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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「宗教」の記事一覧

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韓国のキリスト教

 韓国でプロテスタントの布教活動が始まったのは,アジアの他の地域よりずっと遅かったのだが,けっきょく,キリスト教に対する受容力がもっとも高かったのが韓国だった。外国の信仰体系に適応するために,韓国ほど社会的価値を根本的に変えてしまった国はアジアにはほかにない。フィリピンはいまではアジアでいちばんカトリック教徒の多い国だが,かつての征服者スペインが,植民地の住民にカトリックの教えを強制したからだ。対して韓国では,征服者の意思に反してキリスト教を取りいれ,その助力を得て日本の支配に抵抗した。やがてキリスト教が完全に定着すると,今度は,近代化がもたらしたストレスを和らげるための精神安定剤として働いた。

マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.347-348
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カルト対策

 統一協会信者の強制棄教を常習とする牧師は,その親族から「謝礼」という名の領収書なしの“報酬”を受けているのが通例だ。その金額は100万年単位を下らないという親族の証言もあるほどで,事実上高額の営利行為,脱会ビジネスになっている。
 その“営利牧師”たちが,しかも,統一教会という特定教団と対立関係にある片方の当事者が,いかなる資格で国・公立大学の「カルト対策」に関与しているのか。大学のどのような決定経緯を経て,誰の許可によって提携が決まるのか。大学側や「カルト対策」教授と“営利牧師”との間に金銭的な癒着はないのかを含めて,厳しく調査されなければならない。

室生 忠 (2012). 大学の宗教迫害 日新報道 pp.53-54

あれはバナナの葉!?

 リンネがつけた属名“Musa”が,バナナを示すアラビア語“mauz”から来ている。アラビア語で書かれたイスラム教の聖典,コーランにも聖なる園にバナナが登場するので,この解釈は納得がいく。コーランでは,エデンの禁断の木は“talh”と呼ばれ,これは通常,「楽園の木」と訳されるアラビア語である(あるいはもっと直接的に「バナナの木」と訳される場合もある)。このイスラム教の聖典によると,その木は「長く生い茂った葉の陰で,果実は重なるように実をつけ……季節を選ばず,その実りが途絶えることはないだろう」と記されている。確かにこの描写は,房になった同心円状のバナナが次々と実っていくさまと符合している。
 ここでふたたび旧約聖書に話を戻そう。西欧諸国におけるエデンの神話では,裸であることに気づいたアダムとエバは,「イチジクの葉」で体を覆ったとされている。だが,イチジクの小さな葉では,かろうじて大事な部分が隠れるか隠れないかといった程度だろう。それに比べて,バナナの葉は実際に,現代でも多くの地域で衣服(のみならずロープ,寝具,傘など)を作るときに使われる。となると,この場合は,エデンのもうひとつの果実を示す単語は誤訳されたのではなく,すっかり誤解されたということになる。以来,古代史においてバナナはイチジクと呼ばれてきた。インドでバナナを初めて見たアレクサンドロス大王は,これをイチジクと記し,新世界のスペイン人探検家たちも同じことをした。
 決定的とも言うべき証拠は,古代ヘブライ語にある。古代ヘブライ語は「モーセ五書」(創世記を含む旧約聖書の初めの五書)が記された言語であるが,シュネイア・レヴィンによれば,禁断の果実を示す言葉ははっきりこう翻訳される——「エバのイチジク」と。

ダン・コッペル 黒川由美(訳) (2012). バナナの世界史:歴史を変えた果物の数奇な運命 太田出版 pp.26-27

あれはバナナ!?

