I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

「数学ができない」

 高い能力のある女性が時分はどんな実行能力を発揮できるはずなのかを意識させられると,彼女たちはさらに多くのワーキングメモリーと脳の情動中枢を動員し,この情報を処理する。このような脳の情動中枢は,「女の子は数学ができない」という考えから生じる否定的な考えや不安を打ち消そうと活動し始めやすい。そして,重要なことは,数学における性差がこれらの女性たちの意識の前面にもちだされていない場合は,この同じ情動関連の脳領域がさほど活動していないという点である。通常であれば数学を解くことに専念できる知力が,代わりに不安を抑えることに向け直されると,受験者は数学問題を解くために頼れるものが少なくなり,結果的に実行能力にも影響がおよぶことになる。
シアン・バイロック 東郷えりか(訳) (2011). なぜ本番でしくじるのか:プレッシャーに強い人と弱い人 河出書房新社 pp. 130

有利な場合

 どんな場合でも,頭脳馬力や意識的な集中が多いほうがよいという考えは,新しい言語を学習するうえでも,何百回と練習してきたパットを決める際にも,当てはまらないのである。むしろ,場合によっては,ワーキングメモリーを文字どおり完全に眠らせるほうがよい場合もある。急速眼球運動睡眠(レム睡眠)は前頭前皮質の活動が減り,感覚皮質のような脳領域が活発になることが特徴となっている。最近の研究では,レム睡眠のあと,人はばらばらに思われていた情報の関連がよりよくわかるようになることが証明されている。そうなる一つの理由は,ワーキングメモリーと前頭前皮質が活発に動かなくなると,一見,明らかでないつながりが形成されるからだ。
シアン・バイロック 東郷えりか(訳) (2011). なぜ本番でしくじるのか:プレッシャーに強い人と弱い人 河出書房新社 pp. 99

ワーキングメモリの少なさの利点

 となると,新たな情報を得ること——パーティの部屋の奥で,自分のことが話題になっているのを知るようなこと——は,ときには頭脳馬力が少ないほうがうまく達成できる場合もあるのだ。もちろん,盗み聞きする能力は一般には優れた学力とは考えられていない。しかし,完全に注意を集中できないことは,教育や仕事の手配などで重要となる技能,たとえば言語を学ぶうえでは,実際に役立つものになる。ワーキングメモリーの少ない人(たとえば,注意欠陥・多動性障害,つまりADHDのように,ワーキングメモリーの欠如が大きな役割を占める障害を持つ人)は,能力を発揮する重要な場面でつねに不利になると一般には考えられている。しかし,これから述べるように,少ないほうが得である活動もあるのだ。
シアン・バイロック 東郷えりか(訳) (2011). なぜ本番でしくじるのか:プレッシャーに強い人と弱い人 河出書房新社 pp. 93

注意のコントロール

 最も難しい情報に注意を傾け,さほど重要でないデータを無視することは,ワーキングメモリーの多い人が非常に得意なことだ。多くの場合,注意力をコントロールするこの能力は有利に働く。これは前述の二番目の論理的な問題では,確かに言える。結論が前提から論理的に導かれるかどうか正しく答えるために,「イルカは歩ける」という文の信憑性を無視しなければならないような場合だ。しかし,つねにそうであるわけではない。焦点が絞られることで,問題にたいする別の解決策を察知できなくなることもありうる。この狭い焦点は,身の回りの予期しない出来事に気づく能力を損なうことすらある。
シアン・バイロック 東郷えりか(訳) (2011). なぜ本番でしくじるのか:プレッシャーに強い人と弱い人 河出書房新社 pp. 91

論理的思考

 次のような問題を例に考えてみよう。
 (1) 前提 哺乳類はすべて歩ける。犬は哺乳類である。
      結論 犬は歩ける。
 この結論は前提から論理的に導かれるだろうか?
 では,次の問題はどうだろうか?
 (2) 前提 哺乳類はすべて歩ける。イルカは哺乳類である。
      結論 イルカは歩ける。
 この結論は前提から論理的に導かれるだろうか?
 イルカは歩けない。しかし,双方の前提が正しいのであれば,答えはどちらも「はい」になるはずだ。
 このように出題されると,ほとんど誰もが最初の問題は正しいと答える。最初の問題では,前提から得られる結論が論理的であり(二つの前提からそのような結果になる),かつ信じうる(実際,犬が歩けることを私たちは知っている)からだ。ところが,二番目の問題では,うまく対処できる人とそうでない人がでてくる。なぜだろうか?二番目の問題は論理的な思考のプロセスが必要となるだけでなく,結論の信憑性に関して情報を制限することが必要となる。意思決定の過程にひそかに入ってくる情報だ。このような論理的作業をうまくこなせるかどうかを予測するものとして知られる認知能力の一つが,ワーキングメモリーなのである。
シアン・バイロック 東郷えりか(訳) (2011). なぜ本番でしくじるのか:プレッシャーに強い人と弱い人 河出書房新社 pp. 84-85

