I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「生物学」の記事一覧

どれだけ知っているのか

私たち人間が,いったいどれほどのことを知っているというのだろう。
 知識というものをもち始めてから,私たち人間はたかだか数千年の時しか経験していない。それに比べて,生物の歴史は気が遠くなるほど長く,深遠だ。
 さらに,生物学の始まりをアリストテレスとするならば,私たち人間は,その生物を学問の対象として見始めてから,たかだか2400年しか経っていないのである。
 その短い時間に私たちが見聞きした事物があり,それを「科学的」という言葉で表現される手法で調べたその総体として,いまの生物学があったとしても,だ。
 教科書に掲載されているという事実があるからといって,あるいはほとんど全ての「科学者」と称する人たちが——彼らももちろん人間だ——,一様に「うむ,そうである!」と断じる事柄だからといって,私たちが「定説」であるとみなしている全ての事柄が覆されないという保証は,どこにもない。

武村政春 (2015). 巨大ウイルスと第4のドメイン:生命進化論のパラダイムシフト 講談社 pp.200

ウイルスの本体は

ウイルス粒子とは,私たちが通常イメージするウイルスの姿であり,テレビや新聞などで見られる電子顕微鏡写真は,おそらく全てが「ウイルス粒子」である。しかしフォルテールは,この「ウイルス粒子」はウイルスのほんとうの姿ではない,と主張したのだ。
 要するに,ウイルスの本体はウイルス粒子なのではなく,ウイルス粒子を作るものこそがウイルスである,というのである。ではウイルス粒子を作るものとは何かというと,「ウイルスに感染した細胞」である。

武村政春 (2015). 巨大ウイルスと第4のドメイン:生命進化論のパラダイムシフト 講談社 pp.145

生物とは

ウイルスを生物とみなさない立場の人間は,ウイルス界全体について議論し,ウイルスを生物とみなす立場の人間は,時にはウイルス界全体について議論する場合もあるが,基本的には巨大DNAウイルスに限って議論する。
 これでは議論はかみ合わない。いずれは冷静に,少なくとも巨大DNAウイルスに関する科学的な議論と検証をすすめていくべきであろう。
 そうした議論が成立するのであれば,やがては「生物の基本単位とは何か」という話にまで広げる必要があるかもしれない。なぜなら,ウイルスが生物でないという立場にあったとしても,「生物である細胞だったものが余計なものをそぎ落としてウイルスになった」と考えるのであれば,「かつては生物だった」ことに異議を唱えることはないはずで,そうなると,じゃあいったいいつの時点でそれは「生物でなくなったのか」という問題に向き合う必要があるからである。

武村政春 (2015). 巨大ウイルスと第4のドメイン:生命進化論のパラダイムシフト 講談社 pp.111

細菌と古細菌

1977年,生物学者カール・ウーズ(1928〜2012)は,この16S RNA遺伝子の塩基配列を解析し,それまで五界説において「モネラ界」としてひとくくりにされていた原核生物が,じつは大きく異なる2つのグループに別れることに気付いた。
 1つは,私たちの身の回りに多く生息し,時には病原体となる原核生物グループ。すなわち大腸菌やブドウ球菌,肺炎球菌,赤痢菌といった病原菌や,乳酸菌,納豆菌といった食品製造に使われる細菌など,私たちに比較的身近なものがこのグループに含まれる。
 そしてもう1つは,私たちの身の回りにはあまり生息せず,どちらかといえば高温の熱水中や極めて高い塩濃度の環境下,硫黄を大量に含む環境など,極限的な環境に生息するような原核生物のグループである。
 そこでウーズは1990年,前者を「細菌」(Bacteria),後者を「古細菌」(Archaea)とよぶことを提案した。原核生物が,細菌と古細菌という2つのグループに分かれるというわけである。一方,「真核生物」(Eukarya)については,これを全体の1つのグループとした。
 そしてこの3つを,「界」(kingdom)よりも上のレベルのくくりという位置づけで,「ドメイン(超界)」(domain)とよぶことを提案したのである。

