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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「医療・医学・薬学」の記事一覧

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中絶とピル

 いっぽう日本では,人工妊娠中絶は倫理的タブーではなく,政治的な反対も存在しない。中絶は封建時代から社会的に容認されており,現在も,コンドームや「周期避妊法(オギノ式)」と並んで,日本でもっとも普及している産児制限法である(例年,約34万件の妊娠中絶が報告されており,これは出生数の約30パーセントに相当する高い数値である)。ピルについては,外国の製薬会社が9年にわたって精力的に働きかけた結果,やっと1999年に認可されたものの,現在使用しているのは日本女性の5パーセント未満だという。医師はよく女性患者に対して,ピルを使った避妊は「不自然」であり,健康を害する場合もある,と告げる。「ピルを服むと危険な副作用があるといわれるんです」とシズコはいう。そのかわり日本の医師は中絶を勧めるのである。というのは,ピルを処方するよりも,中絶手術をしたほうが,健康保険からの診療報酬をたくさん稼げるからだ。

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.254
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パナマ運河の事例

 ほかにも触れておく価値のある事例がある。それはパナマ運河だ。この運河の建設計画は,(スエズ運河の建設も指揮した)フェルディナン・ド・レセップスの指導を受けて,1882年にフランスの会社によって始められたが,黄熱病とマラリアの影響もあって変更された。1889年までに2万2000人以上の労働者がこれらの疫病に倒れ,建設はいったん放棄された。
 1904年に米国政府が計画を引き継ぎ,米国の新しい指導者は軍医のウィリアム・クロフォード・ゴーガスを衛生管理責任者に任命した。ゴーガスは,昆虫がこれらの疫病を媒介するという,当時としては大胆な仮説を信じていた。ゴーガスは沼地や湿地の水を抜き,建物の周りの水たまりを除去したさらに,蚊の幼虫を油で殺し,建物を燻蒸するチームを派遣した。ゴーガスはまた,建物——特に作業員の宿舎——に網戸を設置した。1906年から運河が完成した1914年までに黄熱病の患者は1人しか出ず,1906年に1000人あたり16.21人だった死亡率は,1909年12月には1000人あたり2.58人へと激減した。ミュラーがDDTの殺虫効果を発見する31年前に,黄熱病は根絶された。マラリアは黄熱病よりも厄介だったが,多くの地域では同じような方法で抑制された。歴史の教訓は明らかだ。DDT単独では昆虫が媒介する病気を根絶できなかったが,一部の地域ではDDTをほとんど,あるいはまったく使わずに,これらの病気を抑制できた。

ナオミ・オレスケス,エリック・M・コンウェイ (2011). 世界を騙し続ける科学者たち(下) 楽工社 pp.182

室内残留性噴霧

 病気を根絶するために殺虫剤を使う場合,最も効率のいいやり方は建物の中で使うことだ。WHOはほとんどの場合,この「室内残留性噴霧」に頼っていた。この使い方だと1年間は薬剤が残るため,DDTは特に効力を発揮する。最も重要なのは,蚊の多くは建物の中に入ってこないためDDTに触れることがなく,耐性がそれほど急速に生じないという点だ。室内残留性噴霧は,家の中に入って人々を刺し,病気を媒介する恐れのあるごく一部の個体だけに影響を及ぼすので,個体群に対する淘汰圧はそれほど高くない。たいへん理にかなった方法だ。
 ところが広い農場に殺虫剤を撒くと個体群の大部分が死ぬ。しぶどく生き延びた個体と交配するのは,やはり逆境を生き延びた個体だ。すぐ次の世代にも耐性が生じるかもしれない。農場で広く使えば使うほど昆虫が急速に耐性を獲得する可能性が高まり,病気を撲滅する目的で必要になったときには,殺虫剤の効力が低下しているかもしれない。

