動物に対する理性的な判断を妨げる第二の障害がある。それは動物行動の分野で科学者を悩ませる問題,すなわち《擬人観》だ。これは正当な根拠がないまま人間の目的,考え,感情を他の動物に当てはめる傾向をいう。学生のころ,私は擬人観が科学に背くものだと警告された。1972年にあの明敏で多彩な科学者,チャールズ・ダーウィンが著書『人および動物の表情について』を出版した。T.W.ウッズによる数々の巧みなエッチングの中には「失望して不機嫌なチンパンジー」と注釈のついたものがあった。その後間もなく,動物行動学分野では科学者はそのようなことを述べながら同時に科学で信頼を保っていくことができない状態となり,その状態はその後100年間の大半続いた。20世紀始めの科学者は,いわゆる心理学的内観(「考えることについて考える」とでも言える)の研究方法によって引き起こされた心身関係をめぐる実りのない論争で手足を縛られていたのだ。当時まだ日の浅い動物行動学の科学者は,実験によるアプローチと客観性を重視していたので,この方法を拒絶した。チンパンジーが「失望する」か否かのデータを集めることは非現実的で,データのない憶測は無意味だった。
正直に言えば,私はどちらかと言えば擬人観が好きだ。だが決して説明としてではなく,アイディア源あるいは研究方針に刺激を与える仮説としてである。
マイク・ハンセル 長野敬・赤松眞紀(訳) (2009). 建築する動物たち:ビーバーの水上邸宅からシロアリの超高層ビルまで 青土社 pp.18-19
(Hansell, M. (2007). Built by Animals: The Natural History of Animal Architecture. Oxford: Oxford University Press.)
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