I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「社会一般」の記事一覧

「普通のサラリーマン」とは

 実は,私たちは職務内容がある程度限定されている労働者については,その職務の名前で職業を表現し,限定されていない場合には「普通のサラリーマン」,あるいは単に「会社員」と表現するのだ。この職務内容の無限定性は,第3章で詳しく説明したように,特に日本において広く普及した働き方だ。日本の「正社員」は,入社する前に職務内容が限定されることがほとんどない。「社員」は会社のニーズに応じて,柔軟に職務内容や勤務地を変えながら働き続けるのである。そのため,日本企業では採用や昇格・昇進にあたって周囲への適応能力,コミュニケーション力といった抽象的・潜在的な能力が重視される。
 このため,日本企業は基幹労働力,つまり「総合職」として外国人を雇うことを避ける。様々な職務に柔軟に対応できるスキルに欠けると思われてしまうからだ。ただ,もしその外国人が日本の大学などで一定期間の教育を受けている場合には,採用する可能性が多少高くなる。しかしその場合,「教育を通じて得た知識やスキル」が買われているのではなく,一定期間日本で生活しているということが,前述した抽象的な能力の証になり,不定形な働き方にフィットすると考えられるからである。また,職務無限定的な総合職ではなく,研究・技術職であれば移民労働力がある程度受け入れられている。そういった限定的な働き方であれば,職務内容に柔軟性が求められず,コミュニケーション力や潜在能力を重視する必要が(相対的に)小さいからである。
筒井淳也 (2015). 仕事と家族 中央公論新社 pp. 155-156

表面的な真似

 たとえばアメリカは典型的な自由主義路線を歩んできた。しかしここで単純に「アメリカは市場に多くを任せるところで,規制も少なく,自由競争によって競争力を高めている」とだけ理解し,十分な思慮もなく規制緩和に突き進むと,大きな副作用に苦しむことになるだろう。アメリカでは外部労働市場が発達しており,スムーズな転職,スキル転換の機会も多い。そして何よりも,人種や性別による教育や雇用差別に対しては極めて厳しい禁止法則が存在する。アメリカの政策に学ぶのならば,アメリカ社会で労働力が具体的にどのように活用されているのかを詳しく知る必要がある。
筒井淳也 (2015). 仕事と家族 中央公論新社 pp. 144

中途半端

 少子高齢化社会の問題を考えた場合,各国のパフォーマンスの有力な基準となるのは,やはり出生力を維持しつつ,女性労働力がどれだけ有効活用されているのか,であろう。生まれてくる子どもを増やすことで人口構成の歪みを小さくしつつ,増加する高齢者を支えるための税と社会保障を負担する労働者を増やす必用があるからだ。そして出生力と女性労働力参加率という2つの指標から見た場合,比較的よい数値を維持できているのはアメリカに代表される「小さな政府」の国と,スウェーデンに代表される「大きな政府」の国であり,そのどちらでもないドイツ,イタリア,そして日本などは低出力と女性労働の不活用の問題に直面してきた。このことから,私たちは,単純に政府が大きいほうがよい,いや小さいほうがよい,という議論をしていては,物事が先に進まないということを認める必要がある。
筒井淳也 (2015). 仕事と家族 中央公論新社 pp. 128

女性のキャリア断念

 とはいえ,独身時のサポートについては男女でそれほど大きな差はないだろう。大きな差が出てくるのは結婚してからである。無限定的な働き方をする人が世帯にいる場合,そうではない人(たとえば専業主婦)が同じ世帯にいてサポートするならば私生活のレベルは落ちないし,子どもを産み育てることも可能であろう。しかし無限定的社員と無限定社員のカップルだけでは無理である。その結果,女性の側がキャリアを断念することになりやすい。ましてやどちらかに転勤が命じられれば,片方の(たいていは女性の)キャリアプランは破壊される。パートナーのどちらかに転勤の可能性があるというだけで,持ち家を買うかどうかの判断などに必要な,生活の長期的見通しが立たなくなることもあるだろう。



筒井淳也 (2015). 仕事と家族 中央公論新社 pp. 112


三つの無限定性

 日本企業の基幹労働力として採用された者は,仕事に関する三つの「無限定性」を受け入れることを要請される。職務内容の無限定性,勤務地の無限定性,そして労働時間の無限定性である。



