I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「宗教」の記事一覧

出口なき信仰

私が出会った超常現象の信者を見て気づいたのは,誰もが“出口なき信仰”というシステムを持っているということだった。つまり,あまりにも強くXを信じているため,Xを立証できないものは無視され,Xに当てはまる出来事はすべて拡大解釈される。たとえば,サイキックヒーラーとして働いていた親しい友人の女性がこんな話をしてくれた。
 目の前でボイラーが破裂して腕にひどい火傷を負った男性を,あるパーティの席で治療したときのことだ。彼女の言い草に注目して欲しいのだが,男性にしばらく手をかざしていると,痛みと水ぶくれが「あっという間に引いてきた」というのだ。この話が事実かどうか,同じパーティに参加していた共通の友人に確認すると,彼は声を立てて笑った。たしかに彼女はその男性の体に手をかざしてはいたけれど,それは氷と雪で1時間以上冷やしたあとの話だったのである。超能力をもつその友人は,私を騙そうとしたわけではない。氷雪でパックした話は,語るほどのことではないと省いただけなのだ。事実,その一件は彼女にとっては自分の能力を確認できたエピソードであり,それは彼女の信念に油を注いだ。

ダレン・ブラウン メンタリストDaiGo(訳) (2013). メンタリズムの罠 扶桑社 pp.26-27

3つに1つ

 一方,狂信者ほど他人の信仰に無理解である。自分の信仰を絶対的に正しいと信じることは,他のすべての信仰が絶対的に誤りであると信じることでもある。だから,誤ったことを信じている人間に,真理を教えてやれば,真理に目が開かれ,ただちにその誤りを捨てるだろうと思いこんでしまう。実際,それまでは信仰のなかった者や,信仰があってもそれが浅かった者に対しては,そうした伝道行為が有効で,信者を獲得することができる。
 しかし,互いに別の信仰を持つ狂信者同士がぶつかりあったときにはそうはいかない。どちらの伝道も成功しない。ぶっても叩いてもだめである。暴力で決着をつけようと思うなら,どちらかがどちらかを殺すところまでやらねば決着がつかない。
 狂信者集団同士がぶつかりあった場合も同じである。ほんとの決着は相手を殺しつくすところまでいかないとつかない。だから,歴史上すべての宗教戦争は,みな殺し戦争となるか,百年戦争となるか,戦争で決着をつけることをあきらめて自由を認めあって妥協するか,3つに1つしかない。

立花 隆 (1983). 中核VS革マル(下) 講談社 pp.229-230

信仰においてのみ

 人が悪の意識なしに人を殺せるのは,信仰の中においてだけである。我々の時代の物神化された革命概念は,革命への帰依者たちに,いかなる宗教にも優るとも劣らぬ強固な信仰を与えている。今日,自己の信ずる神概念のために従容として死につくことができ,あるいは冷静に人を殺せる多数の信者たちを擁している宗教はさして多くないと思われるが,革命への帰依者の中には,そうした信者たちを多数算えることができる。物神化された革命概念は,現代社会で質量ともに最大の信者群を有する神概念となっている。
 そして,あらゆる神概念が,信者の数が一定限度多くなると,神概念の解釈をめぐって教義が分かれ,教団が分立するように,革命という神概念においても,革命理論の分化,革命党派の分立という形においてそれが起きていることは,ご存じのとおりだ。

立花 隆 (1983). 中核VS革マル(上) 講談社 pp.135-136

宗教と先延ばし

 宗教的な発想に立てば,もしある日突然,私たちの生命が停止すれば,それまで善行と瞑想と改悛を先延ばししてきた人の魂は永遠に地獄に堕ちかねない。あらゆる宗教が聖なる戦いで敵とすべきなのは,邪悪な力ではなく,ごく自然な人間の性質だ。実際,どの宗教も信者の先延ばし癖と戦ってきた。宗教が信者に約束するご褒美はほとんどの場合,遠い将来にならないと得られないからだ。死後の救済は,目先の快楽をもたらす罪深い行為と比べて,魅力の面でどうしても大きく見劣りがする。どの神を信じるかをめぐり世界には深い亀裂があるが,先延ばしという問題を抱えている点では,すべての宗教が多くの共通点をもっている。

