I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

ダムマネー

 シリコンバレーの新たな投資家の中には,ハリウッドセレブやポップスターなど,ウォール街が「愚かな投資家(ダムマネー)」と呼ぶ人々も含まれている。だがある意味,誰も彼もがダムマネーだ。何がものになり,どの企業が成功するかなど,誰にもわからないのだから。投資家の中には,お金をただ至るところにまき散らしている人もいる。これは,「ばらまいて祈る(スプレー&プレー)」と呼ばれるやり方だ。1発が運よく次のフェイスブックに当たって,残りの不発弾を補ってあまりある利益をもたらしてくれることを祈ろう,ってわけだ。ベンチャー投資家にとって最大の利益は,悪い馬に賭けることじゃない。よい馬に賭けるチャンスを逃すことなのだ。
 起業家の多くも,投資家に負けないくらい未熟で経験不足だ。どんな商品やサービスをつくるつもりか自分でもわからぬまま,資金を調達する者もいる。多くは会社経営の経験がなく,働いた経験すらない者もいる。おまけに,こうしたスタートアップ企業の創業者には,どこかいかがわしい人物も多い。かつてIT産業を動かしていたのは,エンジニアとMBA(経営学修士号)取得者だったが,今業界に息づいているのは,道徳心の薄いやり手の若者たちだ。
ダン・ライオンズ 長澤あかね(訳) (2017). スタートアップ・バブル:愚かな投資家と幼稚な起業家 講談社 pp. 50

資金調達可能

 今や誰もが次のフェイスブックを見つけようとして,ITをめぐる新たな狂乱が生まれつつある。毎週末を過ごす東海岸では,「サンフランシスコのベイエリアあたりは,ちょっぴち浮ついてきてるな」という漠然とした感覚しか持てないが,サンフランシスコに戻ると,その感覚は揺るぎないものとなる至るところにお金が転がっているのだ。
 中途半端なアイデアしかないパーカー姿の大学中退者でも,投資資金を調達できる。スクーターのレンタル,グリルドチーズサンドイッチ,毎月会員に犬のグッズを適当に送る会社……どこもかしこも資金を集めている。
ダン・ライオンズ 長澤あかね(訳) (2017). スタートアップ・バブル:愚かな投資家と幼稚な起業家 講談社 pp. 45

幼稚園そっくり

 それにしてもこのオフィスは,うちの子たちが通っていたモンテッソーリ教育の幼稚園に驚くほどよく似ている。明るい原色がふんだんに使われ,たくさんのおもちゃがあって,お昼寝部屋にはハンモックが吊るされ,壁には心安らぐヤシの木が描かれている。オフィスを遊び場のようにするトレンドはグーグルが最初だが,今では感染症のようにIT業界に広がっている。ただ仕事をするだけじゃダメ,仕事は楽しくなくちゃ!
ダン・ライオンズ 長澤あかね(訳) (2017). スタートアップ・バブル:愚かな投資家と幼稚な起業家 講談社 pp. 20

拡散能力

 ホモ・サピエンスは,かつての人類が到達できなかったありとあらゆる場所へあっというまに広がった。ユーラシア大陸を東端まで歩き通すのは,原人も,おそらく旧人も果たしたことだが,ホモ・サピエンスはそこから先が違った。航海術を得た集団は,インドネシアの島々や,ニューギニアやオーストラリアに至った。寒い地域でも生き延びられる技術を得た集団は,シベリア奥部にも進出して,やがてベーリング海の陸橋を渡り,アメリカ大陸へ拡散した。
 ホモ・サピエンスの均質さは,地球を股にかけることができる能力の裏返しだ。長い時間をかけて身体を大幅に変えるのではなく,洗練された石器を使い,海洋には船を,寒冷地には毛皮の服をといったふうに,時と場合によって適した技術を創造しては乗り越えていった。
川端裕人(著) 海部陽介(監修) (2017). 我々はなぜ我々だけなのか:アジアから消えた多様な「人類」たち 講談社 pp. 257

