生きることの厳しさは,お金を稼ぐようになると始まるのではない。お金を稼ぐことで始まって,それが何とかなれば終わるものでもない。こんな分かり切ったことをむきになって言い張るのは,みんなに人生を深刻に考えてほしいと思っているからではない。そんなことは,ぜったいにない!みんなを不安がらせようと思っているのではないんだ。ちがうんだ。みんなには,できるだけしあわせであってほしい。ちいさなおなかが痛くなるほど,笑ってほしい。
ただ,ごまかさないでほしい,そして,ごまかされないでほしいのだ。不運はしっかり目を開いて見つめることを,学んでほしい。うまくいかないことがあっても,おたおたしないでほしい。しくじっても,しゅんとならないでほしい。へこたれないでくれ!くじけない心をもってくれ!
ボクシングでいえば,ガードをかたくしなければならない。そして,パンチは持ちこたえるものだってことを学ばなければならない。さもないと,人生が食らわす最初の一撃で,グロッキーになってしまう。人生ときたら,まったくいやになるほどでっかいグローブをはめているからね!万が一,そんな一発をくらってしまったとき,それなりの心構えができていなければ,それからはもう,ちっぽけなハエがせき払いしただけで,ばったりとうつぶせにダウンしてしまうだろう。
へこたれるな!くじけない心をもて!わかったかい?出だしさえしのげば,もう勝負は半分こっちのものだ。なぜなら,一発お見舞いされても落ち着いていられれば,あとのふたつの性質,つまり勇気とかしこさを発揮できるからだ。ぼくがこれから言うことを,よくよく心にとめておいてほしい。かしこさをともなわない勇気は乱暴でしかないし,勇気をともなわないかしこさは屁のようなものなんだよ!世界の歴史には,かしこくない人びとが勇気を持ち,賢い人びとが臆病だった時代がいくらもあった。これは正しいことではなかった。
勇気ある人びとが賢く,賢い人びとが勇気を持つようになってはじめて,人類も進歩したなと実感されるのだろう。なにを人類の進歩と言うか,これまではともすると誤解されてきたのだ。
エーリッヒ・ケストナー(作) 池田香代子(訳) (2006). 飛ぶ教室 岩波書店 p.23-25.
PR