I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「科学・学問」の記事一覧

文量リサイクリング

私は,文章リサイクリングまで盗用として扱うのは,行き過ぎだと思う。その理由を以下に記す。
・科学論文は,文学作品でもなければ,ルポルタージュでもない。科学論文にとって何より大事なのは,科学的内容である。文章の一部が一致しているからといって,不正扱いにするのは,本末転倒である。。
・科学論文は,事実を簡潔,明快かつ論理的に記載するべきである。主観的な表現を排し,分かりやすい文章で書くことが要求されている。このため,多くの論文の文章は,必然的に似通ったものになってくる。
・研究は,1つの流れで行なわれる。したがって,研究の意義を説明する序論は,先行する論文と同じような表現を使うことになる。要約,結論は短い数行で正確にまとめるため,同じような文体になる。文体が酷似するのは,科学論文にとって必然の結果である。
 幸いなことに,自己盗用への過剰反応については,反省の論調が発表されるようになってきた。ペンシルバニアの化学者,フランクル(Michelle Francl)は,文章のリサイクリングは常識の範囲であれば,許されるべきという主張を展開している。インド出身の物理学者,チャーダ(Praveen Chaddah)も,文章の盗用を理由に論文を撤回するのは,間違いであることを指摘している。

黒木登志夫 (2016). 研究不正 中央公論新社 pp.143-144

重複

ガーナーは,自ら開発したソフトを使って,論文の中から非常に似た文章を検索した。その結果,全学術論文の0.1パーセントは,他人の論文からのあからさまな盗用であった。最もひどい例は,2つの論文の間で86パーセントが一致していた。なかには同じ著者による論文がほぼ一字一句たがわずに5つの専門誌に掲載された例もあった。2012年には,論文ではなく,研究費の二重申請を調べた。官民の研究費支援機関への86万件の申請を調べた結果,170組が,目標,目的などが実質的に同じであることが分かった。そのなかには,アメリカ屈指の名門大学も含まれていた。その結果生じる研究費の損失は,年間二億ドルに達するという。

黒木登志夫 (2016). 研究不正 中央公論新社 pp.141

特定不正行為

アメリカ国立科学財団(National Science Foundation, NSF)をはじめ,世界の国々が,重大な研究不正として認定しているのは,
 ・ねつ造(Fabrication)
 ・改ざん(Falsification)
 ・盗用(Plagiarism)
 の3つの不正である。文科省のガイドラインは,この三者を「特定不正行為」として位置づけている。それぞれの英語の頭文字をとって,「FFP」ともいう。研究不正の研究者,白楽ロックビルは,日本語の頭文字から,「ネカト」と呼んでいる。本書では,「重大な研究不正」と呼ぶことにする。分かりやすくいえば,レッドカードに相当するような一発退場の違反である。misconduct(不正)と同じような意味で,fraudということもあるが,「詐欺」のニュアンスが強い。

黒木登志夫 (2016). 研究不正 中央公論新社 pp.127-128

実験前の「仮置き」

調査報告書は,彼の研究室運営そのものが,研究不正の背景にあることを指摘した。「これほど多くの不正行為等が発生した要因・背景としては……国際的に著名な学術雑誌への論文掲載を過度に重視し,そのためのストーリーに合った実験結果を求める姿勢に甚だしい行き過ぎ」があった。たとえば,実験を始める前に,ストーリーにあった画像を「仮置き」するといった習慣があった。大学院生たちは,技術的にも時間的にも困難であろうとも,「仮置き」のデータを作ることが求められていた。そのような「強圧的な指示・指導が長期にわたって常態化していた」という。大学院生たちは,教授の「過大な要求や期待に対し,それを拒否するどころか,無理をしても応えるしかない」と思うようになり,不正に手を染めていった,と調査委員会は指摘している。

黒木登志夫 (2016). 研究不正 中央公論新社 pp.101-102

社会不正と研究不正

社会不正も研究不正もその根底では同じである。真実に対する「誠実さ(integrity)」の欠如,野心,競争心,金銭欲,こだわり,傲慢,責任感のない行動,「ずさん」な行為などが。不正の底流にある。それらは,程度の差はあるにしても,誰もが抱えているわれわれの心の内面の問題でもあるのだ。
 ただ1つ違うとすれば,それは,科学者と企業人が所属する組織であろう。大学は,管理者,研究者,教育者,学生の緩やかな集合体であり,それをまとめる規範は,学問と発表の自由を尊重する立場から,彼ら/彼女らの良心に任されている。それに対して,企業などの組織は,明確で強固な上下関係のもとに運営されている組織である。それゆえ,研究不正では,研究組織の脆弱性が問題を広げたが,社会不正では,逆に,強固な経営組織が不正の発見を遅らせた。いずれの場合でも,不正は,われわれ自身に内包している問題であると同時に,所属する組織の問題でもある。それゆえに,不正は今後も続くであろう。

