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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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なぜスプラッシュ

 バクスターは当初このライドに「ジッパディ・リバー・ラン」という名前をつけていました。映画の主題歌で現在もディズニー音楽の代表曲となっている「南部の唄」が「ジッパティ・ドゥダー,ジッパディ・エー」で始まるので,これにちなんだのです。
 ところが,新しくディズニーの最高経営責任者になったマイケル・アイズナーは,これを「スプラッシュ・マウンテン」に変更するように命じました。当時,ダリル・ハンナとトム・ハンクス主演の『スプラッシュ』という映画が大ヒットしていたので,このタイトルを使えというのです。しかも,アイズナーはこのアトラクションのどこかに人魚がでてくる場面を入れるようにという変な注文もつけました。
 この映画が,人魚のハンナがハンクスに恋をして人間になり,現代のニューヨークにやってきて恋物語を展開するという『人魚姫』の20世紀版だったからです。アイズナーは,自分の会社のトップになって初めてヒットした映画なので,これまた自分がディズニーにやってきてから初めてオープンする新しい大型アトラクションのどこかに,この映画の成功の記念を残したかったのです。
 しかし,どう考えてもこれは無理な注文です。ウサギさんやキツネさんやクマさんの話に人魚がでてくるのは,どういう風にもっていっても不自然になります。しかも,名前を「スプラッシュ・マウンテン」にしたのでは,このアトラクションと『南部の唄』のつながりがわからなくなってしまいます。
 ですが,相手は会社のトップです。バクスターは彼の顔をつぶすわけにはいきません。そこで,人魚をどこかに出すというほうは譲歩してもらうかわり,名前のほうはアイズナーに譲ることにしました。こうして1989年,「スプラッシュ・マウンテン」はディズニーランドにオープンしました。

有馬哲夫  (2011). ディズニーランドの秘密 新潮社 pp.177-178
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