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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「社会一般」の記事一覧

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フーテン

フーテンは日本版ヒッピーともいうべき存在で,勤勉に働くことよりも,音楽や薬物,性愛など,享楽的な生き方を好んだ1960年代後半の若者風俗。富士ゼロックスの,フーテンっぽい加藤和彦—ミュージシャン,音楽プロデューサー,ザ・フォーク・クルセイダーズとして1968(昭和43)年に「帰ってきたヨッパライ」のヒットを飛ばす—をフィーチャーした感覚的な企業イメージCMが,当時話題を呼んでいたのである。
 このCMを手掛けた電通のプロデューサー藤岡和賀夫は,大阪万博後の鉄道旅客の減少への対策として,国鉄の「ディスカバー・ジャパン」キャンペーンも担当していた。この頃から日本全国への,若い女性のグループ旅行がブームとなり,国鉄(現JR)や日本交通公社(現JTB)も就職先として人気を集めていた。
 こうしたイメージ先行の企業選びについて,丸紅飯田の人事課長は,「新聞社とかけもちで受験していた学生に「新聞社と商社には共通性はないよ」といったら,「はなばなしく対外的に活躍できるという点で共通しています」という参りましたナ」と語っている。
 学園紛争も収束し,私生活の充実へと目を向け始めた大学生たちは,ハードよりもソフト,重厚よりも軽さ,ダークよりもカラフルな「フィーリング」を求めたというのである。

竹内和芳 (2014). 「就活」の社会史—大学は出たけれど…— 祥伝社 pp. 197-198
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どういうことか

おそらく多くの読者も目にしたことがあるだろうが,私は青年雑誌で,センター分けの男性がタートルネックを鼻の下まで上げた写真をともなう包茎手術や包茎矯正具の広告をしばしば目にした記憶がある。包茎は恥であり,矯正すべきだとずっと考えてきた。しかしイギリス人やドイツ人の私のチームメイトはそれを矯正しないばかりか,隠そうともしていない。これはどういうことなのか。身体の形態をめぐる問いが始まった。

森正人 (2013). ハゲに悩む:劣等感の社会史 筑摩書房 pp. 203-204

劣等感ビジネス

それが効くかどうかは別として,このビジネスが成立するためには二段階のステップが必要だ。1つめは,自分のからだのどこかが,他人と比べた時にどこか劣っていると感じること。2つめは,道具や薬品などを用いればそれを改善できると期待できることである。

森正人 (2013). ハゲに悩む:劣等感の社会史 筑摩書房 pp. 29

自分にあった場所

現実世界はストレスに満ちている。大一番の重要なテストがストレスにうまく対処できない子供たちをふるいにかけるのであれば,テストの結果を見れば,世の中で成功する人とそうでない人を正確に予測できるのではないかと考える人もいるかもしれない。
 だがこうした主張は,自分にふりかかるプレッシャーの量はある程度コントロールできるという点を見逃している。プリンストン大学の実験が示したように,多くの状況で,ストレスレベルは調整できる。また,人は自らのストレス対処能力に適した分野に身を置くこともできる。法廷弁護士になるには争いの準備をしなければならないが,事務弁護士になるのであればその必要はない。コンピュータプログラマーの職種にも,納期という制約のなかで能力を発揮することが求められるタイプと,稼働中のシステムの保守をして支障なく動させることが求められるタイプがあるはずだ。緊急治療室で良い仕事をする医者もいれば,家庭医療で良い仕事をする医者もいる。それぞれの特性を活かしながら,弁護士やプログラマー,医者になることはできるのである。

ポー・ブロンソン7アシュリー・メリーマン 小島 修(訳) (2014). 競争の科学:賢く戦い,結果を出す 実務教育出版 pp.110

誰もが階段

何度も書いてきましたが,欧米型は誰もが階段を上がる仕組みではありません。一部の特急組と,生涯ヒラコースとに分かれます。対して日本は,「誰もが階段を上り続ける」社会。
 この「一見,恵まれているように見える」仕組みが,女性,とりわけ出産を経験した女性を産業界から追い出すことになっているのです。
 近年では,大企業を中心に,産休や育休,短時間復職などの幼児を抱える家庭向けの仕組みが整いつつあります。これで,子育てをしながら働き続けることは,原理的には可能となりました。しかし,日本型「誰もがエリート」社会はそれを許さないのです。