黒木登志夫 (2016). 研究不正 中央公論新社 pp.iv

ハツカネズミの疾患モデル

そして,毛色の種類よりもっとすごいのが,ハツカネズミの疾患モデルの多様さだ。まれながんを発症する系統だけでも数百に達し,ほかに,顔面変形を起こしやすいもの,生まれつき免疫系機能不全のものもいる。また,視覚障がいや聴覚障がい,味覚障がい,あるいはバランス障がいを持っているものもいるし,高血圧や低血圧,睡眠時無呼吸症,パーキンソン病,アルツハイマー,筋萎縮性側索硬化症(ALS)といった病気にかかっているものもいる。不妊症の治療に取り組む研究者たちは,生殖器に障がいを持つ88系統のジャック・マウスのなかから必要な種類を選べばいい。そして,さらにすごいのは,各種の適応障がいを持つ(精神疾患モデルの)ハツカネズミまでいることだ。強迫神経症,慢性うつ,各種の依存症,多動性障がい,そして統合失調症のハツカネズミもいる。

ハロルド・ハーツォグ (2011). ぼくらはそれでも肉を食う:人と動物の奇妙な関係 柏書房 pp.282-283

ハツカネズミのメッカ

ハツカネズミ研究の”メッカ”は,メイン州バー・ハーバーにあるジャクソン研究所だ。クラレンス・リトルが,エドセル・フォード(=自動車王と呼ばれたヘンリー・フォードの息子)の協力を得て1929年に創設したこの研究所は,年間250万匹ものハツカネズミ——近親交配,突然変異,遺伝子操作によって産まれたハツカネズミ40トン近く——を生産する”ネズミ工場”だ。科学者たちは,4000系統以上の実験用ハツカネズミ「ジャック・マウス」から好きなものを選べるし,要求に合う種類がなければ,ジャクソンの科学者たちが遺伝子操作によって,お好みの仕様の新系統ハツカネズミを作り出してくれる。新たに作るのにはもちろんカネがかかる。新しい系統を開発するには1年かかるし,その費用は10万ドルだ。

ハロルド・ハーツォグ (2011). ぼくらはそれでも肉を食う:人と動物の奇妙な関係 柏書房 pp.281-282

実験動物としてのネズミ

害獣だったネズミが,動物実験のモデル生物として扱われるようになったのは,1902年にウィリアム・キャッスルというハーバード大学の生物学者が,引退したボストンの学校教師から近親交配したネズミを譲り受け,それを動物遺伝学の実験に使ってからだ。ただ,はじめてハツカネズミを実験体として使った研究者は,キャッスルではない。オーストラリアの僧侶グレゴール・メンデルだ。彼は遺伝学に取り組みはじめたときに,ネズミを人工的に繁殖させた。でも,神に仕える者が交合する動物と同居するのはいかがなものかと司教に言われ,庭に生えていたエンドウマメにくら替えしたのだ。実験用のハツカネズミが公式に誕生したのは1909年,キャッスルの教え子クラレンス・リトルが純血種のハツカネズミを作ったときだ。毛の色にちなんでDBA(= Dilute Brown non-Agouti’ アグーチ遺伝子が欠損した薄茶色の毛を持つ実験用ネズミ)と名づけられたこのハツカネズミは,いまも生医学研究で使われている。

ハロルド・ハーツォグ (2011). ぼくらはそれでも肉を食う:人と動物の奇妙な関係 柏書房 pp.281

予見の困難さ

過去に起こった出来事や変化を眺めるとき,それらのすべてが「いま・ここ・われわれ」を目指してまっしぐらに進んできたという印象を拭いさることはむずかしい。過去を振り返るときには,つねに時系列の最終地点(=現在)からそうするしかないのだし,過去は現在に近づけば近づくほど現在に似てくるのだから,当たり前といえば当たり前の話ではある。
 しかし同時に,歴史の行く末を見通すことはきわめてむずかしい。振り返ってみればそうでしかありえなかったとしか思えない出来事も,その時点において予見できるかどうかとなると話は別だ。パスカルが語ったように,歴史ではほんのわずかなちがいが重大な結果をもたらしうるようなかたちでカオス的に遍歴する。歴史とはそうしたものだということを,すでに私たちはよく知っている。本能寺の変,アメリカ同時多発テロ,QWERTY配列キーボードの普及,ベータ方式に対するVHS方式の勝利等々,後知恵でもって振り返れば一連の出来事が明確な方向性を持って推移してきたように見えるが,当時それを適確に予見することは不可能だっただろう。

