われわれはだれもが,わたしも含めて,これまでにスニークの徴候をだまって見逃した経験を持っている。深刻な事態に発展するかもしれない徴候ですら,見逃したことがある。いま現在,わたしは,「エンジン点検の必要あり」を示す警告灯がダッシュボードでほぼ常時光っているバンを何ヵ月も乗りまわしている。その車はまだちゃんと走るし,オイルも不凍液も十分入れてあるし,警告灯のつく原因を修理工が発見できないでいるので,わたしはそのまま放っておくことに決めたのだった。
ハートフォード・スチーム・ボイラー・アンド・インスペクション社のエネルギー工学担当副社長,ロバート・サンソンが,同社の代表としてある化石燃料発電所の管制室を訪れていたとき警告ホーンが鳴った。そうしたことは複雑なシステムのコントロールルームではごく普通に起こる。オペレーターのひとりがすばやく手を伸ばして解除ボタンを押し,警告をキャンセルした。ふたたび静けさの戻った管制室で,サンソンはそのオペレーターに,たった今,君がボタンを押して警告ホーンをキャンセルするのを見た,とサンソンはいったが,オペレーターは否定した。サンソンはわたしにこう語った。「そんなふうで話はいきちがいを続け,ついにわたしがコンピュータのログを点検してみたところ,オペレーターが解除ボタンを押したことが記録されていた。警告をキャンセルすることが,無意識に繰り返される機械的反応となっていたのだ」。それはモグラ叩きのようなものだった。穴から飛び出してくるビニール製のモグラの頭を叩くゲームでは,反応が速いほど得点が高くなる。
サンソンによれば,ある発電所の故障が起きたとき,記録を調べてみるとひとりのオペレーターが立て続けに26回,解除ボタンを押したことが分かった。サンソンの表現によれば,「ついにマシンが音をあげてこういった。わかった,おまえの勝ちだ,おれが壊れてやろう」というわけだ。
ジェームズ・R・チャールズ(著) 高橋健次(訳) (2006). 最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか 草思社 pp.266-267.
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