I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「文化」の記事一覧

神秘主義

まずジミー・ペイジが,鑽仰するあまりにそのひとがかつて住んだことがある館を購入した,というエピソードも残るのが,アレイスター・クロウリー(1875〜1947)である。クロウリーはイギリス人の神秘主義者だが,魔術師を自称しドラッグやセックスをとりいれた秘密儀式を行ったりするなど,その人物像にはややいかがわしいところがある。そのために現在ではコミックやアニメ,ゲームなどの世界で人気のあるキャラクターともなっている。またクロウリーには,ヨーロッパの儀式魔術の古典的文献とされる代表作の『法の書』をはじめ『神秘主義と魔術』など何冊かの著作があって,日本語にも訳され図書刊行会から出版されている。ただし『法の書』は,たとえば「わが預言者に従うがよい!私を知るという試練を最後までくぐり抜けんことを!われのみを探求せよ!されば私の愛が授ける歓びが,汝らをあらゆる苦痛から救い出してくれよう」とか,「私に向かって狂気を呼ぶ愛の唄を歌いかけてくれ!私に向けて香料を燃やしてくれ!私のために宝石で身を飾ってくれ!私に乾杯するがよい」とかいった激越な調子のマニフェストとも言えるが,そこには体系だった教義や宗教思想が述べられているわけではない。

林 浩平 (2013). ブリティッシュ・ロック:思想・魂・哲学 講談社 pp.97-98

ロックの細分化

ロックの巨大産業化と,それに伴うロックジャーナリズムの隆盛は,必然的にロックのジャンル分けという細分化をもたらした。とりわけ1980年代からオルタナティヴ・ロックすなわち「型にはまらない」という意味でのオルタナティヴなロックという言葉が登場してきて以来,ロックのサブジャンル化はさらに加速したようでもある。そもそもこのオルタナティヴ・ロック自体どんな音楽を指すのか不明確でもあったが,現在ロックファンの間でひとまずの共通理解とされているのは,1980年代の中心を占めるMTV的なヘヴィ・メタル系ではないロックのこと,というあたりだろうか。具体的には,ニルヴァーナに代表されるグランジ系のものと,レッド・ホット・チリ・ペッパーズに代表されるロックとヒップホップの融合したサウンドを指していよう。ともあれ1990年代以降,グランジやガレージ・ロック,パワー・ポップ,ブリット・ポップ,トリップ・ホップ,インダストリアル,ノイズなど様々なサブジャンルを表す言葉があたかも雨後のタケノコのように誕生し,いっぽうのヘヴィ・メタル系でも,スラッシュ・メタル,パワー・メタル,デス・メタル,ゴシック・メタル,インダストリアル・メタル,ジャーマン・メタルなどの呼称が林立する。

林 浩平 (2013). ブリティッシュ・ロック:思想・魂・哲学 講談社 pp.57-58

パンクロック

巷間よく言われることだが,イギリスで勃興したパンク・ロックは,経済政策の不振によって景気がどん底だった70年台のイギリスの社会状況が生んだものとされる。失業して未来に希望を持てない若者のフラストレーションがパンク・ロックに共鳴した,というわけである。確かに,79年に「鉄の女」マーガレット・サッチャーが保守党内閣の首相に就任して新自由主義の経済政策を打ち出すことになったのは,イギリスの当時の時代背景が招いたもので,パンク・ロックの勃興という現象と表裏の関係をなすと言えるのかもしれない。ただし,経済問題への不満や現実社会への絶望感がそのままストレートに過激な音楽を要求した,というだけでは,パンク・ロックの発生を考究したことにはならないだろう。70年代に理念型が形成されてその姿を見せたロックが,いわば価値概念として生命を保つには,内部からの浄化作用としてロック・スピリットを先鋭化させる必要があったのだ。

林 浩平 (2013). ブリティッシュ・ロック:思想・魂・哲学 講談社 pp.49-50

British Invasion

ロックの歴史のなかで見逃せないのは,1960年代半ば以降の「ブリティッシュ・インヴェイジョン British Invasion」と呼ばれる出来事である。「イギリスの侵略」という意味の通り,巨大な音楽市場であるアメリカにおいてイギリスのバンドの音楽が次々にヒットチャートを独占したのである。皮切りは1964年のビートルズだった。続いてローリング・ストーンズ,キンクス,アニマルズ,ザ・フーなどがヒット曲を送り込む。彼らイギリスのバンドの楽曲が,アメリカのヒットチャートを席捲した時,ロック・サウンドがポピュラー音楽の世界に確実に市民権を得た,と言えるのではないだろうか。
 エレキギター,エレキベース,ドラムスの使用を不可欠の要素としたバンドスタイルで,バンドの主体性が尊重され,バンドメンバーがオリジナル曲を自作する。これがそれまでのいわゆるポップスとは違う,ロック音楽固有の性格となった。そして右に挙げたバンドにほぼ共通するが,ヴォーカルは黒人のソウルフルな歌いぶりに倣い,テンポの速い楽曲はどこか攻撃的な匂いをまき散らす。電気信号を通して増幅された楽器音は,当然大きな音量だ。こうしてロックは誕生したのである。