位置を奪う

 移入種が在来種を駆逐するとき,直接バトルするというよりは,生態系の中での位置(ニッチ)を奪うかたちで入れ替わる。


 ただ,人間(ホモ・サピエンス)は歴史に残っているかぎり,たくさん戦争をしてきたので,そのイメージをさらに過去に投影すると「戦って絶滅させた」と思いがちなのかもしれない。また,先史時代に絶滅したマンモスなどの大型哺乳類が,人間に狩りつくされたというイメージも大きいだろう。なにか,「血塗られた祖先像」みたいなものが流布しやすい傾向があるように思う。結局,直接証拠もないまま,そんなに血なまぐさいことを現段階で考える必要はないのかもしれない。



川端裕人(著) 海部陽介(監修) (2017). 我々はなぜ我々だけなのか:アジアから消えた多様な「人類」たち 講談社 pp. 251-252


進化

 これらのうち脳の増大や,額が幅広くなることは,現代人と共通する進化の方向性だ。つまりホモ属の人類が共通して進んできた道を,部分的ながら,やはりジャワ原人もたどっていたことがはっきりした。ほかにも見どころはいろいろあるのだけれど,とりあえず,人類進化における最大の関心事,脳容量や咀嚼器官が,鮮やかに「進化」していたというのは象徴的だ。



川端裕人(著) 海部陽介(監修) (2017). 我々はなぜ我々だけなのか:アジアから消えた多様な「人類」たち 講談社 pp. 124


化石の旅

 なお,ケーニッヒスワルトと彼の標本をめぐっては,日本と関係する逸話がある。


 第二次世界大戦中の日本のジャワ島占領下で,彼は32ヵ月にわたって日本軍の収容所で,不自由な生活を強いられた。彼はそうなる前に化石を巧妙に隠したのだが,ガンドンから出た比較的年代の新しいジャワ原人の頭骨化石1点のみは,日本軍の手に渡ってしまい,天皇陛下への贈り物として日本へ送られた。


 戦後,その化石は未開封の状態で日本に置かれていたものをGHQに接収され,長い旅路をたどってアメリカにいたケーニッヒスワルトの手に戻った。さらに,彼の移動とともにオランダへ移されたあとで,インドネシアに返還された。ガンドンの標本は結局,地球をぐるりと一周してジャワ島に戻ってきたのである。



川端裕人(著) 海部陽介(監修) (2017). 我々はなぜ我々だけなのか:アジアから消えた多様な「人類」たち 講談社 pp. 69-70


ホミニド・ホミニン・ホモ

 まず大きな括りとして,ホミニド(hominid)がある。今の定義では,ここには大型類人猿(現在のものはチンパンジー,ボノボ,ゴリラ,オランウータン)やすべての人類が含まれる。大型類人猿と人類の共通祖先から進化したすべての子孫がホミニドだ。


 そして,ホミニン(hominin)。ホミニドよりも範囲が狭く,日本でいわれる「初期の猿人」「猿人」「原人」「旧人」「新人」を含めた「広義のぼくたち」みたいな括りになる。つまり,「初期の猿人」以降のすべての人類を指す。「700万年の人類の歴史」は,ホミニンの歴史だ。


 そのあとの「原人」「旧人」「新人」は,すべてホモ属(Homo)の一言に集約することができるから,一見,シンプルだ。最初期の原人であるホモ・ハビリス以降,そこから分岐した人類はすべてホモ属(Homo)だ。



川端裕人(著) 海部陽介(監修) (2017). 我々はなぜ我々だけなのか:アジアから消えた多様な「人類」たち 講談社 pp. 45-47


海外の名称

 ここまで,人類進化を,「初期の猿人」「猿人」「原人」「旧人」「新人」という5段階の呼び名を使って説明してきた。けれど,今の国際的な人類学では,猿人や,原人といった日本語に相当する言葉は使われない。むしろ,種,属,といった単位,あるいは系統関係を直接,参照するのが普通になっているのだ。