海老原嗣生 (2013). 日本で働くのは本当に損なのか:日本型キャリアVS欧米型キャリア PHP研究所 pp.148-149

ブラック要素

ですから,私はブラック企業かどうかを見分ける有力な手法として,十年勤務した時に,担当する仕事の大きさ(金額)がどれくらい大きくなっているか,を挙げています。
・二倍にもならない→ブラック企業の要素がある。
・管理職になっている→それだけ底が浅い→ブラック企業の要素がある。
・まだ管理職ではないが,五倍以上になっている→下積みが生きる企業。
 習熟期間が短い企業は,いくらでも代わりの人材が見つかる。そうやって,使いまわして,数年で辞めてくれれば,いつでも,フレッシュで安価な労働力を確保できる。それで,ブラック企業は成り立つわけです。

海老原嗣生 (2013). 日本で働くのは本当に損なのか:日本型キャリアVS欧米型キャリア PHP研究所 pp.135

シニオリティ

日本の場合,リストラともなると,とかく,熟年者が対象となりがちです。そのために,追い出し部屋などを用意して,厳しい締めつけの中で,自主退職を迫る,という新聞記事をよく見かけますね。
 なぜ日本は熟年層なのか。それは,「みなが階段を上る」年功制のために高給であり,一方で階段を上ったことで管理ポジションに身を置くため,日々こなす営業や設計や事務処理のような実務がないから,ともいえるでしょう。つまり,彼らをクビにすると,大きな人件費削減ができ,しかも,日々の業務運営で困ることも少ないから,です。
 一方,欧米はどうか?
 欧米の場合,大多数を占める非エリートならば,年功昇給は少ない,と書きました。しかも,少数の抜擢された人間以外は,一生,ヒラとして実務に従事する社会です。
 とすると,業務遂行能力の高いベテランが安い給料で雇われていることになります。会社にとって,有用性の高い彼らを容易にクビにするわけがないでしょう。その結果,解雇の対象となるのは,習熟度の低い若い層となる。これが,シニオリティの根拠なのです。

海老原嗣生 (2013). 日本で働くのは本当に損なのか:日本型キャリアVS欧米型キャリア PHP研究所 pp.103-104

全員か突出か

対して欧米では,エリートに関しては猛烈に速く成長させる仕組みになっている。その一方で,そこに入れなかった人たちには,「あなたは今の仕事を,一生やっててください」形式が採られているともいえます。
 この違い。全員をゆっくり鍛えて,全体パフォーマンスとしてそれなりのレベルを維持するか,少数の異能者を徹底的に鍛えてあとはそこそこで全体のパフォーマンスを維持するか,の違いなのです。欧米型の良い点である「少数異能者の突出した能力」ばかりを見て,羨望の眼差しを送るようでは,現実を見ていないといえるでしょう。

海老原嗣生 (2013). 日本で働くのは本当に損なのか:日本型キャリアVS欧米型キャリア PHP研究所 pp.56

茹でガエル

こんな形の日本型人事のことを「茹でガエル」などといいます。新卒者にいきなり大手法人を担当させて,社債や株式も全部やれと言ったら,「熱すぎ」て飛び出てしまうでしょう。ところが,こうやってちょっとずつ育てるので,脱落者が少なく,みな,いつの間にか「熱い」世界に耐えられるようになる。
 これは商社でも同じ。三十代中盤で台湾新幹線やベトナムの原子力発電所のプロジェクトを率いている人は,年間数千億円を動かしています。こんなの,茹でガエルで覚えなければ,無理でしょう?
 メーカーもまったく同じ。やはり,三十代中盤には,工場と開発担当とマーケティング担当の間に立って,何百もの販売代理店を管理できるようになっている。
 つまり,日本の企業は,一糸乱れぬ形でみなをゆっくり育て,いつの間にか大きな仕事ができるようにしているのです。結果,三十代中盤になると,二十代の時の五倍,10倍の売上を上げるようなポジションに就いている。だから二十代の間は,「ぞうきんがけ」と呼ばれるのです。

海老原嗣生 (2013). 日本で働くのは本当に損なのか:日本型キャリアVS欧米型キャリア PHP研究所 pp.54-55

遅い人は…

欧米企業は,昇進が速い。ただ,それは「実力を認められた一部の人」の話なのです。こう書くと,「遅い人はすごく遅いんだろうな」と考えるでしょう?しかし,その感じ方自体が本当に「日本的感覚」としか言えません。
 正解は,「遅い人は,一生ヒラのママ昇進できない」のです。