林 浩平 (2013). ブリティッシュ・ロック:思想・魂・哲学 講談社 pp.14-15

洗練のレベルに達していない

アメリカ人は「アイ・アム・ソーリー」とは絶対に言わないぜ,という話がある。私もよくきいたものだ。訴訟社会で,すぐ裁判沙汰になるアメリカでは,「アイ・アム・ソーリー」という,自分の非を認める発現をしてしまっては裁判で不利だから絶対にそうは言わない,という説だ。 
 だが,あれは嘘である。確かに,自動車事故をおこしてしまった時は,その理由から「アイ・アム・ソーリー」とは言わないだろう。だけど,肩が軽くふれあってしまった時には反射的に「ソーリー」と言うのだ。人の前を横切る時には「イクスキューズ・ミー」や「パードン」と言う。人が何人も集まっている場所では,そのような衝突を避ける言葉を互いにかけあうのがあちらの分化なんだなあ,と思うほどだ。いろんな国や民族の人が混じって生活しているからだろう。
 ところが,日常生活の中では外国人を見ることもあまりない日本人は,無言で,時にはテレ笑いで,その場を切り抜けるのだ。そして外国では,言葉が通じないという思いからますます何も言わなくなり,ニヤニヤ笑ってごまかすことが多い。
 それはまだ,日本人が洗練のレベルに達していないことの一例だと私は思う。

清水義範 (2003). 行儀よくしろ。 筑摩書房 pp.133-134

言葉による不条理の世界

でも落語の行き着くところはそこではないのです。
 言葉による不条理の世界。
 映像を頭に浮かばせるだけならば,講談もあるし浪花節もある,朗読だっていい。落語が今日まで生き延びてきたのは,落語のどこかにこの不条理があったからです。
 人間は不条理を求める。それは常識の世界で生きているから,不条理を欲するのです。

立川志らく (2009). 雨ン中の,らくだ 太田出版 pp.198

落語とメロディ

メロディとは演者の個性。歌謡曲でいうところのひばり節であり,三橋美智也節。落語の名人は例外なくこのメロディを持っています。メロディのない人,薄い人は人気は出ません。聴いていても魅力に乏しく,もう一度その人の噺を聴こうと思えないからです。

立川志らく (2009). 雨ン中の,らくだ 太田出版 pp.25

平等の達成

アメリカ社会において人種差別的態度が根強く残っているのは事実だが,だからといって現代のアメリカ社会を人種差別的だと見なすのは間違いであろう——少なくとも,現代のアメリカ社会は,「人種差別主義」という言葉が長きにわたって理解されてきたのと同じ意味で形容されるものではない。ほとんどのアメリカ人は人種の平等を支持している。アフリカ系アメリカ人やその他のマイノリティの人たちに政府が援助をすることに反対するアメリカ人のなかには,彼らの潜在的や顕在的な人種バイアスのいずれかを表現している人もいれば,そうでなくこの付録の最初に示した2つの引用のように,平等主義の原則の考えに基いてアメリカ人は人種的平等をすでに達成していると信じている人もいるだろう。

M.R.バナージ・A.G.グリーンワルド 北村英哉・小林知博(訳) (2015). 心の中のブラインド・スポット:善良な人々に潜む非意識のバイアス 北大路書房 pp.278
(Banaji, M. R., & Greenwald, A. G. (2013). Blindspot: Hidden biases of good people. )

ノミのサーカス

演技するノミの歴史は古い。コーワンは1745年にロンドンでビングリー氏なる人物によって書かれた文章を紹介している。「ストランド街の発想豊かな時計師が陳列したるは……装飾をすべて備え,御者台に人形を座らせ,これすべてを一匹のノミだけで引いている象牙の四輪馬車」。1830年のイングランドはケント州の縁日で,三匹で軽々と荷車を引くノミ,二匹で荷馬車を引くノミ,真鍮の大砲を引っ張るノミを見世物にしていた男性がいたという。「興行師はまず見世物すべてを拡大鏡で見せ,その後肉眼で見せた。そうすると見物客もみんな,だまされていないと納得したものだ」とコーワンは記している。
 1877年,W.H.ドールはニューヨーク東16丁目付近のブロードウェイの門口に,「訓練を積んだノミの見世物」という表示が出ているのに目を留めた。ドールは少年時代,訓練を積んだというノミの驚くべき演技に,「不信の念の混じった特別な関心」を寄せたことを思い出した。そこで彼は中に入って見世物を見物した。ノミの演技をつぶさに観察したドールは,ノミはいかなる意味でも訓練されているわけではなく,演技はすべて,虫がなんとかして逃れようと試みている結果であると結論づけた。