武村政春 (2015). 巨大ウイルスと第4のドメイン:生命進化論のパラダイムシフト 講談社 pp.82-84

巨大DNAウイルス

巨大DNAウイルスの特徴は,その複製に関していえば,宿主細胞の細胞核ならびに細胞質で複製が行われ,最終的に宿主細胞の細胞質でウイルス粒子が成熟することである。
 巨大DNAウイルスは,自ら「複製」と「転写」の遺伝子を揃えているため,基本的には宿主細胞の細胞核の機能には依存せず(その一時期を細胞核で過ごすにもかかわらず),「翻訳」以外の過程を遂行することができる(パンドラウイルスのような例外もある)。
 構造的な特徴としては,数十万bpという,小さな細菌なみのゲノムサイズをもっていること,数百個以上ものタンパク質を作る遺伝子数を誇ること,そして,ウイルス粒子内(カプシドの内側)に脂質二重膜をもつことが挙げられる。
 巨大DNAウイルスが宿主とする生物は極めて多様で,哺乳類,鳥類,両生類,魚類などの脊椎動物のみならず,昆虫,植物,藻類,アメーバなど,ほぼすべての真核生物を宿主とするものが存在すると考えられている。もちろん,ある巨大DNAウイルスの宿主は基本的には1つ。つまり,それだけ多様な種類の巨大DNAウイルスがいるということだ。
 したがって,当然といえば当然かもしれないが,巨大DNAウイルスのゲノム解析の結果,その保有する遺伝子のうち多くは,宿主の遺伝子を取り込んだものであると考えられている。ある生物(ここではウイルスも含む)の遺伝子が他の種類の生物(ここでもウイルスを含む)のゲノムに移る(コピーされる)ことを,遺伝子の「水平伝播」といい,巨大DNAウイルスの長い進化の過程では,数多くの水平伝播が起こってきたとされる。

武村政春 (2015). 巨大ウイルスと第4のドメイン:生命進化論のパラダイムシフト 講談社 pp.66-67

ウイルス

もっとも単純なウイルスは,ほんとうに必要最小限の遺伝子しかもっていない。必要最小限の遺伝子とは,まずは自らの殻である「カプシド」を作るタンパク質の遺伝子と,自らの遺伝子である「核酸(DNAもしくはRNA)」を複製するタンパク質の遺伝子である。より複雑なウイルスになると,タンパク質でできたカプシドのさらに外側を,脂質二重膜でできた「エンベロープ」という袋で覆っているものもいる。
 これらの形が,「ウイルス粒子」とよばれる,私たちが通常,ウイルスという言葉からイメージする形である。

武村政春 (2015). 巨大ウイルスと第4のドメイン:生命進化論のパラダイムシフト 講談社 pp.28

ミミウイルス

この,新たに発見されたミミウイルスは,どのような特徴を有しているのだろうか。
 まず,直径がおよそ0.75マイクロメートル(750ナノメートル)と,それまでのウイルスにはない破格の大きさをもっていることがわかった。これはゆうに,光学顕微鏡で確認できるほどであり,実際そうして発見された。
 次に,ミミウイルスはいわば典型的なウイルスの形である20面体の形をしている反面,その「中身」については次のような特徴をもつことが明らかとなった。
 もっとも内側に「DNA」がある。そのDNAをまず「脂質二重膜」が覆っている。その外側に,複数のタンパク質(カプシド)の層があり,これが20面体の形をしている。
 さらにその外側に,繊維状のタンパク質でできた「ヒゲ」のようなもの(表面繊維)が密集して生えている。直径およそ0.75マイクロメートルというのは,この「ヒゲ」のような部分も含めた大きさである。
 このウイルスの表面の一端には,スターゲート構造とよばれる,奇妙な「門」のような構造があることもわかった。スターゲート構造の側からウイルスを見ると,まるでヒトデが張り付いているかのようにも見える。ミミウイルスは,どこかのモンスターパニック映画ばりに,この構造をもがーっと開け,中のDNAをアメーバ細胞の細胞質中に注入するのである。

