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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「医療・医学・薬学」の記事一覧

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ボツリヌス

 ボツリヌスの語源は「ソーセージ」を意味するラテン語の「ボツラス(botulus)」である。アメリカ合衆国では,肉製品,魚の保存食,家庭で缶詰にした食品などの摂取によるボツリヌス中毒が散発的に発生する(へこみのあるキャンベルのスープ缶にはボツリヌス菌が入っている,と昔は皆が信じていたことをアメリカ人なら覚えているだろうか。実際はそんな可能性は極めて低いのだが,おそらく親や祖父母が幼かった頃の知恵の名残だろう。1930年代のボツリヌス大流行によるパニックで,アメリカの缶詰産業は壊滅的打撃を受けたのである)。ボツリヌス菌接種後の潜伏期間は18〜36時間。米国疾病管理センター(CDC)の統計によると,アメリカでは平均して年間約110例のボツリヌス中毒が報告される。そのうち食物経由のものは約25%であり,残りの大部分に当たる72%は,土,ホコリ,時にはハチミツに含まれるボツリヌス菌が乳幼児の体内に入ることによって起こる乳児ボツリヌス症だ。年長の子どもや大人の場合,消化器官が発達していて菌が病気を引き起こす前に体外に排出できるので,通常こうした菌は無害である。2003年にはアメリカ国内で86例の乳児ボツリヌス症が報告されたが,いずれも死に至ることはなかった。
 それ以外の症例は創傷ボツリヌス症であり,多くはヘロイン中毒者によるドラッグの静脈注射で引き起こされる。近年で最悪の症例は2003年に発生したケースで,ワシントン州でブラックタールと呼ばれる成成ヘロインを駐車した十数名が感染し,1人が死亡した。
 ボツリヌス中毒で死ぬときは拷問にも等しい極度の苦痛を伴う。ボツリヌス毒素は筋肉の収縮をコントロールする神経伝達物質アセチルコリンの受容体部位をブロックする。そのため筋肉が麻痺して体のコントロールが利かなくなる。普段は常に収縮していることによって便を抑えている腸管が緩んで下痢をする。自律神経が失調する。脳神経から麻痺が徐々に下へ広がり,肺が機能停止する。息ができなくなり,手の施しようもないまま窒息死する。あるいは息ができなくなり,死への恐怖でパニックに陥って心臓発作を起こして死ぬ。

アレックス・クチンスキー 草鹿佐恵子(訳) (2008). ビューティー・ジャンキー:美と若さを求めて暴走する整形中毒者たち バジリコ pp.59-60
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本物なら

 ボトックス治療では,医師は希釈したボトックス薬剤を患者の顔の筋肉に注射する。その後数日間かけて,顔にしわを作る小さな筋肉をボツリヌス毒素が麻痺させる。そして新たなしわを防止するだけではなく,前からできている,いわゆる「動的」なしわをも消してしまう。皮膚の感覚が失われることはなく,手触りも変わらない。ボツリヌス中毒——呼吸不全を起こし,進行すると死に至る病気——になる危険もない。ボトックスはボツリヌス毒素を極度に希釈しているからだ。本物のボトックスなら,ということだが。

アレックス・クチンスキー 草鹿佐恵子(訳) (2008). ビューティー・ジャンキー:美と若さを求めて暴走する整形中毒者たち バジリコ pp.54-55

ボトックス

 ボトックスはいまや,テレビのパーソナリティ,ランチを楽しむ女性,裕福な専門家,年を取ることを拒む俳優などの話題の中心に躍り出た。FDAが眉間のしわを麻痺させる用途でボトックス使用を認可したのは2001年だ。しかしその前から,宣伝などしていないにもかかわらず,ボトックスはアメリカ国内で最も人気の高い美容整形術になっていた。業界アナリストによれば,2000年にボトックス注射を受けた人は100万人以上に上る。2004年の時点ではそれが800万人ほどになっていた。2004年のボトックスの売上高は6億5000万ドル。ボトックスを製造する製薬会社アラガンは,2005年の同社のボトックス売上は8億4000万ドルに上ると予測している。

アレックス・クチンスキー 草鹿佐恵子(訳) (2008). ビューティー・ジャンキー:美と若さを求めて暴走する整形中毒者たち バジリコ pp.52-53

賢いから?

