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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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遺伝への反感

 フランスでは「性格ができる原因は遺伝にある」と言うと,聞いている人の反感を買うことがある。それは次の4つの理由による。
 ——<ユダヤ教とキリスト教の伝統から来る理由>。ユダヤ教やキリスト教では,罪を犯すことについて,あるいは善を行うことについても,人は皆,自由な意思を持っていると考える。だが,性格が遺伝によるものであれば,この考えと衝突する部分が出てくる。すなわち,人間の行いは性格によって生まれた時から方向づけられていることになり,たとえほんの少しであっても,自由な意志が否定されるからである(といっても,<才能>に関する『新約聖書』のたとえ話を読めば,聖書だって遺伝的な不公平を認めていると思うのだが,まあ,それは言わないことにしよう)。
 ——<共和国としての伝統から来る理由>。この理由で反発する人は,次のような論理を展開することが多い。すなわち,「フランスでは伝統的に<機会の平等>と<教育の価値>が重んじられている。ところが,遺伝によって最初から与えられているものがちがうということになれば,その平等の意味が揺るがされ,教育の価値が減じられてしまう」という論理である(個人の能力に遺伝の影響があるということと教育が重要であるということとは別に矛盾しないはずであるが,ともかくそういった論議になってしまうのだ)。
 ——<精神分析の伝統から来る理由>。精神分析では性格の形成について,特に幼児期の体験を重要視する。したがって,「性格は遺伝によるものだ」と言うと,精神分析に携わる人のなかには自分たちの存在意義を疑われたと考える人もいるのである。
 ——<忌まわしい過去の記憶から来る理由>。第二次世界大戦の時にナチス・ドイツが<遺伝の理論>を持ち出してユダヤ人の虐殺を行ったことは,恐ろしい思い出としていまでも人々の記憶に焼きついている。もちろん,その理論には科学的な根拠はなく,ここで問題にしている遺伝とは別のものだが,<遺伝>という言葉を聞くだけで,その時のことを思い出し,激しい反応を示す人がまだ大勢いるのである。

フランソワ・ルロール&クリストフ・アンドレ 高野 優(訳) (2001). 難しい性格の人との上手なつきあい方 紀伊國屋書店 pp.304-305
(Lelord, F. & Andre’, C. (1996). Comment gérer les personnalités difficiles. Paris: Editions Odile Jacob.)
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