筒井淳也 (2015). 仕事と家族 中央公論新社 pp. 103


少子化の加速

 アメリカとスウェーデンでは,女性が仕事と家庭を両立できる環境があり,かつ男性雇用が不安定化していることが,(同棲を含む)カップリング戦略およびそのなかでの子育てを促し,結果的に少子化が克服されたのであった。日本では1995年以降,男性雇用が不安定化したものの,女性にとって仕事と家庭を両立していける見込みが小さいままで,そのことが結婚をせず両親と同居するという選択肢を若者に選ばせた。親と同居していても子どもは生まれないので,少子化が加速することになったのである。
筒井淳也 (2015). 仕事と家族 中央公論新社 pp. 76

チャンス逸脱

 2006年以降,出生率は反転し,女性の労働力参加率と出生率の関係は日本でもようやく正に転化した。しかし人口規模が大きかった団塊ジュニア世代はすでに30歳代後半に入ってしまっていた。いくら出生率が上昇しても,出産可能性が高い女性の数が減ってしまっていては,生まれてくる子どもの数は増えない。日本の出生「率」の回復は,出生「数」上昇の最後のチャンスを逃してしまったあとだった。
筒井淳也 (2015). 仕事と家族 中央公論新社 pp. 71-72

二人なら

 雇用労働に従事する女性が増えるにつれて,どの国でも出生率が下がることになった。しかし女性の労働力参加が出生率へ与える負の影響は,アメリカやスウェーデンといった少子化を克服した国においては,ある時点から中和されるようになった。おそらく,スウェーデンでは,長期的には公的両立支援制度の影響,アメリカでは民間企業主導の柔軟な働き方の影響で,女性が賃金労働と子育てを両立しやすくなったからだと思われる。その後,女性の労働力参加と出生率との関係はいよいよ反転し,女性が働くことは出生率に正の効果を持つようになる。これは不況あるいは経済成長の鈍化のなかで若年層の雇用が不安定化し,それへの対応として男女がカップルを形成し,共働きによって生計を維持するというケースが増えたからである。個々の雇用が不安定化しても,二人いれば家族としてやっていける,という考え方だ。こうして共働きが合理的戦略となり,さらに仕事と子育てを両立しやすい環境が整っていれば,女性が働くことは出生率に正の効果を持つ。この転換の背景には,スウェーデンでは女性が公的セクターに大量雇用されたこと,アメリカでは民間セクターで女性がますます活躍するようになったことがある。女性が結婚・出産後も長期に働くことができる素地があれば,経済の不調による男性雇用の不安定化に際して「共働きカップルを形成する」という選択肢が合理的となる。そのことが女性の労働力参加と出生率のプラスの関係を生み出した。
筒井淳也 (2015). 仕事と家族 中央公論新社 pp. 69-70

未婚が増えた理由

 ここから,次のようなことが推察される。1990年代半ばを境として,男女双方に共働きを通じて経済的に維持可能な結婚生活をなんとか成り立たせようとする動きが出てきたこと。また,結婚しても働き続けなければ家計を維持できないのでは,と考える女性が増えてきたこと。他方で,「結婚はしたいが現実には無理で,独身のまま働き続けるのだろう」と考える女性も増えてきたこと,などである。



筒井淳也 (2015). 仕事と家族 中央公論新社 pp. 55-56


出生力低下の要因

 何がこのような出生力(出生率によって示される出生傾向)の変化を引き起こしてきたのだろうか。人口学によると,出生力は,有配偶率(どれくらいの人が結婚しているか),有配偶出生力(結婚している人がどれくらい子どもをもうけているか),婚外出生力(結婚していない人がどれくらい子どもをもうけているか)の3つによって説明できる。日本では婚外出生力がきわめて小さいため,結婚していない人が増えていることと,結婚していても子どもをあまりつくらなくなっていることの2つの要因によって少子化を説明することができる。そして,少なくとも2000年までは,日本の少子化の7割程度は有配偶率の低下によって説明できることがわかっている(鹿嶋, 2000; 岩澤, 2002; 岩澤, 2008)。その後,有配偶者の出生率低下の影響が相対的に強まるのだが,それでも日本の少子化の主要な要因が未婚化であるという事実は変わりがない。
筒井淳也 (2015). 仕事と家族 中央公論新社 pp. 35-36