 西洋でエデンの果物と言えばリンゴ,というのは当然のことと思われていたので,私はこの本を書くための取材を通じ,ヘブライ語やギリシャ語で書かれた最初期の聖書で,その果実がリンゴに特定されているわけではないと知り,少なからず驚いた。いま常識となっている解釈は,聖ヒエロニムス(340年ごろ〜420年。考古学者や学徒の守護聖人)が,以前からあったさまざまな聖書のテキストをラテン語に統一し,ヴルガータ聖書を作った紀元400年前後に定まったようだ。教皇に命じられ,ローマで行なわれたヒエロニムスのこの翻訳作業が契機となり,聖書はより多くの人に読まれるようになった。それから600年のあいだに,ほかの言語でも聖書が翻訳され始める。その後,1455年,ヨハネス・グーテンベルクが活版印刷を考案してから,聖書は初めて大量に印刷されるようになった。グーテンベルク聖書は,千年前に編まれたヒエロニムスのラテン語を忠実に写したものである。

ダン・コッペル 黒川由美(訳) (2012). バナナの世界史:歴史を変えた果物の数奇な運命 太田出版 pp.23

ラーメンとオウム

 ラーメンを利用したプロパガンダの目的が,東京へのオリンピックの招致であるというのはただ単に滑稽な話に過ぎない。だが,ラーメンの人気がそれ以外のものと結びつくこともある。例えば,新興宗教である。
 1990年代に存在した「うまかろう安かろう亭」は,オウム真理教(当時)が活動資金集めのために経営していたフランチャイズのラーメンチェーンである。当時のラーメンブームに乗り,オウムとの関係を隠して都内を中心に約10店舗まで拡大していた。
 1995年3月。地下鉄サリン事件という未曾有の大規模無差別テロ事件が発生し,まもなくしてそれがオウム真理教の犯行であることが周知の事実になった。その頃には「うまかろう安かろう亭」が,オウム真理教と関係があり,店員がオウム信者であることも周知の事実となっていた。こうした状況に店側も開き直り,オウム真理教のテーマ曲などを流すようになり,当時“オウマー”と呼ばれた,オウム真理教の悪趣味を笑うような“ウォッチャー”たちが冷やかしで店に訪れたりしていたものだった。
 このラーメンチェーンを運営していたのは「マハーポーシャ」という南青山に本拠を置くパソコン販売を本業としたオウム真理教の関連企業だった。「マハーポーシャ」のパソコンショップは秋葉原などに店舗を持ち,台湾製の安い部品などを使った激安パソコンを販売していた。店員は「うまかろう安かろう亭」同様,オウム信者たちでありサリンプラントのあった山梨県の上九一色村(当時)のサティアンと呼ばれた施設で商品のパソコンの組み立てが行われていたという。
 オウム真理教は,原始仏教をベースに,ヨガ,超常体験,オカルト,反権力,そしてアニメなどのサブカルチャーの要素を教団の活動の中身に取り込んでいった。そして,そんな旧来の宗教とは違った要素を持つ教団の在り方に興味を抱いた多くの若者を取り込んでいったのだ。オウム真理教が,若い信者を使っての信者・資金集めの手段として,パソコンの組み立て販売とラーメン屋の経営を選んだのも,こうした若者世代取り込みのための戦略だったのだろう。

速水健朗 (2011). ラーメンと愛国 講談社 pp.227-228

神らしい行動

 古代の権威者たちは,神らしい行動と神にふさわしくない行動とを細かく区別しようとして,後者は神という属性をもった存在にとって論理的に不可能なのだと見た。しかしこの区別も,現代の目から見ると,かなりあぶないように見える。奇蹟を擁護する人々の中には,この宇宙においてありうることについての我々の知識が不完全であることを強調し,神の行動を自然界の法則に対する例外ということで折り合いをつけようとしてきた人もいるし,初期条件が少しでも違えばその後の進行が大きく変わるような状況については未来がどうなるかはわからないということで,それを説明しようとしてきた人々もいる。
 ユダヤ教やキリスト教の宗教的伝統を見ると,人間には「不可能な」ことが神にはできるというのが決定的な特徴である。その昔の17世紀,トマス・ブラウンが論じたように,「ありうることだけを信じたのでは信仰にならない。それは単なる哲学だ」。この特徴も,神と人類との決定的な違いの1つを定めるのに使える。人間の限界は,神と人類の間の大きな溝を固定するものである。たとえば,呪術師や巫女が出てくると,彼らは,奇蹟と見える力を示し,他の者にはできないことを演じる能力によって,自分の地位を認めさせようとした。宇宙の階層構造では,行動に対する限定が少ないほど,その限定が弱いほど,身分が上がるという見方を推奨したのである。

