現実的な非常訓練とは,たんにある種の技能を人びとに覚え込ませる手段にすぎないと思われるかもしれないが,べつの利益もある。あまりにも多くの人間がいだいている見当違いの自信を打ち砕いてくれるのだ。二人の心理学者,コーネル大のデビッド・ダニングと,イリノイ大のジャスティン・クルーガーは,各種の大集団を全体としてとらえれば,平均的人間は,自分のことを技量においても知識においても平均以上だと評価している,という既知の事実をさらに追究してみようと考えた。平均的人間は,技量において平均以上ではありえない,ということは明白だ。だとすれば,われわれが自分のことについて知らないのはどうしてなのか。無知が自信過剰をはぐくむ,と二人はいう。なかでも,危険というほかはないほどの知識しか持ち合わせていない分野においてそれは顕著だ,と。ダニングとクルーガーは,コーネル大の学生のもっている論理的思考力やユーモアといった技量について調査し,テストを行ったところ,毎回くり返し同じパターンがあらわれた。テストの結果が最も悪い連中は,それ以外の学生にくらべると,自分の成績と技量をきわめて過大に評価していた。この現象について二人の心理学者は,チャールズ・ダーウィンの次のようなことばを引用している。「知識よりも無知のほうが自信を生むことが多い」。
ジェームズ・R・チャールズ(著) 高橋健次(訳) (2006). 最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか 草思社 pp.191-192.
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