吉川浩満 (2014). 理不尽な進化:遺伝子と運のあいだ 朝日出版社 pp.332-333

出来事のユニークさ

自然科学による説明は,一般的な法則,つまり自然法則によって対象を包摂する。説明対象は(たとえサンプルが1個だけであったとしても本質的には),一般的な法則に服する一事例として位置づけられる。でも,歴史を理解しようとする場合はちがう。歴史的な出来事もまた種々の一般法則に従うと想定することは妥当なことだし必要なことである。しかし,それは単なる一事例として(だけ)扱われるのではない。当の歴史的出来事は,究極的には唯一無二の,とりかえのきかないユニークなものとして遇される。そして,その出来事のユニークさを把握することを通じて,歴史の真理へと至ることが目指されているのである。

吉川浩満 (2014). 理不尽な進化:遺伝子と運のあいだ 朝日出版社 pp.310

アルゴリズムとヒューリスティクス

ところで,心理学の読み物などではアルゴリズムとヒューリスティクスが2つの対照的な方法として紹介されることがある。たとえばアルゴリズムは論理的・科学的な解決方法であるのに対して,ヒューリスティクスは直観的・人間的な解決方法である,というように。機械やプログラムと人間を対比するこうした説明は,わかりやすい反面,無用な誤解を生むのではないかとも思う。広い意味ではヒューリスティクスもアルゴリズムの一種なのだから。それはかぎられた資源をもとに近似的な解を求めるアルゴリズムなのである(人間の直観的思考もかなりの程度までアルゴリズムの観点から解析可能だと思う。心象やイメージの感覚についてはわからないが)。だから,必要以上にアルゴリズムとヒューリスティクスを対照させると,自然淘汰のアルゴリズムと適応主義のヒューリスティクスがまるで別物であるかのように誤解してしまうかもしれない。実際には,適応主義のヒューリスティクスは(自然淘汰がアルゴリズムであるのと同様に)アルゴリズムの一種であるし,自然淘汰のアルゴリズムも(人間のヒューリスティクスよりさらに非効率的かもしれないが)ヒューリスティクス的な解決を行う。自然淘汰という研究対象と,適応主義という研究方法とは,ともにアルゴリズムという点で同じものだ。それが適応主義プログラムの有効性の秘訣なのである。

吉川浩満 (2014). 理不尽な進化:遺伝子と運のあいだ 朝日出版社 pp.248

問題は個々の仮説

でも,学問の世界において,トートロジー問題が不都合をきたすことはない。学問としての進化論は,特定の仮説——粒子遺伝,突然変異,遺伝子導入など——の集合体だ。学問研究の場においては,研究成果はその真偽が検証可能なものとして提出されなければならない。だから進化論の諸仮説も,さまざまな学問的約束事に則って,真偽の検証が可能なかたちで構築される。つまりそこで問題になりうるのは,自然淘汰説そのもののトートロジー性ではなく,あくまで個々の仮説なのである。その意味で,進化論の学説は学問的な限定がなされることで,その有効性が確保されているのだといえる。
 他方で,日々の暮らしのなかで進化論の言葉やイメージが用いられる場合,事情はまったく異なる。私たちは多くの場合,生物の世界や人間の社会の実相を一挙にとらえる世界像として,進化論の言葉やイメージを利用する。つまり,進化論的な仮説や学説が本来必要とする学問的な限定をいっさい解除したうえで,進化論を利用しようとするのである。「適者生存の世の中だ」とか「適応できなきゃ淘汰されるだけ」といった言葉を発するとき,私たちはなんらの仮説も構築するつもりがないし,なんらの学説も提唱するつもりがない。そもそも,進化論由来の言葉を発することそれ自体が目的であり,ただ言いたいだけなのだから。