ギルバート・ワルドバウアー 屋代通子(訳) (2012). 虫と文明:蛍のドレス・王様のハチミツ酒・カイガラムシのレコード 築地書館 pp.246

残酷なドレス

フランク・コーワンは,1865年に発表した『昆虫史の愉快な事実(Curious Facts in the history of Insects)』で,カリブ諸島では「ククジュ(蛍)を装飾とすることが女性たちの間で最新の流行となっている」と記している。
 「舞踏会のドレス一着に,50から100匹の蛍が使われる。スチュアート大尉は,ご婦人の白い襟元に,少し離れたところからはまるで英国王室の王冠にきらめく100カラット以上のコヒノール・ダイヤモンドかと見まがうほど,見事なまでの美しさで輝く蛍が留まっているのを見たことがあると語ってくれた。蛍は体をピンで刺し貫かれてドレスに留めつけてあり,生きている間だけ飾られる。死ぬと光を発しなくなるからだ」
 こんな残酷な流行はすぐに廃れたことを祈るばかりだ。

ギルバート・ワルドバウアー 屋代通子(訳) (2012). 虫と文明:蛍のドレス・王様のハチミツ酒・カイガラムシのレコード 築地書館 pp.93

本の存在感

物体としての本の存在感は読者に読む醍醐味を与える。本を手に持ち,ページをめくりながら,目を通していくからこそ読書という体験は豊かになる。だが,その物体性故に,床が抜けそうになったり,居住空間が圧迫されたりもする。さらに,部屋に閉じ込められたり,果ては凶器となり怪我をしたりとあらゆる厄介事を抱え込んでしまうのだ。

西牟田靖 (2015). 本で床は抜けるのか 本の雑誌社 pp.80

ユーモアとウィット

もっともしばしば攻撃の的になったスティーヴンソンの資質は,知性ではなくウィットだった。この国においては,ウィットで人気を博した政治指導者はだれもいなかった。大衆は,ユーモアならそれを楽しみ受容する——リンカン,セオドア・ローズヴェルト,フランクリン・D・ローズヴェルトはうまくそれをつかった。ユーモアは土俗性があり,たいていごく単純で親しみやすい。ところが,ウィットは知的に磨かれたユーモアである。ユーモアよりも鋭く,品位や洗練と結びついているため貴族趣味が強く感じられるものである。何度となくスティーヴンソンは「喜劇役者」「道化」と呼ばれ,漫画には道化の帽子と鈴をつけた道化師として描かれた。朝鮮戦争のために人びとの心は暗鬱で,怒りに包まれ,欲求不満に陥っていた。スティーヴンソンのウィットは,彼の中傷者には時をわきまえないもののように思えたのだ。それに比べ,鈍重だが生真面目なアイゼンハワーの発言のほうが時代に即しているように思えた。

リチャード・ホフスタッター 田村哲夫(訳) (2003). アメリカの反知性主義 みすず書房 pp.197-198

孤独感の複雑化

文化的規範と各自の願望との葛藤があるために,私たちの孤独感はいっそう複雑化し,ときにはカムフラージュされる。たとえばウェブ文化では,個人のホームページ上に「友人」を1000人載せられるように望むべきだとされるかもしれない。別の文化では,新製品発表会で会う人が全員顔馴染みで,接待用のスイートに通されてオープンバーや巨大なシュリンプカクテルで最高のもてなしを受けることが一番の目標かもしれない。また今日のメディア文化では,ユーチューブや素人が出演するリアリティー・テレビ番組で有名人になれば,たとえ恥をかこうと,幸せな気分になれると何百万もの人が思い込まされているようだ。それでいて,ややもすると,自分が受け入れている文化が命ずるままに何もかもきちんと行った人が,「どうして私はこれほど惨めなんだ?」と,相変わらず自問し続ける羽目になる。文化のお墨付きを得たことをやり遂げたにもかかわらず,自分の孤立感を癒やしてくれる有意義なつながりを得られずにいるのだという考えを,彼らははっきり表現できないのだろう。あるいは心に抱くことさえできないのかもしれない。