 かかりつけの医師の待合室で,抗生物質治療を完治しないうちに止めることの危険性を警告するパンフレットを読んで,私は少し苛立っていた。この警告にどこも悪いところはないが,私の気に障ったのは,そこに示されている理由だった。パンフレットは,細菌は「賢く」,抗生物質への対処を「学習する」のだと説明していた。おそらくこれを書いた人は,抗生物質耐性という現象は,自然淘汰ではなく学習と呼んだほうがわかりやすくなると考えたのであろう。しかし,細菌が賢いだとか,学習するなどというのは,まぎれもなく混乱を生むもので,なによりも,完治するまで抗生物質を飲み続けるようにという指示を患者が理解するうえでなんの助けにもならない。細菌が賢いという表現が説得力をもたないことはどんな愚か者にもわかる。たとえかりに賢い細菌がいたとしても,時期尚早に治療を止めることがなぜ,賢い細菌の学習能力に違いを生じるのか?しかし,自然淘汰という観点から考え始めたとたん,それは完璧に理に適ったものとなる。

リチャード・ドーキンス 垂水雄二(訳) (2009). 進化の存在証明 早川書房 pp.215

癌細胞の増殖スピード

 がん細胞の分裂・増殖スピードは,最初は速い。0.6ヵ月から2ヵ月ごとに細胞分裂を繰り返して,急速に増えていく。その時期(最初期)が,1年から4年くらい続く。その間に細胞分裂を23回行って,細胞数も1千万個になる。そのころの胃がんは直径0.2センチで,肉眼で見えるかどうかである。その後,細胞分裂のスピードは遅くなり,2年から3年かけて細胞分裂を繰り返していく。その時期(初期)が14年から21年続いて,30回目の細胞分裂を迎える。この時,がん細胞は10億個(直径1センチ,重量1グラム)に達し,胃がん検診で早期発見可能なレベルとなる。たった1個のがん細胞が分裂・増殖を繰り返して発見可能なレベルになるまで,何と20年前後が経っているのである。そこから細胞分裂のスピードは速くなり,2ヵ月から10ヵ月ごとに細胞分裂を繰り返すのだが,もう余裕はない。あと10回,細胞分裂を繰り返すと,細胞数は1兆個(直径10センチ,重要1キロ)となり,人はがんで死ぬ。

辻 一郎 (2010). 病気になりやすい「性格」:5万人調査からの報告 朝日新聞出版 pp.141-142

ネットワークに注目する対策

 ネットワークを理解すれば,自明とは言えない別の革新的な戦略にも到達できる。ある集団における伝染病の拡大を防ぐため,やみくもに予防接種を実施すれば,ふつうはメンバーの80〜100%を対象とする必要がある。はしかの蔓延を防ぐには,全体の95%に予防接種をしなければならない。より効率的な方法は,ネットワークのハブ,つまりネットワークの中心にいる人や,交際相手の最も多い人をターゲットにすることだ。とはいえ,最善の予防接種法を見つけ出そうというときに,ネットワーク上の人びとの絆を事前に見きわめるのは難しい。だが,それに代わる画期的な方法がある。誰かを適当に選び,その一の知り合いに予防接種をするのだ。この戦略を使えば,ネットワーク全体の構造がわからなくても,ネットワークの特性を利用できるのである。適当に選ばれて知り合いを挙げた場合とくらべると,知り合いに挙げられた人のほうが多くのつながりをもち,ネットワークの中心に近いところにいる。多くのつながりを持つ人は,つながりの少ない人よりも,知り合いに挙げられる可能性が高いからだ。
 実際,この方法で選んだ約30%の人に予防接種をすれば,適当に選んだ99%の人に予防接種をする場合と同じレベルの予防効果があるのだ!同じようなアイデアは,逆の問題にも応用できる。つまり,新しい行動や新しい病原菌(あるいは生物テロ攻撃)を監視する最善の方法は何かという問題だ。人びとをやみくもに観察するのがいいだろうか,それともネットワーク上の位置に応じてターゲットを選ぶのがいいだろうか。ネットワーク・サイエンスが与えてくれる情報をもとに監視対象を選択すれば,700倍も効率がいい場合がある。

