「嘘は強い。ひとたび成功した嘘,多くの支持者を獲得した嘘は,真実が暴露されたぐらいで揺らぐものではない。何年,何十年でもはびこり続けるのです。それに対して,真実はなんとも弱く,はかない。大きな嘘にあっさり押し流されてしまう。真実を口にしただけで処刑された時代もあったのです。人類の歴史を見れば,むしろ嘘が勝利した例の方が圧倒的に多いと言えるかもしれません。
ですから,もし本当に子供たちに社会の中で成功するすべを身につけさせようと思うなら,学校は嘘の大切さを教えるべきなのです。嘘がいかに強いものかを,嘘をどのように使えばいいかを教えるべきなのです。嘘を武器に使う者の方が勝てるのですからー」
そこで校長は,悲しげな表情で大きくかぶりを振った。
「しかし,そんなことはしません。学校ではそんなことを教えません。私たちはあなたたちに真実を教えようとしています。真実を守ることを教えようとしています。たとえそれが不利と分かっていてもです。それはなぜなのか?考えてみてください」
それだけ言って,校長は私たちを放免した。処分は一切なしだった。私と葉月は,校長室を後にし,無言で廊下を歩いていった。
「……なぜなんだろう?」
何分かして,はづきがぽつりと言った。
「どうして校長,『真実を教えています』じゃなく,『真実を教えようとしています』って言ったんだろう?」
山本弘 (2003). 神は沈黙せず 角川書店 p.39.
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