相対的年齢効果

 学校でもやはり年齢による効果はある。数の保存と呼ばれる概念を子どもが把握しているということは,手短に言えば,一つのまとまりの中にある物体の数は,その個数には無関係の変化——物体の位置をただ変えたりしても——があっても,同じであり続けるという事実を子供が理解していることで,そこにも相対的年齢効果は見られる。学年のなかで月齢が上の子供は,教室外で数の保存について学ぶ時間がより多くあるだけでなく,注意力や記憶(数を理解するうえで必要な能力)のような認知能力も年齢とともに増す。相対的に年上の子供は,教室以外の日常で学ぶものが多く,脳もより発達しているので有利であり,そのため教室で学ぶことが実際に身につくのだ。こうした年上の子供がより「賢い」とか「頭がいい」と識別されるのであれば,相対的年齢は同年齢の仲間のなかで目立つために役立つかもしれない。
シアン・バイロック 東郷えりか(訳) (2011). なぜ本番でしくじるのか:プレッシャーに強い人と弱い人 河出書房新社 pp. 67-68

資源の補充

 ワーキングメモリーを存分に活用しなければならない作業があるときには,がむしゃらに進まずに一歩離れてみることが,それをうまくやりとげるための鍵となるだろう。一歩離れることは,ストレスの多い仕事を終えたすぐあとに浮上してきた問題に取り組むときも,やはり欠かせないものとなる。困難な任務をこなす能力は,ちょうど運動すると筋肉が疲労するように,時間とともに衰える。それどころか,グルコース(脳細胞を含めた,体細胞のためのエネルギーの主要な供給源)は,難しい思考や推理作業をつづけて行っていると枯渇していく。休憩をとって資源を補充しなければ,次に何をするにせよ影響がおよぶことになるだろう。
シアン・バイロック 東郷えりか(訳) (2011). なぜ本番でしくじるのか:プレッシャーに強い人と弱い人 河出書房新社 pp. 42

非熟練者の恩恵

 ビジネスの世界以外でも,経験を積んだ人は熟練していない人の考えを聞くことによって恩恵をこうむることができる。たとえば,数学の能力の異なる二人の大学生を組ませることで,一人で考えた以上に,どちらの学生も難解な数学の問題でより高い実行能力を見せるようになる。数学に弱い学生が,数学に強い学生に教えてもらえば得するのは当然のことだが,数学に強い学生もペアを組むことで利益を得られるのは興味深い。これは,自分よりわかっていない相手に教えなければならない場合,時分でもその対象をよりよく学ぶ結果になるからだ。勉強のできない学生も,よくできる学生に問題を別の観点から,既成概念にとらわれずに考えるように促すことができる。そこから特殊な問題を新たに直感的な方法で解決するために,しばしば必要となるような創造性が生まれてくる。経験のある人でも,知識のない人の助けを借りることが,ときには重要なのである。
シアン・バイロック 東郷えりか(訳) (2011). なぜ本番でしくじるのか:プレッシャーに強い人と弱い人 河出書房新社 pp. 25-26

チョーク

 「プレッシャーのもとでチョークする[硬くなる]」という言葉はこれまで耳にしたことがあるだろう。バスケットボールの試合で勝敗を決めるフリースローがはずれたときは「ブリック」すると言うし,ゴルフ・トーナメントで優勝できるはずの簡単なパットが途中で止まれば「イップス」だと言われ,コースの成績や大学の合否がかかっている重要な試験で失敗すれば,「クラック」すると言ったりする。さらに,いざ火事になると冷静に考えられず,避難訓練のときのように建物から脱出できなければ「パニック」になるとも言う。しかし,こうした言葉は実際には何を意味するのだろうか?
シアン・バイロック 東郷えりか(訳) (2011). なぜ本番でしくじるのか:プレッシャーに強い人と弱い人 河出書房新社 pp. 11-12

