一般大衆,すなわち,科学者とはまったく違うか,あるいは一部重なりを持つ人々によって,広く受け入れられているさまざまな見解があるものである。しかし,あら探しの好きな科学者たちからは,これらの人びとは,実は色々な度合いの懐疑論でもって眺められている。そして,一般大衆によって受け入れられているそれらの見解の信用度なるものについてテストしたり,あるいはそれに疑いをもって挑戦しようとして,しばしば巧妙な実験が計画されてきた。しかしながら,それらの実験が,懐疑的な挑戦者たちの期待に沿うような結果となった場合でさえも,それは,固く守られてきた従来の見解を変更させるほどの説得力は持ち得なかった。感情的にせよあるいは知的にせよ,それに深く傾倒している個人にとっては,他から見ると相反するように思える情報でも,それを正当化する方法をうまく見いだすことができるからである。。このようにして人びとは,自分たちの原則的な前提条件を保ち続けることができるのである。
アービング・M・クロッツ 四釜慶治(訳) (1989). 幻の大発見 科学者たちはなぜ間違ったか 朝日新聞社 pp.173-174.
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