ニコラス・A・クリスタキス,ジェイムズ・H・ファウラー 鬼澤忍(訳) (2010). つながり:社会的ネットワークの驚くべき力 講談社 pp.167-168
(Christakis, N. A. & Fowler, J. H. (2009). Connected: The Surprising Power of Our Social Networks and How They Shape Our Lives. New York: Little, Brown and Company.)

麻酔薬

 麻酔による天才のなんとはかないことか。ガーニーは前にも同じ体験をしていた。だからもう一度できるのではないかと思った ——自分の体質を考えれば。彼はときおり激しい神経痛に悩まされていた。鋭い痛みがずきずきと顔面の神経を走るのである。鎮痛のためにクロロホルムを,とくにひどいときはアヘンチンキを,すなわちアヘンとアルコールを混ぜた薬を用いるようになっていた。
 それはなんら隠すべきことがらではなかった。自己投薬は当時の流行だった。医者に処方された薬を,教養人や金持ちがみずから投薬するのである。ウィリアム・ジェイムズも神経痛の治療にクロロホルムを用いており,笑気ガスの吸入にともなう束の間の高揚感について論文を発表したこともある。フレデリック・マイヤーズとリチャード・ホジソンは大麻を試したことがあったが,マイヤーズは眠り込んでしまっただけで,ホジソンはめまいがして,手に負えなくなるのが気に入らなかった。「ぼくの身体は大麻を吸うようにはできていない」
 アヘンチンキは痛みやストレス,憂鬱,月経痛などに広く処方されていた。ヨーロッパの医療研究者はコカインを治療薬として試していた。1884年には,若いオーストリア人精神科医のジークムント・フロイトが,『コカについて』という研究論文を発表して高く評価されていたが,その一部は,彼自身がコカインを興奮剤・抗鬱剤として用いた経験に基づいていた。
 麻酔薬による悟りは,ジェイムズが残念そうに書くように,結局いつもただの錯覚だった——たとえ覚えていたとしても。ジェイムズは一度,笑気ガスの影響下で考えたことを逐一メモしてみた。翌朝見てみると,何ページにもわたって,神,昼,夜,祈りといった単語だけが,くり返し殴り書きしてあった。「正気の読者には意味のないたわごとだが,書いている瞬間は,無限の合理性の炎の中で融合しているのだ」

デボラ・ブラム 鈴木 恵(訳) (2010). 幽霊を捕まえようとした科学者たち 文藝春秋 pp.167-168

カロリーだけではダメ

 食物の物理的状態が重要なのは,食べるものの本当のカロリー値がわからないせいで,食物とその加工技術が肥満増加につながるような方向に変わりつつあるからだ。スーパーマーケットに行けばわかるが,小麦粉はますます微粒になり,あらゆる食品が柔らかくなり,カロリー濃度が増している。固いパンは<トゥインキー>(訳注——クリームの入ったスポンジケーキ)に,リンゴはリンゴジュースに取って代わられた。消費者は現在の食品表示ラベルシステムによって,加工方法に関係なく,同じ重さの栄養素から同じカロリーが得られると信じこまされている。ヘビが挽肉からより多くのエネルギーを得,ラットが柔らかくしたペレットを食べて太るのであれば,ヒトが同じような食物を選んで別の結果を得るとは考えにくい。食物の固さが健康に与える影響を調べた研究はこれまでたったひとつしかない。それによると,より柔らかい食物を食べる日本女性は,腰まわりがより太かった。腰まわりの太さは死亡率の高さに関連している。これは予備調査だった。結果に一貫性があることを証明するのには時間がかかるが,意味するところは明らかだ。すなわち,私たちは消化されやすいものを食べることによって太る。知っておかなければならないのは,カロリーだけではない。