ナオミ・オレスケス,エリック・M・コンウェイ (2011). 世界を騙し続ける科学者たち(下) 楽工社 pp.180

DDTとマラリア

 マラリアの撲滅が低開発国で失敗したのは,薬剤散布だけではうまくいかなかったからだ。薬剤散布とともに,栄養状態の改善,蚊の繁殖場所の除去,教育,健康管理を進めると効果があった。このことは,イタリアやオーストラリアのような先進国でマラリア撲滅に成功し,サハラ以南のアフリカでうまくいかなかった理由を説明している。どんな公衆衛生プランでもほぼ同じことだが,人々の協力と理解が必要なのだった。
 マラリア撲滅計画で使われた中心的な方法は室内残留性噴霧で,殺虫剤が室内の壁や天井に残ることで効果を発揮するものだった。つまり,住民は壁を洗ったり,塗装したり,漆喰を塗り直したりする必要がない。しかし,この点はマラリアの問題以外で公衆衛生について受けるたいていの指示と勝手が違うので,よく理解できない人が多かった。汚れたままの家に住めと言われているようで気に入らないという人もいた。しかし,マラリア根絶が部分的にしか成功しなかった最も重要な理由は,蚊が耐性を獲得しつつあったことだ。米国でのDDT使用のピークは,禁止措置の13年前にあたる1959年だった。しだいに使用量が減ったのは,すでに効きにくくなり始めていたからだ。

ナオミ・オレスケス,エリック・M・コンウェイ (2011). 世界を騙し続ける科学者たち(下) 楽工社 pp.178-179

日本の疫学調査

 平山雄は当時,東京にある国立がんセンター研究所の疫学部長だった。1981年に平山は,喫煙者の夫を持つ日本の女性の肺がんによる死亡率が,非喫煙者の夫を持つ女性に比べてずっと高いことを明らかにした。この研究は長期にわたる大がかりなもので,29の地域で非喫煙者である妻9万1540人を14年間にわたって追跡調査し,明確な用量反応曲線を示した。夫の喫煙量が多いほど,妻が肺がんで亡くなる率も高くなっていた。夫に飲酒癖があっても妻には影響がなく,子宮頸がんのようにタバコの煙の影響を受けるとは思えない病気についても,夫の喫煙は影響を与えていなかった。この研究はまさに疫学研究のあるべき姿を示すもので,あるものが影響を与えていることを立証し,それ以外の原因は関わりがないことを明らかにしていた。また,なぜ喫煙しないのに肺ガンにかかる女性がたくさんいるのか,という長年の難問の説明にもなっていた。平山の研究は第一級の科学であり,画期的な内容だったと現在では考えられている。
 タバコ産業はこの発見を厳しく批判した。彼らは対抗する研究をしかけて平山の評判を落とそうとコンサルタントを雇った。コンサルタントの1人はネイサン・マンテル——知名度の高い生物統計学者——で,平山が重大な統計上の誤りを犯していると主張した。タバコ協会は,議論の「両側」を提示すべきだとメディアを納得させつつ,マンテルの研究を広めていった。主要な新聞は彼らの手の中で踊らされ,「非喫煙者のはつがんりすくについて科学者が反論」,「非喫煙者のリスク,新たな研究で矛盾する結果も」といった見出しの記事を掲載した。そして業界は,これらの見出しを目立たせた全面広告を主要な新聞に掲載した。

ナオミ・オレスケス,エリック・M・コンウェイ (2011). 世界を騙し続ける科学者たち(下) 楽工社 pp.19-20

臨界点

 ほとんどの感染症には,集団のサイズにおいて臨界点がある。つまり,集団内の個体数と密度がある点よりも低い場合は病気が蔓延しつづけることはないのである。典型例は麻疹(はしか)だ。通常,麻疹は子どもに感染し,約10日間は感染力を保ちつづける。一度かかった人には,生涯,麻疹に対する免疫ができる。麻疹が生き延びるためには,麻疹ウィルス(パラミクソウイルス)はつねに,罹患したことのない人,つまりもっとたくさんの未感染の子どもを見つけなければならない。だから,麻疹は人口密度の高い大きな集団でのみ存在し続けることができる。集団が小さ過ぎても,ばらけすぎていても(ごく近くに住んでいる人々が50万人以下の場合),麻疹ウィルスに触れたことのない子どもがどんどん生まれてくるわけではないので,ウィルスは死に絶える。ということは,少なくとも私たちが今日知っている型の麻疹は,農耕がはじまる以前には存在しえなかったということだ。地球上のどこにも,それほど大きく密集したヒト集団はなかったのだから。水痘ウィルスの場合は事情が異なる。このウィルスは神経系に居座り,のちになって再度,耐えがたい痛みを伴う帯状ヘルペスという形で症状があらわれることがよくあるからだ。子どもたちは祖父母から水痘をもらうこともある。「命は巡る!」のである。水痘の臨界集団サイズは100人未満なので,水痘は長いあいだヒト集団に存在していたのだろうと疫学者は考えている。