権力の獲得

 分裂病については暗黒の面ばかりではない。しかし,暗黒面を無視するのは,創造性や業績を無視するのと同様に非現実的で不適切である。分裂病患者,分裂病の遺伝情報を一部もった人は暴力的であったり,サイコパスであったり,犯罪を犯すこともあり得る。これらの資質はより優れた知性によって抑制,コントロールすることができれば,地位や認知,金銭を巡る争いにおいては計り知れない価値を持つ。これは特に,「ならず者」を除外できない社会,真の民主主義が実践されていない社会において真実である。そのためごく最近まですべての社会で,いや,今日でも民主的とされる多くの社会において,これらの特質を持つ節操のない人々が他人をさしおいて権力を獲得し,維持する機会を得ている。
デイヴィッド・ホロビン 金沢泰子(訳) (2002). 天才と分裂病の進化論 新潮社 pp. 253

マラリア治療法

 実験は繰り返しおこなわれ,多くの疾患が治癒した。もっとも,ワグナー・ヤウレックはこの治療効果のメカニズムを理解することはなかった。それが完全に解明されたのはずっと後のことで,梅毒スピロヘータが培養できるようになってからだ。梅毒スピロヘータ(梅毒トレポネーマ)はきわめて温度に敏感な少数のバクテリアの一つである。わずかな温度上昇で死滅する。マラリア発作における数度の体温上昇で患者が死ぬことはないが,それはスピロヘータを殺すには十分である。患者はマラリアに罹ったままだが,より深刻な病気は治癒する。マラリアの発作は標準的抗マラリア療法でコントロールが可能である。
デイヴィッド・ホロビン 金沢泰子(訳) (2002). 天才と分裂病の進化論 新潮社 pp. 191

精神科医のノーベル賞

 精神科医でただ一人ノーベル賞を受賞した人物がいる。1927年のことである。私はいつも若い精神科医たちにこう聞くことにしている。ノーベル賞を受賞した精神科医はだれか。受賞理由は何か。40歳以下の精神科医でこれについて正確に答えられたものはまだいない。
 それはオーストリアのユリウス・ワグナー・ヤウレックで,受賞理由はマラリアによる精神疾患治療を確立したことである。そう聞くと,若い精神科医たちはびっくりして,「なんて原始的なんだ」などとつぶやく。アメリカでは1950年代までマラリア療法がおこなわれていたと言っても,彼らはたいてい私の言うことを信じない。
デイヴィッド・ホロビン 金沢泰子(訳) (2002). 天才と分裂病の進化論 新潮社 pp. 189-190

分裂病の遺伝

 双生児研究から得られたもっとも衝撃的な事実は,一卵性双生児の一方が分裂病だからといって,もう一人も分裂病であるとはかぎらないということである。二人がともに分裂病である一卵性双生児は40パーセントから50パーセントである(一致)。50パーセントから60パーセントは一人だけが分裂病である(不一致)。
 これは,遺伝子が人格,精神の健康度,精神病を総合的に決定する決定因子ではないという動かしがたい証拠である。遺伝子がそれを決定する唯一のものだとすれば,一致はほぼ100パーセントのはずだ。遺伝子をすべて共有している一卵性双生児の場合でさえ,一致するのは50パーセントに過ぎない。これは分裂病の遺伝的危険率が高い人の発症については,環境が大きく影響することを示している。
デイヴィッド・ホロビン 金沢泰子(訳) (2002). 天才と分裂病の進化論 新潮社 pp. 172-173

分裂病の遺伝子

 従って,遅くとも約六万年前までに,一番早くて十五万年前に,すべての人種が分裂病の遺伝子を獲得したということになる。これは人類史上もっとも重要な出来事の一つであろう。大きな脳をもち,善良だが想像力にかける先行人類から,創造的だが落ち着きのない,われわれ現生人類への転換点であったのだろう。これが本当の人類創生物語なのだろうか?
デイヴィッド・ホロビン 金沢泰子(訳) (2002). 天才と分裂病の進化論 新潮社 pp. 155

相関と因果関係

 しかし,相関があるからといってそれが因果関係を示すことにはならない。たしかに相関は,ある事象がもう一つの誘因であることを意味する場合もある。しかし,両者が第三の要因によってひきおこされ,相関がみられることもあるのだ。たとえば次のような例がある。第二次大戦後,自動車と洗濯機の所有が劇的に増加した。それらを一年ごとに座標で位置を定め比較すると,自動車と洗濯機の購入とのあいだに密接な関係があることはあきらかだった。だからといって,自動車の購入が洗濯機の購入の誘因だということにはならない。両者には相関がみられるが,それは一方が他方をひきおこしたということではない。両者の数字は一般的な購買数の増加の指標なのである。相関はつねに注意深く正当に解釈されるとはかぎらない。
デイヴィッド・ホロビン 金沢泰子(訳) (2002). 天才と分裂病の進化論 新潮社 pp. 119