川端裕人(著) 海部陽介(監修) (2017). 我々はなぜ我々だけなのか:アジアから消えた多様な「人類」たち 講談社 pp. 44


アフリカ起源

 「今の説では,世界中のすべての現代人は,30~10万年前のアフリカに起源があるということになります。現代人の共通祖先です。形態学的な研究や,遺伝人類学的な研究を中心に,ほかのさまざまな証拠が積み重なって,この見解が支持されています。アフリカの旧人から進化して,その後しばらくしてからアフリカを出て全世界に散らばっていって,各地の現代人集団が成立したわけです」


 これをホモ・サピエンスの「アフリカ単一起源説」という。



川端裕人(著) 海部陽介(監修) (2017). 我々はなぜ我々だけなのか:アジアから消えた多様な「人類」たち 講談社 pp. 37


猿人・原人・旧人・新人

 猿人は,アフリカに留まった。それもアフリカの東側が中心だ。


 原人は,アフリカのほぼ全域に広がるとともに,出アフリカを果たした。当時,まさに「人類未踏」の地だったユーラシア大陸を歩き,遠くアジアまでやってきたパイオニアだ。ただし,分布はユーラシア大陸の南半分に限られていた。そのなかでほぼ最北端にあたるのが,北京原人の居住地だ。


 旧人は,ヨーロッパやアジアでの分布を,原人のときよりもいくらか北側に広げた。しかし,寒冷なシベリアの中心部にまでは踏み込めなかったようだ。


 そして,いよいよ新人(ホモ・サピエンス)がアフリカを出ると,シベリアを含むユーラシア大陸の全土に広がる。さらに南北アメリカ大陸,太平洋の島々にまで進出していくさまは,地図の上で見るだけでもダイナミックで,壮大なドラマを感じさせる。



川端裕人(著) 海部陽介(監修) (2017). 我々はなぜ我々だけなのか:アジアから消えた多様な「人類」たち 講談社 pp. 40-41


出アフリカ

 最初の原人,ホモ・ハビリスがアフリカにとどまっていたのに対して,ユーラシア大陸に飛び出した,つまり出アフリカを果たした原人がいる。


 ホモ・エレクトスだ。


 アフリカで化石が確認されているだけでなく,遠くユーラシア大陸を旅して,東アジアの北京原人や,東南アジア島嶼部のジャワ原人に至るまで,広域に分布した。百数十万年にわたって存続した息の長い人類でもある。



川端裕人(著) 海部陽介(監修) (2017). 我々はなぜ我々だけなのか:アジアから消えた多様な「人類」たち 講談社 pp. 32


多様さ

 これは,現生人類の中での多様性,たとえば,アジア人だとか,ヨーロッパ人だとか,アフリカ人だとかいうのとは次元が違っている。今生きているぼくたちは,DNAの上ではかなり均質で,生物学的には一つの種だ。しかし,少し前の地球では,複数の別種の人類が共存していて,むしろ,それが当たり前だった。多様な人類,と言うとき,現在からイメージするのとは桁違いの目もくらむような「多様さ」だったと思われるのである。



川端裕人(著) 海部陽介(監修) (2017). 我々はなぜ我々だけなのか:アジアから消えた多様な「人類」たち 講談社 pp. 18-19


多様さ

 これは,現生人類の中での多様性,たとえば,アジア人だとか,ヨーロッパ人だとか,アフリカ人だとかいうのとは次元が違っている。今生きているぼくたちは,DNAの上ではかなり均質で,生物学的には一つの種だ。しかし,少し前の地球では,複数の別種の人類が共存していて,むしろ,それが当たり前だった。多様な人類,と言うとき,現在からイメージするのとは桁違いの目もくらむような「多様さ」だったと思われるのである。