海老原嗣生 (2013). 日本で働くのは本当に損なのか:日本型キャリアVS欧米型キャリア PHP研究所 pp.50

何に向いているか

つまり,入り口では何に向いているか,分からないのが仕事というものです。
 日本型は,だから入職の時に学部をあまり気にしません。若年時代は,社会での職歴さえ,それほど気にしない。それよりも,異動による社内再チャレンジで,一番適性のあるところに再配置されていく。この仕組みはかなり合理性が高いのです。
 というところで,企業側から見ても,働く個人から見ても,「人に給料がついて回る」仕組みのメリットはけっこう大きいのです。
 逆に,欧米型だと,転職は容易で,違う企業での再チャレンジはいくらでも可能です。だけれども,「営業に合わないから経理に行きたい」という時,これができません。社内異動はもちろん,転職でもそれはかなわないでしょう。
 もし職務チェンジを考えるなら,あとはもう一流の大学院に入り直して,専門的な勉強をするくらいしかないでしょう。たとえば,組織心理学を学んで人事に行ったりとか,ファイナンスを学んで財務に行ったりとか。こんな形で,大学院に行かなければ職務チェンジができないという問題がある。
 欧米では産・学が非常に近い関係にあるといわれますが,裏を返せば,職務チェンジを希望する時には,大学院に行くしかないという現実があるからなのです。

海老原嗣生 (2013). 日本で働くのは本当に損なのか:日本型キャリアVS欧米型キャリア PHP研究所 pp.29-30

良し悪し

日本は,ポストがなくても能力の研鑽で昇給も昇格も可能です。つまり,上位ポスト者を蹴落とす必要がありません。だから上司は安心して部下を教えられる。つまり,和気あいあいと,上司が部下を教える好循環が生まれます。
 対して,欧米の場合は,職務がないと昇給も昇格もできません。能力アップした人はポストを欲しがることになります。とすると,上司は部下を指導しづらくなるでしょう。だから,欧米型企業の部下教育となると,上司に対して,職務ミッションとして「教育」を盛り込み,これをやりなさい,やらないと評価しないよと義務を背負わせない限り,スムーズには進みません。

海老原嗣生 (2013). 日本で働くのは本当に損なのか:日本型キャリアVS欧米型キャリア PHP研究所 pp.24

能力主義と職務主義

日本は人で給与が決まる。この場合,「人」とは,人の能力を指します。つまり能力で給料が決まる。だからこれを「能力主義」といいます。
 対して,欧米は仕事(職務)で給与が決まる。だから「職務主義」という。
 こんな基本中の基本用語でさえ,ほとんどのマスコミが誤って使っていたりします。能力主義という語感から,自分のもっている能力で仕事を勝ち取り,のし上がっていくという,実力主義とか成果主義と同じようなイメージで使われがちなのです。たとえば,「日本はいま年功序列でダメだから,能力主義にしろ」と。日本型雇用の一番根幹にある能力主義が,こんな間違った使われ方をしています。

海老原嗣生 (2013). 日本で働くのは本当に損なのか:日本型キャリアVS欧米型キャリア PHP研究所 pp.20

仕事を楽しむには

今まで私が経営コンサルタントとして会ってきた人の中で,仕事を楽しくやっている人には,大きく分けて2種類あります。1つは自分が一番好きなことを仕事にした人。もう1つは自分が一番好きなことは絶対に仕事にしないようにして,2番目,3番目ぐらいに自分が得意なことを仕事にした人です。
 わかりやすい例ですと,音楽を愛しているのでレコード会社で働いている人がいる一方,「音楽が大好きだから音楽は仕事にしません。公務員として働いて趣味の音楽を心ゆくまで楽しみます」という人がいます。

塩野 誠 (2013). 20代のための「キャリア」と「仕事」入門 講談社 pp.158-159

幸せに

一生,同じ会社で働こうと思っているような人の場合は,「もう君は村の中では上には行けないんだよ」と村長に言われてしまっても,どうにか村にしがみついて趣味に生きるという道もあります。それがあまりに耐えられない場合は,早期退職金が多く積まれるうちに次の仕事人生に移りましょう。
 不幸にも出世がかなわず,リストラの候補に挙げられ,望まない退職となった時ですが,それだけで死ぬわけではありません。世の中には生きたくても生きられない人はたくさんいます。後であの時,退職になってよかったと思えるくらい,次の場所で幸せになりましょう。幸せになることだけが前職での不遇への復讐となるのです。

