高名な米国人医師ウルフ博士は,(はるか)以前より,ほぼ連続する窒息性の発作に苦しむ喘息患者の治療に取り組んでいた。そこで,かなり希望のもてる新薬が登場したとの噂を聞きつけると,製薬会社に連絡をとり,新薬を手に入れることにした。結果は上々であった。だが,効果の高さは,かえって博士の不振を呼び覚ますことになった。あまりにも美しすぎる花嫁を迎えたようなものである。はたして,本当に薬理学的な効果だったのだろうか?博士はふたたび製薬会社に連絡をとり,新薬と同じ外見をもった偽薬を送ってもらった。そして,患者には何も知らせずに,あるときは本物の薬を,あるときは偽薬を投与した。本物の薬を投与すると必ず,症状は改善した。誠実で科学的な精神を尊ぶ医師にとっては,治療の客観的有効性を見事に証明するのは至難の技である。そのころになって,製薬会社からウルフ教授に連絡があった。始めからすべて偽薬だったというのだ!製薬会社の研究者たちもまた,初期の治療報告があまりにもすばらしいことに不審を覚え,博士と同じような配慮から,この新薬を求める医師たちに計画的に偽薬を送り付けていたのである。
パトリック・ルモワンヌ 小野克彦・山田浩之(訳) (2005). 偽薬のミステリー 紀伊国屋書店 p.252-253
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