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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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リンダ問題にまつわる問題

 リンダ問題は高い関心を集めたが,同時に,私達のアプローチには批判が集中した。私たちもすでに検証したように,実験の支持の出し方やヒントの与え方によって錯誤は大幅に減る。このことに気づいた研究者の中には,リンダ問題の文脈を取り上げ,被験者が「確率」を「もっともらしさ」と取りちがえたのは妥当だと主張する人が出てきた。それだけでなく,私たちの取り組み全体が回答者をミスリードしているとまで言い出す人もいた。1つの顕著な認知的錯覚を弱めるとか,事前説明で解消してやる,といったことは十分に可能であり,そうすれば他の錯覚もなくなるはずだというのである。この論法は,直観と論理の衝突という連言錯誤固有の特徴を無視している。
 一方,被験者間実験(リンダ問題の実験も含む)から私たちが提示したヒューリスティクスの証拠のほうは,攻撃されなかった。というより,問題にもされなかった。連言錯誤にばかり関心が集まり,ヒューリスティクスの重要性はかき消されてしまった格好である。結局リンダ問題は,一般の人々の間で私たちの研究の知名度を高める一方で,この分野の研究者の間では,私たちの手法の信頼性をいくらか損なう結果となった。これは,まったく予期していなかったことである。
 法定では,弁護士は2通りのスタイルで反論を展開する。1つは相手の主張を粉砕する正攻法で,この場合には相手の最強の論拠に疑念を提出する。もう1つは相手の証人の信用を傷つける手法で,この場合には証言のいちばん弱い部分を突く。相手の弱点を突くやり方は政治の場でもよく用いられるが,学術的な論争でこれが適切なやり方だとは,私は思わない。だが社会科学における議論の規範は,とくに重要な問題が絡んでいるほど,政治家スタイルを容認しているらしい——それを厳然たる現実として受け入れるほかなかった。人間の判断がこれほどバイアスに侵されているとなれば,たしかに重大な問題にはちがいない。
 数年前,リンダ問題を執拗に批判してきたラルフ・ヘルトウィヒと,私は友好的に言葉を交わした。彼とはそれ以前に対立を解消しようと試みたが無駄に終わっている。私たちの評価を高めることになった発見はほかにもたくさんあるのに,連言錯誤だけをとくに問題視したのはなぜか,と私は訊ねてみた。するとヘルトウィヒはにやりと笑って「みんなの興味を引くからだ」と答え,さらに,リンダ問題があれだけ世間の関心を集めたのだから,文句を言う筋合いはないだろう,と付け加えたものである。

ダニエル・カーネマン (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?(上) 早川書房 pp.242-243
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