リチャード・ランガム 依田卓巳(訳) (2010). 火の賜物:ヒトは料理で進化した NTT出版 pp.203-204

時間の節約

 1日に6時間咀嚼するチンパンジーの母親は,1日に1800カロリーを消費する。つまり,咀嚼1時間ごとに約300カロリーを消化吸収しているということだ。チンパンジーに比べると,ヒトは食物を噛まずに飲み込むのに近い。多くの成人は1日に2000から2500カロリーを摂取するが,1日にわずか1時間ほどしか噛んでいないことから考えると,カロリー摂取率は時間あたり平均2000から2500以上,すなわちチンパンジーの6倍以上だ。ハンバーガーやキャンディバー,祭日のごちそうといった高カロリーの食物をとれば,当然ながらこの率はさらに高くなる。ヒトは明らかに,ほかの霊長類よりはるかに密度の濃いカロリー消費をおこなってきた。料理のおかげで1日約4時間の咀嚼時間を節約することができるのだ。

リチャード・ランガム 依田卓巳(訳) (2010). 火の賜物:ヒトは料理で進化した NTT出版 pp.140-141

全体論的健康法

 自分の健康に自分が責任を持つべきであるという全体論的健康法の主張は,いろいろに解釈できる面を持っており,その結果,良い面ばかりでなく悪い面もでてくる。すでに述べたように,この主張は,自分の健康を医者よりも患者自身がもっと健康に配慮した生活をし,医療サービスに対するより賢い「消費者」になるよう促すものであると言えるだろう。一方,個人個人が自分の健康に責任を持つべきであるという全体論の主張は,健全なる精神を持っていれば健康は増進されるはずだという信念を意味することもある。しかしながら,こうした信念の悪い面は,健全なる精神を持っていれば病気になるはずはないのであるから,必然的に,病気になるのはそうした健全なる精神を持たないからであるということになってしまうことである。そこで,病人や障害者は,病気や障害という不幸を背負った原因が本人にあると他人から責められることになり,自分自身をも責めることになってしまうのである。


T.ギロビッチ 守 一雄・守 秀子(訳) (1993). 人間この信じやすきもの—迷信・誤信はどうして生まれるか— 新曜社 pp.238-239
(Gilovich, T. (1991). How we know what isn’t so: The fallibility of human reason in everyday life. New York: Free Press.)

偽薬を使う必要はない

 最後にもうひとつ,プラセボ効果に頼った治療を避けなければならない理由がある。実際,その理由は非常に有力なので,偽の薬や治療法を日常的に利用する必要はどこにもなく,まったく正当化できないことがすぐに明らかになるだろう。プラセボ効果はときに非常に有益なものになるという点は誰も否定しない。しかし実を言えば,プラセボ効果を引き出すために,偽薬を使う必要はないのだ。一見すると逆説的だが,少し詳しく説明すれば,あまりにも当然のことだとわかるだろう。
 医師が効果の証明された薬を処方すれば,患者には生化学的,生理学的な効果があるだろう。そしてその効き目は,プラセボ効果によってつねに強められるということを思い出そう。薬の標準的な効果のほかに,その薬が効くと患者が期待することによって,標準的なレベルを上まわる効果があるはずなのだ。それなのになぜ,プラセボ効果だけしかない治療を受けなければならないのだろうか?なぜセラピストは,プラセボ効果だけしかない薬を使うのだろう?それは患者を騙しているだけではないのだろうか?

サイモン・シン&エツァート・エルンスト 青木薫(訳) (2010). 代替医療のトリック 新潮社 pp.318-319

ホメオパシー医療の行く末

 医者は患者に嘘をつくべきではないから,プラセボ効果を当然のように利用するわけにはいかないという著者たちの立場は,厳格すぎると思う人もいるだろう。実際,われわれの立場に反対する人たちは,象牙の塔の住人が言いそうな倫理を振りかざした理屈よりも,嘘をつくことで得られる受益性のほうが大きいと言う。そういう人たちは,患者の健康のためならば,罪のない嘘をつくぐらいは許されると思っている。それに対してわれわれは,こっそりプラセボ効果を利用することが当たり前になれば,医療に詐欺文化が広まり,医療という職業が蝕まれていくもとになると反論したい。もしもホメオパシーのようなプラセボ効果に頼った薬を処方したら,医療はどうなったものになるか考えてみよう。