武村政春 (2015). 巨大ウイルスと第4のドメイン:生命進化論のパラダイムシフト 講談社 pp.21-22

ウォーキートーキー説

チンパンジーや他の四つ足動物の発声は呼吸と走ることをシンクロする,柔軟性のない神経と筋肉のシステムに支配されている(一歩毎に一呼吸)。いっぱいに満たされた肺は走る時の前肢の衝撃に対して胸部を支えるために必要だ。重い物を持ち上げるときに息を止めるのはそのためだ。膨らませた肺がなければ空気が抜けたエアバッグのようにだらりとしてしまう。日本の足で直立して歩いたり走ったりする二足歩行の進化によって胸部は移動時に支える機能から開放されて,呼吸,走ること,発声の協調に柔軟性が認められるようになった。
 これが発話の進化の二足歩行(「ウォーキートーキー」)説の基礎になる。二足歩行を行う人間のランナーは一呼吸あたり様々な歩数で走ることができるが(四対一,三対一,五対二,二対一,三対二,あるいは一対一),二対一が最も一般的だ。発声がもはや移動と親密な関係を持たなくなった声のシステムによって発話の自然選択,そしてついでに私たちの種に特徴的な「ハハハ」という笑いのお膳立てができたのだ。二足歩行を行わないチンパンジーの中でも音声の上で達者なボノボ(ピグミーチンパンジー)ですら発声は流ちょうとはいえず,簡単な叫び声や呼び声だけが可能な発声システムに閉じ込められている。

ロバート・R・プロヴァイン 赤松眞紀(訳) (2013). あくびはどうして伝染するのか:人間のおかしな行動を科学する 青土社 pp.59-60

祖母仮説

ひょっとすると,人類の進化の過程で,生殖年齢を過ぎても人が生き延びられるようになったおもな理由は,孫の面倒を見るためかもしれない(そのために「長生き遺伝子」が定着した)。そして孫の面倒には「言語理解」が必要だが,「分析能力」はそう必要ないだろう。だとしたら,メンテナンスの手間をかけないと髙い「分析能力」を維持できないという,高齢者特有の問題を解消しようとする進化圧はほとんどかからないはずだ。さらに,孫の面倒を見ながら自分の人生を顧みないほうが,死の恐怖を感じなくてすむだろう。
 環境説と生理説がどのような役割を果たしているかはわからないが,人間の「分析能力」における賢さの負担,つまり賢い人のほうが老化に悩まされるという現象は現実に起きているようだ。それでも賢い人はまちがいなく,人類にとって重要な考え方を次々に生み出し,それは未来へと受け継がれていくのだ。

ジェームズ・R・フリン 水田賢政(訳) (2015). なぜ人類のIQは上がり続けているのか?人種,性別,老化と知能指数 太田出版 pp.139

人間の場合

浜辺で中型のシオマネキ2匹が戦闘状態に入ったとしても,ほかのシオマネキにはほとんど影響がない。しかし私たち人間の場合は違う。大量破壊兵器はかなり安価になっており,中規模の国家であれば保有できる。まだ保有していないとしても,近いうちに保有できるようになる。こうした兵器の破壊力はすさまじく,どこかで一度でも使用されれば,地球規模で文明が滅びるおそれがある。そのため,たとえ大量破壊兵器が世界の均衡を保つのに欠かせないとしても,いかなる対立も戦争に発展させてはならない。絶対に。しかし,それを食い止めるのはなかなか難しい。現在の政治地図を一瞥しただけでも,恐るべき火種を抱えた紛争地域,今にも全面戦争に発展しそうな対立関係がいくつもある。北朝鮮と韓国,インドとパキスタン,イスラエルとイランなど,互角の力を持つ国同士がにらみ合いを続けている。そしてどの国も,すでに大量破壊兵器を持っているか,間もなく持とうとしている。

