの政府統計の個票データをインターネット上で世界中のすべての人に公開しています。この理由について尋ねたところ,「データを開示すれば,政府がわざわざ雇用しなくても,世界中の優秀なエコノミストがこぞって分析をしてくれる」という答えが返ってきました。

 なんというクレバーな方法でしょうか。研究者は,常に「Publish or Perish(出版化,消滅か)」という強いプレッシャーに晒されていますから,情報量が多く,代表性のあるデータであれば,多くの研究者はそのデータを分析して,論文を書きたいと思うでしょう。南アフリカ政府は,その研究者の性質をうまく利用しているのです。実際に南アフリカ経済に関する研究はデータを公開するようになってから,急速に進みつつあります。

中室牧子 (2015). 「学力」の経済学 ディスカヴァー・トゥエンティワン pp.139

政治家の側から

前述した議員のみならず,けっして少なくはない議員が,そもそも「在特会的」な主張を繰り返していることこそ,危惧すべき点ではないのか。隣国との対立を煽り,復古的な教育を礼賛し,偏狭なナショナリズムを喧伝し,在特会関係者による集会へ無警戒にも足を運ぶ議員が後を絶たない。
 在特会が政界に近づいているわけではない。政治家の側が勝手に「在特会化」しているだけなのだ。

安田浩一 (2015). ヘイトスピーチ:「愛国者」たちの憎悪と暴力 文藝春秋 pp.254

極論に走る可能性

私が危惧するのは,集団的自衛権の行使ということになると,当然,世論が「軍はどう考えているか」を聞きたがるということです。戦後,一貫して沈黙を守らされてきた自衛隊が,急に,国際政治や国内政治に関連した発言をすることになると,ここまでは言ってもいいが,ここから先は発言してはならない,というようなレッスンを受けていないので,極論に走る可能性を否定できません。政治家のポピュリズムも怖いのですが,軍の現役幹部がポピュリズムを振りかざしたりすると,目も当てられないことになります。戦争で国民の支持を取りつけようとするからです。このことは,シビリアン・コントロールを崩壊させる危険をはらんでいます。

内藤正典 (2015). イスラム戦争:中東崩壊と欧米の敗北 集英社 pp.68

仮定の質問

日本の政治家の答弁で耳障りな発言のひとつに「仮定の質問にはお答えできません」というのがあります。みなさんも聞いたことがありませんか?野党の代表者が「○○大臣,仮にこの時点でアメリカが経済制裁をしかけてくるとすると……」といった質問をすると,「そのような仮定の質問にはお答えできません」と答える場面です。このような答え方は常套句に近いものであると思います。
 「あなたはまだ起こりもしない仮定の質問をつくり,私を罠にかけようとしている。それにまんまとひっかかるようなことはいたしませんよ」と言っているようにも聞こえますし,同時に,「仮定の質問に答えるなどいまだ見ぬ幻について語るようなもので,地に足のついた政治家の発言とも思えない。つつしむべき発言である」というような戒めにさえ聞こえます。「そのような仮定の質問にはお答えできません」と落ち着いた口調で言われると,そう言っている人が妙に大人に見えてくるから不思議です。
 私は,政治家に託された仕事は「いまだ見ぬ日本の将来についてしっかりとしたヴィジョンを提示し,国民を一定の方向へ導くこと」であると思います。ほとんどが「仮定」としか言いようのない「未来」についての決定を,政治家は常にしなければならないのです。そもそも私たちが決定するべきことがらはつねに明日以降のことに関することがらなのです。ですから政治家で最も必要とされるスキルは,リスクマネージメントを背景に「仮定の質問」にお答えられるスキル,にほかならないのです。

福澤一吉 (2002). 議論のレッスン NHK出版 pp.28-29

到達地点

ヘイト・スピーチを違法として規制すべきであることは,各国政府の恣意的な判断の問題ではなく,すべての人は平等であるという人権の根本原則とジェノサイドや戦争防止という国際社会の共通の価値観に基づいて到達した原則であり,国際人権諸条約という形で加盟国の法的義務ともなっている。人種差別を表現規制の理由として認めないという主張は,植民地とされた国々や平等を求める人々の戦いの果実である国際人権基準を軽視している。

