では,なぜ,そうした統計的な短所にもかかわらず,ダウ・ジョーンズ平均株価が市場を最もよく代表するものとして親しまれてきたのだろうか。あの1987年10月19日の大暴落の日にダウ・ジョーンズ工業平均が500ポイントも下落したのは誰もが記憶しているであろう。では,その日S&P500指数が何ポイント下落したか覚えている人は,果たしてどのくらいいるであろう。もっとも,その当時の混乱のなかで,それを気にとめるだけの余裕があった人がいての話であるが。
この謎の答えは,ひとえに計算能力にある。1960年代になって高速演算が比較的安価で可能となるまでは,コールズやスタンダード・アンド・プアーズ方式で毎分毎分インデックスを算出することは不可能であったからである。何百銘柄もの直近の株価をそれぞれの発行済株式数に掛算をするという面倒くさい計算をしなければならないため,その当時まではインデックスは毎月1回しか発表されていなかった。これに対して,ダウ・ジョーンズ平均株価は,少数の株価を足し算して,あらかじめわかっている分母で割ればよいというだけのことなので,誰でもそのへんの紙に書けば1分足らずで計算できる。今日ではスタンダード・アンド・プアーズのデータは昔に比べれば広く使われるようにはなったが,これまでの株式市場の歴史を通してダウ・ジョーンズの数字が唯一タイムリーに入手できるものであった,というのが真相である。習慣はなかなか変わらないものである。
ピーター・L・バーンスタイン 青山護・山口勝業 (2006).証券投資の思想革命(普及版) pp.56-57
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