I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「科学・学問」の記事一覧

学問としての心理学

 (1)心理学は解決可能な経験的問題を探求することによって進歩する。この進歩は平坦な道のりではない。なぜなら,心理学は数多くの下位領域から構成されているため,ある領域の問題は他の領域よりも困難な場合があるからである。


 (2)心理学は反証可能な理論を提示するが,それは,それらの理論が明らかにする知見を説明するためである。


 (3)理論の中の概念は操作的に定義される。そして,それらの定義は根拠が蓄積されるにつれて発展する。


 (4)こうした理論は,体系的な経験主義によって検証される。そして,得られたデータは,他の研究者による再現と批判を可能にする方法で提示されるという意味で,公共のものとなる。


 (5)心理学者によるデータと理論が公共のものとなるのは,査読に基づく学術誌に掲載された後だけである。


 (6)経験主義を体系的なものにするのは,忠実な実験を特徴づける統制と操作という,もっともな筋道を求めて努力するという事実である。


 (7)心理学者は結論に到達するのに,さまざまに異なる多くの方法を用いる。そして,それらの方法の強みも弱みもさまざまに異なる。


 (8)最終的に明らかになる行動原則は,ほとんど常に確率に基づく。


 (9)ほとんどの場合,知識は,多くの実験からゆっくりとデータが蓄積された後に獲得される。それぞれの実験は不備な点を併せ持つが,にもかかわらず,ある一つの共通した結論に収束していくのである。



キース・E・スタノヴィッチ 金坂弥起(監訳) (2016). 心理学をまじめに考える方法:真実を見抜く批判的思考 誠信書房 pp.260-261


懐疑的態度の維持

 心理学の世界では,私たちはぎりぎりのきわどい道のりを歩む必要があります。たとえば,心理学のある特定の仮説にまつわる根拠がまだはっきりしない段階で,その仮説を「証明済み」のものと見なしたくなる誘惑に打ち勝たなければなりません。この懐疑的態度は,本書では再三にわたり強調しました。相関関係から因果関係を推断しない注意や,支持証言を根拠として鵜呑みにしない注意が例として挙げられました。反面,不完全な知識や仮説的な結論だからといって,心理学における確かな結論には手が届かないのではないかと,過剰に反応してがっかりするべきでもありません。しかし,心理学が科学たりえないという不合理な主張に誘惑されてもいけません。こうした見地に立つなら,収束根拠の原則が,仮説的な知識を過剰に解釈することへの警鐘とバランスを取り合うものと見なされることになります。心理学研究はおしなべて弱点を持ちつつも,根拠の収束によって,私たちは相当に説得力のある結論に到達できるのです。



キース・E・スタノヴィッチ 金坂弥起(監訳) (2016). 心理学をまじめに考える方法:真実を見抜く批判的思考 誠信書房 pp.165


進歩の速度

 心理学の実験が極めてあいまいな要因を含むことは,人間行動に関する問題の恐ろしいほどの複雑さを考えると,驚くに値しません。心理学者がこの事実を素直に認め,その結果どんなことが起こりうるかについて労を惜しまず説明しさえすれば,一般の人たちの心理学に対する理解はもっと進むでしょう。心理学という学問領域の進歩はゆっくりとしたもので,ときとして気の遠くなるほど長い期間にわたる研究の融合と討論を経て,はじめて進歩するということを心理学者は認めるべきです。新発見がなされたというメディアの主張は懐疑の念を常に生み出しますが,心理学的主張に関しては,特にそれが当てはまるのです。



キース・E・スタノヴィッチ 金坂弥起(監訳) (2016). 心理学をまじめに考える方法:真実を見抜く批判的思考 誠信書房 pp.165


無作為割当と無作為抽出

 無作為割り当てと無作為抽出が同じではないことを覚える一番の方法は,無作為割り当てをしていない非無作為抽出,無作為割り当てをした非無作為抽出,無作為割り当てをしていない無作為抽出,無作為割り当てをした無作為抽出の四つの組み合わせのいずれかが起こりうることを,常にはっきりさせておくことです。心理学の研究ではその必要がないため,無作為抽出を用いることはほとんどありません。次節で見るような理論の検証や,便宜的標本を含むような研究でしか,必要としないのです。もし研究で無作為割り当てが用いられていたら,その研究はすなわち実験研究ということになります。もし無作為割り当てが用いられていないとすると,それは相関研究ということになります。無作為抽出が用いられる研究の多くは,調査や関連を見るだけの研究なので,無作為割り当てが用いられることはありません。つまり相関研究となるのです。