グレゴリー・コクラン,ヘンリー・ハーペンディング 古川奈々子(訳) (2010). 一万年の進化爆発:文明が進化を加速した 日経BP社 pp.110-111

糖尿病

 オーストラリア先住民や多くのアメリカ先住民など,農業をまったく行っていなかった,あるいは行っていたとしてもその期間が短い集団は,西洋の食事をとるようになった今日,特有の健康上の問題を抱えている。現在,中でももっとも重大な問題は,II型糖尿病の罹患率が高いことである。運動不足がこの問題に関与していることは確かだが,遺伝的素因のほうが重大である。ナヴァホ族のカウチポテトのほうが,ドイツ人や中国人のカウチポテトよりもはるかに成人発症型糖尿病にかかりやすいのである。ナヴァホ族の糖尿病罹患率は,ヨーロッパ系アメリカ人の約2.5倍であり,オーストラリア先住民の場合は,他のオーストラリア人の約4倍も多い。私たちはこれを高炭水化物食への適応が低い結果だと考えている。興味深いことに,ポリネシア人も糖尿病にかかりやすい(およそヨーロッパ人の3倍)。彼らは農業を行っており,ヤムイモ,タロイモ,バナナ,パンノキ,サツマイモなどといった作物を栽培して育てているのだが。しかし私たちは,このケースでも不完全な適応仮説で説明できると考えている。ポリネシア人は,集団のサイズが比較的小さいため,適応が限られており,予防的な突然変異発生率も低かったのだろう。加えて,定住が難しかったこと,広い面積にちらばっているポリネシア諸島では島どうしの接触が限られていたことが,望ましい変異が確かに生じていたとしても,それが広がるのを妨げたのだろう。 グレゴリー・コクラン,ヘンリー・ハーペンディング 古川奈々子(訳) (2010). 一万年の進化爆発:文明が進化を加速した 日経BP社 pp.103

高血圧

既存の遺伝的バリエーションのほとんどは,各遺伝子のいくつかの中立な変異という形をとっていたに違いない。そうした変異どうしには,それほど顕著な違いはない。中立な対立遺伝子は何か働きをもつとしても,すべて同じことをする。私たちは,そうした中立な遺伝子の多くが,のちにユーラシアの農耕民が直面する問題の解決策だったという状況は考えにくいと思っている。おそらく,既存の機能的なバリエーションのほうがもっと重要だったはずだ。たとえば,ある遺伝子の祖先型は,ヒトが体に塩分を保持するのを助ける。ヒトは地球上に誕生してからの大部分を暑い気候で暮らしてきたので,一般にこの変異は役に立った。しかし今日,アフリカ系アメリカ人にこの先祖型の対立遺伝子が高頻度にみられることが,おそらく彼らの高血圧の高いリスクに関係しているのだろう。事実,熱帯アフリカでは,ほどんとの人がこの遺伝子の先祖型をもっている。ユーラシアでは,北へ行くにしたがってヌル変異(遺伝子が働かなくなる変異)の割合が増えていく。おそらく,塩分保持を促すこの遺伝子の働きは,人々があまり汗をかかない寒い地域は,血圧上昇を引き起こすため,有害なのだろう。