ピアーズ・スティール 池村千秋(訳) (2012). 人はなぜ先延ばしをしてしまうのか 阪急コミュニケーションズ pp.136

ADHD反対

 アメリカでは,ある種の新興宗教がADHDの診断に反対し,薬物治療に文字通り宗教的観点から反対している。ADHDの問題に目をつぶるこのような傾向に抗して,医者と科学者は診断の意義を主張し,薬物によって対処する権利を擁護すべく反論している。

ターケル・クリングバーグ 苧阪直行(訳) (2011). オーバーフローする脳:ワーキングメモリの限界への挑戦 新曜社 pp.129-130

オイディプス=腫れた足

 科学以前の時代の神話や民間伝承や伝説の断片は,寄せては返す波が砂浜に残す波形のようなものだ。力も意味もないくせに,ある秩序だけは存在する。時間や複雑な因果関係によってあいまいになっているが,規則正しい自然界の痕跡だけはまだ残っている。起源が何であれこのような伝承によると,人間の手足は体のどこよりも奇形になりやすい。それにはきっとそれなりの意味があるのだ。ギリシャ神話のオリュンポスの神々のなかで奇形なのは1人しかいない。ゆがんだ足のヘパイストスだ。彼は母親のへらに捨てられ,妻のアフロディテに裏切られ,恋するアテナに振り向いてもらえなかった。だが鍛冶の秘伝を人間に教え,工芸と鍛冶の神様になった。ギリシャ・ローマ時代の黒絵式や赤絵式の壺に描かれているヘパイストスはたいてい,生まれつき両足が内向き,つまり内反足だ。一方,人間のなかでは,父を殺し,母を妻にし,わが眼を潰したオイディプスが,最も有名な奇形かもしれない。生まれつき足が腫れていたので,「オイディプス(腫れた足)」という名が付いたのだ。

アルマン・マリー・ルロワ 上野直人(監修) 築地誠子(訳) (2006). ヒトの変異:人体の遺伝的多様性について みすず書房 pp.96

肋骨で大騒ぎ

 ヨーロッパでは肋骨が余分にあるといつも大騒ぎになる。サー・トマス・ブラウンは『俗信論』で,あるエピソードを紹介している。イタリアのピサの解剖学者マッテオ・レオナルド・コロンボ[1516-59]は,肋骨が片側だけ13本ある女性を解剖した。「そんなことがあるはずがないと非難する一団が現れたが,これは間違いなく女性の体にあった肋骨だ,と彼は断固主張した。彼の言う通りならば,イブはアダムの左右どちらのあばら骨から作られたのか,という論争は,信託を下されたように収拾することになるだろう」とブラウンは記している。旧約聖書の『創世記』第2章第21節から第22節にある「(神は)人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた」という文章は,解剖学に悪い影響を与えてきた。私は最近,生物学のクラスで30名の大学生(なかでもイギリスで最も優秀な学生たちを含む)に,男と女の肋骨の数は同じかどうか質問をした。なんと30名のうち6名ほどが,違うと答えた。「しかし,理性を働かせ,精密な調査をすれば,この論争はじきに終止符が打たれるだろう。われわれが男女両方の骨格をよく調べ,骨の構造を見れば,男も女も12対,24本の肋骨を持っていることがすぐにわかるだろう」とブラウンはいつものように力強く述べている。まったくその通りだ。しかし驚いたことに,肋骨が余分にあるのはそう珍しいことではない。成人10人の1人ほどの割合だ(ただし女性のほうが頻度が高いとか低いとかいった男女差はない)。

アルマン・マリー・ルロワ 上野直人(監修) 築地誠子(訳) (2006). ヒトの変異:人体の遺伝的多様性について みすず書房 pp.81

理由がないと

 理由がないと,人間は動けないんだけど,一番肝心なことは絶対にわからない。それはこの世界に生まれてきた理由だよ。生まれて死ぬことに理由なんてないだろう。なんで生まれてきたのかなんて,いくら考えたって答えが出るわけじゃないんだから,生きているうちに理由がわからないことが起きても,それが当たり前だ。
 でも人間は弱いから,なにか理由がほしくなって,それが本当かどうかわからなくても,宗教や占いをとりあえず信じようということになる。
 基本的に生きている意味なんてわからない。何でおいらは生きているのか,それもなぜこの時代に,この場所で生まれてきたのか。「人間って何だ」「宇宙って何だ」と考えてもわからないことばかり。
 だからこそ,人生というのは“間”だと思ったほうがいいんじゃないか。我々の人生というのは,生きて死ぬまでの“間”でしかない。生まれたときの“点”と死ぬときの“点”があって,人生はその間のことに過ぎない。見つかるはずのない「生きている理由」を探すよりも,そう思った方が楽になる。おいらなんかはそう思うんだけどね。