キース・E・スタノヴィッチ 金坂弥起(監訳) (2016). 心理学をまじめに考える方法:真実を見抜く批判的思考 誠信書房 pp.139


変数を独立させること

 異なる条件を統制して比較することによって科学者は特定の解釈を除外し,その他の解釈を確信が持てるものにします。実験計画の非常に重要なゴールは変数を独立させることです。うまく変数が独立したとき,実験の結果によって,解釈として先に提示されていた他の理論は除外されます。科学者は,実験状況を直接統制することで,あるいは,他の解釈を検証可能にするような自然発生的な状況を観察することで,可能な限り誤った解釈を除外しているのです。



キース・E・スタノヴィッチ 金坂弥起(監訳) (2016). 心理学をまじめに考える方法:真実を見抜く批判的思考 誠信書房 pp.109


本質主義的な答え

 心理学に接するとき,多くの人々が操作主義の考え方を放棄するように見えるもう一つの理由は,彼らが人間に関する問題についての本質主義的な答えを求めているということです。本章冒頭の問いを思い出してください。重力の本当の意味とは何か,などです。多くの人は,このような問いが自然現象の根本にある極限の知識を要求するため,物理学の最新の理論でも,この類の問いに答えることはできないと思うでしょう。ここ数世紀の自然科学の進歩について書かれている教養書に慣れ親しんでいる人は,重力が非常に複雑な理論的構成物であり,その概念的および操作的関係は常に変化してきたことを認識しているでしょう。


 しかし,重力を知能という言葉に置き換えると,突然信じられないことが起きます。もはやその問いには,重要な意味が染み付いています。その問いは当然で,意味があるように見え,文字どおり究極の答えを切に求めます。心理学者が物理学者と同じ回答,すなわち知能とは,それを測定するための操作と他の構成概念との理論的な関係から意味を導かれた複雑な概念であると答えれば,その心理学者は見くびられ,本当の問題を避けていると非難されるのです。


 心理学が直面している問題の一つは,このように他の科学では通常要求されない本質主義的な答えを要求されることです。



キース・E・スタノヴィッチ 金坂弥起(監訳) (2016). 心理学をまじめに考える方法:真実を見抜く批判的思考 誠信書房 pp.65


操作の組み合わせ

 科学の概念は操作の組み合わせによって定義されるものであり,たった一つの行動事象や課題によるものではないと気づくことは重要です。それぞれわずかに違いのある課題や行動事象は,一つの概念として収束するものなのです。たとえば,教育心理学者は読解能力といった概念を,まとまった課題の組み合わせからなるウッドコック読解習熟度テスト(Woodcock, 2011)といった,標準化されたツールの得点という観点から定義します。ウッドコック読解習熟度というツールにおける総合読解能力得点は,わずかに異なる能力を測る多数のサブテスト,たとえば1節を読んで空欄を埋める適切な単語を考える,ある単語の類義語を考え出す,難解な単語を一つひとつ区切って正確に発音する,といった能力の指標を含んでいます。これらすべての課題の成績を集めて,読解能力という概念を定義しているのです。



キース・E・スタノヴィッチ 金坂弥起(監訳) (2016). 心理学をまじめに考える方法:真実を見抜く批判的思考 誠信書房 pp.51-52


操作主義とは

 操作主義にはさまざまな考え方がありますが,科学的な情報の消費者にとって最も有益なのは,最も一般的な形で考えることです。すなわち操作主義とは,科学的理論の概念は,測定することができる観察可能な事象に何らかのかたちで基づいている,もしくは関連づけられている必要がある,というシンプルな考え方です。概念を観察可能な事象に関連づけることによって,概念が公共のものとなり,ある個人の感覚や直観から引き離され,測定可能な操作を実行できる人は誰でも検証できるようになります。



