I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

知性の理由

 諸説あるが,2つの仮説が有力だ。最初の説では,おもに採餌にかかわる生態学的な問題によって脳が肥大して,認知能力が上がったとされる。その生態学的な問題とは,厳しい季節もある年間をとおして餌をどう探すか,というものだ。種子を隠した場所をどのようにして覚えておくか?手に入れるのが難しい餌をどのようにして得るか?一般に,過酷な環境や予測が難しい環境に棲む動物は認知能力が高い。これには高い問題解決能力や,新しいものを探したり試したりする柔軟性がふくまれる。


 2番目の説は,社会圧によって柔軟で知的な心の進化がうながされた,というものだ。他者と仲良くし,自分の縄張りを主張して守り,盗みをはたらく個体に対処し,つがい相手を見つけ,子育てし,責任を分担するようになったということだ(野生のトキが渡りのあいだに編隊のリーダーを入れ替わるのは,一種の社会適応の認知,つまり互助性の理解を示唆する。一度リーダーを務めればほかの鳥がリーダーになってくれるし,それで群れ全体がうまくいく)。



ジェニファー・アッカーマン 鍛原多惠子(訳) (2018). 鳥!驚異の知能:道具をつくり,心を読み,確立を理解する 講談社 pp. 93


鳥の脳

 明らかに,作業記憶は層状の大脳皮質がなくても可能なのだ。ヒトと鳥で「ちがっているのはヒトの言語能力のみです」と,ドイツのボーフムにあるルール大学の神経科学者オヌール・グントルクンは述べる。「作業記憶を可能にしている神経過程はどちらの種でも同じようです」



ジェニファー・アッカーマン 鍛原多惠子(訳) (2018). 鳥!驚異の知能:道具をつくり,心を読み,確立を理解する 講談社 pp. 92


鳥の脳の大きさ

 では,これらの鳥類は脳も小型化したのだろうか?


 じつは,それほど大幅に小型化したわけではない。鳥類につながった恐竜は,飛行が進化する以前から肥大化した脳を持っていた。木から木へと移る際に互いに衝突するのを防ぐために,大きい目と優秀な視力を制御する必要にかられ,恐竜の脳の視覚中枢はすでに膨張していた。聴覚と協調運動のための処理をおこなう脳領域にしても同様だった。一方で鳥類の脳は,新たな生態学的地位を見つけ,捕食者から逃れるために高度な神経・筋肉協調を実現するように進化した。


 生物はどのようにして大きな脳を維持しつつ,体のほかの部分を小型化するのだろうか?鳥類はこの問題をヒトと同じ方法で解決した。答えは,ヒナのような頭と顔を維持することにあった。これは「幼形進化」(文字通りには,「幼少化」)と呼ばれる進化の過程で,成体になっても若年のころの形質をとどめるよう進化することを指す。



ジェニファー・アッカーマン 鍛原多惠子(訳) (2018). 鳥!驚異の知能:道具をつくり,心を読み,確立を理解する 講談社 pp. 74


圧縮されたゲノム

 鳥の圧縮されたゲノムも,強力な飛行のための適応かもしれない。陸上に卵を産む羊膜類(爬虫類や哺乳類を含む)の中では,鳥類が最小のゲノムを持つ。典型的な哺乳類のゲノムが10億~80億個の塩基対を持つ一方で,鳥類の場合はおよそ10億個にとどまる。反復配列が少なく,進化の過程でDNAが排除される,いわゆる削除イベントが多かったためだ。こうして圧縮されたゲノムを持つからこそ,鳥は飛ぶ条件を満たすために遺伝子をすばやく調整することができる。



ジェニファー・アッカーマン 鍛原多惠子(訳) (2018). 鳥!驚異の知能:道具をつくり,心を読み,確立を理解する 講談社 pp. 69


一番賢い鳥は

 ルフェーブルのスケールで一番賢い鳥はなんだろう?


 カラス科の鳥たちだ。この結果に意外性はない。ワタリガラスとカラスが明らかに飛び抜けて賢く,これにオウム・インコ類が続く。そのあとにムクドリモドキ,猛禽類(とくにハヤブサやタカ),キツツキ,サイチョウ,カモメ,カワセミ,ミチバシリ,サギなどがいる(フクロウは研究対象から外した。この鳥は夜行性なので,何か新しいことをしてもまず直接観察されることがなく,糞などから推測することしかできないからだ)。やはり上位にいるのがスズメ科やカラ類の鳥たちで,下位に甘んじているのがウズラ,ダチョウ,ノガン,シチメンチョウ,ヨタカなど。