ダグラス・J・エムレン 山田美明(訳) (2015). 動物たちの武器:闘いは進化する エクスナレッジ pp.275

動くか動かないか

グンタイアリの兵隊アリも大きな頭やみごとなあごを持っているが,兵隊シロアリの武器はそれ以上に大きい。それは,グンタイアリの兵隊アリがさまざまな機能のバランスを取らなければならないのに対し,兵隊シロアリにはその必要がないからだ。グンタイアリの兵隊アリは,巣からかなりの長距離を行進し,獲物を急襲する。そのため,機動性を高める方向へ向かう淘汰と,頭やあごを巨大化する方向へ向かう淘汰のバランスを取ることが必要になり,ある程度の妥協を強いられる。一方,兵隊シロアリはほとんど動くことがない。その仕事は,出入り口を守り,近づいてくるものに噛みつくことだけだ。そのため,兵隊シロアリのほうが,グンタイアリの兵隊アリより大きさも強さも勝り,トンネルの中では兵隊シロアリが勝つことになる。シロアリが一歩も引かなければ,アリの大群はもっと楽な獲物を探しに立ち去ってしまう。

ダグラス・J・エムレン 山田美明(訳) (2015). 動物たちの武器:闘いは進化する エクスナレッジ pp.225

半分メスに擬態

オーストラリアコウイカの場合,繁殖可能なメスがオス11匹に対し1匹しかいないため,争いは熾烈を極めるが,メスはやはり,色の鮮やかな大型のオスに近づいていく。メスがオスを選ぶと,カップルは産卵をするために集団の外れへと泳いでいく。すると,メスを獲得できなかったオスは,カップルに近づいていく。そしてここでも,瞬時に色を変えられる能力を利用する。たとえば小型のオスは,メスを守っているオスがほかのオスとの戦いに気を取られているすきに,鮮やかな熾烈な色でメスに求愛する。あるいは,岩のような色になって海底の模様に溶け込み,カップルにひそかににじり寄る。この場合,たいていそのオスは,メスのような姿をして近づいていく。そうすれば,カップルのオスに警戒されることなくそばに行けるからだ。こうして近づいたオスは,カップルのオスとメスの間に体を滑り込ませ,メスのすぐそばに陣取ると,鮮やかな色で求愛行動を始める。だがこのオスがそのような色彩をきらめかせるのは,体の一方の側,すなわちメスに向かい合っている側だけだ。ライバルのオスから見える側は,メスのような姿のままにしておくのである。

ダグラス・J・エムレン 山田美明(訳) (2015). 動物たちの武器:闘いは進化する エクスナレッジ pp.192

交尾ができるのは

結局のところ,体が大きく,健康で,立派な武器を備えたオスが,繁殖競争に勝つ。フェニックスパークのダマジカの場合,後尾に成功するのはオス10頭につき1頭に過ぎず,交尾の大半(73パーセント)は,たった3パーセントのオスにより行われている。つまり,90パーセントが失敗し,ごくわずかな個体のみが無数の成功を手にする。このように交尾には極端な格差があり,それが強い性淘汰をもたらし,体の大型化,体力の強化,武器の巨大化へと進化を進める。最高の条件のオスにしてみれば,立派な武器にエネルギーを費やすことで得られる繁殖の利益は,すべてのコストを補って余りあるものだろう。しかしそれ以外のオスにしてみれば,巨大な武器は大きな犠牲を強いるものでしかない。

ダグラス・J・エムレン 山田美明(訳) (2015). 動物たちの武器:闘いは進化する エクスナレッジ pp.154

資源配分のトレードオフ

武器は大きくなるにつれ,負担にもなる。私の実験でも,きわめて長い角を身につけたオスは,目が発育不全を起こしていた。実験の末期には,角の長い個体を選別した個体群のオスは,角の短い個体を選別した個体群のオスより,目が30パーセント小さくなっていた。発育不全は,栄養の利用が制限されるために起こる。組織を成長させるには,エネルギーや原材料がいる。ある組織の成長に大量の資源を割り当ててしまえば,それだけほかの組織の成長に資源が行き渡らなくなる。
 このように資源配分にはトレードオフの関係がある。これは,あらゆる生物の成長に見られるが,ほとんどの場合その効果は微々たるものである。しかし,特定の組織にあまりに多くの資源を費やすようになると,トレードオフの効果がはっきり現れる。武器は,軍拡競争に入ると急速に大きくなる。武器の成長に多くの資源が割かれれば,体の機能を大幅に損なうことにもなりかねない。昆虫の場合,それが体のほかの部分の発育不全となって現れる場合がある。