脳内の伝達

 どうやら脳内のできごとを単純化しすぎてしまったようだ。本来,その複雑さは私の拙い描写など及びもつかないほどで,脳をコンピュータにたとえられないのはそのためだ。コンピュータでは,各々の段階で電気インパルスは通過するかしないかのどちらかで,中間の状態がない。介入する手順,代替の手順が増えるほど,ものごとは複雑かつ微妙になる。しかし神経系においては,各々の段階は「よし,通せ」あるいは「だめだ,止めろ」というような単純なものではない。十万段階もの「かもしれない」というレベルがあるのだ。各々の神経細胞間の交信についてその流動性を考慮に入れ,さらに一千億の交信するニューロンを加えて考えてみよう。人間の脳は宇宙のなかで最も複雑な構造をもっていると言っても過言ではないことが理解できるだろう。
デイヴィッド・ホロビン 金沢泰子(訳) (2002). 天才と分裂病の進化論 新潮社 pp. 111-112

脳とコンピュータ

 このような違いにもかかわらず,脳とコンピュータには基本的な共通点もある。電気を通す伝導路と効果的な絶縁が必要なのである。特別に要求されたとき以外は伝導路間の交信をとめるためである。ここでリン脂質が登場する。リン脂質はほぼ完璧な絶縁体となり得る。決して簡単には開かず,電気インパルスと特定の化学物質のみを通す。神経細胞の細い突起部では,リン脂質という絶縁体のチューブが,電気を通す液体の溶解物質の柱をおおっている。多発性硬化症においてはこの絶縁の喪失が問題の一つである。隣り合った神経細胞間で不適切な交信がおき,脳の一部が機能不全をおこすのである。
デイヴィッド・ホロビン 金沢泰子(訳) (2002). 天才と分裂病の進化論 新潮社 pp. 106

脂肪

 脂肪が重要な役割を果たす驚異の器官が脳である。脳は何からできているのかと聞かれて,ほとんど水であると答えられる者も少しはいるだろう。たしかにそれは正しい。しかし,水以外の成分で最も重いものをあげろと言われて,脂肪と答えられる人はほとんどいないだろう。脂肪なのである。脳の水以外の成分,その60パーセントが脂肪である。人間の脳は脂肪で満ちている。それが人とチンパンジーの違いなのである。
デイヴィッド・ホロビン 金沢泰子(訳) (2002). 天才と分裂病の進化論 新潮社 pp. 88

変異と環境

 進化における変化は,選択されるべき有利な突然変異がなくてはおこり得ない。変化に必要なものは二つある。環境条件の変化と,あらたな環境条件によって選ばれ得る変異型の存在である。前にのべた定期的な飢饉の例では,初期人類の変化は環境に由来するものだった。しかし,それだけでは新変異型,新しい種への進化のための十分条件とはいえない。環境因子は,その時点ですでに存在している遺伝子への反応,変異型すなわち突然変異と適合しなければならない。この潜在する突然変異は,それまでの環境のもとでは害も益もないが,環境がかわると急に重要で有益なものとなる。当初はほとんど価値のない突然変異も,はからずも,将来の環境変化にたいする備えとなることがある。
デイヴィッド・ホロビン 金沢泰子(訳) (2002). 天才と分裂病の進化論 新潮社 pp. 66

適者とは

 進化においては,生き残り,十分な数の子孫を残すものが競争に勝つ。「最も適した」ものが生き残る,「適者生存」である。それは最も頭のよいものでも,最も速く走ることができるものでも,最も狩に長けたものでもない。それらは価値ある特技ではあるが,「適者」とは,最も効率的に繁殖し,最も多く生きた子孫を残すものである。環境が安定している時には種や生態も安定し,繁殖は成功裏につづく。しかし,環境が変化すると,それまで成功していた生体の特性がうまく機能しなくなり,繁殖の成功は難しくなる。やがて個体とそれが属しているグループは絶滅してしまう。
デイヴィッド・ホロビン 金沢泰子(訳) (2002). 天才と分裂病の進化論 新潮社 pp. 64

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