ジェニファー・アッカーマン 鍛原多惠子(訳) (2018). 鳥!驚異の知能:道具をつくり,心を読み,確立を理解する 講談社 pp. 56-57


知能という言葉

 動物学者は「知能(intelligence)」という言葉を避けがちだが,ルフェーブルによれば,それはこの言葉が人間を暗示するからだという。著書『動物誌』でアリストテレスは,動物には「人間の特質や態度」の要素が見受けられると書いた。それらの要素は,「荒々しさ,柔和さ,穏健さ,勇気や臆病さ,恐怖や自信,威勢の良さやずる賢さ,そして知能にかんして言えば聡明さに近いもの」だという。しかし最近では,動物学者は人間の知能,意識,主観に似通ったものをすべて持ち合わせているかのように鳥を扱う。そこで擬人化のそしりを受ける。鳥の行動を人間に羽が生えただけのように解釈している,と非難されるのだ。自分の経験をほかの動物に投影するのは人間としては自然なことでも,それは私たちの判断を誤らせかねない。いや,謝らせる。ヒトと同様,鳥類は動物界,脊索動物門,脊椎動物亜門に属する。だが系統が共通するのはここまでだ。鳥類は鳥綱,私たちは哺乳綱だ。そして,この枝分かれで大きな生物学的差異が生じた。



ジェニファー・アッカーマン 鍛原多惠子(訳) (2018). 鳥!驚異の知能:道具をつくり,心を読み,確立を理解する 講談社 pp. 37


鳥の多様性

 すべての鳥が,あらゆる点において同等に賢かったり有能だったりするわけではないのは明らかだ。少なくとも,現在わかっている範囲ではそうだ。例えばハトは,いくつかの問題を解くのに一般的な法則を導き出さなくてはならないような作業を苦手とする。これはカラスがもっとも得意とするところだ。だが平凡なハトもほかの点においては優れている。何百という異なるものを長期にわたって覚えていられるし,異なる絵画のスタイルを識別し,見知った場所から数百キロも離れた地点でも飛ぶべき方向を知っている。チドリやシギ(ミユビシギなど)の仲間には,「洞察学習」の証拠が見られない。洞察学習とは,カレドニアガラスのような鳥が道具を使ったり,人間がつくった装置を操作して褒美に餌をもらったりするときの物事の関係性の理解を指す。しかしチドリの一種であるフエチドリは芝居染みた行動の大家で,「翼が傷ついたふり」をして捕食者の目を浅くて丸見えの巣から遠くへそらす。



ジェニファー・アッカーマン 鍛原多惠子(訳) (2018). 鳥!驚異の知能:道具をつくり,心を読み,確立を理解する 講談社 pp. 32-33


人間中心に

 もちろん,これはみな人間から見た知能の尺度だ。私たちはどうしてもほかの動物の脳を人間中心に考えてしまう。しかし鳥にも人間の知力のおよばない世界があり,それをただ本能や生得の能力で片づけることはできない。


 鳥は遠くから近づいてくる嵐をどのような知能によって知るのだろう?何千キロも離れた,行ったこともない場所へのコースをどう見つけるのか?ほかの動物の複雑な鳴き声をいかにして正確に真似るのだろう?約100~1000平方キロ近くの土地に数千粒の種を隠しておき,どのようにして半年先までその場所を覚えているのだろう(鳥が私たちの知能検査に合格しないように,私もこの種の知能検査には見事に不合格になるだろう)?



ジェニファー・アッカーマン 鍛原多惠子(訳) (2018). 鳥!驚異の知能:道具をつくり,心を読み,確立を理解する 講談社 pp. 19-20


現在バイアス

 1年後に1万円をもらうか,1年と1週間後に1万100円をもらうか,という選択なら,多くの人は1年と1週間後にお金をもらうことを選ぶ。しかし,今日1万円もらうか,1週間後に1万100円をもらうか,という選択なら今日の1万円を選ぶ。どちらも同じ1週間あたり1パーセントという高金利であるにもかかわらず,今のことになると忍耐力が低下するのだ。健康を考えてダイエットや禁煙を来週からするという計画を立てることはできても,来週になると,その計画を先延ばししてしまうというのも現在バイアスの例である。



大竹文雄 (2017). 競争社会の歩き方 中央公論新社 pp. 187


きょうだいと競争

 迷路の問題を135人の高校生に,計算問題(2桁の数字の足し算)を232人の大学生に解いてもらって,競争的報酬制度を選択する程度が,性別や兄弟姉妹の構成で異なるかを検証した。まず,性別については,男性の方が女性よりも競争的な報酬制度を選ぶ傾向が高いことが明らかにされた。これは,多くの先進国で共通に観察されることだ。