グレゴリー・コクラン,ヘンリー・ハーペンディング 古川奈々子(訳) (2010). 一万年の進化爆発:文明が進化を加速した 日経BP社 pp.92-93

*see also アフリカ系アメリカ人が塩分に弱い理由
**see also 奴隷制度と高血圧説とその批判

人種と人工内耳

 1999年に,ガロデット大学が人工内耳を装着している子どものいる家庭439世帯について調べたところ,アフリカ系アメリカ人の家庭は全体の4パーセントにすぎないことがわかった。アフリカ系はアメリカの全人口の12パーセントを占めているので,明らかにこの数値は低すぎる。同じく全人口の12パーセントを占めるヒスパニック系の家庭も,全体のわずか6パーセントだった。この調査結果を見て,マイノリティの子どものほうが聴覚障害者の割合が低いのではないかと考える人がいるかもしれないが,実態は逆である。むしろ彼らのほうが聴覚障害の発生率は高い。ガロデット大学が聴覚障害をもつ学生4万2361人について行った調査によれば,全体の16パーセントがアフリカ系,23パーセントがヒスパニック系だった。その理由ははっきりしている。栄養状態が悪く,まともな医療サービスを受けることができず,妊娠中の母体管理も不十分なせいだ。この調査結果からは,きちんとした医療を受けられない家庭のほうが手厚い医療サービスを必要とする子どもをたくさん抱えているという厳しい現実が垣間見える。アメリカでも国民皆保険制度を導入すべきだとの声が上がるのは,こうした状況があるためだ。
 ガロデット大学が実施したそのほかの調査でも似たような結果が出ている。ある調査で,人工内耳手術を受けた高度難聴児816人と,手術を受けていない高度難聴児816人を比較したところ,手術を受けたグループでは,アフリカ系とヒスパニック系の割合は,それぞれ5パーセントと8パーセントにすぎなかった。それに対して,手術を受けていないグループでは,アフリカ系とヒスパニック系の割合がそれぞれ16パーセントと21パーセントに達した。
 白人の子どもに比べて,人工内耳手術を受けるマイノリティの子どもがこれほど少ないのはなぜだろうか。障害者の研究を専門とするスタンフォード国際研究所の社会学者,ホセ・ブラッコービーにこの質問をぶつけてみたところ,「陰謀じゃないかと勘ぐる人がいるかもしれないけれど,陰謀説をとらなくてもこうした数値の説明はつくんですよ」という答えが返ってきた。残念なことに,アメリカでは,アフリカ系やヒスパニック系=貧しいという等式がしばしば成立する。そして,経済的に貧しければ,人工内耳手術に頼らず,どのような種類の医療サービスでも受けるのが難しくなる。彼らには,こうした悲しい現実があるのだ。

マイケル・コロスト 椿 正晴(訳) (2006). サイボーグとして生きる ソフトバンク クリエイティブ pp.205-206

補聴器と人工内耳

 実は,聾者の世界が2つに分裂する事態が長く続いてきた。一方では,耳の不自由な子どもたちは手話を第一言語として学ぶべきだと考える人たちがいる。手話こそ,そうした子どもたちが自由に使いこなせる唯一の言語であり,手話を身につければ,結束の固い聾社会のメンバーになれるというのがその理由だ。それに対して,耳の不自由な子どもたちには手話ではなく,読心術と英語を教えるべきだと考える人たちもいる。そうすれば子どもたちが聾社会よりも広く大きな世界に参加できるからだ。こちらの考え方は,「口話主義」と呼ばれている。
 補聴器は,この議論の行方を左右する要因とはならない。なぜなら,まったく耳の聞こえない人が補聴器を使用しても,やはり何も聞こえないからだ。ところが,人工内耳は,何も聞こえない耳を聞こえるようにすることができる。言葉を聞き話す能力が正常に発達するためには,生後4,5年のうちに聴覚皮質に言語情報がインプットされる必要があるので,人工内耳が先天的に耳が聞こえなかった成人に与える影響は限定的である。しかし,聾の子どもが人工内耳手術を受ければ,その子の将来が大きく開ける可能性がある。子どもの場合,生後なるべく早い時期に音声情報を得られるようになれば,聴者と同等の会話能力を身につけることができるかもしれないからだ。2004年に発表された調査結果によれば,生後12〜18ヵ月の間にインプラントを埋め込んだ子どもたちの3分の2が,半年後には健康な耳をもつ子どもたちと同じ言語運用能力レベルに到達したという。もちろん,レベルと言っても幅があり,彼らの言語運用能力はその下限に近かったわけだが,とにかく一定の範囲内には収まっていた。

マイケル・コロスト 椿 正晴(訳) (2006). サイボーグとして生きる ソフトバンク クリエイティブ pp.184-185

米国への関心

 私がよく指摘するのですが,米国医療に対して日本の方は非常に高い関心をもっていらっしゃいます。いや,もとい。米国医療というより,米国のすべてに日本は高い関心を抱いています。米国のやっていることは必ず日本に起こる,といわれて久しいですが,この両者はどちらかというと日本の片思いで,米国側には全然その気はない。かいがいしくも,日本の人たちは米国からはちょっとよくして貰って歓喜したり,そっぽを向かれてしょげ返ったりします。まあそれだけ日本の皆さんが米国医療に関心を持っていただいているので,私がこんな駄文を書いていても,読んでくださる方がたくさんいるわけです。私はこの傾向に感謝すべきなのでしょう。