1 医師はホメオパシーには中身がないことがバレないように共謀して口をつぐまなければならない。医師は誰ひとり,「王様は裸だ」と言うことを許されない。それを言えば,ホメオパシーのプラセボ効果が台無しになるからだ。

2 医療研究者は病気を理解すること,つまりその病気の原因と治療法を探ることが仕事なので,その共謀関係には加わらないだろう。進歩の名において,そして名誉にかけて,今日得られている研究結果は,ホメオパシーを支持しないと指摘するだろう。

3 ホメオパシーの処方薬は,ちょうどゲートウェイドラッグ(より強い麻薬にのめり込む入り口となる弱い薬物)のような役割を果たし,患者に理屈では説明できないほかの治療法も試してみようと思わせる。デーヴィッド・コフーン教授は,油断のならないホメオパシー・レメディの危険性を,次のように巧みに言い表した。「ホメオパスのくれる砂糖粒には何も含まれていないのだから,体には毒にならないだろう。むしろ危険なのは,人の心を毒することだ」

4 親は子どもを守ろうとして,ワクチンなど,命を守る医療介入を勧める科学者の言葉を無視し,ホメオパスが勧める代替の(そして効果のない)方法を用いるかもしれない。啓蒙の時代が始まってから2世紀の進歩を経た今になって,《科学的根拠にもとづく医療》から撤退するという決断を下せば,新たな蒙昧の時代へと逆戻りしかねない。

5 製薬会社は,自分たちも偽の薬剤を売出してもいいはずだと強く言えるようになる。偽薬の砂糖粒を万能薬と称して売ればはるかに儲かる商売になるというのに,金のかかる新薬開発の手順を踏む必要があるだろうか。

サイモン・シン&エツァート・エルンスト 青木薫(訳) (2010). 代替医療のトリック 新潮社 pp.317-318

ハーブは安全か

 ハーブ薬が通常医療の薬と干渉して問題が起こる理由のひとつは,一般の人たちはハーブ薬が危険だとは思っていないからだろう。多くの人は,ハーブ薬は天然なのだから安全だと思い込んでいる。たとえばイスラエルで行われたある調査では,ハーブ薬を使っている人の56パーセントは,「副作用はない」と信じていた。そうだとすれば,次のような調査結果が出るのも無理はない。ロンドンのロイヤルマースデン病院で,外来でガンの治療を受けている患者318名に対して行われた調査によると,患者の52パーセントが代替医療のサプリメントを服用していたが,担当の医師や看護師にそのことを伝えていた者は半数に満たなかった。

サイモン・シン&エツァート・エルンスト 青木薫(訳) (2010). 代替医療のトリック 新潮社 pp.266

ホメオパスの副作用は

 残念ながら,ホメオパシーには思いがけない危険な副作用がありうる。それは,直接的にどれかのレメディによって引き起こされる副作用ではなく,医師の代わりにホメオパスが医療についてアドバイスを与えることによる,いわば間接的な副作用だ。
 たとえばホメオパスの多くは予防接種に対して否定的なので,ふだんからホメオパスにかかっている親では,子どもに予防接種を受けさせないことが多くなるかもしれない。その問題姓を評価するために,エクセター大学のエツァート・エルンストとカーチャ・シュミットは,イギリス国内のホメオパスについて興味深い調査を行った。2人はインターネット上の職業別広告から電子メールのアドレスを得て,168人のホメオパスに電子メールを送った。そのメールでは1歳児の母親を装い,はしか,おたふく風邪,ふうしんの予防注射(MMR)を受けさせたものかどうかと相談した。2002年のこの時点では,MMRをめぐる科学上の論争はすでに終結しており,科学的根拠は明らかにワクチン接種を支持していた。104名のホメオパスがメールに返事をくれたが,調査の監督にあたった倫理委員会は,電子メールの背景にある真の目的をホメオパスに情報として与えたうえで,調査に参加したくなければ回答を撤回する機会を与えるよう求めた。案の定,27名のホメオパスが,それと知って回答を撤回した。残る77名のうち,予防接種を受けるよう母親にアドバイスしたのはたった2名(3パーセント)だった。もちろん,調査から降りた27名のホメオパスの回答は,発表もされず評価もされていないが,彼らの回答を平均すれば,より否定的だったと考えるのは妥当だろう。ホメオパスの圧倒的多数は,予防接種を受けることは勧めないのである。