ジョン・T・カシオッポ&ウィリアム・パトリック 柴田裕之(訳) (2010). 孤独の科学:人はなぜ寂しくなるのか 河出書房新社 pp.104-105

友人概念

友情の捉え方も国民性の影響を受ける。ドイツ人とオーストリア人は,友人に数える人の数が最も少ない。イギリス人とイタリア人がそれに続き,友人の数が最も多いのはアメリカ人だという。もっとも,アメリカ人は他文化の人に比べて,友人という概念を大まかに捉えているだけかもしれない。

ジョン・T・カシオッポ&ウィリアム・パトリック 柴田裕之(訳) (2010). 孤独の科学:人はなぜ寂しくなるのか 河出書房新社 pp.104

銀ぶら

ちなみに“銀ブラ”という言葉の語源は,銀座をブラブラ歩くではなく,銀座(カフェー・パウリスタ)でブラジルコーヒーを飲むことという説もある。だが,ブラブラ歩きのほうが戦前から浸透しており,各地の大都市でも使われていた。大阪では心斎橋を歩く“心ブラ”,名古屋は広小路を歩く“広ブラ”,横浜は伊勢佐木町を歩く“伊勢ブラ”,神戸には元町を歩く“元ブラ”という言葉があった。ブラブラ歩きの後でも前でも,カフェーに寄ることが,最先端のおしゃれだったのだ。

高井尚之 (2014). カフェと日本人 講談社 pp.35

MTVの登場

世界最大の影響力を持つ国家,アメリカで成功するという夢。MTVの登場は,インパクトの有るビデオさえ作れれば「1曲」でアメリカを制覇できる,誰もが知るスーパースターになれる,という「アメリカン・ドリーム」そのものを意味していた。
 しかし,ひとつだけ条件があった。
 どんな国の人間でもMTVは受け入れてくれた。
 それが,白人でさえあれば……。

西寺郷太 (2015). ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い NHK出版 pp.87

二重のレッテル

確かに80年2月のグラミー賞に,快進撃を続ける《オフ・ザ・ウォール》の成功は反映されていなかった。しかしむしろ,このアルバムのグラミー賞での不遇は,その発売とヒット,授賞式とのタイミングのズレと,10年という輝かしいキャリアを持ちながらも,まだ21歳のマイケルが「アイドル」だと選考委員たちに見なされていたのではないか,というのが僕の考察だ。マイケルは「黒人」という差別とともに,「チャイルド・スターあがり」という二重のレッテルをその腕で引き裂かなければならなかった。

西寺郷太 (2015). ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い NHK出版 pp.82

解説が必要

いきなり現代の日本人が古文や漢文で書かれた名作を読めないように,いくらわかりやすく親しみやすい存在であることが第一義とされるポップスにも,多少の解説とおすすめする教師のような存在が必要なのです。
 メディアの責任は重大です。これほどまでに世界中の情報が増えたにもかかわらず,かえって選択肢が閉じてしまうのは,我々大人世代が次世代に対して「簡単なもの」「すぐに理解できるもの」だけを提供し続けた結果かもしれないと……。食べ物で言えば「やわらかいもの」「甘いもの」だけを与え続けたら,少しでも硬いもの,辛いもの,苦みのあるものなどは「まずい」としか感じられない味覚に育ってしまいますから。

西寺郷太 (2015). ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い NHK出版 pp.22

没頭

「深夜,部屋の隅で悩んでいる過去の自分に言ってやりたい」と現在の若林は言う。「そのネガティブの穴の底に答えがあると思ってんだろうけど,20年間調査した結果,それはただの穴だよ」
 それを救うのは“没頭”しかない。何かに没頭すればネガティブ・モンスターが襲ってくる隙はなくなる。「ネガティブを潰すのはポジティブではない,没頭だ」。何かに没頭すればとりあえず大丈夫だ。本当に大丈夫かなんて根拠なんて誰も持っているわけじゃない。
 「大丈夫と言うことから大丈夫は始まるのだ」

てれびのスキマ (2015). 有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか:絶望を笑いに変える芸人たちの生き方 コアマガジン pp.60

お笑いの必修科目

笑いに絶対的な基準はない。何が面白いと思うかは人それぞれ。芸人として何を目指すべきかも人それぞれ。それがこれまでの考え方だったのだが,松本の登場で一気に変わってしまった。
 芸人の中に「大喜利」「すべらない話」などの必修科目ができてしまったのだ。そして,あたかも,その必修科目をクリアできなければ一人前の芸人と認められないような空気が生まれた。
 芸人たちに課題が与えられ,そして芸人たち自身もそれを自明のものとして必死になってクリアしようとする,というのが,松本以降のお笑い界で起こったことだった。

ラリー遠田 (2015). なぜ,とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか? コアマガジン pp.111-112

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