なぜサミュエルソンは,多くの俊才と影響力を誇った絶頂期のハーバード大学経済学部を去って,経済学の地位がまだ低かったMITに移ったのだろうか?彼が言うには,移籍したのには2つの理由があったからだという。
1つには,「もっと高い給料をやると言われたから」である。
しかし,もっと深い理由があった。たしかにハーバードで経済学理論の講座を持つには彼の能力が及ばないなどと思っている者はいなかったし,彼自身も決してそう思わなかったが,かといって彼が去ることになっても「[同大学にとって]修復できないほどの痛手にはならないだろう」と彼自身は感じていた。なぜだろうか?反ユダヤ主義であろうか?この問いに対するサミュエルソンの1983年の返答は,「たぶんそれが最も単純な説明であろうが,……もし単純な仮説がすべての事実を説明し切れない場合には,その仮説を信じる必要はないと思う」というものだった。第二次世界大戦前のアメリカの大学では,今日では考えられないほど反ユダヤ人の雰囲気があったが,ユダヤ人でなくても例えば「カンザス州出身である」というだけで田舎者扱いされて,当時のハーバードで終身教授の座を得られなかった優秀な学者仲間がいた,と彼は指摘している。「現実の複雑さは1つの要因では説明し切れないものだ」とサミュエルソンは移籍の理由を要約している。
ピーター・L・バーンスタイン 青山護・山口勝業 (2006).証券投資の思想革命(普及版) p.169
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