師岡康子 (2013). ヘイト・スピーチとは何か 岩波書店 pp.151

勧告の無視

次の2010年3月に出された委員会のヘイト・スピーチに関する総括所見は,ヘイト・スピーチに関し,在日朝鮮人の学校に通う生徒らに対する不適切で下品な言動や,インターネット上での,特に被差別部落出身者に対して向けられた有害で人種主義的な表現や攻撃という事象が継続的に起きていることを懸念し,次の勧告を行った。
 第1に,四条の差別を禁止する規定を完全に実施するための法律を作ること。
 第2に,ヘイト・スピーチに対処するため,現行法を効果的に実施すること。
 第3に,人種主義的思想の流布に対するキャンペーンを行い,インターネット上のヘイト・スピーチや人種差別プロパガンダを含む人種差別を動機とする犯罪を防ぐこと。
 しかし,日本はこのような具体化された勧告にも従っていない。

師岡康子 (2013). ヘイト・スピーチとは何か 岩波書店 pp.75-76

条約に「加入」「批准」

人種差別撤廃条約に加入したのは1995年である。「加入」とは,条約について署名を経ずに加盟することを指す。国が条約の内容に基本的に賛同し,将来的に条約に拘束される意志を表明する「署名」を経て加盟する場合は「批准」という。つまり日本は1965年の同条約の成立から30年の間,署名もせず放置したのち,146ヶ国目にやっと加盟したのである。95年の加盟は,部落解放同盟など当事者を中心とした長年の同条約への加盟を求める運動の成果ではあったが,他方で,前年94年にアメリカが批准してお墨付きを得,また,加盟を求めてきた社会党が与党となった特別な事情のもとでやっと実現したといえよう。

師岡康子 (2013). ヘイト・スピーチとは何か 岩波書店 pp.71

人種「的」差別撤廃条約

もともと同条約の名称の原文は「人種差別」race discrimination ではなく,「人種的差別」racial discrimination で,条約の名称も「人種的差別撤廃条約」と訳せば誤解が少なかったであろう。第二次世界大戦後,国際社会においては,ナチスによる優等/劣等人種論や植民地主義,奴隷制への反省のもと,黒色人種,白色人種など,人類を種別化する「人種」の存在自体を否定する考え方が主流となっている。よって,人種差別撤廃委員会でも,前述の5つの差別の対象のうち,「人種」自体の存在を前提とする「人種」差別をほとんど扱わなくなっている。

師岡康子 (2013). ヘイト・スピーチとは何か 岩波書店 pp.42

政教分離の実質化

実はここにも歴史的な背景がある。それは,政教分離の実質化である。アメリカは憲法文書に政教分離を明記した史上初の世俗国家であるが,その実態は複雑で,各州のレベルや生活実態としてはなかなか分離が進まなかった。連邦憲法をめぐる最高裁の判断が問題になるのは,20世紀もようやく半ばを過ぎてからのことである。その争点はいろいろだが,政教分離がいちばん具体的に見えるのはお金である。教会は,国民の税金によってまかなわれるのではなく,自分たちで集めた献金によって運営されねばならなくなった。
 それぞれの宗教団体は,市民の自発的な参加と支援なくては存続できない。だからどの教会も,市場原理による自由競争にさらされ,人を集めなければ解散という憂き目に遭うことになる。どんなに立派な説教を語っても,つまらなければ人は来ない。20世紀はじめの伝統的な教派では「毎日のようにどこかの教会が売りに出され,ガレージとなっている」という嘆きが聞かれたほどである。

森本あんり (2015). 反知性主義:アメリカが生んだ「熱病」の正体 新潮社 pp.246-247

ジェントルマンの凋落

ホフスタッターは,ジャクソン大統領の時代を「ジェントルマンの凋落」と特徴づけている。それ以前は,アダムズ家に代表されるような上品で教養ある貴族的人物が政治を動かしていたのに,大衆民主主義に押されてジェントルマンが不要になってしまったからである。「不要になった」というよりも,「不利になった」と言うべきかもしれない。上流階級の生まれであるとか,知識人であるとかいうことは,むしろマイナスに数えられるようになった。時代の要請は,「下層階級の人びとの好奇心を刺激し,享楽の欲望を満たし,支持をとりつけるために低俗で野卑なものを提供すること」であった。反知性主義とは,このような背景をもった大衆の志向性である。そして,その同じことが政治の世界だけでなく,宗教の世界にも起こってゆくのがアメリカである。

森本あんり (2015). 反知性主義:アメリカが生んだ「熱病」の正体 新潮社 pp.167-168

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