ビートたけし (2012). 間抜けの構造 新潮社 pp.185-186

死んでいませんね

 占い師なんか,逆にそれをうまく利用している。手相を見せると,ひとこと。
 「何かありますね」
 当たり前だろう。「何かある」からわざわざ来ているのに,「わー,すごい。当たっている!」って言うばかやろうがいる。「あなたは,とっても悩んでいますね」とか,そんなの聞かなくてもわかるよ。
 「あなたは早漏で悩んでいて,それが原因で奥さんとも離婚しましたね」って,いきなりそんな細かいことを言う占い師がいたらおもしろいけどね。それで「当たっている!」とか言ったらすごいけど。「お父さんは死んでいませんね」というのもあるよね。どう相手が答えても対応できる。

ビートたけし (2012). 間抜けの構造 新潮社 pp.143

訴訟は必須

 プロのライターにしろ,ウェブサイトで文章を書くブロガーにしろ,あるいは大学生に注意を呼びかけるチラシを作る大学の担当者にしろ,カルト団体からの面倒くさい抗議など,できれば避けたいと考えるだろう。ましてや,抗議への対応がこじれて訴訟沙汰になるのは最悪だと考えるかもしれない。
 しかし,「絶対に訴えられない文章」を書くことは不可能だ。100%真実と言えるだけの根拠と物証を揃えて,一言一言誤りのない文章を書いたとしても,カルト団体が民事裁判を起こすとこはできる。海外の事情はよく知らないが,少なくとも日本の訴訟制度では,根拠のない言いがかりのような理由でも訴訟を起こすこと自体はできてしまう。
 私は,カルトからの抗議に対応するため弁護士に相談することがしばしばある。そんなときに相談する相手の1人が,第3章で登場したY弁護士だが,彼は事あるごとに「訴えられない一番の方法は,書かないことだ」と言う。
 もし,あなたが何が何でも訴訟を避けたいというのであれば,もはやカルトについて何も書かないか,あるいは抗議が来た瞬間に記事を撤回するしかない。
 しかし,それでは何のために記事を書いたのかわからない。そればかりか,問題のない記事について謝罪したり撤回したりしてしまえば,カルト側はそれを「実績」として,さらにほかの批判者を屈服させるための材料にすることもある。
 うかつに記事を撤回したり謝罪したりすることは,ただ単にあなたのプライドが傷つくだけではなく,同じような表現活動をほかの人々に悪影響をもたらしかねない。
 だから,カルトについて文章を書こうとするなら,訴えられないようにすることにこだわるのは,あまり得策ではない。むしろ,訴えられる可能性を受け入れ,「訴えられても勝つ」ことを目指すのが,最も理にかなっている。

藤倉善郎 (2012). 「カルト宗教」取材したらこうだった 宝島社 pp.254-255

カルトへの想像力の欠如

 日頃はカルト問題にほとんど触れていないであろう大手マスコミの記者たちには,被害者自身がカルト団体の中でほかの信者への加害行為に関わっていることがあるという,カルト問題の複雑な構造や,「いま思えば馬鹿馬鹿しいものだとわかるが,なぜこんなものに入信してしまったのか」という被害者の後悔や羞恥心は,想像しにくいのかもしれない。

