さて,「益あり」という判断で手術がなされ,抗がん剤が投与されるのですが,つねに結果が見積もりどおりに出るかどうかは定かではありません。恩恵と損の見きわめは確率論的に行なわれます。得をする確率が高く,損をする確率が低い,という計算がなされた患者さんでも,時に損のほうが強く出ることがあります。薬の副作用に苦しんだり,手術の合併症に苦痛を受ける患者さんが出る可能性は,ある一定の割合で存在します。われわれは確率的予測精度を高めて,損をする人をできるだけ減らそうとしますが,本質的に確率的な見積もりに依存している以上,リスクをゼロにすることは不可能です。医療行為そのものがある人には有害なのですから,これは「少なくすることは」可能であっても「ゼロにはできない」のです。これが医療事故です。
医療事故をゼロにする方法は1つだけです。それは,医療行為を受けることそのものを拒否することです。けれど,それが問題の根本的な解決ではないことは明らかです。
ときどき,テレビなどで「こんな副作用のある薬を医者が処方するなんて,けしからん」と息巻いている識者の方がおいでですが,見当違いなコメントです。薬には副作用はつきものですし,しかも的確な処方であっても,患者との相性などで副作用の発生を予見できない場合があるからです。
なかなかこの“相対的”という大人の考え方が日本人は苦手のようです。薬は善,医者は善と決めたらまっしぐらで,少しでも瑕疵が見つかると相手を全否定する。薬は悪,医者は悪,となってしまいます。そういう極端な,いってみれば子どもじみたところがあります。
岩田健太郎 (2009). 麻疹が流行する国で新型インフルエンザは防げるのか 亜紀書房 pp.45-46.
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