吉川浩満 (2014). 理不尽な進化:遺伝子と運のあいだ 朝日出版社 pp.135-136

優生学への誤解

ところで,優生学に対する最大の誤解は,優生学は,極右の学問であるというものである。歴史の現実はこれとは逆で,本書でもしばしばふれるように,この時代,多くの社会主義者や自由主義者が,優生学は社会改革に合理的基盤を与えてくれるものと期待した。イギリスでは,フェビアン協会のウェッブ夫妻や,H.G.ウェルズ,青年時代のラスキ,経済学者J.ケインズなどがいた。新生ソ連にとって科学主義的な優生学は親和性のあるものであり,20年代には強力な優生運動があった。メンデル主義的な優生学は支配階級に奉仕し,帝国主義的拡大を正当化するブルジョワ科学であるとする,よく知られたかたちの批判が現れるのは,20年代末になってのことである。
 1920年秋,モスクワに,生物学者,医師などの専門家からなるモスクワ優生学会が,翌21年,ペトログラードにロシア科学アカデミー優生学局が設けられた。これらの組織の研究者たちは,アンケート調査による家系データの収集,疾病の遺伝の研究,優生学の啓蒙などに従事した。その中心はメンデル派の優生学者たちであったが,これに対して,25年にはラマルク主義的な優生学の提唱者たちから非難の声があがった。彼らは,獲得形質の遺伝を否定するメンデル主義的優生学がマルクス主義と相容れないとし,ラマルク主義の立場から環境改善による人類の遺伝的改良を主張したのである。その後スターリン主義の発動によって,30年にはロシア優生学会は解散させられ,メンデル主義的優生学を推進していた有力学者の一部は,ブルジョワ専門家とみなされ教職を解任された。こうしてメンデル主義とほぼ同一視されていた「優生学」という言葉はソ連では完全に失墜し,さらに30年代末以降ルイセンコ理論の席巻によりメンデル主義遺伝学は大打撃を受けた。30年代のソ連とドイツでは,まったく正反対の遺伝理論が,強力な政治的圧力の下で浸透していったのである。

米本昌平・松原洋子・橳島次郎・市野川容孝 (2000). 優生学と人間社会:生命科学の世紀はどこへ向かうのか 講談社 pp. 29-30

人体測定学

この時代の実証主義は,人類学の一領域として,人体測定学(anthropometry)と呼ばれる新しい型の研究をうながした。
 19世紀後半は,ヨーロッパの研究者が自国植民地のさまざまな人種の身体を次々と測定してまわった時代であった。広義の人類学は,国民国家成立による徴兵制実施に伴う身体検査,植民地再分配後の「原住民調査」,義務教育の実施に伴う学校保健など,歴史的要求に応えるかたちでデータを収集し,これを整備することで近代科学としての体裁を急速に整えていった。
 そのなかで一群の人類学者が注目したのは,毛髪,皮膚の色,気性とならんで頭蓋容量(脳の大きさ)と,ほぼこれを併行関係にある顔面角であった。『種の起源』の出版以前にもすでに,顔面角を比較して,黒人は白人よりオランウータンに近いと論じる人類学者がいたが,ダーウィン以降になると,顔面角の立ち上がりが進化の基準であるとする考えが当然のものと受けとられ,それぞれの人種の知能発達の程度を示す科学的根拠とみなされるようになった。それは「新しい骨相学」とも呼ばれた。そしてこのような頭蓋容量に着目して人種間の優劣を「科学的に実証」しようという態度は,後のナチスの思考様式のなかに流れ込んでいく。ナチス親衛隊長官ヒムラーは,膨大なユダヤ人の頭蓋を集めさせ,是が非でもその劣等性を確認しようとしたのである。

米本昌平・松原洋子・橳島次郎・市野川容孝 (2000). 優生学と人間社会:生命科学の世紀はどこへ向かうのか 講談社 pp. 21-22

ゴルトンとピアソン

第2は,ゴルトンらの研究である。ゴルトンは,遺伝形質の次世代の出現は統計学的な分布法則に従う,と信じた。そのため彼は,人間についても生物と同様に大量の測定を敢行し,厳格な統計学的処理を行った。彼は,人間の身長や胸囲が正規分布を示すことを確認して強い印象を受け,人間の精神能力もこのような分布を示すだろうと考えた。彼のイギリス経験論的な学風はK・ピアソンに受け継がれ,数学的に洗練されていった。ピアソンは1907年に「確率——優生学の基礎」という講演を行ったが,聴衆の反応は鈍かった。

米本昌平・松原洋子・橳島次郎・市野川容孝 (2000). 優生学と人間社会:生命科学の世紀はどこへ向かうのか 講談社 pp. 19

自然科学の地位

このように,19世紀後半から20世紀前半にかけて,西欧の価値体系のなかで自然科学は非常に高い地位にのぼりつめた。これこそ,社会ダーウィニズムが大流行した根本原因である。そのなかで優生学は,進化論と遺伝の原理を人間にも応用しようとする立場にあった。優生学は,新興の自然科学によって人間みずからがその自然的運命を改良しようとしたものであり,見方を変えれば,キリスト教的救済史観の世俗化でもあった。

