研究者の好奇心をそそる疑問が次々に湧き,それに答えるためにさまざまな方法が編みだされた。たとえば,「なんらかの刺激を与えることで,夢の内容を変えられるか」というもの。デメントが真っ先にこの問題にとりくみ,被験者がレム睡眠に入ったときに,耳もとでベルを鳴らす実験をした。だが204件の試みのうち,ベルの音が夢に組み込まれたケースはわずか20件だった。被験者の顔に霧吹きで水を吹きかける実験も,はかばかしい成果を上げなかった。比較的最近では,血圧計のバンドで腕を締め付ける実験も行われたが,大多数の被験者はこうした刺激に反応しなかった。現実世界の刺激が感覚器官のバリアを突破して,どうにか夢の中に入り込んだときには,即座に,かつ巧妙に,夢の筋書きにその刺激が織り込まれる。たとえば,霧吹きで水をかけたときには,夢の中でにわか雨が降ったことになったりする。だが,ストーリー展開に大きな影響を与えることはない。
入眠前の体験も,夢の内容に大きな影響を与えないようだった。被験者に眠る直前にバナナクリーム・パイやペパロニ・ピザを食べさせたり,喉が渇いた夢を見るかどうかをたしかめようと飲み物を制限した状態で寝かせたり,暴力的な映像やエロティックな映像を見せたりしたが,とくに影響はなかった。夢を見ているときの脳は,何者にも左右されない映画監督だ。はたからはわからない基準で,登場人物や背景,筋書きを選び,夜ごとの内なるドラマを演出する。
他の実験で,夢を見ないと言う人も,実際には夢を見ていることがわかった。レム睡眠中に起こせば,被験者は夢を覚えている。だがレムの段階が終わってから,数分後に起こすと,夢を覚えていないことが多い。さらに別の実験で,時間帯によって夢の内容が違うこともわかった。眠ってからしばらくは,最近に起きた出来事に関連した夢を見るが,夜が更けるにつれ,過去の出来事や人物のからんだ夢を見るようになる。
レム睡眠時の眼球の激しい動きは,眠っている人がちょうど映画のスクリーンを見るように,夢の中のアクションを目で追っているせいだろうか。デメントによる初期の実験では,そう考えられたが,その後に他の研究者が追試を行ったところ,目の動きと夢の内容には直接的な関係はなかった。
アンドレア・ロック 伊藤和子(訳) (2009). 脳は眠らない:夢を生み出す脳のしくみ ランダムハウス講談社 pp.29-30
PR