藤倉善郎 (2012). 「カルト宗教」取材したらこうだった 宝島社 pp.221-222

「ライフ・ボート」セッション

 有名な実習で「ライフ・ボート」というものがある。「沈没する船で,脱出用のボートに5人しか乗れません」という設定で,5人より多い受講生たちで「脱出する5人を,皆さんが投票で決める」というものだ。投票する前に,各人が「自分は生きたい」「生きる価値がある」とアピールする時間が与えられる。そこで,受講生たちが互いに「生きようとする意志が感じられない!」と責め合ったり,「自分はいいからほかの誰かを助けて」と発言した受講生が「偽善者!」と罵られたりする。投票の結果,脱出できないことになった受講生たちは親などに遺言を書き,「最期の1分」で自分の人生を振り返って「死んだ」ことにされてしまう。
 この最後のオチは,セミナー会社によっては「幸運にもほかの船が近くを通りかかり,全員助かった」となるバージョンもある。
 こんな様々な実習を絶叫したり泣きわめいたりしながら延々つづけていき,終盤では受講生同士が「すごく頑張った」「生き生きしている」などと互いに褒めちぎる実習がある。最期は「卒業式」。目を閉じて,セミナーの4日間を振り返る。
 「このすばらしい4日間を体験できたのは誰のおかげでしょうか。いま,いちばん感謝の言葉を伝えたい相手を思い浮かべてください。そして,目を閉じてください」(講師)
 目を開けると,その受講生をセミナーに勧誘した「紹介者」が花束を持って立っている。
 「おめでとう!」
 感涙とともに抱き合う。
 話に聞くだけだと,「いい歳こいたオトナがなにやってんだ?」と笑いたくなるかもしれない。しかし,朝から晩まで何日もこもりっきりで泣き叫んだりしているうちに,ほとんどの受講生がすっかり本気になっている。

藤倉善郎 (2012). 「カルト宗教」取材したらこうだった 宝島社 pp.69-70

面白い宗教は危険

 実は,面白い宗教というのは危険だと私は思っている。
 カルトは,私たちを笑わせようとして活動しているのではない。突飛な行動や言動を正しいことだと信じている。仮に教祖や幹部信者は本気で信じていなかったとしても,少なくとも信者たちにそれを信じこませることで,カネや労働力を収奪する。また,信者を動員して世間に存在をアピールしたり,無関係の人々を勧誘したりし,批判的な相手と言い争いになると,さらに突飛な行動や言動で攻撃する。

藤倉善郎 (2012). 「カルト宗教」取材したらこうだった 宝島社 pp.39

自己啓発セミナー

 もともと自己啓発セミナーは,1960〜70年代のアメリカで,マルチ商法のセールスマン研修と在野の心理学テクニックを組み合わせて作られたものだ。この出自のせいか,どのセミナーでも共通した問題がある。勧誘活動だ。
 セミナーの中では,実習と称して受講生たちに無償で勧誘活動をさせる。「自主目標」という名の勧誘ノルマを設定させられ,勧誘ターゲットとなる友人や家族の氏名などをスタッフに提出する。もちろん,目標を達成できなければ,ほかの受講生やスタッフから罵られ,達成できれば拍手の嵐。
 自己啓発セミナーにハマった人々が友人を勧誘したり路上で声をかけるのは,こういうカラクリがあるからだ。受講生たちは「自分が受講して感動したものを友人にも伝えたい」という気持ちで勧誘するが,実際にはそう行動するようにセミナー魏者に誘導され,勧誘活動と成果を管理されている。

藤倉善郎 (2012). 「カルト宗教」取材したらこうだった 宝島社 pp.36

古事記への信仰・思想の影響

 ただし,注意しなければならないのは,日本神話を読む際にテキストとする『古事記』『日本書紀』「風土記」といった書物は,いずれも7世紀に成立したものであって,仏教をはじめ道教や神仙思想などの外来の信仰・思想が,すでに普及・浸透してのちの成立だということだ。
 すなわち,『古事記』などに語られる日本神話には,そうした信仰・思想の影響が現れているし,神話そのものが“輸入品”ということもある。
 また,これらの書物は朝廷が編纂を命じたものなので,朝廷に不都合なことは削除や変更を受けているし,朝廷に関わりのない話に関しては最初から排除されている可能性が高い。
 したがって,神話を読む際には,そうした「失われた部分」に対する想像力も必要となってくるのである。

鎌田東二 (2012). こんなに面白い日本の神話 三笠書房 pp.103

神道の特異な点

 神道が仏教やキリスト教と大きく異なる点は,お教や聖書に当たる“経典”がないというところにある。
 経典は釈迦やイエスといった創唱者(宗教を始めた者)の教えを記録したもの,または,そう称されるものだが,神道にはいわゆる「開祖」のような者は存在しないので,そうした経典もつくられることはなかった。
 神道はそうしたものの代わりに,神話と祭を通して,その価値観や世界観,儀礼などを後世に伝えてきた。そこには,古代の日本人が自然に対して抱いた畏怖心を核として,生きていくための智慧や生と死の哲学,歴史の記憶といったものが込められている。

