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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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バートの捏造事件

60年代に行われた双子研究は,環境重視派の社会学者から激しく批判された。彼らは,道義的な理由から,人格やIQが遺伝に影響されるという考え方に強く反発し,一卵性双生児の親は,子どもを同じように扱いがちなので,双子の人格やIQは似てくるのだ,と主張した。しかし実際には,親の接し方によって偏りが生じるという明らかな証拠はなく,さらに重要なこととして,仮に偏りがあったとしても,影響はわずかで,推定される遺伝率が数パーセント変わるだけなのだ。しかし,社会学者らのむやみな攻撃は人々の心を捉え,遺伝にまつわる発見の信ぴょう性が疑われるようになった。
 おまけに環境重視派は,双子の研究者の中に不正を働く人がいると,まことしやかに語った。格好の標的となったのは,イギリスの高名な教育心理学者,シリル・バート卿である。卿はIQの高い人々の交流団体である「メンサ」の名誉総裁にして,優生学協会のメンバーで,しかもIQは遺伝するという論文を発表し,11歳テスト(3種の中等学校に振り分けるためのテスト)の導入を指揮した人物である。こうした背景もあいまって,60年代,70年代を通じてバートへの風当たりは強かった。
 1971年にバート卿が亡くなると,かねてより卿を批判していた新マルクス主義の心理学者,レオン・カミン(「社会活動のための心理学者の会」のメンバーで,ネズミの心理を研究していた)は,さらにその動きを強めた。バート卿の研究記録やメモの原本が破棄されていたことを知ると,研究の実態を徹底的に洗いなおし,卿が犯した不正を自著において列挙した。1976年,ジャーナリストのオリヴァー・ギリーは,「タイムズ」紙の日曜版に寄せた記事の中で,その内容を公表した。複数の論文を調べたところ,被害者となった双子の数が増えているにもかかわらず,双子の相似性を評価した数値は,どの論文でもまったく同じだったのだ。ありえないことではないが,科学において,そのような一致はあまりに不自然だ。また,カミンとギリーは,バート卿は存在しない共著者をでっちあげた,と批判した。すでに亡くなっていた卿に反論はできなかった。実のところ,共著者はいたのだが,とばっちりを受けるのを恐れて身を潜めていたのだ。バート卿は詐欺師の汚名を着せられ,環境重視派は卿の捏造を証拠として,双子と遺伝に関わる発見のすべてを非難した。この事件で名を上げたカミンは,IQに遺伝性は皆無だ,とまで言い出した。環境重視派は勢いを盛り返し,遺伝学は20年近く忍従を強いられた。
 しかしその後,バート卿が推定したIQの遺伝率,60〜80パーセントという値が間違っていないことが,双子,養子,家族に関する研究の,1万人を超す被験者によって繰り返し証明された。そして卿の説は,80年代後半から積極的に受け入れられるようになった。興味深いことに,優秀な科学者が詐欺師の汚名を着せられるという事例は,バート卿やカンメラーに限ったことではない。アイザック・ニュートンは,音速の計算式が間違っていると批判され,重力理論は盗作だと中傷された。遺伝学の分野では,その始祖とも呼ぶべきグレゴール・メンデルが同様のそしりを受けている。メンデルは,エンドウ豆を研究して遺伝の概念や優性遺伝,劣性遺伝について初めて説明したが,豆を数える際に自らの予想に合うよう端数を切り上げたことを批判されたのだ。だが結局は,ニュートンと同じく彼も,その理論は正しかったことが証明された。環境重視派は,声高にバートや遺伝学を批判し続けたが,双子の研究が間違っているという証拠を挙げるには至らず,それらに多少の瑕があることを示したに過ぎなかった。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.40-42
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