ジョン・D・バロウ 松浦俊輔(訳) (2000). 科学にわからないことがある理由 青土社 pp.27-28
(Barrow, J. D. (1998). Impossibility: The limits of science and the science of limits. Oxford: Oxford University Press.)

制限と希望

 結果は驚くべきものだった。原理主義に分類された宗教の信徒は,他の分類に比べて,宗教により大きな希望を求め,逆境により楽観的に向き合い,鬱病にかかっている割合も低かったのだ。実際,悲観主義と落ち込みの度合いが最も高かったのは,ユニテリアンの信徒,特に無神論者だった。これだけ多くのきまりごとがあっても,人々は意欲を失わず,かえってそのせいで力を与えられているように思われた。かれらは選択の自由を制限されていたにもかかわらず,「自分の人生を自分で決めている」といった意識を持っていたのだ。

シーナ・アイエンガー 櫻井祐子(訳) (2010). 選択の科学:コロンビア大学ビジネススクール特別講義 文藝春秋 pp.51-52
(Iyengar, S. (2010). The Art of Choosing. New York: Twelve.)

霊媒に気をつけよ

 超感覚的知覚(ESP)や心霊現象については?
 1人1人がそれぞれに心霊現象を体験することはあると思う——それにESPというものも存在すると信じている。しかし,霊媒に金を払ってそれをやってもらうというのであれば——気をつけなさい!
 死者との交信については,わたしはぜったいに避けるように申し上げたい——そう思うことも,その可能性を考えることでさえ,やめるように申し上げる。すくなくともプロの霊媒を使うのはおやめなさい。死者と交信しようとしてわが身の破滅を招いた人は数知れない。それはいみじくもわたしの体験談が悲しく物語っている。
 現実の世界にはあなたを魅了し,心を震わせ,向上させてくれるものがたくさんある。なのになぜ霊媒のキャビネットの暗闇のなかにのめりこむことがあるだろう?そこでは霊たちが秘密を覗いたり音声を使ったりする一方で,人間の愚かさが人間の貪欲さの餌食になっているというのに?

M.ラマー・キーン 皆神龍太郎(監修) 村上和久(訳) (2001). サイキック・マフィア 太田出版 pp.206

人々は嘘を選ぶ

 わたしは打ちのめされた。人々に嘘を信じこませるのがいかに簡単かは知っていたが,同じ人々が,嘘をつきつけられたとき,真実よりも嘘を選ぶとは予想していなかった。
 評議会のメンバーの1人で,教会に加わるためにわざわざオハイオ州から引っ越してきて,金や資産をおしみなく寄付していたジョージ・マザーンは,ラウールに「きみは自分がわたしをだましていたというつもりかね?」とたずね,その答を得た。「そのとおりです,ジョージ」しかし,このあとも彼はラウールの隣の席に座りつづけ,いまでもなお熱心に心霊主義を信じている。
 狂信者症候群は,科学的に調査する価値がある。あらゆる道理を越えて,人間に信じがたいことを信じさせるものはいったいなにか?ほかの面ではまったく正気の人間が,幻想やペテンに夢中になるがあまり,真実が白日のもとにさらされたあともなお,それにしがみつこうとするのはなぜか——しかも,あんなに頑固に?
 狂信者症候群は,偽の霊媒にとって最大の味方である。いくら論理をつくしたところで,嘘とわかっていながら信じる気持ちを打ち砕くことはできない。