キース・E・スタノヴィッチ 金坂弥起(監訳) (2016). 心理学をまじめに考える方法:真実を見抜く批判的思考 誠信書房 pp.51


科学者が興味をもつこと

 もちろん,科学の知が仮のもので,理論から導かれる仮説が誤りである可能性をはらんでいるとしても,すべての事象が研究対象になるとは限りません。何度も確かめられ,実験によって将来覆される可能性が極めて低いことから法則と呼ばれるようになった関連性も,科学には多く存在します。ある日,血液が静脈や動脈を循環しなくなるとか,地球が太陽を周回しなくなることなどを私たちが発見する可能性は極めて低いのです。こうしたありふれた事実は,これまで述べてきたタイプの仮説ではありません。そんなことに科学者は興味を示しません。なぜなら,それらの法則は十分に立証されているからです。科学者が興味を持つのは,すでに分かっていることの周辺にある,本質的な事態のさまざまな側面だけです。疑いようもないほど十分に確かめられたことには,興味がないのです。



キース・E・スタノヴィッチ 金坂弥起(監訳) (2016). 心理学をまじめに考える方法:真実を見抜く批判的思考 誠信書房 pp.44


科学における仮説

 科学における仮説とは,一群のデータを説明し,実験結果についての予測に用いられる,相互に関係したひとまとまりの概念のことです。仮説とは,(より一般的で包括的な)理論から導かれた具体的な予測のことです。現在まで生き残っている理論の中には,確かめられた多くの仮説が内包されています。したがって,生き残っている理論の理論構造は,膨大な数に上る観察結果と整合するものなのです。ところが,理論から導かれた仮説が多くのデータと矛盾するようになると,科学者は,そのデータについてのより良い解釈をもたらしてくれるであろう新しい理論を構築しようとします(あるいは,もっと頻繁に行なわれることは,元の理論を修正することです)。このように,科学的な議論の対象となる理論は,ある程度はすでに修正されてきたものであるため,手元にあるデータと相容れない予測をもたらすことはほとんどないのです。こうした理由から,そのような理論は,単なる推測や勘,直感ではないのです。



キース・E・スタノヴィッチ 金坂弥起(監訳) (2016). 心理学をまじめに考える方法:真実を見抜く批判的思考 誠信書房 pp.28-29


心理学の存在理由

 簡単に言うと,独立した学問分野としての心理学の正当性を示すものは,実際には二つしかありません。第一に,心理学は,人間や動物のありとあらゆる行動を,科学という手法で研究しているということです。第二に,この心理学の知見から導き出されるさかざまな応用も,科学に基づいているということです。こうしたことが当てはまらなければ,心理学の存在理由は皆無でしょう。



キース・E・スタノヴィッチ 金坂弥起(監訳) (2016). 心理学をまじめに考える方法:真実を見抜く批判的思考 誠信書房


心理学者と経済学

 心理学者が経済学に積極的にかかわろうとしなかった理由はいくつか考えられる。第1に,合理的選択モデルを重要視している人がほとんどいないので,モデルからの逸脱を研究することがそもそもおもしろいと考えられていない。「そんなのサンクコスト効果に決まってるだろ!他に何があるっていうんだ?」となってしまうのだ。第2に,経済学者が取り入れるようになっている心理学は,心理学者にとっては最先端のものとされていない。心理学者が需要供給曲線を自分たちの研究に取り入れ始めても,経済学者がそのアイデアに興奮することはないのと同じだ。そして,心理学の世界では,どういうわけか,「実用的」な問題の研究は伝統的に評価が低い。人が借金をしたり,学校をやめたりする理由を研究していたら,名誉の栄光も手に入れられなくなってしまう。著名な心理学者で,人は何に動かされるかを研究しているロバート・チャルディーニは,例外中の例外なのだ。