 ところが,先進国中ここまで米国に高い関心のある国というのは珍しく,これが医療の問題になると全く無関心です。米国は医学界で世界の最先端をいっていることは自他ともに認めることではありますが,いったいどうしたことでしょう。

岩田健太郎 (2003). 悪魔の味方:米国医療の現場から 克誠堂 pp.167

脂肪と肥満

 そもそも,炭水化物などの穀物を摂取する文化が定着したのは人類の農業化が始まってからのことです。それまでは人類は動物を取り,植物を摘んで口に運んでいましたが,パンや米は主食ではありませんでした。そうなったのは,ほんの1万年前のことです。
 1825年,フランスの食生理学の大書,「味覚の生理学」で,著者のサバランは,パンや米,ジャガイモを摂り過ぎると太る,と現在とはまったく逆の説を唱えています。そして,現在でもこの説を覆す「科学的データ」は存在しません。
 大家サバランの勧めに従い,19世紀終わりから,20世紀の後半まで,米国民は,「蛋白を取ることはよいことだ」と蛋白と脂肪分たっぷりの栄養食を奨励され続けてきました。古い映画を見ると,馬鹿でかいステーキとかバターたっぷりのパンケーキとか,みんな食べるわ食べるわ,イヤー昔の米国人って本当に食べていたんだなあ,と感じてしまいます。
 が,方向転換は思わぬところからやってきました。1977年のことです。米国上院委員会は「米国食生活の目標」という報告書を著しました。ここで「米国人は脂肪の摂取を減らすべきである」という勧告がはじめてなされたのです。それを裏付けるデータはありませんでしたが,肥満とともに高血圧や糖尿病が深刻な問題となってきたこと,肥満と脂肪は密接に関係があるらしいということが古くからいわれてきた(どちらも英語ではFATといいますね!)こと,このような理由があって,政治が食生活の方針を決定した,といえましょう。

 その後,脂肪の摂取と肥満との関連を証明するために,米国の研究機関,NIHは何億ドルという研究費を費やしました。が,このような結論は科学的に導き出すことができなかったのです。しかし,NIHは別のデータを手に入れました。
 コレステロールの高い人にコレステロールを低くする薬を与えると,心臓での病気で死ぬ確率が低くなることを発見したのです。これはこれでエポックメイキングな発見でした。
 さて,NIHは考えました。コレステロールを低くする薬で心臓病が抑えられるのなら,コレステロールの少ない食事でも人間は健康になるに違いない。「だから」コレステロールの,つまりは脂肪の少ない食事を取れば,人間は健康になる,さらには体重も減るかもしれない,とこういう三段論法(?)です。
 無論,論理に飛躍がある,と批判した科学者もいましたが,黙殺されました。

岩田健太郎 (2003). 悪魔の味方:米国医療の現場から 克誠堂 pp.126−127

科学とドグマ

 米国でも日本でも,栄養学は科学とドグマが混在しています。「1日◯◯品食べましょう」とか「栄養は炭水化物中心に」といった今まで使われてきたスローガンには必ずしも科学的裏づけがあるわけではありません。栄養学の権威が「これがよい」と信じて提唱してきた一種のプロパガンダといえなくもありません。

 なにしろ,食べ物の研究は難しい。たくさんの被験者を採用して食事の内容と肥満について調べる,という研究を考えてみてください。

 正確に食べ物の成分を決定した実験食だと,よりよいデータが出ます。が,おそらく多くの人は実験食だけで何年も過ごすことに耐えられないでしょう。ストレスがたまり,日常生活にも変化がおき,食べ物以外の要素が肥満に影響を与えるかもしれません。逆に,比較的自由に食事を取らせた場合,今度はデータの正確性が犠牲になります。動物実験のデータは必ずしも人間に応用できるというわけでもありません。栄養学の実験のクオリティーは比較的低くなりがちです。

 その結果,現在の栄養学が推奨する食事の摂りかたは,純粋に科学的な根拠によるもの,というよりは各界の権威によるフィロソフィー,哲学とでも信念とでもいうのでしょうか,に依存しがちだといいます。アトキンス・ダイエットをあざ笑う人は多いが,それに反駁するには十分なデータは実は,ない。

