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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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10分の手術

モニスが成果を上げると,精神外科は人気を博すようになった。彼の施術は前頭葉切截術(ロボトミー)という新しい名称を与えられ,1930年代末から40年代にかけて広く行なわれた。この手技がこれほど歓迎されたのは,おもにモニスの弟子で,若くて野心に満ちたアメリカの神経学者ウォルター・フリーマンのおかげだった。有能な神経外科のジェイムズ・W・ワッツと共同で,フリーマンはモニスが開発した手法を1936年9月にはじめて実施した。不安とうつに苦しんでいたある中年の女性患者は,手術後には症状が和らぎ,世話が楽になった。それからの3年というもの,フリーマンとワッツはますますその数を増していく症例を各種の科学会議で発表し,この術法はメイヨー・クリニック,マサチューセッツ総合病院,ラヘイ・クリニックなど権威ある医療機関でもしだいに定着していった。
 フリーマンとワッツは施術の微調整を重ね,脳を持ち上げて目的の箇所にうまく到達するための新しい器具を作り,これをモニスのロイトコームに代えて使用した。このロイトコームの柄には彼らの名前が刻まれていたという。患者の症状次第では,前頭葉の対象領域に処置を行なうため,彼らはこめかみから器具を入れたりした。手術にはより過激なものもあった。経眼窩式ロボトミーと呼ばれる術式は,脳に入ってくる情報を伝える主要な部位である視床を破壊することによって,前頭葉の損傷を最小限にとどめようとするものだった。こちらの術式では,フリーマンは台所で見つけたアイスピックを目とその上の骨のあいだから脳まで差し入れた。この手法は10分もあればすみ,患者は歯医者の椅子に座ったままでいい。この手術の結果として,眼の周囲の黒あざ,頭痛,てんかん,出血,死亡といった合併症が生じた。ワッツはこの「アイスピック」を使う手技に術法としては賛同しなかったため,長きにわたったフリーマンとワッツの協力関係は終わりを告げ,この手技を採用するのはフリーマンのみになった。
 フリーマンが医師であった期間に行った手術数はすさまじい。彼は23州で3000人以上にロボトミーを施し,そのなかには成人の精神病患者のみならず,重罪人や統合失調症の児童もおり,うち1人はまだ4歳だった。フリーマンの患者の大半は女性で,なかでももっとも有名なのがローズマリー・ケネディである。ウェストヴァージニア州スペンサーで,彼が1日に25人の女性にこの手術を施したという記録があるが,真否は疑わしい。ヒポクラテスの誓いを立てたはずのフリーマンだったが,彼の関心は自身の手技にあり患者にはなかった。

スザンヌ・コーキン 鍛原多惠子(訳) (2014). ぼくは物覚えが悪い:健忘症患者H・Mの生涯 早川書房 pp.50-51
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