アセチルコリンが大量に分泌された脳は,覚醒時とはまったく違ったルールで働く。運動神経の信号は遮断されているため,私たちは動くことができない。だから,どんなにもがいても,猛スピードで山道を下る車のハンドルを切ることも,ブレーキを踏むこともできない。外部からの感覚情報も遮断されている。そのため脳は内部で生じるイメージや感覚を現実の者と解釈してしまう。ホブソンによれば,こうした状態で脳幹からの信号によって,ある瞬間には恐怖,ある瞬間には自由落下の感覚といった具合に,なんの脈絡もなく強烈な感情が生まれる。脳はその信号に合わせて夢の筋書きをつくろうとベストを尽くす。つまり,夢のイメージづくりにゴーサインを出すのは脳の原始的な領域である脳幹で,より高度に進化した前脳の認知領域はただその信号に受動的に反応するだけだというのだ。このことから,ホブソンのマッカーリーは,夢をつくるプロセスには「観念や意思決定,情動といったものはいっさいかかわらない」と結論づけた。結果として生まれた夢は,脳幹からのでたらめな信号に前脳が反応し,「部分的にでも話の辻褄を合わせようと,悪戦苦闘して」できた代物だというのである。
アンドレア・ロック 伊藤和子(訳) (2009). 脳は眠らない:夢を生み出す脳のしくみ ランダムハウス講談社 p.47
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