サイモン・シン&エツァート・エルンスト 青木薫(訳) (2010). 代替医療のトリック 新潮社 p.241

カイロプラクティックと脳卒中

 2本の動脈はそれぞれ,一番上の椎骨の構造に従って鋭くカーブしたのち,脳に達して酸素を供給する。ここで動脈をカーブすること自体は,まったく自然で何も問題はないのだが,首を引っ張りながら曲げるという動きが,極端に大きく,あるいは突然に引き起こされると問題が生じる。そしてそれこそが,カイロプラクターの治療に特徴的な,高速小振幅スラストのマニピュレーションによって引き起こされる動きなのだ。力がかかった結果,いわゆる椎骨解離が起こる——つまり動脈内部の血管壁が剥がれる。椎骨解離は,4通りの方法で血流に影響を及ぼす。第1に,損傷を受けた部分に血の塊ができて,動脈の流れを徐々に妨げる。第2に,やがて血の塊がその部分から剥がれて脳に運び込まれ,椎骨とは遠く離れた場所で動脈の血流を妨げる。第3に,動脈の内側の層と外側の層のあいだに血流が溜まり,そこがふくらんで血流量が減少する。第4に,損傷が原因となって,動脈が痙攣を起こすことがある。つまり血管が収縮して,血液が流れにくくなるのだ。これら4つの場合のすべてにおいて,椎骨解離は最終的に脳の一部への血流量を減らす。そして脳卒中が起こる。最悪の場合には,脳卒中によって脳が回復不能な損傷を受けたり,死に至ったりすることもある。

サイモン・シン&エツァート・エルンスト 青木薫(訳) (2010). 代替医療のトリック 新潮社 pp.227-228

ミルクが先か紅茶が先か

 20世紀のイギリスで,臨床試験の利用に先駆的な役割を果たしたサー・ロン・フィッシャーが,臨床試験の簡便さとその威力を見せつける例としてよく持ちだしたのが,次のような思い出話だった。ケンブリッジ大学にいた当時,彼は理想的なお茶の淹れ方はいかにあるべきかという論争に巻き込まれた。ひとりの女性が,ミルクをあらかじめカップに入れておき,そこにお茶を注ぐべきであって,お茶にミルクを注げば味が落ちてしまうと言い張ったが,同じテーブルにいた科学者たちは,そんなことで味に違いは生じないと言った。そこでフィッシャーはすぐにひとつの試験を提案した——お茶にミルクを注いだときと,ミルクにお茶を注いだときとで,味をくらべてみようではないかと。
 さっそく,お茶にミルクを注いだものと,ミルクにお茶を注いだものが数カップずつ用意されて,その女性にどっちがどっちか当ててもらうことになった。ミルクティーは完全に秘密裏に用意され,見た目もまったく同じだった。ところがその女性は,お茶にミルクを注いだものと,ミルクにお茶を注いだものとを,正しく判別したのだ。こうして,味はたしかに違うということ——この女性が正しく,科学者たちは間違っていたことが示された。実際,この2つの作り方でミルクティーの味が変わるのには,立派な科学的根拠がある。お茶にミルクを注ぐと味が落ちるのだが,それはミルクの温度が急激に上がりすぎて,ミルクに含まれるタンパク質が変質してしまうからだ(変質したタンパク質は酸味を帯びる)。