岩田健太郎 (2003). 悪魔の味方:米国医療の現場から 克誠堂 pp.124−125

個人のミスではない

 すでに多くの研究によって,医療ミスは「個人のミス」にその原因を追求しても意味のないことだというのが常識になっています。日本で聞き及ぶように,医療のミスに対して「研修医個人を訴える」というような事例はナンセンスです。研修医がミスをした背景には,その監督不行き届き,チェック機能の破綻など,システム面での問題も間違いなくあるからです。このようなトカゲの尻尾切りをしていても根本的な問題の解決にはなりません。ひどい目にあった患者さんから見れば,目の前の医師をこらしめれば敵討ちにはなるかもしれませんが,そのようなむなしいカタルシスを得て,どうしようというのでしょう。
 と,いう話をニューヨークの友人にしたら,「馬鹿だな。研修医なんて金持っていないんだから,訴えたってしょうがない。訴えるのなら当然金のある病院だろ?」だそうです。

岩田健太郎 (2003). 悪魔の味方:米国医療の現場から 克誠堂 pp.84

国民の意向

 カリフォルニアから研修に来ている医学生がこういいました。「こんな患者さんのために,私の払っている税金が使われているなんて,たまらないわ」
 まじめで,優秀な医学生ですが,彼女は自分のコメントが別に問題だとも考えていないようです。また,聞いていたチームの仲間もこの意見にはおおむね賛成のようでした。
 要するに,米国の人たちは,こういう気分なのでしょう。がんばって所得を得たものが,成功したものだけがそのがんばりに報われる権利がある。薬を使ってエイズになって,英語を話すインテリジェンス(?)も努力も見られない患者なんかに,自分たちががんばって稼いだ税金を使われるのはフェアではない。米国流の正義感から,彼らはこう考えているようなのです。
 いくらヒラクリや他の議員ががんばって米国に皆保険制を導入しようとしても何度も何度もつぶされるのも,製薬会社とコネが強く,弱者には冷たいといわれる共和党が2002年の中間選挙で大勝したのも,要は国民がそういう国家を求めている,という見方ができると思うのです。無論良心的な人たちは眉をひそめていると思いますが,所詮政治は数には勝てません。パタキ氏の支持率も最近ジリ貧ですが,彼の医療政策が(州の財政難と伴って)批判されている,という面はあるでしょう。
 一国の医療のスタイルは,つまるところその国に住む人たちの気分,志向,そして嗜好が大いに反映されていると思います。日本の医療にもし問題があるとしたら,そこには日本に住む皆さんの気分の反映を見ることができるのかもしれませんよ。

岩田健太郎 (2003). 悪魔の味方:米国医療の現場から 克誠堂 pp.38

エスカレート

 覚醒剤の困るところは,この爽快感が,初めて注射したときだけしか体験できないことで,二度目にはもう味わえなくなることだ。
 眠気は吹き飛ばしてくれるが,爽快感を味わうことができない。
 あの爽快感を味わいたいばかりに,最初は1ccだったのが2ccに,5ccに,さらには皮下注射ではなく,静脈注射へと際限なくエスカレートして行き,終戦から4〜5年経った昭和24年ごろは,馬に打つような太い注射器(20cc)で静脈注射をするのがめずらしくなくなった。

木谷恭介 (2011). 死にたい老人 幻冬舎 pp.95

クレンズ

 ハリウッドやニューヨークでは葦のように細いボディが必須だ。だから女優の卵の多くは専属コーチの助言に従って,クレンブテロールというステロイドの服用を始めている。本来は馬の喘息治療薬で,略して「クレン」と呼ばれる。単なる短縮形だけれど,ある考え方に対する暗黙の了解を示してもいる。何も食べず,より小柄で,より細くなることで女の子はどういうわけか「浄化(クレンズ)」され,みんなよりも優秀で目立った,ちょっぴり輝きの増した存在になれる,という考え方である。このステロイドを数週間服用し続けると,サイズ2以下のいわゆるサンプルサイズの容姿が手に入る。するとこうしたミニセレブ専属のスタイリストは,彼女たちの服をデザイナーからただでもらうことができる。そう語るのは,カーメン・エレクトラやヴァージニア・マドセンといった女優のスタイリストを務めてきたアマンダ・レノである。だが同時にクレンは脳卒中や心臓発作のリスクを高め,持久力を失わせ,心筋を硬直させる。つまるところ,容姿はグンとアップするけれども,死ぬ確率もアップするというわけだ。