ダグラス・J・エムレン 山田美明(訳) (2015). 動物たちの武器:闘いは進化する エクスナレッジ pp.142-143

巨大哺乳類の時代

6500万年前に恐竜が絶滅すると,哺乳類が地上を支配した。とりわけ繁栄したのが,有蹄動物である。ひづめを持つ草食動物は多様化し,グループの規模を拡大し,近縁の系統のクレードに枝分かれしては,やがて消えていった。その歴史には,巨大な武器を持つクレードが満ちあふれている。
 ブロントテリウムも当初は現代のコヨーテほどの大きさしかなかったが,瞬く間に,肩までの高さが2メートル以上,重さが9トンを超える巨体に進化した。最初は武器を持たなかったが,後になると鼻の上に,長さ60センチメートル以上になる幅が広くて平らな骨質の角を持つに至った。サイも,最初はイヌ並みの大きさで角もなかったが,後に多様化し,13トンの体と立派な武器を備える巨大生物へと変わった。たとえばケブカサイは,2メートル近い長さの角を持っていた。サイは,全盛期には世界に50種以上が生息していたが,ほとんどが絶滅した。現在は4種が生き残るのみである。
 同じころ,鼻の長い有蹄動物も多様化した。初期のゾウはやはり小さく,武器を持っていないが,間もなく150種以上に分かれた。ゾウが具えた牙には,下あごから90センチメートルもの門歯が平らな刃のように前に突き出した“シャベル型”,下あごから下へ湾曲して伸びる“くわ型”,マストドンや現代のゾウに見られる“上あご型”,上あごに2本,下あごに2本の牙を備えた“4本型”などがある。

ダグラス・J・エムレン 山田美明(訳) (2015). 動物たちの武器:闘いは進化する エクスナレッジ pp.130-131

オスとメスの不均衡

こうしたオスとメスの配偶子の大きさの違いは,生物の生態に多大な影響を及ぼす。第1に,メスはオスほど多く配偶子を作ることができない。卵1つを生み出す材料があれば,オスは何兆という精子を生み出せる。しかも,それぞれのオスが同様に膨大な量の精子を生み出すため,その数字はどんどんふくらんでいく。人間の女性が一生のうちに生み出す生殖可能な卵は,400個ほどでしかない。対照的に男性は,毎日1億もの精子を量産する。一生では,ゆうに4兆を超える。仮に世界の人口が1000人だった場合,精子は卵より1000兆ほど多いことになる。現在の人口で計算すれば,10の24乗分も精子のほうが多い。これは,生物界全体を見れば,決して極端な例ではない。事実上どの生物種でも,卵がまるで足りない。その結果,争いが起こる。

ダグラス・J・エムレン 山田美明(訳) (2015). 動物たちの武器:闘いは進化する エクスナレッジ pp.76

武器が大きくなる理由

これら待ち伏せ型および忍び寄り型の捕食動物が狩りに成功するかどうかは,武器を素早く繰り出し,即座に獲物の行動能力を奪えるかどうかにかかっている。つまり速さが重要になるが,狩りの成否を決めるのは,動物全体の移動速度ではない。大切なのは,付属器官を動かす速度,すなわち,武器をどれだけ速く動かせるか,である。この場合,たいていは武器が大きいほうが都合がいい。あごなど,獲物を捕まえる武器が長ければ,それだけ遠くの獲物を狙うことができる。武器が大きければ,より多くの反動エネルギーを蓄えられる分厚く頑丈な骨格要素や,より大きく俊敏な筋肉を内部に収容できる。また,武器の端についている鉤や爪は,関節から離れていればいるほど,動きが速くなる。つまり武器は長いほうが,空気や水を切り裂く速度が大きくなる。

