絹の強さが高度の抗張力をもつ鋼線に匹敵すると言う話は,たいてい誰でも聞いたことがあるだろう。それはそれで本当だが,クモの網の絹糸の何たるかについて誤解を招くおそれがある。高抗張力の鋼線は,壊れるまでの伸展性が1パーセント以下,ということは非常に硬い。吊り橋のケーブルにこれが利用される理由はそこにある—SUV車に乗って橋を渡るときに安定した走りが得られるのは,その剛性のおかげだ。オニグモの枠糸や縦糸の絹の強度,つまりある一定の断面が支えられる最大荷重は鋼線に匹敵するかもしれないが,機能を失うまでの枠糸の最大伸長は実質27パーセントで,縦糸では40パーセントにもなる。この素材で吊った吊り橋を渡るとすると,虚栄心ではなく冒険心でSUVを買い求めて,弾むような乗り心地を楽しまなければならない。「弾むような」と言ったのは,この絹糸に弾力性があるからだ。SUVが橋を降りて重力が取り除かれると,想像上の絹糸のサスペンションは元の長さに戻る。
マイク・ハンセル 長野敬・赤松眞紀(訳) (2009). 建築する動物たち:ビーバーの水上邸宅からシロアリの超高層ビルまで 青土社 pp.203-204
(Hansell, M. (2007). Built by Animals: The Natural History of Animal Architecture. Oxford: Oxford University Press.)
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