実はこのように音節の変化多様性が極めて乏しいため,日本語では言葉が長たらしくなるという弱点をかなりの程度まで補っているのが視覚に訴える文字なのです。このことは起源が外国語である漢字の場合に更にはきりしてきます。日本語の中の漢字の音にはキンやコウといった二音節のものが多いのですが,キンの音を持つ漢字は日常使われるもので約25,コウとなると驚くなかれ約90もあるのです。ですからこれらの漢字を含む言葉には,耳で聞いただけではどうにも区別の仕様のない同音語が沢山あるのは当然なのです。しかし文字で書かれたものを見れば殆どの場合疑問は解消します。コウギョウと聞いただけでは何を指すのか分からなくても,字を見ればそれが前にいったように工業,鉱業,興業,功業,興行のどれかが瞬時に決定されるからです。このように現代の日本語では音は言葉の半分でしかなく,残り半分はそれを表す文字の映像なのです。
鈴木孝夫 (2009). 日本語教のすすめ 新潮社 pp.54-55
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