塩野 誠 (2013). 20代のための「キャリア」と「仕事」入門 講談社 pp.148-149

仕事とは

仕事と趣味を両立する人は,趣味と仕事にギャップがあればあるほど,気分転換になると言います。一方で,仕事自体を仕事だと考えていない人もいて,仕事を自分の知的欲求とか,好奇心を満たすためにやっているので,別に他のことはやらなくていいと思っている人もいます。そういう人は趣味と仕事の境界が曖昧です。そうなると,普通の人が長くても1日に7〜8時間しか仕事について考えていないのに,その人は,20時間近く仕事について考えていることになります。こういう人は,職人や技術者のような「プロ」にも多く,「プロ」の定義は,「その仕事についてずっと考えている人」だといえるでしょう。また,職人や技術者以外でも,一部の死ぬほど働いている企業経営者にとって,「仕事」とは「資本主義下における自己表現」という趣味なのかもしれません。

塩野 誠 (2013). 20代のための「キャリア」と「仕事」入門 講談社 pp.130

自分の魅力

ここで忘れてならないのは,歳を取ってくると自分にかなりの魅力がないと人は会ってくれなくなるという点です。これまでお話ししてきたように,学生時代と同様,あなたがまだ若いとしたら,自分に実力や魅力がさほどなくてもたいていの人はおもしろがって会って話を聞かせてくれるかもしれません。しかし,みなさんが40代以降になった時,見ず知らずの人に突然「会ってくれませんか」とお願いしても,せいぜい「宗教の勧誘か?」とか「生命保険の契約や不動産の購入をすすめられるのでは?」と警戒されるのがオチです。よほどみなさんの実績やその業界内での評判が高くないと会ってくれなくなり,自分の魅力なくして人脈だけ得るということは難しくなるのです。

塩野 誠 (2013). 20代のための「キャリア」と「仕事」入門 講談社 pp.103-104

時代で変わる

就職先については,その時代によって旬な企業というのは変わっていきます。毎年雑誌に掲載される学生による人気企業ランキングは,ビジネスの真ん中にいる人間からすれば,結構ズレを感じるネタです。
 20年前にはグーグルはなかったわけで,出てきた当時はみんな「グルグル」とか間違えて呼んでいて,まさかこんなに日常生活に不可欠なものになるとは思っていませんでした。もっと過去に遡ったら,日本の高度経済成長期の花形産業は石炭やセメントで,その頃はまだ半導体もありませんでした。そして半導体が出てきた時代にはスマホやアプリなんかはまだ影もかたちもなかったわけです。繊維が花型だった時代があって,その後は斜陽産業となりましたが,現代にハイテク素材メーカーとして生き残った企業もあります。

塩野 誠 (2013). 20代のための「キャリア」と「仕事」入門 講談社 pp.78

盛り上がったらもう遅い

相対的にてっとり早くお金が稼げるタイミングというのは,ある業界が潤い始めて,みなさんの持っている能力が合致した瞬間といえます。新しい業界が立ち上がり始めた最初のうちは実はスーパースキルは必要とされません。業界についてちょっと知っているだけでも「すごいね」と言われて重宝される,そんな時期に入るのがお得です。昔のネット業界もそうでした。ネットが世に知られ始めたくらいの頃は,数ページのウェブサイト作成でお金をもらえたのです。また,もうすでに成熟化してしまいましたが,今でもゲーム業界はみなさんがエンジニアであれば破格の待遇もあり得ます。スーパーエンジニアなら「年俸1億円まで出す」と言っていた企業や「新卒でも1500万円ぐらい出す」と言っていた企業も過去にありました。
 一方で,世の中で「盛り上がっている業界だ」と思われた時にはもう遅いのです。比較的苦労も少なく儲けることができた人がいたとしたら,みんなが気づくより先にその業界が盛り上がりそうなことに気がついて,「業界のことを少しは知っているから」と移っていった人でしょう。

塩野 誠 (2013). 20代のための「キャリア」と「仕事」入門 講談社 pp.44

将来の不安定さ

率直に言えば,日本という国の「段階」として,高度経済成長期に考えられた「今は苦しく不安定な生活だけど,未来はきっと安定的で豊かになる」という図式が,完全に崩れたのです。みなさんは生きていく中で,将来の不安定さを「当たり前」のこととして考えなければなりません。こうした中で日本の企業も余裕がなくなり,その継続性もわからなくなっています。しかし逆に考えてみれば,一生どこかの会社に勤めなければいけない決まりはありませんし,みなさんが何かの「価値」を作り出せれば,それは仕事になります。みなさんにとってはごはんを食べて暮らしていくための「手段」である仕事が,誰かに必要とされたり,誰かに必要とされることがみなさんにとってうれしかったりすると,お金を稼ぐ「手段」だった仕事そのものを楽しんで生きていけるかもしれません。日本人に職業選択の自由がほとんどなかった時代があったことを思えばとても贅沢なことです。

塩野 誠 (2013). 20代のための「キャリア」と「仕事」入門 講談社 pp.22-23

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