リチャード・セイラー 遠藤真美(訳) (2016). 行動経済学の逆襲 早川書房 pp.257


現状維持バイアス

 保有効果の実験が示すように,人は自分が持っているものに固執する傾向があり,少なくともその一部は損失回避によって説明がつく。マグカップを渡されたとたん,私はそれを自分のものだと考えるようになるので,マグカップを手放すことは損失になる。それに,保有効果には即効性がある。私たちが行なった実験では,被験者がマグカップを“保有”していたのは,取引が始まるまでの数分間のことだった。ダニエルはこれを「インスタント保有効果」と好んで表現していた。そして,損失回避性が私たちの発見を説明する要因の1つであることはまちがいないが,それと関連する現象がある。惰性だ。物理学では,静止している物体は,外部から力を加えられない限り,静止状態を続ける。人もこれと同じように行動する。別のものに切り替える十分な理由がない限り,というよりおそらくは切り替える十分な理由があるにもかかわらず,人はすでに持っているものに固執するのである。経済学者のウィリアム・サミュエルソンとリチャード・ゼックハウザーは,こうしたふるまえに「現状維持バイアス(status quo bias)」という名前をつけている。



リチャード・セイラー 遠藤真美(訳) (2016). 行動経済学の逆襲 早川書房 pp.223


負けるとギャンブルに走る

 負けが込むと,損を挽回しようとギャンブルに走る傾向は,プロの投資家の行動にも見られる。ミューチュアルファンドの運用担当者は,ファンドの運用成績がS&P500種などの基準指標を下回っていると,当該年度の最後の四半期により大きなリスクをとりにいく。それどころか,会社に10億ドル単位の大損を負わせたごろつきトレーダーの多くは,どうにかして損失を埋め合わせようとして,リスクをどんどん膨らませていった。この行動は,ごろつきトレーダーの視点からは合理的だったのかもしれない。損を取り戻せなければ,職を失うのは当然だが,それだけではすまなくなってしまうこともありえるからだ。しかしもしそうだとしたら,経営陣は,損を出している社員の行動を注意深く見守らなければいけなくなる(そもそもの問題として,経営陣は,ごろつきトレーダーたちが損失を膨らませる前に,もっと目を光らせておくべきだったのだが)。ふだんはきわめてリスク回避的な人であっても,大きな損失を出しそうになっていて,それを取り戻すチャンスがあるときには,とんでもなく大きなリスクを取りにいこうとする。この人間心理はぜひとも覚えておいたほうがいい。みなさんもご用心あれ!



リチャード・セイラー 遠藤真美(訳) (2016). 行動経済学の逆襲 早川書房 pp.130


悪銭身につかず

 ポーカーの観察から,メンタル・アカウントの欠陥がもう1つ浮き彫りになった。勝っているプレーヤーは,獲得した賞金を「本物のお金」と扱っているようには見えなかった。この態度は非常によく見られるもので,カジノのギャンブラーの間には「ハウスマネーを使ったギャンブル」という言葉があるほどだ。「ハウス」とはカジノの意味で,カジノで勝って手に入れたお金を自分のお金とは信じられず,カジノのお金でギャンブルをしているように感じてしまうのである。この態度はどのカジノでも観察することができる。夜の早い時間に200ドル勝つと仮定しよう。この人は300ドルを1つのポケットに入れて,そのお金は自分のお金だと考える。そして,200ドル相当のチップは別のポケットに入れる(それどころか,チップをポケットに入れずにそのままテーブルの上に置いて,すぐにでも賭けるかもしれない)。まさに「悪銭身につかず」というやつだ。お金は代替可能であるという経済学の原則をこれほどまでにあからさまに破る例はそうそうない。どちらのポケットに入っているお金も,等しく使われるはずのものなのだから。



リチャード・セイラー 遠藤真美(訳) (2016). 行動経済学の逆襲 早川書房 pp.126


「単なる」

 いまでも,経済学の世界で「調査から得た証拠」という言葉が登場するときには,必ずと言ってよいほど「単なる(mere)」という枕詞がつく。「mere」は「sneer(嘲笑)」と韻を踏んでいるのだ。こんなあしざまな言いようは,まったく非科学的だ。投票行動調査データは,有権者に投票に行くかどうか,誰に投票するか質問し,その結果を集計したものにすぎない。それをネイト・シルバーのようなデータ分析の達人が最新の注意を払って使うと,びっくりするくらい正確な選挙予測がはじき出される。何よりおもしろいのは,経済学者はアンケート調査に否定的なのに,重要なマクロ経済変数は,個人に対するアンケート調査から算出されているものが多いのだ。



