しかしどういうものか日本語にたいする日本人の態度には,未だに日本語は西洋の言語に比べて近代的な社会の運営には適さない,不便で遅れた言語だという考えが強く見られます。扱いの面倒な漢字や仮名をやめて表記を国際性のある簡単なローマ字に変えるべきだとか,英語を第二公用語として採用すべきだといった提案などが跡を絶たないのも,意識無意識のうちに日本語を西洋の言語と比べて違うところを気にしているからなのです。
しかしこの「劣っているとされる日本語」を日本人が使いながら,あっという間に西洋の学問技術そして経済に追いつき,ところによっては追い抜いてしまったという事実,また日本は今でも世界で最も識字率の高い教育の普及した国であるといった明白な事実があるにも拘らず,それでもなお日本語は能率が悪い,漢字は教育の妨げになると言い立てる人々は,何のことはない,日本が全ての点で西洋と同じでないことに引け目を感じ,そのことが気になって夜も眠れなかった明治大正時代の西洋中毒,西洋心酔病からまだ抜け出られない人々なのです。
鈴木孝夫 (2009). 日本語教のすすめ 新潮社 pp.173-174
PR