 興味深いのは,兄弟姉妹の構成の影響である。高校生のサンプルでも大学生のサンプルでも,姉をもった男性は,他の男性よりも競争的報酬を好まないことが明らかになった。また,高校生のサンプルでは,弟をもった女性は,競争的報酬を他の女性より好む傾向が見られた。さらに,大学生のサンプルでは,姉をもった女性が他の女性よりも競争的報酬を好むという傾向が観察された。



大竹文雄 (2017). 競争社会の歩き方 中央公論新社 pp. 149


反競争主義と競争の激化

 つまり,「学力差を生まれながらの素質の違いとは見なさず,生得的能力においては決定的ともいえる差異がないという能力観,平等観を基礎としている」のだ。「このように能力=素質決定論を否定する能力=平等主義は,結果として努力主義を広め,『生まれ』によらずにだれにも教育において成功できるチャンスが与えられていることを強調した。……だれでも,努力すれば,教育を通じて成功を得られる。だからこそ,だれにでも同じ教育を与えるように求める。その結果,より多くの人びとが同じ教育の土俵の上で競争を繰り広げることになった。教育における競争を否定する一方で,皮肉にも,能力主義教育を批判する議論が,教育における競争に人びとを先導する役割を果たしたのだ」と,苅谷は,平等主義で反競争的な教育が,逆に,教育における競争を激化させたという皮肉な結果をもたらしたと指摘している。



大竹文雄 (2017). 競争社会の歩き方 中央公論新社 pp. 144


高齢者と金融リスク

 高齢者は,金融資産選択においてあまりリスクをとらない。そう言われると当然だと思う人が多いだろう。若い頃なら,ある程度リスクのある資産を保有していても,長期間の資産保有を考えれば,資産価格の変動はならされる。ところが,資産の保有期間が短い高齢者がリスクの高い金融資産を保有すると,資産価格変動の影響を大きく受ける。そういう意味では,高齢化が進むと,人々の保有資産は安全資産に偏り,リスクのある投資に対する資金が供給されにくくなる可能性がある。金融資産の選択において,リスクをとる程度が高齢者ほど低くなることを示した研究がある。その研究によれば,高齢者が金融リスクをとらなくなるのは,年齢が高くなって余命が短くなることではなくて,記憶力や数的能力などの認知能力が衰えてくるためだという。



大竹文雄 (2017). 競争社会の歩き方 中央公論新社 pp. 111-112


損が嫌い

 コインを投げて表が出たら2万円,裏が出たら何ももらえないというギャンブルか,確実に1万円もらうという選択肢があれば,多くの人は確実に1万円もらう方を選ぶ。しかし,最初に2万円もらっておいて,コインの裏が出たら2万円を返却し,表が出たら返却しなくてもよい,というギャンブルか,確実に1万円支払うという選択であれば,多くの人はコイン投げに挑戦する。2万円をもらう前から考えれば,最初の選択問題と後の選択問題は全く同じであるにもかかわらず,2万円をもらった状態が参照点になってしまうと,損失を確定することを嫌ってギャンブルしてしまうのだ。


 損を嫌うということは,危険なことをしてでも,努力して参照点にしがみつきたいという行動を私たちに起こさせる。これが行動経済学で損失回避として知られていることである。



大竹文雄 (2017). 競争社会の歩き方 中央公論新社 pp. 102


リスクテイクの個人差

 リスクをとる態度は,人によって大きく違う。非常に安全志向の人と,とてもリスクが大きなことにチャレンジする人がいるのは事実だ。事業に失敗するリスクを負って起業する人もいれば,失業のリスクが少ない公務員になる人もいる。スカイダイビングのような危険なスポーツを楽しむ人もいれば,そうでない人もいる。リスクを嫌う人は宇宙飛行士になりたいとは思わないだろう。資産のすべてを定期預金にしている人もいれば,多くを株式に投資している人もいる。こうした差には,生まれつきの性格の違いも影響しているかもしれない。



大竹文雄 (2017). 競争社会の歩き方 中央公論新社 pp. 88


リスクに対する認識

 私たちのリスクに対する認識は,そもそも「合理的」なものではない。めったに発生しないリスクを過大に認識し,ほぼ確実に発生するリスクを過小に認識するという特性があることは,行動経済学でプロスペクト理論としてよく知られている。だからこそ,滅多に当たらない上に平均的にも損をすることがわかっている「宝くじ」を買う人が多い。本人は当たると思っているという意味で,リスク(落選確率)を過小に,当選確実を過大に認識しているのである。



