つぎのシナリオを検討してみよう。あなたはA社の株を持っている。この1年,B社の株に変えるかどうか考えていたが,結局そうしなかった。今になって,B社の株に替えていれば1200ドル得をしていたことを知る。あなたはほかにC社の株も持っていた。この1年の間に,それをD社の株に替えた。今になって,C社の株をそのまま持っていれば1200ドル得をしていたことを知る。あなたはどちらの失敗をより後悔するだろう。研究によると,10人中およそ9人は,株を切り替えなかった愚かさより,株を切り替えてしまった愚かさの方が強い後悔を生むと予想する。ほとんどの人は,愚かな行為より,愚かな行為を悔やむと考えているからだ。ところが,10人中9人がまちがっていることが,やはり研究によってわかっている。長い目で見れば,どの階層のどの年齢層の人も,自分がした行為より自分が行為をしなかったことをはるかに強烈に後悔するらしい。もっともよくある後悔が,大学に行かなかったことや,儲けの多い商売のチャンスを掴まなかったことや,家族や友人と過ごす時間をたっぷりとらなかったことなのもうなずける。
だが,なぜ人は,行為より不行為を強く後悔するのだろう。理由の一つは,心理的免疫システムにとって,行動しなかったことを信頼できる明るい見方でとらえるのは,行動したことをそうとらえるよりむずかしいからだ。行動を起こしてプロポーズを受けることにし,その相手が後に斧を振るう殺人鬼になったとしても,その経験からどれだけのことを学んだか考えれば(「手斧を収集するのは健康的な趣味じゃないってことね」)自分を慰めることができる。しかし,行動を起こさなかったせいでプロポーズを断り,その相手がのちに映画スターになったとしたら,その経験からどれだけのことを学んだか考えても自分を慰められない。なぜって,学ぼうにも経験自体がないからだ。
ダニエル・ギルバート 熊谷淳子(訳) (2007). 幸せはいつもちょっと先にある-期待と妄想の心理学- 早川書房 p.241-242.
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