晩婚化,少子化解決への障害

 パートタイマーの人たちが参加する外部労働市場には,家族からすれば子育てなど家庭の事情によって働くのをやめたり始めたりすることが容易であり,経営者からすれば必要なときには労働調整,つまり解雇がしやすいという特性がある。このような外部労働市場が,正規雇用の夫と家計を共有する有配偶女性向けに形成されてきたことの帰結は,その後の正規雇用・非正規雇用の賃金格差の問題となって現れてくる。つまり,パートやアルバイトなどの非正規雇用が多くを占める日本の外部労働市場は,新卒・正規雇用向けの労働市場を除けば,「自立して食べていけない」人のための労働市場になってしまった。これが日本の晩婚化,ひいては少子化問題の解決において,深刻な障害となって現れるのである。
筒井淳也 (2015). 仕事と家族 中央公論新社 pp. 29

失業抑制法

 1970~80年代を通じて,日本は内部労働市場を駆使し,そのなかで(人員を減らすのではなく)労働時間や賃金を減らすことで対応した。アメリカが規制緩和によって外部労働市場を活用して雇用を活性化し,スウェーデンが積極的労働市場政策や女性の公的雇用を通じて雇用を増やそうと試み,ドイツが高年齢の労働者を中心に会社から退出してもらうという戦略をとったのとは,また異なる第4の方法であった。会社が,雇用している人の職務内容や勤務場所,そして賃金をかなりフレキシブルに変更できるという日本的雇用の特徴によって,失業が抑制されたのである。
筒井淳也 (2015). 仕事と家族 中央公論新社 pp. 27

民間で

 一見してわかることは,スウェーデン女性の公的雇用の多さである。スウェーデンでは,所得を得ている女性の実に五割以上が,公的に雇用されているのである。「大きな政府」というと高い税率を思い浮かべる人が多いようだが,政府の規模が大きければ当然そこで働く人も多くなる,という当然の事実はなぜかああり注目されてこなかった。逆に日本では,男女とも公的雇用の割合は極めて小さく,ドイツ,アメリカ,スウェーデンと比べたとき,際立った特徴になっている。また日本以外の国では,男女別に見たときに女性のほうが公務員比率が高いのだが,日本はそうではない。他の国では,女性の活躍に公的雇用が大きく貢献しているのだが,日本ではそういった傾向がなく,女性は民間で活躍の場を模索してきたのである。
筒井淳也 (2015). 仕事と家族 中央公論新社 pp. 15-17

酒か逃げ出すか

 インディオと白人の混血で,インディオの人権運動の活動家エンリコ・ベラスケスと会ったときにこういわれた。


 「インディオが酒に溺れるとよく批判を浴びるが,もしあなたが500年後の世界に突然タイムスリップしたら,働き口をみつけて稼げるか,その社会に適応できるか。おかしな衣装や装飾品だとまわりからジロジロ見られるのに耐えられるか。むろんうまくできる人もいるだろうが,まったく適応できずに絶望の淵に立たされたら,あなたなら酒を選ぶか,それともこの世から逃げ出すか」



石弘之・石紀美子 (2013). 鉄条網の歴史:自然・人間・戦争を変貌させた負の大発明 洋泉社 pp. 230-231


野戦築城

 自衛隊が使っている「野戦築城」の訓練教本にも登場する,それによると,鉄条網の主な用法は「陣地鉄条網」「自衛鉄条網」「補足鉄条網」がある。陸上戦の「対人障害」の重要な一翼とされている。「陣地鉄条網」は,敵から見えにくいようにジグザグに張り,「自衛鉄条網」は施設をぐるりと取り巻くように張る。その外側にさらに補強する目的で設置するのが「補足鉄条網」である。



石弘之・石紀美子 (2013). 鉄条網の歴史:自然・人間・戦争を変貌させた負の大発明 洋泉社 pp. 93


グリッデン型鉄条網

 グリッデンは,長さ五センチほどのワイヤーの両側を斜めに切って鋭くしたトゲ(これをバーブ barbという)をワイヤーに固定する技術を確立した。バーブをワイヤーの上に等間隔でならべておき,コーヒー挽き器の原理を応用してワイヤーにバーブを二重に巻きつけて,バーブの先端が両側から1~2センチはみ出すようにした。