大竹文雄 (2017). 競争社会の歩き方 中央公論新社 pp. 85


怒りと意思決定

 感情が私たちの意思決定に与える影響についての多くの研究結果をまとめたアメリカ国立衛生研究所(NIH)のフェラーらの論文に基づいて,怒りと意思決定の関係を紹介してみよう。怒ってしまうと,私たちは,不確実なことでもより確実に生じるように感じ,周囲のことを自分で統制できるように感じるという。未知の危険や恐ろしい危険をあまり感じなくなり,その結果,リスクのあるものでも受け入れるようになるのだ。また,問題の責任が他人にあるように感じる傾向があるともいう。


 対照的なのは,恐怖の感情であり,不確実性を大きく感じ,自分で統制している感覚が減少する。そのため,リスクに対して回避的な行動をとりやすくなる。一方で,直感的な意思決定よりも論理的意思決定を用いる傾向が強くなるという。


 関連した感情として,悲しみを感じると,自分で統制できる感覚を減らすうえ,利益志向的になり短絡的視野をもつようになる。また,他人を信頼しなくなり他者との協力も減ってしまうという。



大竹文雄 (2017). 競争社会の歩き方 中央公論新社 pp. 68


public companyの意味

この議論を読んで,私が思い出したのは,アメリカ英語でpublic companyというのは上場企業,すなわち株式が公開されている株式会社のことをいうということである。よく大学生が,public companyを間違って公共企業と訳すことがある。確かに,イギリス英語では国有企業のことをいうようだが,国有企業も上場企業も,誰か特定の個人だけがもっているものではない,という点で英米の人にとってはある程度共通した認識なのだろう。しかし,日本語だと国有というのは,国という別の主体がもっているのであって,自分たちのものではない,という感じがする。



大竹文雄 (2017). 競争社会の歩き方 中央公論新社 pp. 48


勝者の呪い

 もっとも高い値段をつけた人が買っているのだから,転売しようとすれば,必ずそれより低い値段しかつかないはずだ。これが,オークションでいう「勝者の呪い」である。「勝者の呪い」というのは,オークションで落札できる人は,その品物の価値を過大に評価した人だから,必ず損をするというものだ。もちろん,オークションで手に入れた品物を転売する気がなければ「勝者の呪い」は発生しない。他人よりも高い私的価値を自分がもっていたとしても,それは自分が損をすることにならない。ところが,転売して儲けるとか,その品物を使って儲けようという場合には,損失を被るという意味で「勝者の呪い」にかかってしまう。プロ野球選手がどの球団とも選手契約できるフリーエージェントになった場合,複数の球団のなかで一番高い年俸や移籍金をオファーしたところが選手を獲得する。しかし,しばしばその選手の活躍は期待はずれということになりがちだ。



大竹文雄 (2017). 競争社会の歩き方 中央公論新社 pp. 38-39


民主主義

 こうなると,多数決原理によって運営される民主主義は,個人意識,社会意識,階層意識の微妙なバランスのうえにある。それぞれがあくことない要求をひっこめ,お互いに妥協することが肝要である。個人意識はフィクションとしての自由,平等に満足する。社会意識は,全員一致の強制にまですすまないで,多数決の線に停止する。階層意識は,少数良識派の権利をあるていどみとめさせることで安心する。民主主義の機能が完全に麻痺するのは,このようなバランスがくずれたときである。いずれにせよ,伝統思想との妥協がなければ,民主主義は幻影のままで,ついにヨーロッパに定着できなかったであろうことは,たしかである。



鯖田豊之 (1966). 肉食の思想 中央公論社 pp. 167


自己主張が原動力

 したがって,欧米諸国における個人意識のすさまじさには,ただただ,あきれはてるほかはない。「教育をうけない権利」,「予防接種を拒否する権利」,「強盗を殺す権利」など,どれをとってみても,そうである。日本では,しばしば,自由と放縦はちがうとか,自由には責任をともなうとかいわれるが,自由がはじめにでてきたのは,もともと,そんななまやさしい,きれいごとの議論からではない。あくことのない自己主張がほんとうに原動力なのである。


 考えてみれば,これだけの解放へのエネルギーが,ながいあいだ,生きるために止むをえないとはい,伝統的な階層意識や社会意識によくおさえつけられてきたものである。ヨーロッパの近代は,伝統思想の動揺しはじめたのをきっかけに,つもる恨みが一気に奔流したような感じで出発している。血なまぐさい革命さわぎが何回もおこるのは,あたりまえであろう。



鯖田豊之 (1966). 肉食の思想 中央公論社 pp. 160-161


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