米本昌平・松原洋子・橳島次郎・市野川容孝 (2000). 優生学と人間社会:生命科学の世紀はどこへ向かうのか 講談社 pp. 16-17

「遺伝子が決める」

しかし,一方で遺伝子が働く仕組みは想像以上に複雑で,環境や条件に大きく左右されることがわかってきた。これがもう1つの流れである。とくにここ数年間は,DNAの塩基配列に変化がなくても遺伝子の働きが活性化あるいは不活性化される「エピジェネティクス」という仕組みが脚光を浴びている。これらは総じて「遺伝子が決める」といった極端な遺伝子決定論に対するアンチテーゼとして語られることもある。大事なのは,遺伝子が「ある」か「ない」かではなく,どのような条件のもとで働くかだ——そうした視点で考えてみると,一人ひとりが生まれつき持っている遺伝素因より,生まれた後でいかに制御するかが重要ということになる。

行方史郎 (2015). IQは金で買えるのか:世界遺伝子研究最前線 朝日新聞出版 pp.9

自発的行為

なぜ科学は,依存症という現象をとらえるのに,これほど苦労しているのだろう。それは,端的に言うと,他の動物の脳とは違って,ヒトの脳は,自らの身体に命令を下し,ほぼ無数の自発的な(そのため予測不能な)行動をとらせるからだ。病気モデルの擁護者,そして巨大な医療関連産業の思い込みに反し,依存的行動とは本質的に自発的な行為なのだ。依存者は脳の化学物質が混乱した結果,悪い選択を下すのかもしれない。しかし,たとえそうだとしても,それが自分の意志による「選択」であることに変わりはない。

デイミアン・トンプソン 中里京子(訳) (2014). 依存症ビジネス:「廃人」製造社会の真実 ダイヤモンド社 pp. 97

快楽と苦痛

科学者は長い間,人間行動の根源には,快楽を求めることと,苦痛を避けることがあると考えてきた。この2つはたいてい,どちらかがわずかに優位になっている。苦痛を避けることより快楽を求めることの方が少しだけ強い,あるいはその逆といった具合だ。競争のプレッシャーにさらされると,このバランスがさらにどちらか一方に傾くことがある。競争の開始前や,競争中の決定的瞬間に近づくまでは,快楽を求めることが多い。だが決定的瞬間が近づくと,得ることよりも失わないことに意識が向き始める。
 この快楽と苦痛についての学術的探求には長い歴史がある。多くの研究者が,さまざまな用語を使ってこの心理的状態を表そうとしてきた。1935年,心理学者のクルト・レヴィンは人間の動機づけには接近と回避の感情が関連していると主張した。1950年代中ごろには,ジョン・W・アトキンソンが動機づけの傾向を「成功志向」と「失敗回避」に分類し,成功の動機を持つ人は成功のチャンスを高めるためにリスクを選択する傾向が,失敗回避の動機を持つ人はこれらのリスクを選択しない傾向があるとした。1990年代後半には,ニューヨークの2人の研究者がこの概念を展開させた。そのうちの1人,ロチェスター大学のアンドリュー・エリオットは,接近・回避の概念をパフォーマンスや競争に適用した。一方コロンビア大学のE・トーリー・ヒギンズは「獲得型志向」と「防御型志向」という用語を使った。また,この2つの心理的衝動は根本的に異なるため,脳がそれを扱うには,2つの神経系が必要だと結論づけた。

ポー・ブロンソン7アシュリー・メリーマン 小島 修(訳) (2014). 競争の科学:賢く戦い,結果を出す 実務教育出版 pp.192-193

エントロピーとランダム

エントロピーは見方を変えればランダム性の尺度であり,エントロピーが大きいということは,系の中の区別がなくなって,秩序が破壊され,無秩序になっていることを意味するのである。
 「エントロピー増大の法則」は,熱力学において「エネルギー保存の法則」と並ぶ基本法則とされている。ニュートン力学の法則がすべて時間に関して対称的であるのに対して,この法則は時間的に1つの方向にしか向かわず,不可逆的である。分子の運動が可逆的なニュートン法則に従うのに,なぜそこから不可逆的なエントロピー増大の法則が導かれるかは1つのパラドックスであるが,それが個々の分子の運動がランダムであることから起こることに注意しよう。
 最初に多数の分子(でも何でもよい)が規則正しく並んでいたとして,それらが個々にばらばらに動き出せば,規則性がしだいに壊れてやがて一様にランダムな状態になってしまうであろうということなのである。

竹内 啓 (2010). 偶然とは何か:その積極的意味 岩波書店 pp.72-73

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