 だが,これだけではバーブがワイヤーにしっかり固定できないで,位置がずれてしまう欠点があった。そこで,バーブを巻きつけたワイヤーにもう1本のワイヤーを添えて,二本を撚り合わせることでバーブを固定することに成功した。量産できる機械も発明した。これが,今日の鉄条網製造の原型になった。今日でも「グリッデン型鉄条網」とよばれている。


 この利点は,二本を撚り合わせると強度が増して夏の猛暑でも緩みがでなかったことと,丈夫なために家畜が二度と破ろうとはしなくなったことだ。



石弘之・石紀美子 (2013). 鉄条網の歴史:自然・人間・戦争を変貌させた負の大発明 洋泉社 pp. 21-22


不採用理由が不明=自己否定

 日本の就職活動では。「何が採用の基準になっているのか」がはっきりしないため,不採用とされた学生はひたすら自分の内面を否定し続けることを求められます。象徴的な言葉が「自己分析」で,生まれた時からこれまでの態度,自分がどういう人間であるのか,こうした抽象的な次元で自分自身を否定し,企業にどうしたら受け入れてもらえるのか考え続けさせる,ある種の精神的な試行錯誤,自己変革が求められるというのです。


 ジョブ型社会であれば,具体的な職業能力がないために不採用になったのであれば,それを改善するために職業訓練を受けるという建設的な対応が可能ですが,メンバーシップ型社会的な全人格的評価で自己否定することを求められるということは,「自分が悪い」という一種のマインド・コントロールに若者を陥らせていくということでしかありません。こうして不採用の理由がわからないまま「自己分析」を繰り返させる「人間力」就活が,ブラック企業を生みだしはびこらせる土壌になっているという今野氏の指摘は鋭いものがあります。



濱口桂一郎 (2013). 若者と労働―「入社」の仕組みから解きほぐす 中央公論新社 pp. 234


白紙の学生に即戦力を求める

 しかし,面接においてサークル活動をどれだけやったかを一生懸命説明しなければいけないということは,仕事の能力としての即戦力を要求しないということです。正社員が少なくなり責任や労働の質的・量的な負荷が高くなってきて,白紙の学生に即戦力を要求するというおかしなことが起こっているのです。



濱口桂一郎 (2013). 若者と労働―「入社」の仕組みから解きほぐす 中央公論新社 pp. 231-232


ブラック企業の背景

 しかし,ここが大変皮肉なところですが,そうしたベンチャー企業においても日本型雇用システムに特有の労働者を会社の「メンバー」と考え,経営者と同一視する思想はそのまま適用される結果,ベンチャー経営者にのみふさわしいはずの強い個人型ガンバリズムがそのまま彼ら労働者に投影されてしまうのです。拘束を正当化したはずの長期的な保障や滅私奉公を正当化したはずの「見返り」を,「会社人間」だ「社畜」だと批判して捨て去ったまま,「強い個人がバリバリ生きていくのは正しいことなんだ。それを君は社長とともにがんばって実行しているんだ。さあがんばろうよ」というイデオロギー的動機づけを作動させるかたちで,結果的に保障なきガンバリズムをもたらしたといえます。そしてこれが,保障なき「義務だけ正社員」や「やりがいだけ片思い正社員」といった様々なかたちで拡大していき,現在のブラック企業の典型的な姿になっているのです。



濱口桂一郎 (2013). 若者と労働―「入社」の仕組みから解きほぐす 中央公論新社 pp. 222-223


人間力

 そう,「いかなる職務をも遂行しうる潜在能力」であり,「人間力」です。そして,前述したように,90年代以降,「社員」の範囲が縮小していき,それまで「入口」段階ではそれほど決定的な重要性を持たなかった「人間力」が,それによって「社員」の世界に入れるか否かが決定されてしまう大きな存在として浮かび上がってくると,そういう「人間力」を身につけるための教育がキャリア教育として行われるということになっていきます。


 一言で言えば,就活の場で企業にいい印象を持ってもらうことができるためのスキルを身につける教育です。



濱口桂一郎 (2013). 若者と労働―「入社」の仕組みから解きほぐす 中央公論新社 pp. 136


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