タレースは星空から運勢を占う特技を持っていた。彼は,ある冬,翌年のオリーブの収穫はいつもの年よりも豊作になると予言した。彼はそれまで蓄えたわずかな金を持って,その地方でオリーブの実を絞る器械を持っている人々をひそかに訪ね歩いた。そして,わずかな前払金を絞り器の持主に払うかわりに,秋が来たら絞り器を真っ先に使わせてもらう保証を取り付けた。秋の収穫期はまだ9ヶ月も先だったので安い値段でその交渉は成立した。そもそも,翌年の収穫が豊作は不作かを誰も知る由もなかった。この話の顛末は,もう察しがつくだろう。「収穫期が来ると,いちどきに多くの絞り器に需要が殺到したので,彼は思いのままの言い値でそれを貸し出して,莫大な儲けを得たのであった。こうして,哲学者でもその気になれば富豪になることができることを」タレースは世に知らしめたが,そいう野心を持つかどうかは哲学とは別の問題だ」。
タレースと彼の金融装置についてのアリストテレスの逸話は,現代ではオプションとして知られる仕組みとしては,歴史上の文献にみられる最古の例である。オプション契約の基本的な仕組みは,あらかじめ条件を合意して決めておき,その条件が実現したら一定の行動をとる権利を,その権利の保有者に与えるような契約である。
オプション契約は,もしその権利保有者が行使したいと思わなければ,行使を強制するものではない。もしオリーブが豊作でなければ,タレースはそのオプションを放棄したであろう。その地域全体のオリーブ絞り器の供給の限界を超える豊作となった時だけ,タレースはそのオプションの権利を行使したに相違ない。
ピーター・L・バーンスタイン 青山護・山口勝業 (2006).証券投資の思想革命(普及版) pp.304-305
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