M.ラマー・キーン 皆神龍太郎(監修) 村上和久(訳) (2001). サイキック・マフィア 太田出版 pp.191

心理学者との対決

 ときにはプロのゴーストハンターである超心理学者との知恵くらべも楽しいものだったろう。わたしたちが自称心理学者——その肩書きがどのくらい正確かは怪しいものだ——と対決した唯一の体験は,1人の若者が教会にやってきて,自分はESPの権威であるデューク大学のJ・B・ライン博士と協力している者だと名乗ったときにはじまった。その若者はわたしたちのトランペット交霊会についての報告に興味をいだいたと話,トランペットに特殊な粉をつけた状態で実験をさせてくれないかと提案してきた(もちろん,わたしたちが自分でトランペットを操作していれば,指にはっきりとした証拠が残るという寸法だ)。
 まずわたしたちが最初にやったことは,ライン博士と連絡を取ることだった。すると,博士は自称協力者が名乗った名前にまったく心当たりがないことが判明した。しかし,ラウールとわたしは,科学者気取りの若造をからかうのもおもしろいかもしれないと判断した。わたしたちは「実験」交霊会を行なうことに同意した。
 交霊会がはじまるまえに,この和解調査者は,関心するくらいの熱意をこめて,徹底的に交霊室を調べまわし,室内には彼とわたししかいないこと,トランペットは1つしかないことを納得した。それから,トランペットに粉をふりかけはじめた。やがて,照明が消された。
 すぐにトランペットがいつもの旋回をはじめ,霊の声が聞こえてきた。若い調査者がショックと戸惑いを見せたのは,霊たちが彼の嘘をちゃんと見抜いているぞといったときだった——彼がライン博士と協力したことはいまも昔も一度もないことを。それから霊たちは,この「実験」の結果は心霊主義が正しいことを実証するだろうと保証した。
 明かりがついたあとで,駆け出しの超心理学者はトランペットとわたしの手を慎重に調べた。トランペットについた粉はまったく乱れていなかったし,指にも汚れはついていなかった。
 若者は震えあがっていた。自分がじつはなにかの高等な力を相手に無謀なことをしてしまったのではないかと恐れているらしかった。
 わたしはどうやってトリックを実行したのか?
 たいしたことではない。わたしはラウールやほかの共犯者の助けなしに,1人でやってのけた。わたしに必要だったのは,粉をふったトランペット以外のもう1つのトランペット,またはその代用になるものだった。そこで,わたしは交霊室に入るまえに,柔らかい大きな厚紙を片足のまわりに巻きつけ,靴下のゴムに突っこんで固定した。
 そのあと,交霊室が暗くなってから,厚紙で即席のメガホンを作ったのである。
 もしかしたら,あの熱心な若い調査者は,自分の実験の成功についてちゃんとした超心理学雑誌に専門的なレポートを書いているかもしれない。

M.ラマー・キーン 皆神龍太郎(監修) 村上和久(訳) (2001). サイキック・マフィア 太田出版 pp.132-133

キャビネット係

 通常は,どんな物質化交霊会にも「キャビネット係」がいる。これは実際には霊媒のボディーガードである。心霊主義では,キャビネット係の役目は,エクトプラズムをつかもうとして不運な霊媒に重症をおわせ,悪い時には死に追いやるかもしれない悪意ある侵入者から,霊媒の身を守ることだと説明している。(忠実な信者には,心ない悪者にエクトプラズムをつかまれて内出血を起こし,床の上でのたうちまわっている霊媒についての痛ましい話が語られていた。公式の教義では,エクトプラズムにみだりに触れると,霊媒の身体にものすごい反動が起きることになっていた——巨大なゴム輪で腸を強打されるようなものである。)とにかく,キャビネット係は,エクトプラズムに干渉しようという気を起させないためにそこにいるのである。
 キャビネット係はたいてい女性で,しっかり折り畳んだ長さ100フィート(約30メートル)のシフォン布も入るような大きなハンドバックを持っている。この中身が電気が消えたあとキャビネットのなかで霊媒に手渡されるのである。
 方法はほかにもある。一般の人は,シフォンがどれほど圧縮できるか理解していない。膨大な量がパンツのなかに隠せるくらい小さな玉に丸まってしまうのである。あるときなどは,下着のなかまでボディーチェックを受けて,結局隠し持ったエクトプラズムが見つからなかったことがある。
 さらにもっと見つかりづらい隠しかたもある。何人かの霊媒は,身体の穴を利用している。ある女性の霊媒は,「利口ぶった調査者」を本気で面食らわせたいときには,シフォンをコンドームのなかに詰めて膣に隠すテクニックを使うのだと話してくれた。