川端裕人(著) 海部陽介(監修) (2017). 我々はなぜ我々だけなのか:アジアから消えた多様な「人類」たち 講談社 pp. 18-19


自分か他人を欺く

 結局のところ,私であれ,ほかの誰であれ,あるサイキックを指さして,意図的に相談者を騙していると言うことはできない。本当に他人の心が読めるのでなければ,そんなことは不可能だ。私に言えるのは,サイキック能力などというものが存在しないとすれば,自分はサイキックだと主張する者はみな,自分自身を欺いているか,他人を欺いているかのどちらかでしかない,ということだ。
イアン・ローランド 福岡洋一(訳) (2011). コールド・リーディング:人の心を一瞬でつかむ技術 楽工社 pp. 381

自分で信じるようになる

 人によっては,自分でも気づかないうちに優秀なコールド・リーダーになっていることも十分あり得る。友だちに対して遊びでリーディングをするようになると,少なくともいくつか,非常に好意的な反応が返ってくるはずだ。それを長く続けているうちに,まわりの人が意味のあることだと思うような内容を話すコツがわかってくる。まもなく,周囲から好意的な反応が得られることで,自分にはサイキックの才能があると確信するようになる。
イアン・ローランド 福岡洋一(訳) (2011). コールド・リーディング:人の心を一瞬でつかむ技術 楽工社 pp. 380-381

ホット・リーディング

 コールド・リーディングは,何の予備知識もなく,まったく知らない相手にリーディングを提供するテクニックに関わるものだ。これに対し,「ホット・リーディング」あるいは「ウォーム・リーディング」というのは,リーディングの前に相談者に関する情報を密かに集めることを指す業界用語だ。私はこの分野を調べてみて,相手に覚られずに前もっていかに多くの情報を集められるかを知って本当に驚いた。マジシャン,詐欺師,探偵など,偵察行動に関わる商売をしているものはみな,密かに個人情報を集める優れた方法をいくつも開発している。
イアン・ローランド 福岡洋一(訳) (2011). コールド・リーディング:人の心を一瞬でつかむ技術 楽工社 pp. 375

どうしようもないほどひどい

 何かを回想するとき,四つの種類の汚染が起こることによって,正確さが損なわれることが多い。一般的に言って,
・人は物事を正確に観察するのが得意でない。
・うまく観察したわずかばかりのことも,正確に記憶するのが得意でない。
・うまく記憶したわずかばかりのことも,他人に正確に説明するのが得意でない。
・うまく説明できるわずかばかりのことも,大幅に単純化する傾向がある。
 これを疑うなら,こうした分野で実際に行われた学問的研究をひもといてみればいい。このような研究はいくつもあって,どれも同じことを指摘している。つまり,人間の心には素晴らしいところもたくさんあるが,過去の経験を正確に説明する能力はどうしようもないほどひどい,ということだ。
イアン・ローランド 福岡洋一(訳) (2011). コールド・リーディング:人の心を一瞬でつかむ技術 楽工社 pp. 259

ダイアローグへ

 要約すると,サイキックはリーディングを,モノローグ(独り言)ではなくダイアローグ(対話)にしようと努める。彼らは相談者にフィードバックを促すさまざまな方法を知っていて,巧みに利用する。これはコールド・リーディングの重要な側面だが,相談者はたいていの場合それに気づかない。多くの相談者は,サイキック能力によってさまざまなことが解き明かされ,数々の驚くべき言明を自分はただ聞いていたのだと信じて,リーディングの場を後にする。実際には自分がさまざまな情報をフィードバックしていたことに,まるで気づくこともなく。
イアン・ローランド 福岡洋一(訳) (2011). コールド・リーディング:人の心を一瞬でつかむ技術 楽工社 pp. 219

対話になるように

 理屈の上では,サイキックがずっとしゃべって相談者はただ聞いているというサイキック・リーディングもあり得る。コールド・リーディングはこういう状況でも機能するし,実際,郵便でやり取りするリーディングではほかに方法がない。しかし,コールド・リーディングが最もうまくいくのは,相談者が大いに反応し,たくさんの情報をフィードバックしてくれる場合だ。このためサイキックは,リーディングが相互の対話になるよう,できる限りのことをしている。
イアン・ローランド 福岡洋一(訳) (2011). コールド・リーディング:人の心を一瞬でつかむ技術 楽工社 pp. 209-210

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