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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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公平・不公平

読者が,できるだけ公平に機会を分配するシステムを1から設計したいとしよう。今ある米国版メリトクラシーを設計するだろうか。それは,IQテストの得点,もしくはより広く学業成績が,能力に等しいものと信じる場合に限られる。この立場を取ることは可能だが,ただ単に仮定するのではなく,少なくとも世間で議論するように提示しなければならない。そうすれば即座に反対意見が出るだろう。能力にもいろいろあり,一面的ではない。知能テストや教育そのものが,あらゆる形の能力を発見するとは期待できない。知能テストでは,知恵,独創性,ユーモア,ねばり強さ,情緒的な理解力,良識,独立心,意志の強さは把握できない——人徳は言うまでもない。知能テストは潜在的な側面で人間を判断するが,選抜の目的となる作業の長期にわたる実績で判断することはない。
 一歩進めて,できるだけ不公平な機会配分システムを設計する課題をもらったとしよう。最初の選択は,世襲によってあらゆる役割を露骨に受け継がせるシステムかもしれない。これは極めて有害なシステムだ。ありがたいことに,米国にはかつて一度も存在しなかった。さて,二番目に不公平なシステムは,競争は容認するが,人生のなるべく早い時期に競争させ,学校をその場に用いるシステムかもしれない。両親の影響や,各人の背後にある文化・階級の影響は,学生時代に最も大きく色濃く表れる。どの学校にも勉強を通じた競争があり,最終的な結果に基づいて,一部の人間は生まれた環境を大きく超えて出世するチャンスをつかむ。しかし学校は総じて,ジェイムズ・ブライアント・コナントの言葉にあった「各世代の“持てる者と持たざる者”の秩序を再編し,社会秩序に流動性を与える」機能を果たし得ない。教育が提供するのは期待——両親が露骨に,熱烈に寄せる期待——世代をまたいで地位を引き継ぎ,変化したり,没落したりしないという期待なのだ。

ニコラス・レマン 久野温穏(訳) (2001). ビッグ・テスト:アメリカの大学入試制度 知的エリート階級はいかにつくられたか 早川書房 pp.424
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