ダグラス・J・エムレン 山田美明(訳) (2015). 動物たちの武器:闘いは進化する エクスナレッジ pp.63

待ち伏せ型の武器の巨大化

カマキリも,ほとんどの種が待ち伏せ型である。長い湾曲したトゲの生えた超大型の前肢を持っているのはそのためだ。「拝み虫」とも呼ばれるが,これはカマキリが,顔の前に大きな前肢を掲げる習性があることに由来する。その姿が,拝んでいる人に似ているのである。捕食用の長い前肢はバネ仕掛けのような構造になっており,この拝むような姿勢というのは,いわば拳銃の撃鉄を引いた状態にたとえることができる。そこへ獲物がふらふら近づいてくると,トゲつきの肢を瞬時に突き出し,獲物を捕まえる。
 カマキリの初期種はもっと痩せており,地面をはい回って獲物を追いかけることもあれば,草に隠れて獲物を待ち伏せすることもあった。その前肢はやや大きめで,見つけたクモや昆虫を素早く捕まえるのに便利だった。だが次第にカマキリは,この祖先から待ち伏せ型へと特化していく。移動能力を高める淘汰の力は弱まり,より遠くの獲物も捕らえられるように,前肢がどんどん大きくなっていった。

ダグラス・J・エムレン 山田美明(訳) (2015). 動物たちの武器:闘いは進化する エクスナレッジ pp.59-60

待ち伏せ型の巨大化

獲物が近くに来るのをじっと待つタイプ,いわば待ち伏せ型の捕食動物は,ほかの捕食動物よりもはるかに巨大な武器を持つ方向へ進化する。たとえばサーベルタイガーは,待ち伏せ型の捕食動物である。木の枝から飛び降りて,無防備な獲物の首に犬歯を突き刺す。このタイプの捕食動物は,ピラニア同様,もはや獲物を追いかけて捕まえることをしない。そのため,たいていは速く走ったり泳いだりしない。その代わり,草陰に隠れるハンターのように風景に溶け込み,じっとしたまま,獲物が近くに来るのを待つ。そして不幸な獲物が通りかかったら,隠れ場所から突進し,あごで噛み付いたり肢で殴りつけたりして攻撃し,瞬時にしてその行動能力を奪ってしまう。相手は,何が起きているのかさえ分からず,逃げる暇もない。

ダグラス・J・エムレン 山田美明(訳) (2015). 動物たちの武器:闘いは進化する エクスナレッジ pp.59

特殊化による繁栄

肉食哺乳類は,歯をいくつかのグループに分け,その形や機能を個別に進化させることで,それぞれ特殊化し,信じられないほどの繁栄を生み出した。しかし,この解決法は完璧とはほど遠い。トレードオフ問題がもたらす根本的な制約は,何ら解決されていない。いくら歯を別々に進化させたとはいえ,犬歯,小臼歯,臼歯は同じあごに並んで生えている。これはいわば,スイス・アーミーナイフに含まれるすべての道具を出しているようなものだ。そのため,噛む時には注意してそれぞれの歯の機能を利用しなければならない。骨はドーム型の臼歯で,健や肉は鋭い歯を持つ小臼歯で噛み,犬歯は使わないようにするのである。
 フランス料理のレストランで極上のステーキを食べるのであれば,このように注意深く咀嚼するのも,一種のぜいたくと思えるかもしれない。だが野生の肉食動物に,そんな余裕があるはずがない。ほかの肉食動物が,獲物をかすめ取ろうと絶えず狙っている。できるだけ速く,肉を切り裂き,骨を砕いて食べなければならない。それほど慌てていれば,間違いは起こる。歯が摩耗することもあれば,歯が折れることもある。実際,現生および絶滅肉食動物を調査してみると,歯の自然損傷の割合は驚くほど高い。およそ4本に1本の割合で,割れたり折れたり砕けたりしている。

ダグラス・J・エムレン 山田美明(訳) (2015). 動物たちの武器:闘いは進化する エクスナレッジ pp.49

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