サイモン・シン&エツァート・エルンスト 青木薫(訳) (2010). 代替医療のトリック 新潮社 pp.194-195

動物へのホメオパシー薬の効果

 人間に対するホメオパシーの臨床試験を見ていくに先だち,動物に対するホメオパシーの効果を調べたランダム化プラセボ対照対象比較試験がいくつかあるので,まずそれを見ておくことにしよう。動物については大規模な研究がいくつか行われているが,結論をまとめると,ホメオパシーは動物にはまったく効果がない。たとえば2003年には,スウェーデンの国立獣医学研究所で,仔牛の下痢の治療に関して,《ポドフィルム》というホメオパシー・レメディに対する二重盲検化臨床試験が行なわれたが,ホメオパシーの有効性を支持する科学的根拠は得られなかった。もっと最近では,ケンブリッジ大学の研究グループが,雌牛の乳房炎の治療に関して,250頭の雌牛に対しホメオパシーの二重盲検化プラセボ対照比較試験を行った。乳房炎が改善したかどうかを客観的に調べるために,乳に含まれる白血球が数えられたが,結論を言えば,ホメオパシーにはプラセボ以上の効果はないことが示された。

サイモン・シン&エツァート・エルンスト 青木薫(訳) (2010). 代替医療のトリック 新潮社 p.170

ホメオパシーの希釈の理不尽さ

 たとえばホメオパシーでは,30Cはごく普通の希釈だが,これははじめの母液が100倍に希釈されるプロセスが,30回繰り返されるということだ。つまり母液は,1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000倍に希釈される。この程度のゼロが並ぶぐらいは大したことはないと思われるかもしれないが,問題は,1グラムの母液にはたかだか1,000,000,000,000,000,000,000,000個ほどの分子しか含まれていないということだ。ゼロの数からわかるように,希釈の程度は,母液中に含まれる分子数よりも著しく大きい。これほど薄まった溶液には,もはや十分な数の分子は含まれていない。極端に希釈された溶液には,はじめの母液に含まれていた分子は1個も含まれていないと考えられるのだ。実際,30Cレメディに有効成分の分子が1個含まれている確率は,10億分の1の10億分の1の10億分の1の10億分の1である。換言すれば,30Cホメオパシー・レメディは,ほぼ確実にただの水だということになる。前ページには,これを模式的に示した。このことからもわかるように,ハーブ療法の薬剤と,ホメオパシー・レメディとはまったく別のものである。ハーブ療法の薬剤には,ある程度の有効成分が必ず含まれているのに対し,ホメオパシーのレメディには,有効成分と言えるものは何も含まれていないと考えてよい。

サイモン・シン&エツァート・エルンスト 青木薫(訳) (2010). 代替医療のトリック 新潮社 p.131

中身のない治療法

 プラセボ効果に大きく頼った治療法は,早い話が中身はなく,メスマーの磁化水やパーキンスのトラクターに通じる。鍼は,患者が信じなければ効果がないので,もしも最新の研究結果が広く知れわたるようになれば,鍼を信じる気持ちがなくなり,プラセボ効果がほとんど消えてしまう患者も出てくるだろう。そうなっては困るから,鍼がまとっている神秘的な雰囲気が消えないよう,そしてその威力が失われないよう,みんなで共謀して事実に口をつぐみ,患者がこれからも鍼の効果を得られるようにすべきだ,と主張する人もいるかもしれない。一方,患者に間違った考えをもたせておくことは根本的に誤りであり,プラセボ治療を行うことは倫理にもとると考える人もいるだろう。

サイモン・シン&エツァート・エルンスト 青木薫(訳) (2010). 代替医療のトリック 新潮社 pp.119-120

自然で伝統的で全体論的

 人びとが代替医療に心惹かれるきっかけは,多くの代替医療の基礎となっている3つの中心原理であることが多い。代替医療は「自然(ナチュラル)」で,「伝統的(トラディショナル)」で,「全体論(ホリスティック)」な医療へのアプローチだといわれる。代替医療を擁護する人たちは,代替医療を選択する大きな理由としてこれら3つの中心原理を繰り返し挙げるが,実は良くできたマーケティング戦略にすぎないことが容易に示される。代替医療の3つの中心原理は,誰もが陥りやすい罠なのだ。

サイモン・シン&エツァート・エルンスト 青木薫(訳) (2010). 代替医療のトリック 新潮社 pp.285

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