M.ラマー・キーン 皆神龍太郎(監修) 村上和久(訳) (2001). サイキック・マフィア 太田出版 pp.123-124

他人を知ること

 交霊会の列席者についての情報を集めるために,わたしたちはさまざまな手段を使ったが,そのすべてがいかがわしいものだった。暗くした交霊室でハンドバックや財布をくすねたり,ポケットを探ったりして,社会保障番号や銀行通帳といったデータを探りだしていたことはすでに触れた。わたしたちはさらに,個人やグループの交霊会に出たいと思う人間は全員その前に教会の公開礼拝に3回出席しなければならない,というルールを作った。そうすれば,希望者たちのことを観察できるうえ,彼らが書いた質問カードから個人的な情報を集めることができるからである。それぞれの質問カードには,上のところにこういうスタンプが押してあった。「この質問カードは,霊となった1人または2人の愛する人に宛てて,その人たちの名字と名前を記入し,1つまたは2つの質問を書いて,あなたのフルネームでサインしてください」こうして書かれた1つの質問カードは,誰かについてのファイルを作成するためにじゅうぶんな手がかりをわたしたちに与えてくれた。
 内陣のステージの両側には,霊媒だけが使う小さな部屋が1つずつあった。この部屋にはマジックミラーがついていた。わたしたちはこれを通して礼拝前に会衆を見ては,誰がきているか確かめ,霊からのメッセージをそれにあわせて用意していた。誰かが実証的なメッセージを受け取ったときは,その人間は懐疑的な連中に対していつでもこういうことができたし,じっさいなんどもその説明は使われていた。「霊媒は礼拝の前にわたしの顔を見てさえいなかったんだ。もしメッセージをでっちあげるのに事前の調査が必要だとしたら,わたし宛てのメッセージを用意しなければならないことがどうしてわかったんだ?」わたしたちは,他人が想像する以上に人々のことを知るように努めていた。

M.ラマー・キーン 皆神龍太郎(監修) 村上和久(訳) (2001). サイキック・マフィア 太田出版 pp.118-119

交霊室の重要性

 心霊主義から交霊室を取ってしまえば,なんの変哲もないただの宗教に落ちぶれてしまう。この暗室,見たこともない奇跡が起きる謎の子宮は,バプテスト派にとっての浸礼,安息日再臨派にとっても安息日,伝統的なローマ・カトリック教徒にとってのマリア崇拝のように,心霊主義者にとっては切っても切り離せない存在なのである。まさに心臓部,物事の核心なのだ。
 そして,婚姻や法律問題,健康問題といった人生のさまざまな問題にわたしの霊の助言を待っていた何百という人々が,現世における自己の存在と来世における存在への希望を,ただのマジシャンが使うようなトリックの数々の上に築き上げたのである。

M.ラマー・キーン 皆神龍太郎(監修) 村上和久(訳) (2001). サイキック・マフィア 太田出版 pp.118

寄付依頼は朝!

