私は外国で日本文化について講演をする際に,息抜きに,なぜ日本の家庭の台所が,アメリカやフランスの家庭のように綺麗に片付いていることが少ないのかの話題によく触れました。その理由の大きなものとしてまず伝統的な日本の飲食関係の道具類の複雑多様なことが挙げられます。お茶一つとっても番茶,煎茶,玉露で茶碗を初めとする道具類がそれぞれ違います。お皿や器も食べ物の種類,大きさ,形や色の違いに応じて色々と取り揃えてありますし,これらは季節によっても変化します。これだけでも欧米のすっきりと画一で規格化された食器のセットと比べると大変に複雑ですが,そこに西洋式の食器がティーセットをはじめとして色々と加わっている家が普通です。日本人は少し前までは全てを箸だけで食べていたのに,今ではナイフ,フォーク,スプーンのような,ものを食べるためのいろいろな道具類も引き出しをぎっしりと埋めています。しかもしのうえ家によっては,更に中華料理の道具一式まで揃えてあるといった具合ですから,日本の台所は様々な異なった食文化が併存し,それらの複合状態に置かれているのです。これではなかなかすっきりとは片付かないのも道理です。
鈴木孝夫 (2009). 日本語教のすすめ 新潮社 pp.155-156
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