鎌田東二 (2012). こんなに面白い日本の神話 三笠書房 pp.102

科学と宗教

 科学と宗教を結びつけ,世界観の変革を促すグルーバルな視点を軸とした多様な動きは,1980年代を通して雑誌メディアにさまざまな話題を提供していった。早くも78年には「精神世界の本」ブックフェアが開催され,その後の展開を予告していたが,79年にはオカルト専門誌「ムー」(学習研究社)が創刊,80年には,のちにテレビメディアを席巻する霊能力者,宜保愛子が朝日放送のワイドショー『プラスα』に出演してテレビデビューを飾っている。
 また,1980年代を通してメディアをにぎわせた宗教関連の事件,例えば「イエスの方舟」事件(1980年),「エホバの証人」輸血拒否事件(1985年),「真理の友教会」集団焼身自殺事件(1986年),世界基督教統一神霊協会による信者勧誘問題などは,日本の新宗教に対する特殊なイメージを確実に刻んでいった。こうしたなか,80年代後半になって,各種メディアはオカルトブームの復活を告げるのである。

一柳廣孝 (2009). カリフォルニアから吹く風—オカルトから「精神世界」へ— 吉田司雄(編著) オカルトの惑星—1980年代,もう一つの世界地図— 青弓社 pp.229-253

ニューエイジ

 ニューエイジは,アメリカ西海岸と深く結びついている。西海岸の中心地であるカリフォルニアは,20世紀初頭にはオカルトの地・神秘の国として認知され,世界じゅうのオカルティストがカリフォルニアへ集結することで,カルトの本場,「魔術師の帝国」と呼ばれるに至った。その後,1960年代のヒッピー文化を経て,70年代に始まるニューエイジ・ムーブメントによって,カリフォルニアは新たな精神文化を世界に発信する象徴的な場となる。その起源には,かつてこの地に本部を置いた,神秘性を基盤とする神智学,実利性を重視するニューソートがある。この2つを母体として,カリフォルニアでは多種多様な精神文化が生み出されていった。日本では,ニューエイジの多様な展開が「精神世界」というカテゴリーの下で集約され,さらに広範なスピリチュアリティ運動となって現在に至っている。

一柳廣孝 (2009). カリフォルニアから吹く風—オカルトから「精神世界」へ— 吉田司雄(編著) オカルトの惑星—1980年代,もう一つの世界地図— 青弓社 pp.229-253

風呂は許されない

 キリストの先例に倣い,修道僧たちは来客があると,客人の手足を洗って歓迎の意を表した。自分たちはどうしていたかというと,洗浄式(聖餐式の前後に手と聖器を洗う儀式)は行う——毎土曜日に厳しい洗浄を課している修道院もあった——が,よくよくの機会がなければ全身で風呂を浴びることはなかった。肉欲に苛まれる修道僧は冷水浴を命じられ,温かい風呂は病気のときに入るものだった。スイスのザンクト・ガレンにある9世紀の修道院は,施設内の施療所に風呂があったほか,歩廊にも浴場を設けていた。とはいえ,風呂と修道院の厳しい禁欲的な規約は,相容れない部分も多かった。528年頃に書かれた<聖ベネディクトゥスの戒律>は,手仕事と黙想から成る修道生活のためのもので,老人と病人の慎みについても触れている。「都合のつくかぎり何度でも病人に風呂を許可せよ。ただし健康な者,とりわけ若い者は,めったに許されない」。

キャスリン・アシェンバーグ 鎌田彷月(訳) (2008). 図説 不潔の歴史 原書房 pp.65

汚れを敬う

 初期のキリスト教の聖人たちの多くは,汚さを熱心かつ巧みに受け入れた。聖アグネス(3〜4世紀のローマの使徒)は,30年ほどのじつに短い生涯のあいだ,自分の体のいかなる部分もけっして洗わなかった。イングランドの聖ゴドリック(11〜12世紀の隠者)は,体を洗うことも着替えることもせずに,イングランドからイェルサレムまで歩いて行った。(このかぐわしい巡礼のあいだ,ゴドリックは最低限の水と大麦のパンしか摂らず,パンは固くなってから口にした。)イングランドでは,ダラムに程近い森のなかの庵で,毛の肌着を着て過ごしたが,夏のあいだかいた汗とあいまって,大量のしらみがついていた。アッシジの聖フランチェスコ(13世紀に聖フランシスコ会を創始したイタリアの修道士)は汚れを敬い,死後に蛆のわいた僧房に現れて,そこで暮らす修道士たちを褒めたといわれている。

キャスリン・アシェンバーグ 鎌田彷月(訳) (2008). 図説 不潔の歴史 原書房 pp.59

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