 ファンからの経済的な寄附を増やす方法は多くの霊媒にとっておなじみのものだが,わたしの知っている1人の霊媒は,これをとりわけよく利用した。朝うんと早い時間に列席者に電話をかけ,眠りからひっぱりだすのが彼のいつもの手だった。(こういう時間には,とくに頭が申し出を受け入れやすいものだ。)霊媒は妹の指導霊だと名乗り,そのあとに個人的な指示がつづく。この指示がしばしば,もっと霊媒に気前よくすることにつながるのである。
 こうして生徒の霊的な進化を霊媒の経済的向上が促進される。すべて電話1本で。
 冗談ではなく,このテクニックは数多くの霊媒のポケットをドル札で潤わせる効果があった。

M.ラマー・キーン 皆神龍太郎(監修) 村上和久(訳) (2001). サイキック・マフィア 太田出版 pp.107

土地を手に入れる方法

 あるときラウールをわたしは,田舎に教会の牧場用の土地を購入しようと思い立ち,不動産仲介業者を呼んで,売りにでていたある地所をいっしょに見にいった。わたしたちが案内されたのは,おおいに有望そうな場所だった。不動産仲介業者は「わたしはミニー・バレットさんの遺産管財人からここの販売を委託されているのです」といった。
 わたしは全身がぞくっとした。偶然にもミニー・バレットは生前わたしたちの教会のメンバーで,彼女の家族は依然としてメンバーだった。しかし,わたしたちは彼女が広大な地所を所有していたことは知らなかった。
 彼女の家族が出ていたつぎの交霊会で,ミニーの霊が呼びかけ,遺産相続人たちに40エーカーの土地を教会に寄付しなさいと告げた。そして,わたしたちはそれを手に入れたのである!
 わたしたちは,まず最初にミニーの霊があの不動産仲介業者に連絡を取るようわたしたちに強く勧めたことにした。その業者はたしかにわたしたちが最初に彼に電話していたことを認めた。偶然と策略をミックスしたこの作戦のおかげで,地所がわたしたちのものになっただけでなく,仲介業者に払う10パーセントの手数料も家族が負担しなければならなくなったのである!

M.ラマー・キーン 皆神龍太郎(監修) 村上和久(訳) (2001). サイキック・マフィア 太田出版 pp.88

サクラを使うテクニック

 懐疑的な見かたを封じるもう1つの効果的な手段が,「サクラ」を使うことだ。雇われて礼拝や交霊会に顔を出し,露骨にイカサマの証拠を暴こうとしてみせる人間のことである。
 ときにわたしたちは,この侵入者に会の進行をはっきり口に出して抗議させ,わたしたちをイカサマ師だと糾弾させることもある。ときには,もっとさりげなく,サクラに霊視する質問カードを書かせたあと,それを霊媒に渡す籠のなかに入れたくない素振りをさせる。わたしたちは,その質問カードをサクラのポケットのなかにしまわせ,もちろんそのあと,それに触れずに透視して,サクラの質問に答えるのである。
 場合によっては,その見知らぬ人間の懐疑的な見かたに理解を示し,彼を許して,すごすごと後悔顔で帰らせることもある。そうでなければ,冒涜的な言葉の廉で彼を怒鳴りつけ,教会から立ち去って2度と戻ってくるなと命令する。
 アル中は手先としてとくに役に立った。わずかな金で働いたし,もしあとになってわたしたちのことをたれこもうとしても,アル中のいうことなど誰が信じるだろうか?

M.ラマー・キーン 皆神龍太郎(監修) 村上和久(訳) (2001). サイキック・マフィア 太田出版 pp.84-85

バレたときの対処法

 いかさまを暴かれたときの正しい対処法は,当代一の冷静沈着な霊媒,奇跡のメイプルが教えてくれる。一度彼女が闇のなかでトランペットを使って話していたときに,突然明かりがついたことがあった。メイプルもしっかりと目を閉じていたため,そのまま話しつづけた。
 メイプルが目を開けたとき,列席者(このときは1人しかいなかった)が目を丸くして彼女を見つめていた。
 「メイプル」列席者がいった。「あなたはトランペットを通じて話していましたよ」
 まばたき1つせずに,この古狸は平然とこういい放った。「わたしは霊によってコントロールされていました。霊は,エクトプラズムで咽頭を作るのではなく,わたしの身体と声帯を利用していたのです」
 どうだまいったか!
 鉄則は,見つかったと思ったら,なにも認めず,最後までずうずうしく押し通すことである。