リチャード・セイラー 遠藤真美(訳) (2016). 行動経済学の逆襲 早川書房 pp.79-80


経済学者の反論

 経済学者は,仮定に基づく質問の答えを重視していないし,アンケート調査そのものをあまり信用していない。調査の対象者が自分ならこうするだろうと言うことより,人々が実際にしていることのほうが大事だと,経済学者は言う。カーネマンとトヴェルスキーはそうした反論があることをわかっていた。2人がこれまでに出会った懐疑的な経済学者たちに指摘されたのだろうが,選択の余地はなかった。プロスペクト理論の鍵となる予測は,人は利得よりも損失に敏感に反応する,というものである。しかし,被験者が実際に大損をするかもしれない実験をする許可をとるのは,まず不可能だ。実験に参加したいという人がいたとしても,人間を対象とする実験を審査する大学委員会がそれを認めないだろう。



リチャード・セイラー 遠藤真美(訳) (2016). 行動経済学の逆襲 早川書房 pp.67


着想を得る瞬間

 2人は何カ月もかけて論文を磨き上げた。ほとんどの学者にとって,研究でいちばん楽しいのは,着想を得る瞬間だ。実際に研究を進めるのも,それと同じくらいおもしろい。だが,論文を書くことを楽しんでいる人はまずいない。学者の書いた論文はたしかに堅苦しい。しかし,多くの学者にとって,それはほめ言葉だ。文才をひけらかそうとするような書き方をすると,真剣に書いたと思ってもらえないし,そんなものを読み手がまともに取り合うはずもない。「プロスペクト理論」はけっして読みやすくはないが,論文の内容はきわめて明瞭でわかりやすい。それは2人が何度も繰り返し原稿を書き直したからであり,エイモスが「正しい方法でやろう」と言い続けたからである。



リチャード・セイラー 遠藤真美(訳) (2016). 行動経済学の逆襲 早川書房 pp.66


宇宙船の中の音

 本物の宇宙船の内部といえば,私は無重力状態でおだやかにゆったりと浮遊する人の姿を思い描く。2012年の初めにNASA宇宙飛行士のロナルド・ギャレンに会ったとき,彼は国際宇宙ステーションでの6ヶ月間のミッションを終えて帰還したばかりだった。彼は,本物の宇宙船の音環境は静穏からは程遠いと教えてくれた。宇宙遊泳で船外に出たときでさえ(彼の過去のミッションには6時間半に及ぶ宇宙遊泳が含まれていた),静寂など存在しなかったという。逆に静かだったら,それは呼吸用の空気を循環させるポンプが機能を停止したということなので,不安に駆られたはずだ。宇宙船は,冷蔵庫や空調装置やファンなどの騒々しい機械装置だらけである。理論上は騒音も軽減もできなくはないが,音が静かでそのぶん重たい装置は軌道への打ち上げ費用がかさむ。



トレヴァー・コックス 田沢恭子(訳) (2016). 世界の不思議な音 白揚社 pp.245


自然と人間

 自然が私たちの心身に役立つ理由をめぐっては,3つの対立する説がある。1つ目は進化にかかわるもので,食糧が見つかる肥沃な自然環境を探し出すのを助けるために,自然界の事物を好ましいと思う性向が進化したのだと主張する。2つ目は心理学的な説で,自然は私たちに「自分よりも大きい」何かに属しているという感覚を与えることによって,過度な自己中心性やネガティブな思考に陥るのを妨げるのだと訴える。第3の説は,自然界の中で人の回復を助けてくれる場所には「ソフトな魅力」があると主張する。つまりそのような場所には雲や夕日,風にそよぐ葉の動きなど,見た目に魅惑的で心を落ち着かせてくれるものが存在し,このソフトな魅力が心に平穏をもたらす助けになるというのだ。これらの説は,美しく感じられて心地よい自然界の音に対する私たちの反応を説明するには役立つかもしれない。しかし,そうでない音についてはどうだろう。



トレヴァー・コックス 田沢恭子(訳) (2016). 世界の不思議な音 白揚社 pp.97-98


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