どうやら脳内のできごとを単純化しすぎてしまったようだ。本来,その複雑さは私の拙い描写など及びもつかないほどで,脳をコンピュータにたとえられないのはそのためだ。コンピュータでは,各々の段階で電気インパルスは通過するかしないかのどちらかで,中間の状態がない。介入する手順,代替の手順が増えるほど,ものごとは複雑かつ微妙になる。しかし神経系においては,各々の段階は「よし,通せ」あるいは「だめだ,止めろ」というような単純なものではない。十万段階もの「かもしれない」というレベルがあるのだ。各々の神経細胞間の交信についてその流動性を考慮に入れ,さらに一千億の交信するニューロンを加えて考えてみよう。人間の脳は宇宙のなかで最も複雑な構造をもっていると言っても過言ではないことが理解できるだろう。
デイヴィッド・ホロビン 金沢泰子(訳) (2002). 天才と分裂病の進化論 新潮社 pp. 111-112
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