M.ラマー・キーン 皆神龍太郎(監修) 村上和久(訳) (2001). サイキック・マフィア 太田出版 pp.80

孤独と秘密

 霊媒はつねに大きな重圧にさらされて生きている。人をだますという仕事の性質上,彼らは社会から切り離された人格である。孤独と秘密だけが霊媒の生きる道だ。ほかの霊媒以外とは親しい友人関係を築くことはできないし,霊媒同士が本当の友人関係を築くことは,たとえあったとしてもごくまれだ。プロ同士の競争心には激しいものがあるからだ。
 霊媒が寄り集まっている唯一の理由は,おたがいの身を守るためである。

M.ラマー・キーン 皆神龍太郎(監修) 村上和久(訳) (2001). サイキック・マフィア 太田出版 pp.76

チェスターフィールド

 チェスターフィールドはまさに心霊主義者たちのディズニーランドだった。わたしが最初に参加したそのシーズンには,6万5千人もの巡礼者が文字どおり各地からつめかけた。彼らは亡くなった愛する人たちと交信するために100万ドル以上を払った。
 さらに,巡礼者たちは多種多様な交信方法のなかから自分の好きなものを選ぶことができた。トランペット交霊会,物質化現象,霊視術,自動筆記,物品引寄,心霊写真,それに絹布の上に現われる霊の姿などなど。
 木戸銭もさまざまだった。集団交霊会では,しばしば25人から100人までの列席者を相手にするが,この場合には,わたしは1人あたり最低3ドルから最高10ドルをいただいた。物質化の相場価格は25ドルだったが,とくに現われる霊の数が平均以上だと(わたしの会ではつねにそうだった),列席者たちはそれ以上払ってくれた。

M.ラマー・キーン 皆神龍太郎(監修) 村上和久(訳) (2001). サイキック・マフィア 太田出版 pp.70

ささやかな奇跡の演出

 最近テレビを見ていると,ショウビジネス界でひっぱりだこの,ある霊能者が,有名な女性ポップシンガーからなくした指輪を探してほしいと頼まれたときの話をしていた。その霊媒は彼女に,指輪は冷蔵庫の角氷のなかに氷漬けになっていると告げた——そしてどうなったか?たしかに指輪はそこにあったのだ。
 それを聞いてわたしは,自分が演じたささやかな奇跡のことをいくつか思い出した。わたしたちは,心霊パワーの出現を仕掛ける予定の,ある家族に花を届けさせるために,1人の男をやとって,なにか小さな物をくすねて持ってくるようにいいふくめた。男は高価な宗教的メダリオンをポケットに忍びこませた。あとになって,霊がそのメダリオンを持ち主に返し,もち主は心から感謝の気持ちを表した。
 もっとみごとな例で,テレビで霊能者がいっていた出来事にも近いのは,わたしたちがスパイに,花を届けているあいだに小さな物を盗んで,家の中の住人が見つけそうもない場所に隠しておくように指示したときの一件である。スパイはダイヤの夜会用指輪を盗んで,それをリビングの石の暖炉の裏にある隙間に滑りこませた。
 ほどなくして,わたしたちの忠実なファンである指輪の持ち主が,泣きだしそうな声でわたしに電話をかけてきて,自分じとってはかけがえのない物をなくしてしまったと訴えた。霊にそれを見つけだせるだろうか?
 わたしは電話ごしに波長を波動にあわせると,彼女に向かって,いま自分が受けている印象は奇妙に聞こえるかもしれないが,とにかく暖炉の上から裏をのぞいてごらんなさいといった。
 彼女は興奮して電話口に戻ってきて,彼女のすばらしい指導霊たちと,そのちっぽけな下僕であるわたしに,称賛の言葉を並べ立てた。

M.ラマー・キーン 皆神龍太郎(監修) 村上和久(訳) (2001). サイキック・マフィア 太田出版 pp.46-47

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