アレックス・クチンスキー 草鹿佐恵子(訳) (2008). ビューティー・ジャンキー:美と若さを求めて暴走する整形中毒者たち バジリコ pp.176-177

内面の美

 現在,1日に2800万のアメリカ人がプロザックなどの抗うつ剤を服用している。月経前症候群(PMS)の症状を緩和するからと言われてこうした薬——SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)——を服用する女性がいる。絶対に憂うつになったり疲れたり落ち込んだりしたくないというだけの理由で,SSRIを服用する人がいる。対人恐怖症があって人と打ち解けにくいためにSSRIを服用する人もいる。SSRIは自尊心——毎度おなじみ『エクストリーム・メイクオーバー』の決まり文句——を得るための手段となった。そして,人間行動における正常な範囲に収まる程度のちょっとした心理的症状を軽減しようとしてSSRIを服用する人は数百万人にも上る,と多くの研究者は論じている。
 つまり,これは内面を美しくする手段である。

アレックス・クチンスキー 草鹿佐恵子(訳) (2008). ビューティー・ジャンキー:美と若さを求めて暴走する整形中毒者たち バジリコ pp.114-115

美容整形と世界大戦

 実際,顔のピーリングから眉毛リフトに至るまで現代の美容技術のほとんどは,源を第一次世界大戦とその直後数年間に求められるのだ。戦闘中に受けた傷,損なわれた容貌を外科医が治したのがそもそもの始まりである。大戦では,人体に対してなされ得る,それまでになく見るも無残な暴力の痕跡がこれでもかというほど残された。大戦以前に知られていた武器に比べて爆弾は強力になり,弾丸のスピードははるかに速く破壊力も大きくなった。外科医は創意工夫を凝らして腕を振るい,めちゃめちゃにされた人体を元通りに修復しなければならなかった。
 人間の顔は直接の標的となる。塹壕に押し込められた中で,迫撃砲や手榴弾の砲火に顔の柔らかい組織,繊細な骨が直撃されて負傷することがしばしばあった。大戦中非常に多く見られた怪我の一つは,顎を吹き飛ばされるというものだ。
 またこの戦争では,史上初めて飛行機が戦闘の道具として用いられた。飛行機のエンジンが火を噴くと,コックピットでシートベルトをつけた兵士は化学反応やガソリンによる火炎で恐ろしい火傷を負う。飛行機が墜落すると,パイロットの頭がコントロールパネルに激突して顔の骨は粉々になり,大きくひび割れた顔はピカソの作品ばりのグロテスクなマスクと化す。
 それ以前の戦争では,こうした事故に遭えば即死するか放置されて結局死ぬかだった。しかし医学全般の進歩のおかげで,原形をとどめないほどに損傷した患者も生かしておけるようになった。実のところ,戦時の死亡率は低下の一途をたどっている。第二次世界大戦では,戦闘中に負傷した米軍兵士の30%が死んだ。ベトナム戦争で死亡したのは負傷した兵士の24%。兵器の破壊力が増大したにもかかわらず,イラクとアフガニスタンでの死亡率は10%に低下した。そして第一次世界大戦のときと同じく,戦時の負傷には多くの場合整形手術が必要となる。

アレックス・クチンスキー 草鹿佐恵子(訳) (2008). ビューティー・ジャンキー:美と若さを求めて暴走する整形中毒者たち バジリコ pp.87-88

人体に使用不可

 ボトックスの人気が高まるにつれて,非合法な市場も大きくなっていった。2004年,FDAの調査で,世界中からアメリカに向けてブラックマーケットのボツリヌス菌が輸送されていることが判明した。多くは中国からだ。中国では「BTX-A」,「ボツトックス」といったブランド名でボツリヌス毒素が販売されている。ケーンはじめ何人かの外科医は,ボトックスその他の医薬品を安価で販売することを約束するメーカーからの誘いを定期的に受けている。ケーンのところに届いたある手紙では,ボツトックスは「ボトックスより高品質・高効果・低価格」を誇り,70〜80%の節約になると請け合う。別の手紙では,「非常に安定性の高いA型ボツリヌス毒素製剤」を販売していた。だがその手紙の一番下には,細かい字でこう印刷されていた——「人体に使用不可」。

アレックス・クチンスキー 草鹿佐恵子(訳) (2008). ビューティー・ジャンキー:美と若さを求めて暴走する整形中毒者たち バジリコ pp.78

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